殺人欲求の発散
⋇残酷描写あり
「というわけで、首都の方に戻ってきました!」
転移の魔法を使って首都にあるレーンの家へ瞬時に移動した僕は、誰にともなくそう語る。
真昼間から殺人行為を働くのは何か雰囲気的に合わないから、夜まで待ってから満を持して首都に戻ってきたんだ。即興で作った転移の魔法も問題なく使えたし、特に何も問題は無いね。
強いて言えば、一度行ったことある場所以外は行くのが難しそうって思っちゃったから、実際にそんな制限ができちゃったってことくらいかな? 世界全てとは言わないまでも、ある程度世界は見て回るつもりだしそこはあんまり問題ないけど。
「転移もできるとか、お前本当に使えるなぁ……よし、そんじゃ早速殺しに行こうぜ」
「待て待て、殺人鬼。聞いて? もうちょっと僕の話を聞いて?」
早速殺人欲求の赴くまま夜の街に繰り出そうとしたキラを、何とかその場に引き留める。
今夜の目的はキラの殺人欲求の発散だから、別に殺すことは問題ないよ? でもこれから殺人を犯すなら色々と入念な準備とかあるでしょ? せめて消失をかけさせてくれ。
「何だよ? あたしはもう限界なんだぞ。最近は馬車の長旅のせいで殺せてないから、不眠も頭痛も酷いんだぜ?」
「えぇ……マジに殺ししないと具合悪くなるの? 女の子の日とかじゃなくて?」
「当たり前だろ。あたしにとっては三大欲求の一つみたいなもんだしな。大体お前だって、定期的に殺らねぇと頭おかしくなるんじゃねぇのか?」
「いやぁ、僕は殺しなんてこの世界に来て初めてやったし。でも確かに殺しとは違うけど、ヤらないと頭がおかしくなる行為はあるね。男の子だもん」
何を、とは言わないけど毎日最低でも一回は欠かせないよね。何だかんだ馬車の旅でも欠かしてないし、やらないとムラムラして頭がおかしくなるし。
でもそう考えると、キラは何日も辛いの我慢してたんだよなぁ。今夜は好きにやらせてやるかぁ……。
「だろ? だからさっさと行こうぜ。あたしの発散が終わったら、お前の発散に付き合ってやるからさ?」
「魅力的な提案なのに、全然興奮しないのは何故……?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて見てくるキラだけど、ゾッとするだけで毛ほども興奮しなかった。
まあ表情はともかく、目の中には溢れんばかりの殺意が渦巻いてたからしょうがない。これ放っておいたらマジに仲間でも襲ってたかもしれんな……。
「た、助けてくれ! 頼む……見逃してくれぇ……!」
僕の魔法で身動きも抵抗も封じられた一般聖人族が、必死の表情で僕に対して命乞いをしてくる。
でも残念ながらコイツはむさ苦しい男。だから僕の心はぴくりとも動かなかったね。こんな命乞いに耳を傾けるくらいなら、その辺の石ころの組成や成分でも考えてた方がまだ有意義だよ。あっ、これは深成岩ってやつかな?
「わりぃな。お前に恨みはねぇし興味もねぇけど、誰かを殺したくて堪らねぇんだ。あたしの欲望を満たすために、犠牲になってもらうぜ?」
「うっ……!?」
命乞いも虚しく、キラの鉤爪が男の首を掻き切った。パッと吹き出た大量の血飛沫が、弱まっていく鼓動に合わせるみたいに断続的に噴き出てく。
僕はあらかじめ距離を取ってたから返り血に濡れずに済んだけど、間近で殺ったキラはガッツリ血を浴びてたよ。魔物と戦った時は返り血を浴びないようにしてたとはいえ、今のキラの目的は死んでいく様を間近で観察することだからね。さすがに息がかかりそうなくらいの至近距離で返り血を避けるのは難しいと思う。
「あ……か……ぁ……!」
「ああ、いいぜぇ……そうだ、その綺麗な目をしたまま死んでくれ……」
真っ赤な血を浴びながら、恍惚とした表情でトリップしてる殺人鬼。
一見死ぬほど猟奇的な光景に見えるけど、何かエッチに見えてくる不思議。でもキラが浴びてるのは僕以外の野郎の体液だからそこは酷く不快だね。だからって僕も血を流す気はさらさらないけど。
「ねぇ、もう満足した? 野郎ばっかり八連続で僕は正直飽きてきたよ。ふわあぁぁ……」
「そうだな。まだ少し物足りねぇけど、明日は狩りに行けるしな。今夜はこのくらいにしとくか」
どうも八人殺してやっと殺人衝動が鎮まったみたい。いつもの採取行動を終えた後、鉤爪の血のりを拭きながら、キラはすっきりした感じの表情で傍に寄ってきて――って! 武器より先に身体の返り血何とかしろや! そんな全身から返り血滴らせながら近寄ってくるな!
というかキラの奴、返り血塗れのとんでもない姿で近寄ってくるのはもう五回目くらいだからね? その度に僕に浄化の魔法を催促するんだから始末に負えないよ。それくらい自分でやってくれませんかねぇ?
「浄化……そういや結局お前の理想の殺し方って何なの? 拘束と返り血のお掃除以外、特に何も求めてきてないけど」
「そりゃお前、相手の目を見て、命が消えていく瞬間をじっくり眺めることだよ。普段はこうやって余韻に浸る余裕も時間もねぇからな。お前には感謝してるぜ?」
「うーん……楽しんでるところ悪いんだけどさ、男とくっついたり男の血を浴びたりするのはちょっと控えて貰えるかな? 例え相手が死体だろうと返り血だろうと、僕のモノが他の男とくっついたり汚されるのは良い気がしないんだよね」
良い気がしないっていうか、相手の男を殺したくなる程度には不愉快かな? でもまあ今に限ってはもう死んでるからどうしようもないんだけどさ。死体蹴りをする趣味も特に無いし。
「何だ、嫉妬か? ずいぶんまともな感情見せてやがるな?」
「嫉妬っていうか、所有欲とか独占欲の類じゃない? さすがの僕も死体に嫉妬するほどイカれてはいないよ」
「そこまであたしに固執してるなら、何で襲って来ねぇんだよ? 言っとくけどあたしは処女だぞ? 男はそういうの嬉しいんだろ?」
ニヤニヤ笑いながらそう言って、ショートパンツの片側を少しずり下げてパンツを見せてくるキラ。なるほど、紐か……素晴らしいな!
「まあそこは否定しないよ。でも真の仲間に対して無理やり迫るのはよろしくないかなって思っててね」
「あたしは別に構わねぇぞ? お前のおかげで、こうして安心してじっくり殺しを楽しめるんだからな。何ならあたしがリードしてやろうか?」
「気持ちは嬉しいんだけど、お前には何か逆に食われそうで怖いから良いです。僕がある程度経験豊富になってからお願いするよ」
余裕綽々って顔しててもかなり純情だったレーンと違って、コイツはマジに余裕だからね。一緒にお風呂入った時には結構過激な事したのに、全然余裕が崩れなかったし。
そんな相手にいきり立った新兵が突撃したら、どうなるかなんて恐ろしくて考えたくも無いわ。偏見とか固定観念かもしれないけど、獣人って性欲強そうだし。一滴残らず搾り取られてミイラにされそう……。
「あいよ。ま、あたしは特に殺す相手の性別に拘りはねぇし、お前がそこまで言うなら今後殺すのは女だけにしといてやるよ」
「何て寛大な配慮。嬉しさに涙が出てくるよ……!」
「嘘泣きやめろ。微塵も心に響かねぇぞ」
「いや、これあくびして出た涙」
「………………」
おっと? キラが何か冷たい目を向けてきたぞ?
でも仕方ないじゃん、もう真夜中近くだしさ。僕は健康な男の子だから、この時間帯には普通に眠くなってくるんだよ。夜行性の猫と違ってね。
「……それにしても、初めての相手はどうしようかなぁ。一応流れとかで頂いちゃおうかなって決めてるんだけど、やっぱり自分の意志で襲い掛かるのも楽しそうだよね。ねぇ、誰が良いと思う?」
「普通それを女のあたしに聞くか? いや、あたしは別に気にしねぇけどさ」
殺人の後片付けを終えて、レーンの家へと戻る道中。何となく僕はキラにそれを尋ねてみた。
えっ、転移の魔法が使えるのにどうしてわざわざレーンの家に戻るのかって? そりゃアレだよ。デートの余韻を楽しむためだよ。そんなことも分からないとかモテないよ?
まあそれはともかく、レーンの家でタンスの引き出し漁って下着をゲットしておきたいって気持ちもあるけどね。
「いいじゃん。お互い頭のイカれた者同士なんだから、普通なんて言葉は相応しくないでしょ? 異常者は異常者らしく語り合おうぜ?」
「だな。あたしもその方が楽だし」
僕が笑いながらキラの肩を組むと、向こうも笑って僕と肩を組んできた。
でも身長差のせいで歩きにくくなったから、どちらともなく離れました。何だかんだでキラって結構小柄だからね。僕よりニ十センチ低いし。
「お前の初めての相手ねぇ……あたしを除けば、やっぱミニスがいいんじゃねぇの?」
「ふぅん? その心は?」
「いや、アイツそろそろ精神が限界っぽかったしな。お前が激しく犯してやれば心がぶっ壊れるかなって。あっ、壊すときはあたしも呼べよ? じっくり見学するから」
「見学者がいるとか初めてにしてはプレイの難易度高すぎない?」
さすがの僕も見られて興奮する性癖は持ってないなぁ。むしろ二人きりでじっくり楽しみたい感じ。あ、女の子が複数相手の場合はその限りじゃないよ?
それにミニスは意外と精神が持ち直したから、たぶん犯しても壊れはしないと思うんだよね。お風呂場でちょっと過激な真似したらマジ泣きしたけど、言ってしまえばそれだけだし。
「あとはハニエルか? アイツも殺人を経験して精神が不安定になってるだろうし、そんな状態でお前に犯されれば良い感じに壊れるだろ」
「お前の基準は精神的に壊れるかどうかなの? もっと他に何か選定基準とか無いの?」
「何だよ? じゃあお前は気に入った女が壊れていく光景にそそられねぇのか?」
「何言ってんだ、お前。そそられるに決まってるだろ!」
壊れていくのを見るのは大好きだし、自分で壊すのも大好きだからね。もちろん精神と肉体のどっちが壊れるのも大好きだよ。夜まで待ってる間に壊すための魔法も頑張って幾つか作ったし。
ただせっかく作ったのになかなか試す場面が無さそうなのが困ってるんだ。ミニスで試そうと思ったけど、一応拷問はしないって約束したからそれはちょっとね。
「そうこなくっちゃな! さすがはあたしのご主人様だぜ?」
「おごっ!? だから頭突きを止めろ……!」
背中に飛び乗ってきたかと思えば、身を乗り出して僕の頬に抉りこむような頭突きをかましてくるキラ。愛情表現の一種だとしても、根底にあるのが愛とかじゃないから喜ぶに喜べないのが悲しいなぁ……。