教団掌握完了
「そ、そんな馬鹿な! 邪神クレイズが何故こんな所に!?」
完全に平時の余裕を失い、混乱と恐怖の極みにある教皇。敬愛する邪神に対しての敬称も忘れ呼び捨てになってるよ。一体何様なんですかね?
「貴様ら、この私を前にして随分と頭が高いな。首から上は必要ないという意思表示か?」
「っ……!」
冷たく言い捨てると共に、魔力を隠蔽した状態で背後の邪神像の首を刎ねる。もちろん一切視線を向けずノーモーションでだ。
何の前兆も無く邪神像の首が断ち切られ、なおかつ分かたれた頭部と胴体が塵になって行く光景は衝撃的だったらしい。教皇を含め、全ての司祭以上の役職持ちたちが佇まいを正し、まるで土下座するように跪き深く頭を垂れた。恐怖にぶるぶる震えながらね。
「では貴様ら背教者共に対する裁きを下す。当然――処刑だ。己が欲望のために我が高貴なる名を利用した罪、万死に値する」
「お、お待ちください! 私は、私たちは! あなた様のお力となるために教団を――」
「戯言にミミを貸すつもりはない。貴様らが芯から腐り切っているのは当の昔に把握している。それに崇拝する邪神にその命を捧げる事が出来るのだ。私の力となるためと抜かすのなら、さぞ本望だろう? 我が最愛にして忠実なる下僕、セレステルよ――殺せ」
「最愛っ!! うん、分かった!」
歓喜の滲む声で応えたセレスは、すぐさま空間収納から愛用の剣を抜く。そのまま流れるような動作で構えと接近を同時にこなし、土下座状態で顔を上げてた教皇の首目掛けて容赦なく振り抜いた。
「あっ――」
仄暗い礼拝堂に煌めくような一閃が走り、数秒遅れて教皇の首が傾げボトリと床に落ちる。同時に首の断面から大量の鮮血が噴水の如く迸り、雨のように降り注いだ。
「ひ、ひいいぃぃっ!? 教皇様が!?」
「お、お許しください、邪神様! 我らはただ、教皇の命に従っていただけなのです!」
教皇が首を刎ねられ、その鮮血が自分たちの身体に降りかかった事で、司祭たちは完全に恐慌をきたした。そして全ての罪と責任を首の無い教皇に押し付け、必死に命乞いをしてくる。もうちょっと潔い死を迎える奴いないのぉ?
「貴様らも欲望の限りを尽くし、甘い汁を啜っていたのだろう? ならばその報いを受けるがいい。殺せ、セレステル」
「旦那様の仰せのままにっ!」
「ご主人様、リアもやるー?」
「いや、君は殺れないじゃん……」
最愛呼ばわりされた事でハイテンションなセレスは、僕の意に従い即座に司祭たちの首を跳ね飛ばしていく。礼拝堂に幾度も白刃が煌めき、司祭たちは悲鳴をあげる間もなく死を迎えた。最後リアのせいでちょっと邪神口調がブレちゃったけど、司祭たちはその前に死んだからオッケーって事で。
ていうかセレス、僕が命じたとはいえ当たり前のように人を殺しましたね? ちょっとびっくりしたわ。一応仲間内だと比較的マシな方だから。
まあ邪神に心と身体を捧げたマジモンの邪教徒だし、天涯孤独で色々あった事を考えるとそれなりに修羅場は潜ってそうだしね。救いようの無いクズ程度はアリを踏み潰すくらいの気持ちで殺せるか。
「殺ったよ、クルスくん! 褒めて褒めて!」
「よしよし、何か犬みたいだな?」
瞳を輝かせて駆け寄ってくるセレスに対し、頭を撫でて労ってあげる。これ最愛呼ばわりが何となく雰囲気で口にしただけって言い辛いな? 反応が怖い……。
「何にせよ、これでゴミ掃除は終了だね。あとは――」
そこで僕は言葉を切り、この礼拝堂に残った他の者たち――信徒たちに視線を向ける。
邪神化してから不自然なまでに信徒たちの様子に触れなかったのは、触れる必要が無かったからだ。邪神が降臨した衝撃に最初こそ固まってたけど、ほんの数秒くらいで全員が跪き頭を垂れてたもん。さすがは邪神への正しき信仰心を持つ敬虔な邪教徒たちだぁ……。
「顔上げて良いよ。そんなんじゃ話も出来ないでしょ?」
許可を出すと、信徒たちは恐る恐るといった感じで顔を上げる。彼らの瞳に浮かぶ感情は様々だけど、邪神っていう強大な存在に対する畏怖は共通してる感じだった。
「……ご質問を、許して頂けますでしょうか」
「良いよ。何が知りたい?」
「あなた様が、本物の邪神クレイズ様なのですか……?」
真っ先に口を開いたのは、やっぱりリーダー格のロッソ。
たぶん十分に理解はしてても、僕の口からもう一度聞きたいんじゃないかな。まさか世界を滅ぼす邪神がこんなカスみたいなカルト集団に顔を出すなんていまいち信じられないだろうし。
「その通り。僕こそが邪神クレイズだよ。そして魔獣族の冒険者クルスでもある」
「あたしたちはお嫁さん! あたしが正妻だよ、正妻!」
「あれ? 正妻ってカルナちゃんじゃ――むぎゅっ!?」
威厳を醸し出しながら名乗ったのに、僕に抱き着きながら正妻アピールするセレスのせいで台無しだ。ちなみに正妻を訂正しようとしたリアは即座にセレスに口を塞がれてました。いまいち格好付かないぜ!
「……私たちを、処刑するのですか?」
「いや、君らはしないよ。君らはちゃんとした信仰を持ってるでしょ? あのクズ共と違って」
「それは、その通りですが……よろしいのですか?」
どうやら司祭たちと同じ末路を辿ると思ってたみたいで、信徒たちの表情には希望と喜びが見え隠れする。ていうか殺されると思ってた癖に従順に跪いてたんかい。マジで狂信者だな?
「邪神一派は人材不足だから、信仰心と忠誠心のある手駒は大歓迎だよ。それとも君ら、僕の命令には従えない?」
「いえ、あなた様のご命令ならば、粉骨砕身の覚悟で臨みます」
「僕が本当は世界の滅亡じゃなくて、別の目的のために動いてるとしても?」
「っ!? あの時のご質問はそういう意図が……!」
察しの良いロッソは僕の真の目的を悟ってくれたみたいで、驚愕に目を見開く。まさか邪神が世界平和のために行動してるとは夢にも思わなかったんだろうねぇ。
とはいえ合点がいったのか、わりとすぐに平静を取り戻す。聖人族と魔獣族に表向きとはいえ和平を結ばせ、同盟関係を構築させたっていう実績があるからね。荒唐無稽って話でも無いか。
「まあ詳しい事は後で話してあげるよ。めっちゃ長くなるしね。今重要なのは君らが僕に服従するかどうかだ。これから君らに一方的な契約を結ぶけど――受け入れない奴はいないよね?」
「はい、もちろんです。私たちはあなた様の下僕となります」
信徒たちは再び深々と頭を垂れる。
うーん、さすがは僕が見こんだ手駒たち。惚れ惚れするくらいに従順だね? 教団に潜入して直に確認を行ったのは無駄じゃなかった。
とりあえず皆受け入れてくれるっぽいから、レーン印の一方的な契約を結ばせて貰いました。これで手駒を大量にゲットだぜ!
「――というわけなんだ。だから僕は邪神やってるわけ。ここまでで何か質問は?」
めでたく手駒を得た僕は、信徒たちに真の目的を語って聞かせた。まさか僕が両種族間の恒久平和のために活動してるとは思わなかったのか、信徒たちは驚愕のあまり言葉を失ってたよ。
でも彼らは邪神を崇める敬虔な信徒であり、同時に邪神であろうが何だろうが強大な力に縋りたい気持ちを持つ弱き存在。世界から争いが消えるのはむしろ喜ぶべき事だと分かってくれたみたいで、誰一人として不満は見せなかった。むしろ歓喜の笑みを零す奴らもいたくらいだ。訓練された邪教徒ってやつですね。
「あの、じゃあ……質問、よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「邪神様の口調は、どちらが本当なんですか?」
「えっ、そこ重要なの?」
「も、申し訳ありません! 無礼でした!」
質問があったと思ったら絶妙に話に関係ない事だったから、思わず呆気に取られる僕。マズい事聞いたと思ったのか、その信徒は深々と頭を下げて床を削れそうなくらい額を擦りつけてたよ。
「いや別に良いけどさ。こっちが素だよ。邪神の時は威厳が出ると思って意図的に変えてるだけだし」
「なるほど。確かに先ほどまでの邪神様は威厳に満ち溢れていましたね……」
信徒たちは納得といった感じの呟きを零す。
でもそれって今は威厳が感じられないって事だよね? そういう意味の事言ってるの分かる? まあ僕は寛容だし手駒が増えてホクホクしてるから、それくらいは水に流してあげるけどさ。
「で、では、私もご質問よろしいですか?」
「良いよ。というか面倒だから許可を求める部分は省略して良いから」
「では、その……お二人は、邪神様にとってどのような存在なのでしょうか?」
そう口にして信徒の二人が目を向けたのは、当然ながらセレスとリア。
ちなみにセレスは僕の隣で腕を抱きずっと意味深に微笑んでたし、リアは暇だったのかパズルで遊んでた。首を刎ねられた司祭たちの身体を並べ、正しい頭をくっつける人体パズルね。信徒たちの説明してる間にとんでもねぇ事してんな?
「あたしたちはクルスくんの愛する女たちの一人だよ! 特にあたしは正妻だよ、正妻! あたしこそが正妻だからね!」
「ご主人様にとってのリアたちは、えーっと……あっ、あれだ! 都合の良い女!」
妙に正妻である事を自己申告するセレスと、邪神に似つかわしくないイメージの事を口走るリア。
うーん、威厳が急降下する音が聞こえる……ま、まあ偉い奴が女を侍らせるのは古今東西のお決まりだし?
「コイツらが僕の女なのは事実だよ。ちょっと正妻の座に関しては熾烈な争いを繰り広げてるっぽいから、そこに関しては確定ではないけど」
「あー、言っちゃった! せっかく外堀から埋められると思ったのに!」
「リアは順位には興味ないやー。みんななかよくしよ?」
これは信徒たちも呆れるか? って思ったけど、意外にも跪いてる信徒たちの目に呆れは無かった。ていうかむしろ瞳を輝かせてセレスたちを見てらっしゃる……?
「つまりこちらの方々こそ、邪神様の寵愛と祝福を受けた選ばれし存在……!?」
「おおっ、何という……!」
「<デウス・ティメーレ>!」
そしてあろうことか、セレスとリアに対して深々と頭を下げて礼拝を始める。
考えてみれば邪神に抱かれてる上に気安い態度を許されてるとか、コイツらからすれば正に邪神の祝福を受けた雲の上の存在か。自称邪神の下僕だった教皇とは比べ物にもならないね。そりゃあ崇められるのも無理ないわ。
「クルスくん、何か崇められてる! 怖い!」
「な、何で皆頭下げてるのー!?」
とはいえいきなり崇められるのは二人も驚きだったみたいで、だいぶ困惑してたよ。ちょっと怯えるくらいにはね。司祭たちぶっ殺したり、死体パズルやってる時は毛ほども怯えて無かった癖に……。