信徒たちの代表
「さて、それじゃあ同胞である信徒たちと親交を深めようか。二人共」
「はい、あなた♡」
「レアも友達出来るかなー?」
教皇以下役職持ちたちが去ったので、僕らは満を持して下っ端の信徒たちの所へ向かう。
何か司祭以上の奴らは期待できない感が凄いから、せめてこっちの方で数人くらいは良い感じの奴らが見つかって欲しいね?
「はじめまして、皆さん。僕たちはこの度、栄えある邪神教団に入信させて頂きました。家族共々、どうかよろしくお願いします」
とりあえず挨拶は大事だし、なるべく弱い魔獣族を演じる必要があるから初手で下手に出る。そのためにセレスたちと一緒に深々と頭を下げたけど、やっぱりリアがバランスの問題でふらついてたよ。しばらく苦労かけてちょっと悪い気がするね?
「ははっ。そんなに畏まる必要は無いよ。私たちは邪神様を崇める同士なのだからね」
「そうそう。まあ司祭様たちにはへりくだった方が良いけどね?」
どんな反応が返って来るか興味津々に待ってたら、意外にも好意的な返事が返って来た。顔を上げて見ればごく普通の一般魔獣族って感じの信徒たちは、皆朗らかな笑顔を浮かべて僕らを歓迎してくれてたよ。邪教の信徒にしては人当たり良いですね?
「ああ、すみません。僕らはこういった態度や言葉が染み付いていまして……ご不快にさせてしまったのなら申し訳ありません」
「いやいや、不快になどなっていないよ。気にしないでくれたまえ」
代表って感じに話しかけてきてるのは二人の男女で、コイツはその内の男の方。短い銀髪に赤い目をした長身のイケオジだ。
肌がやたら白いし牙がちらりと見える辺り、恐らくは吸血鬼かな? 吸血鬼って昼にお外出れなくて弱点が多い事を除けば、身体能力も高く強い奴が多い優良種族なんだけどなぁ。そんな奴でも下っ端の信徒やってるのか。
「ここにはそんな事気にする人はいないよ。皆仲間だからね!」
もう一人の代表面女は黒髪に茶色い目をした兎獣人の女だ。兎獣人って結構小柄なイメージあるけど、コイツは普通に身長百六十くらいはありそう。それに肌が小麦色で所々に古傷的なものが見えるから、歴戦の戦士って感じもするね。ウサミミがどうにもファンシーにしちゃってるけど。
「皆優しい良い人たちだね、あなた?」
「ああ、そうだね」
セレスが遠回しに『期待できそうだね?』と声をかけて来たので頷く。
確かにコイツらは今のところ問題無しだ。一般的に考えて駄目な所も無いし、僕個人の神経を逆撫でするような事もしてない。普通に考えると邪教に入ってる所はマイナスポイントかもだけど、僕自身が邪教に崇められる存在だしその辺はまあ置いておこうか。
「よし。それじゃあ新たな同胞を迎えた事だし、皆で歓迎会をしようじゃないか」
「お、良いねー。でもその前に自己紹介もしなきゃだね。とりあえず皆で使われてない部屋に移動しようよ」
そうして信徒たちはワイワイガヤガヤしつつ、僕らを迎える歓迎会を開こうとする。
信徒の悪魔族の中にはニカケこそいなかったけど、角と翼と尻尾のどれか二つしかないイチカケはそれなりにいるっぽい。でもそいつらもニカケである僕らへの差別感情を全く見せなかった。完全に同胞として歓迎するつもりみたいだ。
「歓迎されるなんて、あたし初めて……泣いちゃいそう……」
ここぞという感じに目を伏せ、涙を零す演技をするセレス。頑張ってるみたいだしわざとらしいと突っ込むのは止めておいてあげるか。
「ママとっても嬉しそうだね、パパ」
「ああ。そうだね、レア」
とりあえず仲の良い家族である事を演出するため、セレスとリアを抱き締めて感動を表現しました。これに関しては毎晩のように抱いてたから別に間違っちゃいないな? 抱くの意味が違うけどな!
そんなこんなで、僕らは邪神教団本拠地の使われてない部屋へと案内された。
どうやらマジに歓迎会を開くみたいで、お菓子や軽食、飲み物などがテーブルの上に並べられたよ。教団の本拠地でそんな好き勝手して良いのか疑問に思って尋ねてみたけど、どうやら毎日祈りを捧げ儀式にしっかり参加していれば問題無いらしい。意外とホワイトな宗教集団っすね。まあ奴隷を友好的に扱うにはそれなりに待遇を良くするのが一番だもんね。
「――それじゃあ自己紹介を始めよう。私はロッソ。一応信徒たちのリーダー的な役割をしているよ。尤も教団内にはそんな役職は存在しないがね」
「そして私はレミッシュ。この人を補佐するサブリーダー的な役割だよ。よろしくね?」
そうして信徒たち全員でだだっ広いテーブルを囲み、自己紹介が始まる。吸血鬼のイケオジはロッソ、小麦肌の兎獣人はレミッシュって名前らしい。やっぱり信徒たちのリーダー的存在だったらしいね。
「よろしくお願いします。僕はクレスと言います。そしてこっちが妻のセリスです」
「初めまして。セリスと言います。こちらは娘のレアです」
「よろしくね!」
「ああ、よろしく。元気なお子さんだね?」
「キャー、可愛い!」
ニコニコと爽やかな笑みを零すロッソと、ウサミミをおっ立ててリアの愛らしさに興奮するレミッシュ。テーブル挟んでるからアレで済んでるけど、これ隣にいたら抱きしめて頬擦りしそうな感じだな?
そんで他の信徒の自己紹介も始まったんだが……まあこれはカットしよう。さしもの灰色の頭脳を持つ僕でも、興味無い奴ら数十人の自己紹介を全部覚えきるなんて到底無理だ。リーダーとサブリーダーだけ覚えとけば問題無いでしょ。
「――良し、これで一通りの自己紹介は済んだね。ではここからは親交を深めるための質問タイムだ。クレスくん、君は足が悪いのかい? どうにも引きずるように歩いていたが……」
気が利く事にロッソは質問タイムを始めた。その上で僕がわざわざ演出してる脚の障害にまで触れてくれる辺り、気遣いは抜群だね。質問タイムはさておき、脚については自分から言い出すのはちょっとはばかられるから助かったよ。
「はい。僕が住んでいた村はニカケに対する差別感情が根強かったので、子供の頃から苛烈な苛めを受けていたんです。これはその後遺症です。妻も似たような障害がありまして……」
「あたしは目が良く見えないんです。この眼鏡があっても、いまいちぼんやりとしか見えません。理由も、夫と同じです」
これ幸いと、セレスと二人揃って障害アピール。しかも原因が差別による壮絶な苛めによるものって事も教えておく。
実際そこまでニカケへの差別って酷いのか疑問に思うけど、まあ場所によっては結構ありそうなのが悲しい所。ニカケじゃないとはいえリアが故郷で受けた差別も、閉鎖的な集落で良くある感じの陰湿かつ壮絶なやつだしね。
「……そうか。辛い日々を過ごしたんだね」
「俺も気持ち分かるぞ! ちょっと足りないから何だってんだよ! ふざけやがって!」
「そうだそうだ! 角と翼と尻尾があるのがそんなに偉いってのかよ!」
信徒たちはすっかり信じ切ってるみたいで、ロッソを始めとして皆が同情と共感を向けてきた。イチカケの悪魔たちもいたから、そいつらも理不尽な差別に怒りを露わにしてたよ。
そういえば信徒の中には角、翼、尻尾が揃ってるフローレスの悪魔が一人もいないな? これってやっぱり社会的に底辺な存在が集められてるからなんだろうか。まあいたら信徒内でも差別が生まれて面倒そうだし、これは嬉しい偶然かな。
「……じゃあ君たちは、邪神様に救いを求めてこの邪神教団に入信したのかな?」
「そういう事になります。娘を同じ目に合わせたくはないのです。ただでさえ娘には生まれつきバランス感覚に障害があるのですから」
「バランス感覚……?」
哀れみの滲む面差しで尋ねてくるレミッシュに対し、更に娘にも障害がある事をアピール! 潜伏してるんだから警戒を解くためなら可能な限りやるぞ!
「はい。娘は何も無い所でもすぐにふらついて倒れてしまうんです。その上ニカケで片角ですから、きっとまともに暮らす事は難しいと思います。だからこそ、あたしたちは邪神様に救いを求めて入信したんです」
「邪神様がお作りになる新世界ならば、きっと差別や迫害は存在しません。もしかしたら僕たちは新世界の住人として迎えられないかもしれませんが、せめて娘だけでも幸せな人生を送れるように、邪神様に祈りを捧げたいと思います」
両親揃ってニカケな上に障害があり、娘にも障害があってなおかつニカケどころかニイテンゴカケ。こんな可哀そうな僕らを警戒する奴なんて絶対いないでしょ。いたら逆にお近づきになってみたいくらいだね。どんだけ疑り深い性格なんだ。
「そうか。何故家族で入信などしたのかと思えば、そんな事情があったんだね……」
「ううっ、涙が抑えられないぃ……!」
目論見通り、誰も僕らに疑いを見せない。同情と共感の嵐で信徒たちは完全に僕を受け入れてくれた感じだ。レミッシュに至ってはまるで我が事のように泣いてるし……。
「僕らの話はこれで終わりです。これ以上面白い事はありませんね。なので今度は皆さんの邪神様への信仰を教えていただけませんか?」
弱者アピールは済んだし、ここにきた目的の一つ――手駒に出来そうな奴らの選別のため、信徒たちから話を聞く事にした。個人的な話を聞くのもいいかもだけど、ここはやっぱり信仰について尋ねた方が良さそうだ。
「もちろんだよ。といっても、私の場合は君たちほど切実な理由ではないんだがね」
ある意味最も相応しい話だから、ロッソは快く頷いてくれた。でも何かちょっと表情が陰ってるな? 何故?
「私には妻と息子がいたんだ。しかし息子は国の命令で徴兵されてしまい、帰らぬ人となった。そして妻は息子の死に絶望し、自ら命を絶った。愛する家族の死に、私も一時自殺を考えたよ」
「ロッソ……」
あ、そういう話ですか。そりゃ表情も暗くなるわな?
というかさりげなくレミッシュが心配そうにロッソの腕にそっと触れてる。もしかしてあなた彼に惚れてたりします?
「けれど、私はただでは死ねない。家族を死に追いやった原因、無意味な戦争に満ちたこの世界を放って死ねるわけがないんだ」
結構心が強いようで、ロッソは信念と決意を漲らせて拳を握る。邪神教団とかいう邪教の極みに入信してる割には、凄いまともな事考えてるな?
「この世界から争いが消え去る瞬間を見る事。それこそが、私が邪神様を崇拝する理由さ。邪神様は確かに世界を滅ぼすつもりなんだろう。しかしそれが叶った時、世界は間違いなく平和になる。そうなれば、私も安心して家族の元へ逝ける……」
どうやらロッソが邪教に入信した理由は、平和な世界の実現を願ってのものだったらしい。一見凄く穏当なものに思えるけど、人々が滅ぼされた上での平和な世界を願ってるっぽいのが邪教徒らしさあるね? いやまあそれくらいやんないと真の平和は訪れないって悟ってるせいなのかもだが。
「……なるほど。では世界も人々も滅びる事無く、聖人族と魔獣族が手を取り合う平和な世界が迎えられたらどう思います?」
「ハハッ、本当にそんな世界が実現出来たのなら素晴らしいね。けれど所詮は夢物語だよ。邪神様の存在によって確かに和平は結ばれた。しかしそれは一時的なものだ。脅威が無くなれば、どうせまた争い合うに決まっているさ」
もっと穏当な世界平和について尋ねてみるも、半ば諦めに近い笑顔を返してくる。しかし言ってる事は尤もだから表立って否定は出来ないな? 実際僕の干渉が無かったら和平なんて結んで無いだろうし。
まあそれはそれとして、真の平和が実現出来たら素晴らしいって思ってるのは良いね? 邪神に対しての信仰もあるみたいだし、君はなかなか僕の手駒としての素質あるよ。とりあえず一人見つけたな!