潜入終了
「さあこちらへ来い、娘。なに、痛いのは最初だけだ。すぐに気持ち良くなるだろう」
「ほら、嫁さんもこっち来な。旦那じゃ物足りなくなるくらいに満足させてやるぜ?」
僕の内心を知ってか知らずか、男司祭二人が更ににじり寄ってきてセレスとリアの腕を掴もうとする。
それに対し二人は抱き合って縮こまるんだけど……恐怖ってよりは純粋に嫌悪って感じの反応してるな? まあリアはともかく、セレスならやろうと思えば返り討ちにしてぶっ殺せるだろうしね。僕がまだ演技終了を宣言してないからやらないだけで。
「――は?」
「え?」
とはいえまだ宣言してないだけで、すでにこの茶番の終了は決めてる。だから僕は風の刃を放つ魔法を用いて、セレスたちに伸びた司祭たちの腕を肘の辺りからバッサリ斬り落としてやった。
男司祭二人は何が起こったのか分からずぽかんとしてたけど、次の瞬間には噴き出した鮮血で全てを理解してたよ。
「ぎ、ぎゃあああぁあぁぁっ!?」
「あ、ああっ!? 手が!? 俺の手がああぁあぁぁっ!?」
そうして切断された己の腕を抱き込むように抱え、ゴロゴロと床を転げ回りながら汚い悲鳴を上げる。男の悲鳴ってやっぱ聞くに堪えないな?
「気安く僕の物に触るな、クズ共が。コイツらは僕の物だ。お前らみたいな下賤な輩が薄汚れた手で触れて良い存在じゃないんだよ」
「クル――じゃなくて、クレスくん……!」
「わっ、何かすっごくドキドキする!」
思わず独占欲と執着丸出しの言葉を口にしちゃうけど、セレスとリアからは妙に高評価でした。物扱いされたってのに、瞳を輝かせ頬をバラ色に染めちゃってるよ。
たぶんここにトゥーラがいたら似たような反応しただろうなぁ。セレスは後でこの台詞を自慢しそうだし、トゥーラは同行拒否された事に血の涙を流して悔しがりそう。
「き、貴様! 信徒の分際で、我ら司祭に手を上げおって!」
「これは処刑確定だな。いや、女と娘はさすがに勿体ないか?」
他の司祭たちはどうにも危機感が薄いみたいで、僕のヤバさが伝わって無い感じ。未だに自分たちの方が立場が上で状況も有利だと思い違いしてるよ。君らの命も尊厳も僕の掌の上なんすけどね。
「――し、司祭様方! これは一体どうしたのですか!?」
「同胞たちよ、残念なお知らせです。新たな同胞は儀式を拒みました。そればかりか我らに歯向かい手傷を負わせました。故に彼は処刑し、彼女たちは生贄として貢献して頂きましょう」
「なっ……!?」
遠巻きに見てたら突然司祭二人の腕が吹っ飛んだからか、動揺した信徒たちが駆け寄ってくる。そして教皇に状況説明されて目を丸くしてたよ。普通は生贄を殺すところを撮られた時点で、大人しく従う他に無いもんね。まさかここまで派手に暴れる奴がいるとは思わなかったんでしょ。
「さあ、抵抗を諦めて頭を垂れなさい。こちらには高ランク冒険者にも匹敵するほど、腕に覚えがある者たちもいるのですよ」
その言葉と共に一歩下がった教皇は、司教二人に合図するように両手で示す。
どうやら司教二人は腕に覚えがあるみたい。たぶん高ランク冒険者に匹敵するっていうか、実際高ランク冒険者なんじゃないか? もしもの場合に用心棒を任せる代わりに、甘い汁を啜らせてやる取引で引きずり込んだ感じの。
「きょ、教皇様、その……」
「………………」
ちょっとは面白い展開になるかと思ったけど、どうにも用心棒二人の反応はよろしくない。片方は明らかに声がビビってるし、もう片方は沈黙してるけど腰が引けてる。
どうやら高ランク故に僕のヤバさを察してくれたっぽいね。さっきの風の刃の魔法、魔力を隠蔽してたから全く感じ取れなかっただろうし。
「フフッ、ハハハ――アハハハハハハハハハッ!!」
あまりにも愉快な状況に堪えきれず、遂に僕は腹を抱えて笑った。だって教皇たちは未だに自分たちを特別で強大な存在だと思い込んでるし、頼みの綱の用心棒たちの様子にも全く気付いてない。甘い汁啜り過ぎて頭が馬鹿になっちゃった? 糖尿病かな?
「あー、もう無理。あまりにも滑稽で笑いが止まらない。あ、もう演技止めて良いよ二人共」
「あ、もうやっちゃうの? 意外と演技も楽しかったんだけどなぁ」
「ご主人様ー、フラフラするから元の姿に戻してー?」
「おお、そうだったな。ほいっと」
演技終了宣言を受け、即座に元の姿に戻して欲しいとねだってくるリア。もう弱くて可愛そうな魔獣族を演じる必要も無いから、リアだけじゃなく僕とセレスの変身も纏めて解除した。
一瞬の発光を伴い、僕らの姿は普段の物に元通り。デカい角とデカイ翼、そして細長い尻尾を持つピンク髪ピンク目のロリサキュバス。綺麗なライムグリーンの髪と美しい青色の瞳が煌めく、ニカケの魔獣族。そして自己犠牲系主人公フェイスのニカケ魔獣族……よく考えたら僕だけまだ元の姿じゃないな、これ。
「何だ!? 急に別人になったぞ!? まさか魔法で姿を変えていたのか!?」
「馬鹿な! 魔力など感じなかったぞ!」
ここに来てようやく司祭たちもヤバめな状況だと理解できたみたいで、仮面の上からでも分かるくらいに狼狽える。何なら今すぐにでも逃げ出そうとしてるくらい腰が引けてる辺り、用心棒の二人を除くと戦闘能力はほぼ無いのかな?
「きょ、教皇! この男、俺知ってます! 街で噂のハーレムクソ野郎です!」
「何だとこの野郎」
「それに確か、闘技大会の優勝者です!」
「せめてそっちを先に言えやカス」
司祭の一人が僕を指差し、そんな事をのたまう。
ていうか僕、街で噂になるくらいハーレムクソ野郎って嫌われてんの? 品行方正な一般魔獣族として暮らしてるはずなのに、未だかつてないくらいショックだぞ……。
「隣の女も見た事があるぞ! 高ランクの冒険者だ!」
「どうも。クルスくんのお嫁さんでーす!」
「でーす!」
同じく指差されたセレスは、リアと共に僕の腕に抱き着き見せつけるように笑う。リアは抱き着いてるっていうよりもぶら下がってる感じだけどね。
「……ふふっ、なるほど。あなた方は冒険者でしたか。さては潜入捜査でもしていたのですか?」
「まあそんなところだね。尤もここまで性質の悪い邪教だとは思わなかったけどさ」
「邪教とはまた無礼ですね。邪神様の祝福を受けた私が作り出した、由緒正しき組織ですよ? その証拠を今、お見せしましょう」
不思議なくらい冷静だった教皇は、錫杖でトンと床を突く。
別にそれで光が溢れるとか、凄まじい衝撃が広がるとかは無い。でも明確な変化があったみたいで、司祭たちが自分の腕を眺めるような動作で狼狽えてたよ。どうしたんですかね?
「こ、これは……!?」
「魔力が、動かない……!」
司祭たちの口から零れたのは、己の魔力が使えなくなったという割と致命的な状態に陥った報告。なるほど、不自然なまでの冷静さの理由はこれか。
確かに魔力そのものが使えなくなるっていうのは一大事だ。魔法も使えないから身体能力を強化できなくなるし、化物染みた強者を強引に一般人レベルに引きずり下ろす事が出来る。それでも培った技術や体術は消えないけど、後は元から身体能力の高い獣人に任せたり、それこそ数の暴力で抑え込めばどうとでもなるしね。なお、トゥーラみたいな特殊な例を除く。
「どうです。これぞ私が邪神様より授かった力。魔力そのものを封じる能力です。あなた方がどれほど強い冒険者であろうと、魔力を封じられれば魔法も使えず身体能力の強化も出来ません。そんな状態では数の暴力に太刀打ちできないでしょう」
「ホントだ、魔力が使えないや。これ結構凄くない?」
「ご主人様ー、何とか出来るんだよね? リア、こんな人たちに無理やりエッチな事されるのやだー」
余裕綽々に語る教皇。驚いてはいるけど危機感は薄めのセレス。サキュバスの癖に愛の無い乱交はお嫌いっぽいリア。
一見すると確かにピンチな状況だ。特に僕は無限の魔力が売りだから、それを使えなくされたら困っちゃうよ。
「もちろんだ。僕は絶対だからね」
「……は?」
とはいえ、僕にとってはこんなのピンチでも何でもない。だから軽く指パッチンする事で、教皇の自称能力を打ち破りました。
途端にその場の全員、元通り魔力が操れるようになる。さすがにこれは予想外だったみたいで、教皇は一瞬固まり呆けた声を出してたよ。
「どういう、事……ですか?」
「いや、普通に魔法陣ぶっ壊しただけだけど? この下にあるでしょ? 信徒たちの魔力吸ってるやつ」
「なっ!? 馬鹿な、何故それを知っている!?」
正直にやった事を教えてあげると、途端に動揺して丁寧な口調が乱れる。余裕が無くなったからって口調が乱れる系の丁寧語キャラって大体噛ませだよね。仮面被ってるんだし、少しはボンド●ドを見習え。
ちなみに礼拝堂の下の魔法陣に関しては、わりと早い段階で察してました。こんな小物がそんな凄い魔法使えるわけないし、十中八九どっかに魔法陣があるんだろうなって。そしてそれほど強力な魔法陣なら、コイツ一人での魔力で賄えるわけもないし。後はベルの例から考えて、結論に辿り着くのはとっても簡単でした。
「い、いえ、そんな事を聞いているのではありません! 何故魔力が封じられている中で魔法を使えるのですか!?」
「何でだと思う? 邪神様の祝福を受けた素晴らしい教皇様なら分かるんじゃない?」
ようやくこの場が僕の掌だって事を全員に理解させられたから、追い打ちとばかりに煽ってやる。
ちなみに実際の所、魔法を使えた理由はとっても単純だ。以前に魔法を封じたりする感じの魔法とかそういうのを見た事がある(ショタ大天使とレーンとの戦いで)から、その対策を練って自分を護る結界をアップグレードしてたからだね。油断や遊びがどうしても抜けないからこそ、こういう所は面倒臭がらずしっかりやってるよ。無限の魔力は僕のアドバンテージだし。
初見なら見事に食らってたかもしれないけど、その場合でも僕の優勢は揺るがない。だってトゥーラからコピった武術があるし、いまいち活躍の機会が無い己の時間を操るっていう非魔法的能力もあるからね。ぶっちゃけ負ける理由が無い。
「ぐっ……あなたたち、この背教者を殺してしまいなさい!」
余裕が無くなった教皇は用心棒や他の信徒たちにそう命じる。
とはいえ誰もが躊躇いを見せ、襲い掛かって来る者がいない。司祭以上の奴らはあくまでもギブアンドテイクの関係だし、信徒たちもコイツらが本当の信仰心を持ってるわけじゃないのには気付いてるだろうし。余裕も威厳も失った教皇に従うべきか、誰もが悩んでる感じだよ。信徒たちは僕に仲間意識を抱いてたから特にね。
「背教者、ね。本当の背教者はどっちかな?」
場は良い感じに温まったし、満を持して正体を見せてあげる事にした。真の背教者がどちらなのか、一体誰に楯突いたのかを思い知らせてやるために、ね。というわけで――変身!
「え……」
僕の身体が闇に包まれ、次の瞬間現れた姿に誰もが息を呑んだ。
しかしそれも仕方ない。何故なら今の僕の姿は誰もが良く知る恐ろしき存在だからだ。身体よりも大きな黒白の翼に、白と黒の二色の頭髪。邪教徒たちのなんちゃってローブとは違う、神々しくも禍々しい黒白の衣装と仮面。本能的な命の危機と恐怖を煽る、圧倒的で寒々しい魔力。
礼拝堂で存在を主張する邪神像と瓜二つの存在が、自分たちのすぐ目の前に降臨したんだ。そりゃあ誰もが腰を抜かし、恐怖の面持ちで震えるのも当然だった。
「あ、ああっ、ああぁぁ……!」
無論それは教皇も同じ。錫杖を放り出し尻餅をつき、情けない声を出して後退ってる。
ちなみに僕は冷たい笑みを浮かべて宙に浮いてますが、内心凄く頑張ってます。コイツらが魔力に当てられて爆散しないよう、必死に魔力の量を調整してるからね。しかもそれだと迫力が足りないかもしれないから、光と闇の羽毛みたいな感じのエフェクトを撒き散らす演出と、僕の魔力に耐えられず床や天井、調度品が砕き割れ砂になって行くっていう演出も並行して行ってる。
即興の演出だしやり過ぎないように必死だけど、そのおかげで誰もが僕を本物の邪神だと理解してくれたみたい。ぶっちゃけわりと面倒だからここまでする必要はあったのかと疑問に思うが。
「背教者はお前たちだ。私の名を騙り、利用し、私腹を肥やす性根の腐ったクズ共め。この邪神クレイズが直々に、お前たちを断罪してやる」
口調をどうするか若干迷いつつも、とりあえず邪神の口調で処刑宣告をしておく。そしたらまだ何もしてないのに司祭たちから悲鳴が上がったよ。邪神を崇める教団に御大である邪神が実際に降臨したんだぞ、悲鳴上げてないで祝うのが礼儀だろ? おぉん?