いざ、出発
⋇ここから第四章。
⋇今回は隔日投稿。二日に一回の投稿になりました。理由はあとがきの方で。
うちの飼い猫の失態の尻拭いを無事終えて、めでたく迎えた平穏な朝。女神様と濃厚な口付けも交わせたから、幸せいっぱいでストレスゼロの気持ちの良い朝だったね。
でも朝食の最中にラツィエルの屋敷から使者が来たから気分は台無し。何かあのショタ大天使が大切な話があるって僕を呼び出してるみたい。スゲー嫌だしスゲー不安だけど行かないわけにはいかないよね?
「――キラがブラインドネスではなかった可能性がある?」
そして屋敷に出向いて教えられた情報がコレ。
ぶっちゃけそんな可能性はゼロなんだよなぁ。あんなヤベーのがそう何人もいてたまるかっつーの。
「ああ。彼女が悪人で裏切り者なのは確かだが、その可能性が浮上した」
そんな見当違いの情報を僕に得意げに語るのは、昨日散々僕の前で醜態を演じた事を綺麗さっぱり忘れたラツィエル。まだ朝だってのに、優雅に紅茶をすすってやがるよ。アフタヌーンティーならぬモーニングティーかな?
しかし話っていうのはそんな心底どうでもいいものだったのか。てっきり記憶の改竄とかに気が付かれたのかと思ってびっくりしたよ。驚かせやがって……!
「昨夜遅くに、僕に連絡があってね。何でも一昨日の番、テラディルーチェでブラインドネスの犯行と思しき殺人が十件に迫るほど発生したようなんだ。距離と時間を考えるに、これは彼女の犯行ではないだろう。となると――」
「それは他の人物の犯行、ということですね」
実際は間違いなくキラの犯行だけどね。ていうか僕もその場にいたし。
しかし実際に殺ったのが一昨日の晩なのに、その情報がラツィエルに伝わるまでにほぼ二十四時間くらいかかってるのか。首都から二つ離れた街への情報伝達速度としては、これは早い方なのか遅い方なのか……。
「そうだ。彼女の方が模倣犯だったか、あるいはそもそもブラインドネスが一人ではなかったか、可能性は色々とあるがね。ともかくブラインドネスの脅威はまだ無くなっていないらしい」
「……悔しいです。そのような脅威が残っていることを知りながら、旅立たなければいけない事が」
とりあえず適当に悔しそうな顔をしておく。あと拳をぎゅっと握るのがポイント。
本当はこの世界にとっての一番の脅威は、他ならぬ僕自身なんだけどね?
「それは君が気にすることではないよ。君にはブラインドネスより恐ろしい脅威を消し去って貰わなければならないのだから、こちらは僕たちに任せ、安心して魔王の討伐に向かってくれ」
「……はっ、了解しました。必ずや邪悪な魔王を打ち滅ぼし、この世界に平和をもたらしましょう」
「頼もしい返事だ。では頼んだよ、クルスくん」
もちろんラツィエルはそんなことには全く気が付いてない。
結局コイツは最後まで僕の事を素晴らしい勇者としか思ってなかったよ。頭の中弄られて記憶を改ざんされたとも知らずにね。いやー、あまりにも滑稽過ぎて話してる間笑いを堪えるのが大変だったなぁ……。
「……よし、それじゃ早速国境の砦に向かおう!」
「おうっ!」
ラツィエルの屋敷から宿屋に戻った僕は、早速仲間たちに街を出ることを伝えた。
ちなみにやる気満々の叫びを上げてくれたのは筋肉ダルマことクラウンだけでした。本当コイツら協調性が微塵もねぇな!
「……それは構わないが、君はどうやって国境の砦に向かうのか分かっているのかい?」
「えっ? また乗り合い馬車じゃないの?」
「国境の砦に乗り合い馬車は出ていませんよ? そもそも魔獣族の国に好んで向かう人はいませんからね。そんなことをするのは勇者様くらいですよ」
僕が無知を晒すと、一切の邪気が感じられない笑顔でハニエルが教えてくれた。
そりゃそうだ。わざわざ憎き怨敵がひしめく敵国に向けて、旅行になんて行くわけないもんね。そして攻め込む目的で行くような奴は、平和な乗り合い馬車なんか使わない。そもそも国境に近付けば近付くほど、潜伏してる魔獣族による襲撃の頻度が上がるみたいだしね。乗り合い馬車なんか走らせてたら襲ってくれって言ってるようなもんか。
「じゃあどうやって行くの? 徒歩?」
「砦へ物資を運ぶ馬車が定期的に出ている。私たちはそれに便乗して砦へ向かうんだ。大天使様からのお達しも出ていたようで、交渉はすんなり終わったよ。馬車の者たちはすでに街の正門で待機しているところだ」
「いつの間にそんなことを……手が早いなぁ、レーンは……」
僕は誠実な勇者様っぽく振舞ってはいたけど、結局悪いことしかしてなかったのにね。コイツはコイツで色々と僕のサポートをしてくれてたみたい。甲斐甲斐しくて泣けてくるね!
「でもさ、一つ解せない事があるんだよね。聞いても良い?」
「うん? 何だい?」
「どうして空間収納の魔法があるのに、わざわざ物資を満載した馬車なんて出すの? 異空間で受け渡しすれば安全かつ素早く物資を届けられるのに」
さすがにこの世界の全員が使えるわけじゃないらしいけど、聞くところによると空間収納の魔法はわりと一般的なものらしい。脳筋としか思えないクラウンでさえ使ってたしね。
だからわざわざ馬車に物資を満載して、途中で襲撃を受けて奪われる可能性を犯してまで陸路で運ぶのは正直ちょっと理解できないかな?
「ほう? そこに気付くとはやはりなかなか鋭いね、クルス。だが理由が分からないのは減点だよ」
「いきなりの点数制。で、結局どうしてなの?」
「そうだね。私の話を途中で遮ったりせず、短く纏める事も要求しないのなら教えてあげよう」
「あっ、コイツ……!」
どうも今まで短く要点を纏めて喋らせてたのがお気に召さなかったみたい。そんな条件を付けてフッと不敵に笑いやがった。やっぱコイツ喋りたがりじゃないか……!
「じゃあいいや、他の人に聞こうっと。ハニエルー、何でわざわざ物資を運ぶのー?」
「あっ、えっと……それは、そのぉ……」
「んー? もしかして分からない?」
「いえ、分かってはいるんですが……私より、お話ししたそうな方がいますので……」
「……………………」
申し訳なさそうな顔をするハニエルの視線を辿って見ると、そこには無言で佇むレーンの姿。何ていうか、心なしか捨てられた子犬みたいな縋る目をしてるぞ。そんなに喋りたいの、お前……?
「分かったよ、聞くよ……」
「そ、そうかい? よろしい、では私が教えてあげようじゃないか」
レーンはほぼ独力で大天使を撃破したっていう功績もあるし、仕方ないから長話を聞いてあげることにした。一瞬とはいえ、途端にすっげー嬉しそうに顔が輝いたよ、コイツ。
「さて、何故空間収納を用いないのかという話だが……実は空間収納を使わず、物資をわざわざ馬車で運搬するのは安全面を考慮した選択なんだ」
「安全面? 途中で魔獣族に襲われて奪われたりしそうなのに?」
「その可能性は確かにある。だからこそ空間収納での受け渡しが便利で安全だという事も否定はしない。だが思い出してみてくれ。空間収納の魔法に個人個人で名前を付けるのは何故だった?」
「それは確か空間の座標が……あっ」
あー、そっか。そういうことね。これは確かに馬車で運んだ方が安全かもしれないわ。
「どうやら理解できたようだね。確かに空間収納は便利で安全だ。だが付けられている名前を知られてしまえば、誰にでもその空間は開けてしまうんだ。魔獣族にバレてしまえば物資を盗むのはもちろんのこと、爆弾を紛れ込ませたり毒を仕込んだりと、ただ盗まれるよりも被害が甚大になってしまう」
空間収納の魔法は、個別の名前を付けることで開く異空間の座標を変化させる、だったかな? 付けられてるその名前を知ることができれば、誰だって開けられちゃうっていう致命的な欠陥があるんだ。
もちろん物資の管理とかに携わる人を少なくして、情報流出の危険性を最小限にするっていう手もあると思うよ? でも安全な世界ならともかく、この世界だとそれはそれで危険だからなぁ。
「空間収納の名前を知る者をできる限り少なくすれば、その懸念もある程度は解消される。しかしそれは逆に、その数少ない人物に不幸があった時、空間収納が開けなくなってしまうという危険性が出てくるんだ。かといって知っている者を多くすれば、今度は流出の可能性が増えてしまう」
うん、やっぱ予想通りっぽいね。知ってる奴が物資送る側と物資受け取る側で二人くらいしかいなかったら、その二人が死んだり殺されたりした時、異空間に放り込んだ大量の物資が無駄になっちゃうもんね。
異空間は受け渡しだけに使って、物資は砦の倉庫とかに保存するっていう手もあるにはあると思うよ? でもこの世界の魔法の仕組みから考えると、空間収納の魔法って空間に開ける穴が大きければ大きいほど、維持する時間が長ければ長いほど魔力めっちゃ食うよね。砦が必要とするほどの物資なら、どう考えても小分けにして物資を取り出して、なおかつ時間を置いて何度もやらなきゃ普通の人には厳しいと思う。
ま、僕は無限の魔力を持ってるから関係の無い話なんですがね? アッハッハッ。
「はー……何て言ったっけ、これ。二律背反?」
「少し違うような気もするが……まあ、間違ってはいない。要するに安全面を考慮して、物資は人力で運搬し、倉庫に保存という事になっているのさ。一応緊急時には空間収納を使う場面もあり、ごく少数の人間はその空間の名前を知らされているようだがね」
「ふーん……結局はローテクの勝利って事か……」
「ろー、てく……?」
んー、今の話題に全然関係ないけど、二律背反が通じてもローテクは通じないのか。翻訳の基準が良く分からんな。
「まあいいや、疑問が解けてスッキリした。さて、それじゃあ皆、準備は良い?」
「おう! いつでも行けるぜ!」
「はい、私もいつでも大丈夫ですよ?」
「は、はい……大丈夫、です……」
「わ、私も、大丈夫……です……」
僕が尋ねると、筋肉ダルマ、お花畑天使、ロリサキュバス、実験動物の順に頷く。
そうそう。実験動物ことミニスは、リアを見習って人前では従順な奴隷として振舞うことに決めたみたいだよ。やっぱりあの馬車での引き回しが効いたんじゃない? 本当可哀そうなことをするなぁ、全く! もっとやれ!
「あたしも問題ないぜ。まあハニエルとクラウンには聞こえてねぇだろうけどな」
そして消失で真の仲間以外には存在を認識されないキラも頷く。
キラは国境越えるまでしばらくこのままかな。まあ元々自分のミスの結果みたいなものだし、文句は言わないでしょ。他人と触れ合えないことに悲しみを覚えるような奴でもないだろうしね。
「よし、じゃあ皆大丈夫そうだから早速出発だ!」
そんなわけで、僕らはついにこの糞溜め――違った。聖人族の国を出るために、国境の砦に向かうのであった。
あー! さっさと勇者なんかやめて自由気ままに振舞いたいなーっ!
はい、隔日投稿になった理由ですが……四章分は書き終えてます。ただ五章が中途半端なので……隔日投稿にしていればその間に書ききれるんじゃないかな、という淡い期待からこうなりました。ちなみに書き切れなかったら四章終了時点で再び月単位の更新停止に入ります。本当に申し訳ない……。