バレました
「お、きたきた。おかえりー」
大体一時間くらいかな? ある程度は魔獣族の殲滅を終えた僕らは、最初の取り決め通り森の入り口に集合した。
まあ集合したって言っても、僕とクラウンが先に到着して十分くらい待ってたんだけどね。あんまり長く待たされるのは嫌いな方とはいえ、十分くらいなら許容範囲かな? もともと時間自体は指定してないわけだし。
「……って、何でお前らテンション全然違うわけ?」
歩いてくるレーンたちが近くまで来たところで、皆してテンションがバラバラなのに気が付く。
レーンは何かお通夜みたいな雰囲気で見るからに沈んでるし、逆にリアは猫を被ってるのに徹夜三日目みたいなおかしなテンションになってる。心なしかレーンの足取りは重苦しいし、リアに至っては軽すぎてスキップしてる感じだね。
ちなみにキラはいつも通りでした。ていうかアイツ、全然足音が聞こえないんですが? 猫だからっていう理由で納得はできるけど、どっちかっていうと暗殺者みたいな奴だな……。
「……オブストラクト」
「う、あ……?」
そしてレーンがボソリと呟いたかと思いきや、僕の隣に立ってた筋肉ダルマがおかしな声を上げてぶっ倒れた。
もちろん何の因果関係も無いなんて考えるほどおめでたい頭はしてないよ。絶対レーンの仕業でしょ。若干魔力っぽいものが感じられたしね。他者に直接働きかける魔法にしては、めっちゃ少なかった気がするけど。
「えっ、いきなり何やってんの? 幾ら筋肉ダルマがウザいからってこんなところで殺しちゃ駄目だよ。証拠が残りすぎるでしょ?」
「殺してはいない。脳の血管を一時的に塞いで血流を妨げ、昏倒させただけだよ。緊急の話をするのに彼は少々邪魔だったからね」
「……何かあったの?」
とりあえず倒れた筋肉ダルマを避ける形で、内緒話のための結界を展開してから尋ねる。
すっげぇエグイ落とし方したことがちょっと気になったけど、まあそれは些細な問題だね。消費魔力を節約するためには詳細かつ小規模の改変が一番だってのは理解してるし。それに何らかの後遺症が残っても、脳筋のコイツはこれ以上馬鹿にならないだろうしね。
「ああ、実は――」
「ねえねえ、ご主人様! リア、サキュバスを一人殺したんだよ! グチャグチャのメチャメチャにしてやったの! すごく胸がスカッとしたんだ! やっぱり復讐って最高だね!」
「なあなあ、これ見てくれよ。綺麗だろ? ここの血管の走り具合とか特に良くねぇ?」
真面目な顔で話をしようとしたレーンの前に、突如割り込んでくる狂人二人。片やイっちゃった感じの危ない目をして、片や瓶詰めの眼球を誇らしそうに見せびらかして僕に迫ってくる。
何だこの地獄の光景は。たまげたなぁ……。
「まあ何となくレーンが疲れてる理由は分かったよ。引率ご苦労様」
「色々な問題が起こりすぎて、酷く頭が痛むよ。こう言っては何だが、私はもう絶対に君から離れたくないと切実に願っている」
「それはそれは。そんな情熱的な台詞がお前の口から聞けるなんて、嬉しくて涙が出そうになるよ」
「どうせ君のことだ。その涙は白く濁っている上、目から流れるものではないんだろう?」
おおっと、ここでまさかのレーンによる下ネタ。何があったのかは分からんけど、これは相当疲れてますね……。
「ご主人様ー! リアのお話聞いてよー!」
「そうだぞ。アイツとばっか話してねぇで、あたしを見ろ。そしてあたしが採ってきたこの目玉を見ろ」
「あー、はいはい。凄い凄い。偉い偉い」
「えへへー……」
自己主張の強い狂人二人に適当言いながら、よしよしと頭を撫でてやる。
正直これで騙されてくれるとは思ってなかったけど、今までまともな愛情を受けずに育ってきたせいかな? リアは嬉しそうに頬を緩めて尻尾振ってたよ。
「ふにゃ……」
そして驚いたのはキラも似たような反応したってこと。目を細めて気持ち良さそうにしちゃってまあ……随分と猫らしいっていうか、まともな反応してくれますね。一緒にシャワー浴びて色々な所弄ってもほぼ無反応だったのに。もしや猫を愛でるように触れた方が感じるんです?
「――って、あたしは騙されねぇぞ。舐めんな」
数秒くらいしてから突然ハッとして、僕の手を汚いモノでも退けるように振り払ってきたけど、明らかに騙されてたじゃん? 可愛らしいメス猫の顔してたの、僕ははっきり見てたぞ?
「まあ二人の話もちゃんと聞くけど、それは後にさせてよ。何か結構重要な話みたいだしね」
「ああ、その通りだ。恐らくキラがブラインドネスだということが、ラツィエルにバレた」
「えぇ……」
「げっ、マジかよ……」
「わー!? 大変だー!」
何か重要な話だと思ってたら、予想以上の答えが返ってきた。連続殺人鬼の正体がよりにもよってあの大天使にバレるとかマジ? さしものキラも苦々しい顔してるし、リアもびっくりしてるぞ。
「……ちなみに根拠は?」
「魔獣族の掃討を終え、キラが一人でいつもの採取行動を取っていると、近くに聖人族がいるのを見つけたそうだ。もちろんすでに仕留めてしまった後なので正体を聞き出したわけではないが、所持していた物が物だったからね。断定するには十分過ぎる要素だったよ」
「ん、これか?」
ごそごそとキラが取り出したのは、片手に収まるくらいの小さなガラス玉っぽい何か。水晶玉にしては小さいし、ボールにしては素材が明らかに不向きだし……何だろうね、これ?
「そうだ。これはコレス・スフィアと言ってね、遠く離れた場所にいる人物との通信を可能にする魔道具だ。双方がこのコレス・スフィアを所持していること、通信距離に限界があること、起動時はもちろん通信を行っている間も継続して魔力が必要なこと。様々な制限があるが、少なくとも街から街程度の距離で一方的な報告だけなら、大多数の者に可能だろう」
なるほど。要するに無線機とか携帯電話の類ね。少なくとも二人以上で使われる物みたいだし、これを一つだけ持ってる奴がいたら必ず通信相手もいるってことだよね。なるほどなるほど。
いや、もちろんあのショタ大天使とは無関係だって可能性もあるよ? 例えばこれ持ってた奴が遠距離恋愛中で恋人とお話するための魔道具だった、とかね。
でもここで冷静に考えてみよう。キラがブラインドネスだったせいで、素敵な勇者であるこの僕の一行がとんでもなく怪しくなってるんだよね。だってキラの奴、首都を旅立つ前にいっぱい殺して、到着した街でもまた殺してるんだよ?
幾ら僕がカッコよくて素敵な勇者とはいえ、僕が旅立ってから首都ではパタリと猟奇殺人が無くなって、代わりに僕が立ち寄った街では猟奇殺人が起きてるとか怪しすぎるでしょ。これは仲間が疑われても仕方ないわ。たぶんこのコレス・スフィアっていうのを持ってた奴、ショタ大天使が送り込んできた調査員的なやつなんだろうなぁ。
ところでこれ、球体だからスフィアなの? 四角くしたらコレス・キューブになるの?
「……つまり、アレかな? キラさんはこれを持ってる奴に、目玉を抉る現場を見られてたってこと?」
で、キラはその調査員的な奴に、特徴的な採取行動を見られたってわけか。自業自得ってこういうことを言うんだろうけど、僕にもめっちゃ迷惑がかかってるんですが?
「………………」
「おい、こっち見ろ。その目玉じゃなくてお前自身の目でこっち見ろ」
「あははっ! キラちゃん怒られちゃってるー! いけないことばっかりしてるから、きっと罰が当たったんだ――ふぎゃうっ!? ひゃ、ひゃめへよー! ほっぺひゃのびひゃうよー!」
押し黙ってそっぽ向きながら僕に瓶詰めの目玉を向けてきたキラは、リアの天然の煽りを受けてその頬っぺたをぎゅっと抓り始めた。見た目は子供だけあって良く伸びる頬っぺただなぁ。お餅みたいで齧り付きたい。
「うーん……本当にこれは大問題だね。さすがに実はバレてない、なんて楽観的な考えで行動できる問題じゃないし。ここはバレたって前提で行動した方が良さそうかな?」
負けじとキラの頬っぺたを引っ張るリアと、目玉をしまって両手で引っ張り始めたキラ。とりあえずスキンシップを重ねてる二人は役に立ちそうにないから、レーンと二人で作戦を練ることにしたよ。
「同感だ。さしもの君でも記憶の改ざんや洗脳は相手の同意を得るか、死亡した状態でないと不可能だからね。最悪の事態を想定して行動するのは賢い選択だよ」
「ちなみにバレたのってそれだけ? 目玉抉る行動をお前らが容認してるところを見られたとか、キラが魔獣族だってことを知られたとか、そういうのはない?」
「前者は無いと断言できる。キラは一度、私たちと共にいる時にもいつもの行動を取ろうとしたが、その時はギリギリで止めることができた。その後は私とリアはキラが掃討を始めた辺りから、その場を離れていたからね。戻ってきたのはキラが聖人族を仕留め、周囲の遺体からも採取を終えて川で釣りをしていた辺りだよ。後者に関しては……まあ、最悪を想定するならバレたと考えるべきだろう」
あー、マジかぁ。連続殺人鬼だってことがバレた挙句、実は魔獣族だってこともバレた前提で対策を考えないといけないのかぁ。どっちか一つでもとんでもなく大きな秘密なのに、この二つが同時にバレたとかやってられんわ。チクショウめ。
「……頭が痛くなってきた。アスピリン無い?」
「聞き慣れない言葉だが話の流れからして頭痛薬のことかな。残念ながら持っていないし、持っていればすでに私が全て服用している」
「だよねぇ……うーん、どうするかなぁ。一番簡単なのは僕らは何も知らないってことにして、キラを切り捨てて殺人鬼として快く突き出すことなんだけど……」
ぶっちゃけそれも選択肢の一つ、ていうか大局的に見るならそれが一番賢明な選択だと思う。勇者としての旅は次の国境の砦で終わりっていっても、そこにも大天使がいるらしいし、不安要素はさっさと断つべきなんだよね。
問題はキラが貴重な真の仲間で、ほとんど替えが利かない存在だってこと。どうするかなぁ、容赦なく切り捨てるか、それとも別の対策を考えるか……。
「あたしを守ってくれたら、その内好きなだけ尻尾触らせてやるよ」
「うん! 大切な仲間を売るなんて考えられないね! 僕は絶対に仲間を守る!」
悩んでるとキラが素敵な提案を――じゃなくて、僕は高潔な勇者だってことを思い出したから、勇者らしく仲間を守ることに決めたよ。悪人だろうと今まで一緒に旅をしてきた大切な仲間なんだ! 絶対に売り渡したりはしないぞ!
「一見勇者らしい言葉だというのに、吹けば飛ぶほど薄っぺらく聞こえるね……」
そんな僕の決意を、レーンは酷く呆れた感じの声で罵倒してきた。おまけに信じられないくらいに冷めた目をしてる。
何だよ、自分の身を犠牲にしてでも魔王を倒して世界を平和にしようとする勇者よりも、欲望駄々漏れで人間臭い勇者の方がよっぽど親しみやすいじゃないか。全く……。