魔獣族狩り
⋇残酷描写あり
「ここがタウラスの森かぁ……」
朝食を摂って色々と準備を終えた僕たち勇者一行は、ショタ大天使のお願いに従って魔獣族狩りに繰り出していた。
風にさわさわと揺れて擦れ合う、耳に心地良い木の葉の音。むせ返るような植物の香り。吹き抜ける涼しい風。いやぁ、森の中っていうのは本当に素晴らしく気持ちが良いね!
「……虫いっぱいいそうだから帰りたい。帰って良い?」
でも僕の心を占めてるのは帰りたいという気持ちただそれだけ。
だって森って虫の宝庫だよ? 何でそんなとこに大の虫嫌いの僕が足を踏み入れなきゃならないの? 一応僕の周囲三メートルにはあらゆる昆虫が近づけない結界を張ってあるけど、そもそもできれば視界に入れることすら避けたいんだが?
「駄目に決まっているだろう。大天使様直々の命令を受けた以上、この森に潜伏している魔獣族の殲滅は、命を賭して遂行しなければいけない重要任務なのだからね」
「そうだぜ! それにせっかく大量のゴミ共を掃除できる良い機会なんだ。これを見逃す手はないだろ?」
「早く出て来ねぇかなぁ。あたしの爪が疼くぜ……」
悲しいことに僕の気持ちに共感してくれる人はいないみたいで、レーンには怒られたしクラウンはむさ苦しく肩を組んできたよ。人に共感できないとかサイコパスかな?
えっ、キラ? コイツは、まあ……うん。その辺のことは最初から期待してないし……。
「ご、ご主人様は……虫が、嫌いなんですか……?」
クラウンがいるから従順奴隷モードになってるリアが、控えめに尋ねてくる。
そういやコイツ、僕が虫嫌いだってことがレーンたちに知られた時にはまだいなかったね。
「うん、嫌い。大嫌い。特に足がいっぱいあるやつが嫌い」
「そう、なんですか……リアも、同じ、です……」
「あ、そうなの? 仲間だね」
「は、はい。仲間、です……」
仲間を見つけた嬉しさにとりあえず握手したけど、たぶんリアと僕では虫嫌いの深度と理由が違いそう。だってリアの奴、一瞬暗黒染みたもの凄い暗い目をしたもん。これ絶対リアが受けてた苛めと関係あるやつだよ。昆虫使った苛めとかクソみたいなものしか思い浮かばないんですが?
「それでゴミ共は一体どこにいんだよ? 全然出て来ねぇじゃねぇか、全くよぉ……」
「せっかちな男は嫌われるよ。レーン、あのクソ生意気なショタガキから貰った地図貸して?」
「ショタガキと言うのは重複表現ではないかな……?」
おかしな部分を指摘しながらも、レーンは僕に森の地図を手渡してくる。
この地図には魔獣族の潜伏拠点と思しき場所に印がつけてあるんだけど、ぶっちゃけこれが正しいとは毛ほども思ってないし、何より信用もしてない。そもそも見ず知らずの人間が持ってきた情報をどうやって信用しろって言うんですかね?
だから僕は魔法でこの森全体を索敵して、地図に本当の拠点の場所と大雑把な人数を記しておいたよ。というか結構いるみたい。これならキラも満足してくれるかな? 適当に幾つか首を持って帰ればショタガキも満足してくれそう。
「うーん。結構場所が多いし、手分けした方が良さそうだね。僕とクラウンがこっち側を片付けるから、レーンたちにはそっちをお願いしていい?」
「……了解した。掃討終了の目安はどの程度だい?」
僕が地図を返すと、それを見たレーンはぴくっと眉を動かす。たぶん地図の変化に気付いたんだろうね。でも何も聞かずに頷いてくれた。
これだよ、この阿吽の呼吸。やっぱりどっかの頭お花畑の天使と違って賢いですね。だから好き。
「魔獣族が潜伏してる拠点を三カ所潰すか、二十人くらい仕留めたらかな。終わったらまたここに集合ね?」
「了解だ。だが向かう前に一応忠告をしておこう。ここは聖人族の領域だが、潜伏している彼らの根城でもある。侵入者対策として様々なトラップを仕掛けている可能性もあるから、油断は禁物だよ。私なら様々な魔法陣を仕掛けておくね」
「なるほど。ちなみにレーンならどんなのを仕掛けておく感じ?」
「そうだね。例えば聖人族が魔法陣の上を通ることを起動条件に設定すれば、ピンポイントで侵入者を狙える。その上で電撃や麻痺といった対象の身体の自由を奪える魔法なら、捕えるのも殺すのも容易になるだろう。私ならそういった魔法陣をそこかしこに設置するね。ただ魔法陣に込める魔力やそれに使う時間を抑えたいなら、地面を無数の針に変化させる魔法にするかな」
「えぐいなぁ……さすがはレーン……」
侵入者を殺す目的じゃなくて、捕えてナニかをするために重傷を負わせる程度に済ませるのが特にえぐい。確かに戦争とかだと敵を殺すより、負傷させて救援に来た奴も一網打尽にする方が効率も良いだろうけどさ。
でもそういう容赦のなさも本当好き。料理も上手いし、何だかんだで超優良物件なのでは?
「君に言われたくはない。さて、それでは私たちは向かうとするよ。武運を祈るよ、二人とも」
「んじゃ、また後でな」
「い、行ってきます……」
そうしてローブの裾を翻して、僕に背を向けて歩いていくレーン。その後にキラとリアも続いていく。
ぶっちゃけ筋肉ダルマと二人きりとかマジ勘弁なんだけど、組み分けをこうしないと色々面倒そうだからね。真の仲間の三分の二は魔獣族で、その内一人は種族を偽ってるわけだし。だからって僕のレーンとクラウンを森の中で二人きりにさせるのも嫌だしね。
「いってらっしゃーい」
「そっち側のゴミ掃除は頼むぜ! お前らも頑張れよ!」
とりあえず三人の姿が見えなくなるまで、僕は元気に手を振って見送った。
ちょっと心配な気もするけど、僕らの中では常識人なレーンもいるし大丈夫でしょ。あの三人には完全な防御魔法を張ってるわけだから、少なくとも怪我とかはしないだろうしね。
極論怪我したって治せばいいし、死んだって蘇生すればいいのが魔法がある世界の良いところ。いやぁ、命が安いって素敵ですね!
「……さて、と。それじゃあ僕たちも行こうか。この方向にしばらく行けば奴らの拠点が見えてくるはずだよ」
「よっしゃ! 早速行ってぶちのめしてやろうぜ!」
元気に返事をしたクラウンは、足音をドカドカ立てつつ草木をガサガサ言わせて真っすぐに堂々と歩いてく。
隠密とか潜伏とか、そういう概念はコイツの頭の中には無いんですかね? 獣人って耳が良いみたいだし、見張りとかいたら絶対攻撃されると思う。お前は僕らと違って防御魔法かけてないから、下手すると不意打ちとかで死んじゃうよ?
「さっさと出て来いよ、薄ぎたねぇ畜生共ぉ! ビビってんのかぁ!?」
でも僕はあえて何も言わずに、先行するクラウンの後をついていった。正直もうすぐ国境に行けるし、コイツが今死んでも別にいいかなって。
まあ一応コイツの役割は考えてあるから、ここでリタイアされるとちょっと予定が狂うかな。だからって頑張って守る気にはならんが。
「お……?」
そんな風に騒がしく森の中を進んでると、加速していた僕の反射神経が妙な風切り音を捉えた。見れば先行してるクラウンの側頭部を貫くコースで、どこからともなく矢が飛んできてる。
拠点とはまだ距離があるはずなのにこんな歓迎を受けるってことは、見張りか何かに見つかったっぽいね。まああんだけうるさく進んでれば当然か。
「うおおっ!? あぶねぇな、チクショウ!」
すんでのところでクラウンも飛んできた矢に気付いたみたいで、ギリギリのところで矢を躱す。躱された矢は近くの木の幹にバスっと突き立ってたよ。半ば辺りまで埋まってるとか、どんな力で射ったんですかね?
「あーあ。ほら、お前がうるさく進んでたせいで見つかっちゃったじゃないか」
「ははっ、わりぃわりぃ。つい気が昂っちまってな」
軽口を叩きつつも異空間から獲物を取り出して、矢が飛んできた方向を警戒し始めるクラウン。
さて、どうしようかな。飛んできた矢が一本ってことは相手は一人だろうし、やっぱり見張りか何かなんだろうね。となるとさっきの不意打ちで仕留められずに失敗した以上、次の行動は応援を呼びに行くことかな?
向こうからやってきてくれるなら移動の手間も省けて良いけど、僕から逃げようとしてる奴をはいそうですかって逃がすわけにもいかんでしょ? 来る者は拒まず、去る者は追う。それが僕のスタイルだからね!
「――麻痺、追尾」
そういうわけだから、二つの武装術を纏わせた短剣を矢が飛んできた方向にぶん投げる。
さっきの矢よりも速いスピードでかっ飛んでった短剣は、追尾の武装術の効果で滑らかな軌道を描きながら上へ向かって、生い茂る木々の葉の中に消えて行った。
「っ、あ……!」
そして次の瞬間――ドスン! 遠くの方で木の上から獣人が落ちてきた。
その背中に刺さってるのはもちろん僕がぶん投げた短剣。麻痺の効果で身体が完全に麻痺してるせいか受け身も取れなかったみたいで、苦しそうにもがいてるよ。
というか近づいて分かったけど、コイツ男じゃん。何だ残念。じゃあどうでもいいや。
「やるなぁ、クルス! この距離で当てるなんて見事なもんだぜ!」
「いやいや、それほどでもあるよ。あっ、麻痺ってるだけだからまだ死んではいないよ? トドメ刺したいなら譲るけど?」
「お、マジか。じゃあ遠慮なく貰うぜ?」
「ぐあっ!」
そう言って嬉しそうに笑いながら、獣人野郎に蹴りを入れて無理やり仰向けにさせるクラウン。その上で胸のあたりを思い切り踏みつけて固定して、デカい斧の刃を首筋に這わせる。気分は処刑執行人だね。
「ぐ、く……! 汚らわしい、聖人族め……!」
「汚らわしいのはテメェらだよ。畜生風情が一丁前に人間の言葉を話しやがって。とっとと死にやがれ!」
「――っ!」
そして――ザンッ! 振り上げた斧が思い切り振り下ろされて、獣人野郎の首が斬り飛ばされて宙を舞う。
当然身体の方から噴水みたいに血が噴き出して、危うく僕にかかりそうになったよ。というかせっかくの美しい自然の緑が、飛び散った汚い赤色で台無しじゃないか。これも一種の環境破壊でしょ。
「あーっ、最高の気分だぜ!」
「……ちなみにさ、何でそこまで魔獣族を殺したくてたまらないわけ? 親でも魔獣族に殺された?」
「いや、別に? つーか理由なんて必要ねぇだろ。コイツらは人間の言葉を喋る獣だから気持ち悪い。だから滅ぼす。それ以外に何か必要か?」
「あー、まあそうだよね……」
何となく魔獣族に対する殺意の理由を聞いてみたら、どうしようもない答えが返ってくる。
自分たちとは違うから悪、悪は滅ぼす。論理としては分からなくも無いけど、同族間でも程度の差はあれ自分とは違うもんでしょ。やっぱこういう奴が抱いてる敵意は理屈じゃないんだろうなぁ。本当にどうしようもない……。
「そんなことより、さっさと次の獲物を探しに行こうぜ! どっちが多く狩るか勝負だな!」
「やめろくっつくな暑苦しい筋肉ダルマ」
まあコイツを始めとして、聖人族が屑ばっかりなのは今に始まったことじゃないよね。魔獣族の方はもうちょっと良識とか常識とかあると嬉しいんだけど、今まで出会った奴らを考えるとこっちも絶望的なのが悲しい……。
とにもかくにも、僕らは魔獣族の潜伏拠点を目指して歩いていくのだった。
あっ、ちゃんと死体も頭部も回収しておいたよ。放っといて腐ったら変な病気とか発生して、森の生態系に悪そうだし。僕は屑な両種族と違って、常識のある人間だからね!