墓荒らし
⋇残酷描写あり
「それでねそれでね! リアはサキュバスをザクザク刺してグチャグチャになるまで斬りつけたの! いーっぱい血が出て凄かったんだよ!」
「はいはい、凄い凄い」
リアのめっちゃグロテスクな話を左から右に聞き流しつつ、僕はスケッチブックにすらすらとペンを走らせる。
時は流れて夜営中。無事にアリオトを出発した僕らは、魔獣族の襲撃も無く平和に夜まで馬車の旅を続けることができた。まあそれは僕が魔獣族除けの結界を張ってるからなんだろうけどね。
そんなわけで、今は馬車に便乗して乗せてくれたお礼にと、兵士たちの代わりに勇者である僕が火の番と警戒をしてあげてるわけだよ。というかいつのまにか僕らがやることが決まってたんだよなぁ。たぶんレーンが交渉した時に条件に入れたんじゃない?
まあ別に良いんだけどね? 火の番しながらでもやれることはいっぱいあるし、僕には世界に平和をもたらすためにやらなきゃいけないこともいっぱいあるし、実際やることは山積みだよ。あー、早く難しい事考えずに欲望の限りを尽くしてー。
「もーっ! ちゃんと聞いてよ、ご主人様ー!」
さすがに話を聞き流してたことに気が付かれたみたいで、リアがぷりぷり怒って詰め寄ってくる。
ていうかコイツ、心なしかかなり血色が良くなってる気がするんだよなぁ。一人で気持ち良くなれるような知識は持ってないだろうし、もしかするとサキュバス殺して気持ち良くなったせいで必須栄養素を補給しちゃったのかもしれない。初めての相手にまだ悩んでる僕としては、助かるような嬉しいような残念なような……。
「んなこと言ったって、お前その話するのもう七回目じゃん。六回目まではちゃんと聞いてた僕を褒めろ。あとそんなに殺人の話がしたいなら打ってつけの奴がいるから、そいつに話せば良いじゃんか」
「えー……だってキラちゃん、怖いんだもん……」
「お前も引けを取らないから大丈夫だって。それに僕は今忙しいから。ほら、行ってこい」
「はーい……」
僕が促すと、リアは渋々歩いて近くの林の中に消えて行った。何で林の中かっていうと、絶賛消失の真っ最中なキラをそこに待機させてるから。
いや、真の仲間にしか認識できないから、別に僕らと一緒にいたって不都合は無いよ? ただ一緒にいるとつい話しかけちゃいそうで不安なんだよね。突然虚空に話しかける勇者様って、傍から見るとちょっと不気味でしょ? ちょっとそれは避けるべきかなーって思ってさ。
さて、やっとうるさいのが消えたから心置きなく作業再開だ。別に話しかけてくるのは良いんだけど、同じ話を七回もされるのは苦痛でね……。
「……で、あんたは一体何をやってるわけ?」
「魔道具作り――のための下準備。細かい所はこうして描いて行った方がイメージしやすいしね。絵心に自信は無いけど」
右隣から尋ねてくるミニスに答えながら、スケッチブックにペンを走らせる。
何で今そんなことしてるのかというと、国境越えが近いから準備しなきゃいけないものがあるんだよね。あとは自分でも作れるかどうかを試すため。ダメならダメでまあ他の方法を考えるさ。
ちなみにミニスは僕が火の番についてからずっと隣に座らせてるよ。一人はちょっと寂しいし、作業中に話し相手が欲しいじゃん? まあさっきまでは頭のイカれたロリサキュバスが話し相手になってたっていうか、向こうが延々まくし立ててたんだけどさ。
「ふぅん。どうせまた何かろくでもないことするつもり――がはっ!?」
ジト目で罵倒してきたと思ったら、何故かミニスは悲鳴を上げて焚き火の方に吹っ飛んでった。そのまま焚き火に顔面からダイブを決めて、火の粉や焚き木を周囲に撒き散らしてる。
いや、僕がぶん殴ったりしたわけじゃないよ? 僕の沸点は高めだからね。大体三千度くらい!
「よお、クルス。ちょっと隣邪魔するぜ?」
「うわ、むさ苦しいのが来たぁ……」
「おいおい、ひでぇ反応だな?」
ミニスを吹っ飛ばしたのはどうやら筋肉ダルマことクラウンだったみたい。会いたくないのがやってきたせいで、嫌悪を思わず顔に出しちゃったよ。
しかし魔獣族とはいえ、小さな女の子の背中を思いっきり蹴り飛ばすなんて酷い奴だ。人の情とかそういうものはないんですかね?
「それで何か用? まだ見張り交代の時間じゃないよね?」
「ああ。もうすぐ国境だろ? いよいよ俺たちもクズ共の本拠地に足を踏み入れるわけだし、それを祝していっちょ酒盛りでもしようと思ってな」
そう言って、クラウンは酒瓶を一本投げてきた。てっきり回し飲みでもするのかと思ったら、クラウンはクラウンで自分用の酒を手にしてるみたい。
良かったぁ。むさ苦しい筋肉と間接キスなんてすることになったら、唇を引き千切りたくなっちゃうところだったよ。向こうの。
「酒盛りかぁ。僕まだお酒飲んだことないんだよねぇ」
「おいおい、マジかよ。そんなん人生の半分を損してるぜ? さあほら、グイっといけ!」
馴れ馴れしく肩を組みながら、一気に呷ることを進めてくる。
うーん、どうしようかなぁ。そもそも僕はまだ十七歳だから、日本の法律で考えると飲酒はダメ、ゼッタイなんだよね。でもここ異世界だし、その法律は適用外のはず。
ただ僕はマジでお酒飲んだこと無いから、自分がどれだけアルコールに弱いか、そしてどんな酔い方をするかも分からないんだよなぁ。酔って喋っちゃいけないこと口走る可能性もあるし、ここは安全策を取った方が良さそう。
そんなわけで、僕は魔法で酒の中のアルコールを分解――あれ? アルコールって確か分解されるとアルデヒドになるんだっけ? いや、それはあくまでも代謝の上での分解か。あー、でも僕がそう考えたってことは、アルコールを分解したらマジでアルデヒドになっちゃうかもしれない。この世界の魔法の仕組み的な問題で。
もういいや。面倒だからただの水にしちゃえ。えーい、一酸化二水素になーれ!
「………………うっわ、何だこれ。喉が焼けそう……」
実際に飲んだのはただの水だけど、ちゃんと酒を飲んだような感想を零しておいた。まあ砂糖は甘い、くらいのガバガバな感想なのは否めないね。
「それが良いんじゃねぇか! この焼けつくような喉越し――かーっ、堪んねぇな! 物資の中からちょろまかしてきた甲斐があるぜ!」
「兵士さーん! ここに泥棒がいますよー! 犯罪者ですよー!」
「おいおい、やめろ! ちょっとくらい良いだろ、なぁ!?」
僕がわざとらしく叫ぶ真似をすると、わりと必死な表情で止めに来るクラウン。コイツ、どうやら本当に物資をちょろまかしてきたみたいですね……。
「……にしても、犯罪者か。まさか仲間内にブラインドネスがいたなんてな。びっくりだぜ」
「それは僕もびっくりした。国が用意した人員だし、素性とかその辺ははっきりしてると思ったのになぁ」
犯罪者って言葉でキラの事を思い出したみたいで、クラウンは酒をグイっと呷りながらため息を零す。
ちなみにキラの正体とその末路については、ショタ大天使の処理を終えたその日の内に伝えてあるよ。キラがブラインドネスだってことにめっちゃ驚いてたけど、強いて言えば反応はそれだけだったね。聖人族の裏切り者に情けはいらないってことかな。まあ本当は魔獣族なんですがね?
「あー、国はあんまその辺重視してねぇからなぁ……というか素性も育ちもはっきりしてるような奴は兵士とかに取り立てるからな。俺たちは言っちまえば余りもんだ」
「へー、そんな裏事情が……」
「元から俺らはあんま期待されてねぇってこった。けどな、だからこそ俺らが魔王を倒したら、皆びっくりすると思わねぇか?」
「みんな度肝を抜かれるだろうねぇ。期待されてない僕たちが偉業を成し遂げたら、鳩が豆鉄砲食らったような顔するに違いないよ。見てみたいねぇ、そんな顔」
「だな、きっと気分爽快だぜ」
欲を言えば、この世界を滅亡に追いやらんとする存在が実は自分たちが召喚した勇者だったことを知った時の表情も見たいかな? いや、さすがにそれはネタ晴らししちゃダメか。
「俺らに期待してねぇ奴らを見返すためにも、そして俺ら聖人族の平和な国を創り上げるためにも、絶対に魔王討伐は成功させようぜ! クルス!」
「そうだね! 力を合わせて、頑張ろう!」
何か一人でテンション上げてるクラウンに適当に合わせて、酒瓶で乾杯してお互いにグイっと一気に呷る。
しかしこれから火の番と見張りの交代なのに、こんなに酒飲んで大丈夫なんですかね? コイツ……。
「はー……アホくさ」
火の番と見張りをクラウンと交代してテントに戻った僕は、さっきの会話を思い出して率直な感想を呟いた。
ここ野郎のテントで、今はクラウンがいないから完全に一人部屋だしね。隣にいるのは僕の従順な奴隷だけだし、毒を吐いたって問題なし。
「見返すだとか、聖人族の平和な国だとか、視野が狭すぎて笑っちゃうんすよね。そんな思考する奴だからこそ余りものなのでは?」
仕方ないっちゃ仕方ないかもしれないけど、話が全部聖人族の中で完結してるから心底笑えるね。魔獣族は滅ぼすべきものって完全に決めつけてるよ。その原因が特に理由の無い敵意だっていうんだから、種族間での恒久平和を目指す僕としてはヘソで茶が湧かせるくらいに愉快で笑えちゃうね。
「あんた、さっきまで仲良く喋ってた癖に……」
「そんなこと言われても、別に友情なんて毛ほども感じてないし。まだ鉛筆とか消しゴムとかの方が愛着があるよ」
「すでに分かりきってることだけど、あんた頭おかしいわ。絶対病気よ」
何やら可哀そうなものを見る目でじっと僕を見つめてくるミニス。そんなもん今更言われなくても分かってるわ。
あ、そうそう。クラウンに蹴られて焚き火に顔面からダイブしたミニスだけど、結果的には無傷でダメージも無かったよ。僕がかけた冷房固定の魔法が無かったら、顔面大やけどする苦しみを味わったんだろうけどね。残念。
「はっはっは。そう思うのはこれからだぞ。消失、そして――瞬間移動」
「えっ」
ミニスの頭を軽くポンポン撫でた後、そのまま転移の魔法を使う。
えっ、何でいきなり転移なんてするのかって? だってせっかく男用テントの中には僕とミニスしかいないんだよ? そしてクラウンは三時間くらいは見張りで帰ってこない。だったらこれ幸いと悪いことをするのは当然だよね? それとも僕が間違ってる?
「――はっ!? え、何!? ここどこよ!?」
一瞬で周囲の景色が様変わりしたから、ミニスは目を丸くして辺りを見回してる。心なしか顔も青いね。
いや、顔の青さはどっちかっていうと周囲の光景が問題なのかもね。こう、今にも幽霊とかゾンビとか出てきそうな場所って言えば想像つくかな?
「ここは人生の終着点。墓場でございます」
「墓場ぁ!? 何で一瞬で移動して、しかもこんなところに……!?」
「ちょっと実験に検体が幾つか必要でね。これに関してはお前じゃ実験できないし」
ちなみにここはアリオトのやや外れにある墓地。昨日の内に下見だけはしておいたから、一度行った場所になって転移できたってわけ。下見じゃなくてその場で用事を済ませた方が早かったけど、どっかの殺人猫の尻拭いで疲れてたしね。用事は今夜に回したってわけ。
さてさて、この墓石の主は死後何年かな? ふむふむ、なるほど。何年だろう? 見ても分からん。ナータ歴三千九百九十五年とか刻んであるけど、そもそも僕この世界の年号を把握してないから何年前に死んだのかさっぱり分からん。
しかしナータ歴ねぇ。これたぶん、ていうか間違いなく女神様の名前の一部を取ってるよね。案外探せば他にも女神様の存在を仄めかす何かが残ってそう。
「ま、まさか、墓荒らしするつもり……?」
「うん、そう。何か問題ある?」
「いや、問題しかない気がするんだけど……」
「えー? だってここ聖人族の墓地だし、お前にとっては公園の砂場くらいの認識じゃないの?」
「幾ら嫌いな聖人族でも死んだ後にまで辱めたいとは思わないわよ。ていうか砂場に死体が埋まってて堪るか!」
「ふーん。お前といいレーンといい、死体にだけ妙に優しいよね……」
あと結構ミニスのツッコミが心地良いね。ツッコミがいないのにボケ倒してもつまらんし、こいつには今後もこの調子で頑張って貰おう。
「まあいいや。よーし、それじゃあ早速墓荒らしを始めるぞー!」
「えぇ……本当にやるの……?」
「検体が必要って言ったでしょ。そんなわけで、お休み中の所失礼しまーす」
とりあえずペコリと礼をして、僕は墓地全体に結界を張った。今は深夜とはいえ墓参りに来てる人がいるかもしれないし、墓荒らしの最中に邪魔されたら困るしね。
ということで、僕らは綺麗なお月様の下、墓荒らしに精を出しました。まあ考古学者とか医者とかも墓場荒らすし、多少はね?
⋇某医療ドラマでは部下を患者の家に不法侵入させて家探しさせたり、墓荒らしをさせて遺体から病気の情報を得ようとしたりします。