国境の砦
「やっと着いた。ここが国境の砦かぁ」
物資を運ぶ馬車に便乗させてもらうこと六日間。朝と昼の間の微妙な時間に、僕らはついに国境が見える位置にまで辿り着いた。
馬車の荷台から覗き見て思ったけど、国境ってのは最早壁だね。外観は何て言うか、こう……巨大で長い壁にお城の半分がくっついてるような感じ? 国境の砦なんて正直住み心地悪そうだって思ってたからちょっと意外。まあ現状は横からしか見えてないから、全貌は分かんないんだけどさ。
いやぁ、しかしこの六日間はなかなか充実したものがあったよ。墓から掘り出した死体を使った実験は大成功で、その結果を糧に色々と応用することができたからね。
というか馬車の移動の日々はやれることが少ないから、実験とかそういうことをやるしかなかっただけなんだけどね? 他にやったことはキラを連れて街に転移して、殺人衝動の発散させたりとかだけだし。
何にせよ、息苦しい馬車の旅はこれで終わり! そして息が詰まるような勇者の旅ももうすぐ終わり! やったぜ!
「ハニエル、確かここにも大天使様がいるんだっけ?」
「はい、そうですよ。ここを守っているのはザドキエルさんです。とっても強い方なんですよ?」
隣に座ってるハニエルに聞くと、あんまり嬉しくない答えが返ってくる。
そっか、強いのかぁ。でも今回は心配する必要は無いかな? キラに関してのことは前の街で決着つけたし、他に疑われるような事は何も無いし。僕は清廉潔白な勇者様だからね!
「ザドキエル……ちなみにどんな人? 女の子? 女性? メス?」
「め、メスって……もうっ、勇者様はそういうことしか考えていないんですか? 立派な女性の方ですよ、良かったですね?」
最重要事項を尋ねたら、ちょっと呆れた感じの視線と最高の答えが返ってきた。
だって前の街の大天使がアレだったじゃん? 生意気系眼鏡ショタとかいう、男にとっては一ミリも嬉しくないやつ。だから今回は期待したって別に良いでしょ?
「わーい! 僕、女性の人だーい好き! 特にエッチな女性はだーい好き!」
「そ、そういう事は声高々に言うことじゃないと思います!」
諸手を上げて喜びを露わにしたら、ハニエルにガッツリ怒られた。
アレだよね。実は自分がとんでもなく淫乱でエッチだから、表面上は潔癖に振舞って誤魔化してるんだよね。何千年も自分で自分を慰めてるからめっちゃ拗らせてますね、これ……。
そんなわけで無事国境の砦に辿り着いた僕たちは、ここまで乗せてくれた物資輸送隊の面々にお礼と別れを言ってから馬車を降りた。物資は物資で正門じゃなくて、別の場所から運び込むみたいだからね。なので僕らは堂々と正門からお邪魔するよ。一緒に入って事情を知らない兵士に不法侵入者扱いされても敵わんし。
「おい、止まれ。ここは国境だ。許可の無い者は立ち入りできないぞ」
砦の正門に近付くと、門の両脇に立ってた鎧姿の兵士から声をかけられる。僕のこの聖性溢れる素敵な面差しを見ても何者なのか分からないなんて、門番失格じゃない?
「あ、どうも。お仕事お疲れ様です。私、こういう者です」
「だから君のその腰の低さは何なんだい……?」
物分かりの悪い兵士にお辞儀をして、名刺みたいに勇者の証を渡す。レーンが何か言ってたけどそれは無視。
「……ああ、勇者様でございましたか。遠路はるばるご苦労様です。長旅でお疲れでしょうし、寛げるお部屋にご案内いたします」
「はい、ありがとうございます。お仕事を増やしてしまってすみません……」
「いちいち無駄に丁寧に接するね、君は……」
物分かりの悪い兵士でも、勇者の証を見れば分かってくれたみたい。ぺこりと頭を下げて僕を労ってくれたよ。でもむさ苦しい野郎からの労いの言葉なんてぶっちゃけいらないんだよなぁ……。
とにもかくにも、でっかい正門がゴゴゴって音を立てて開けられたから、僕らは遠慮なく砦の中に入りました。奴隷とはいえ魔獣族を一人と一匹連れてるのに一緒に入って良いのか疑問に思ったけど、別にそこは問題無かったみたい。
えっ、何でかって? そりゃ砦の中に入ったらいつものクソな光景が目に映ったからだよ。すっごいみすぼらしい格好の悪魔やら獣人やらが、汗水たらして荷運びさせられてるっていうね。まあ労働力として使わない手は無いわな。たぶんアレ、さっき運ばれてきた物資じゃない?
「はえー、ここが砦の中かぁ……思ったよりも広いね」
案内してくれる兵士の後をついて行きながら、周りをしっかり観察する。正門から入った所はホールみたいに広かったし、今歩いてるのはやたらに長い廊下みたいな通路だね。考えてみれば国境に沿うようにできてるんだから、どちらかと言えば細長くなるのは当たり前か。
しかし国境の砦ねぇ。僕の女神様が描く平和な世界に国境なんてものは無いだろうし、ここはその内ぶっ潰さないと駄目だな。魔獣族の国にも国境の砦はあるだろうし、ちゃんとそっちも潰さなきゃね。
「それはそうだ。ここで生活している兵士たちもいるからね。砦としての機能はもちろん、生活空間も無くては話にならない。それに大天使様がおわす以上、快適な空間を提供しなければ失礼だというものだろう?」
「ザドキエルさん、元気かなぁ……体調崩してないと良いんだけど……」
僕の独り言を耳にしてしっかり説明してくれるレーンと、何やら心配そうな呟きを零すハニエル。
もしかして件のザドキエルさんとやらは病弱だったりするのかな? いや、でもそんなのが国境の守護なんて重要な任務を任せられるわけないだろうし……まさか病弱なのを考慮してもそれ以上に強いから、とかいうふざけた理由だったり? ハハハ、やめろよそういうの。僕の障害になるだろ。
「いいよなぁ、この物々しい雰囲気! 血が騒ぐぜ!」
「なあ、あたしちょっとその辺見回ってきて良いか? 殺しはしねぇからさ。たぶん」
勝手にテンション上げてる筋肉ダルマと、真の仲間以外には見えないのを良い事に、お散歩に行こうとするキラ。
もちろん僕は無言で首を振って引き留めたよ。猫をリードも首輪も無く散歩させるなんて、恐ろしくてできやしないよ。ましてやその猫が殺人欲求に溢れてるならなおさらね。
ちなみにロリ奴隷二人組は無言で僕らの後をついてきてる。変に発言したら殴られるとでも思ってるんじゃない? 別に僕は殴らないけど、確かに周りは物騒な奴ばっかりだしなぁ。実際砦の中で働かされてるっぽい奴隷の悲鳴とかたまに聞こえてくるしね。地獄かな?
「どうぞ、こちらのお部屋でお寛ぎください。すぐにお茶をお持ちします」
しばらく歩いて通されたのは、物々しい砦の中とは思えないくらい居心地良さそうな一部屋。柔らかそうなソファーに高そうな絨毯、やたら光沢のあるテーブルに壺とか全身鎧とかの無駄すぎる調度品の数々。たぶん貴賓室ってやつかな?
何にせよ通されたのなら遠慮なく寛がないとね。というわけで兵士が部屋を出てから、僕は遠慮なくソファーにどっかり腰を下ろしました。おお、身体がズブズブと沈んでいく……。
「はー、疲れたぁ。やっと国境だよ……この後どうするの? 夜まで待ってから不法入国?」
「いや、わざわざ夜に国境越えをする意味は無いよ。獣人の中には夜目が利く者が多い。暗闇に紛れた場合、逆に向こうに有利な状況になってしまう」
「あー、なるほど……」
悪魔の夜目が利くかどうかは分からんけど、獣人なら夜目が利いてもおかしくはないね。
ちなみにその夜目が利きそうなうちの猫獣人は、飾られてる全身鎧をじっと眺めてる。たぶん鎧の上から致命傷を負わせるにはどこを突けば良いかとか考えてるんじゃない? というか幾ら要人をもてなすための部屋でも、壺はともかく鎧はいる……?
「てことは逆に明るい内から行くべきなのね。でも、夜になる前に国境って越えられるわけ?」
「無理じゃないでしょうか。最低でも十回以上は夜を跨ぐと思いますから。ここからは馬車などは使えませんし、魔獣族の領域にも砦がありますからね」
「なるほど。どのみち何度か夜営することになるわけだね」
じゃあ夜まで待っても待たなくてもあんまり変わらないってことかぁ。個人的にはこんなクソな国さっさとおさらばしたいから、すぐにでも出発したいなぁ。僕は獣っ子と悪魔っ子ひしめく夢の国でエンジョイするんだ。
しかし、その子らもこっちの奴らと同じクソ揃いならさすがにちょっと泣くかもしれん……。
「どうする、皆? ここで一日休んでから明日向かう? それともここで少し休んでからすぐに向かう?」
「すぐに向かおうぜ! ずっと馬車に乗ってたし、このままじゃ身体が鈍っちまうよ!」
「ふむ。万全を期すなら一日休むべきだろうが、私自身そこまで疲弊しているわけでもない。皆が賛成するならすぐにでも国境越えに向かうのが良いかもしれないね」
「はい。私も、勇者様の決定に従います」
とりあえず尋ねてみると、クラウン、レーン、ハニエルの順に好ましい答えを返してくれた。ちょっとハニエルに関してはいまいち自分自身が無い答えな気もするけど、そこは別にどうでもいいか。後で困るのは僕じゃないしね。
「一応聞くけど、お前らはどうする?」
「り、リアは、ご主人様の言う通りにします……」
「わ、私も、同じ……です」
ロリ奴隷二人にも一応聞くけど、まあ立場的にそう答えるしかないよね。
ちなみにこの二人はソファーに座らせたりはせず、扉の近くに立たせてるよ。誰かに見られたら『汚らわしい魔獣族をソファーに座らせるなんて信じられない!』とか驚かれそうだし。そういう扱いもあとほんの少しの辛抱だから我慢してもらおう。
「とっとと行こうぜ。あたしは暇で暇でしょうがねぇよ」
ある意味透明人間と化してるキラさんも、僕らと気持ちは同じみたい。コイツの場合は他の奴らに認識されないのが単純につまらないからってだけだろうけどね。寂しくて死んじゃう、とか考えるようなタマでもあるまいし。
「じゃあ皆心は一つみたいだし、ここでしばらくお茶をしたらすぐ国境越えに向かおうか?」
「――そうね。善は急げというし、私たち善なる存在はすぐにでも行動を起こさなくちゃ!」
「うんうん、その通りだね!」
やたらにノリの良い返しが聞こえて、僕は思わず強く頷いた。
でも待って欲しい。僕の仲間にこんなノリの良い答えを返してくれる奴いたっけ? いや、いないよね? じゃあ今の誰よ?
「ハーイ!」
声は後ろから聞こえてきたから、ソファーの後ろをゆっくり振り返ってみると、そこには気さくに挨拶してくる見知らぬ天使のお姉さんが立ってた。
まあ百歩譲ってそれは良いよ。凄い美人だしね。三つ編みにされた綺麗な青い髪もめっちゃ長くて、こう、アレに巻き付けてアレすればめっちゃ捗りそうな感じだし。お目目も青く輝いてて素敵だしね。
問題なのはそのお姉さんの背中に広がる翼が普通の天使のそれより大きくて、片側に二枚ずつで合計四枚もあるってこと。要するにこのお姉さん、大天使様なんだよね。面倒くせー。
「……………………」
「……………………」
「……お茶まだかなー?」
「あーん、流して無視しないでぇ! ちゃんとお姉さんを見てー!」
関わると色々面倒なことになりそうだから見なかったことにしたら、後ろでびーびー泣き始めた。そして何故か僕が女性陣から非難の目を向けられる。
あーあ、どっちにしろ面倒くさいのは変わんないのかぁ……ちくしょう……。