ギルドの腐敗
「やったね、クルスくん! 無事に入信できたよ!」
「リアたちの演技力の勝利だよね!」
無事に面接を終え協力者の家に戻った僕らは、そこから屋敷に転移して元の姿に戻り喜びを分かち合った。邪教徒を上回る狂信によってやり込めたおかげかセレスはご機嫌で、元の姿に戻ってふらつかなくなったリアも嬉しそうだ。
「うん……まあ、うん。そうだね。うん」
「どうかしたの? 何か浮かない顔してるよ?」
「いや、ちょっと教えられた集会所の入り口が問題でね……」
ただし、僕はちょっと頭が痛くて素直に喜べなかった。
無事に潜入できそうな事自体は嬉しいよ? ただ面接終わってあの司祭から見せられた紙切れの事が頭から離れないんだわ。
「そういえば集会所ってどこだったの? あたしに見せる前に紙を燃やされちゃってたけど」
「集会所自体は街の地下らしいよ。問題なのは入り口の一つが冒険者ギルド所有の倉庫にあるって事だね」
「えっ、待って? それって、その……冒険者ギルドもグル、って事?」
セレスがぎょっとした様子で尋ねてくる。
そう、僕が頭を悩ませてる問題は正にそこだ。地下の集会所への入り口は幾つかあったけど、まさか冒険者ギルド所有の倉庫まで含まれてるとは思わなかったよ。そんなもんがあるという事は、十中八九ギルド内にも邪神教団のメンバーがいるって事。
普段ならそんなのどうでも良いんだが、今回ばかりは例外だ。だって冒険者ギルドを利用してトゥーラの潔白を演出する予定なんだもん。ていうか実際、トルファトーレとしてトゥーラに指名依頼を出して、邪神教団の情報を教えて貰った(見かけ上)ばっかりだし。
「……職員の誰か、それも結構上の奴が教団のメンバーなのは確実だろうねぇ」
面倒な事態に頭を抱えつつ、セレスの問いに答える。
倉庫の一つを入り口にするなんて事、下っ端には当然無理。入り口にした上で他のギルド職員にそれがバレないよう運用するなんて事、相当上の役職じゃないと無理だ。さすがにギルド長とかだったら腐り切ってて目も当てられない。
「リア知ってるよ! こういうの組織の腐敗って言うんだよね!」
「んー、まだ組織ごと腐ってるかどうかは未知数だけどね。まあたぶんそういう奴らは集会で確認できるだろうし、探るのは後で良いかな。ただそうなるとあのクソ犬をどうするかがなぁ……」
「トゥーラがどうかしたの?」
「今の内にトゥーラが邪神教団に潜入した事実とか、更なる情報収集のために僕らに依頼を出したとか、そういう報告を早めにやらせておきたいんだ。完全に事後承諾になるとさすがに怪しいしね。でも冒険者ギルドの職員が信用できないとなると、下手な相手には報告させられないしなぁ……」
ギルドの上の役職って事は、当然入ってくる情報も並ではないはず。だからトゥーラがそういう報告や依頼を秘密裏に出したとしても、その情報が確実に入手できる立場にいる事は想像に難くない。
かといって今の内に報告や依頼をさせないと、邪教に入信したトゥーラの身の潔白がどんどん証明しづらくなっちゃう。うーん、難しい。これは難しい状況だ。
「そっか。万が一そこから潜入計画がバレたら、顔や名前が違っても最近入信したあたしたちが怪しいもんね」
「さりとて何の情報も無い状態だと、ギルドの誰なのか探るのもえらい面倒だしなぁ。どうするすべきか……」
やっぱりここは信用できるギルド職員を選定するべきかな? こう、上の方から一人ずつ尋問――じゃなくて対話を行う感じで。
けどなぁ、この街だけで冒険者ギルドは四つくらいあるんだよなぁ。しかもそのうちの一つは規模もデカく人数も多い本部。一体何人調べる事になるのやら。手間と面倒を考えるとげんなりしてくるぞ。もっと他に良い方法無いかな?
「ねーねー。それってこの街のギルドじゃないと駄目なの? トゥーちゃんが信頼できる人なら、別の街のギルドの人でも良いんじゃないの?」
「……その手があったか!」
しかしここでリアが素晴らしい名案を口にしてくれた。
そうだよ、考えてみれば何もこの街のギルドに拘る必要は無いんだ。トゥーラが信頼できるであろう偉い奴なら、別の街のギルドの奴でもオッケーだ。全く、何でそれを思いつかなかったんかな?
「クルスくん、変な所で抜けてるよね。でもそこが可愛い♡」
「非常に癪だけど、まああのクソ犬ならそういう連中は他の街にもいたりするかな。おーい、トゥーラ!」
ニマニマと笑うセレスはスルーし、声を張り上げトゥーラを呼ぶ。今トゥーラがどこにいるかは調べてないけど、声が聞こえる範囲にいるなら間違いなく僕の下に来るはずだ。
なんて嫌な信頼を覚えてたら――パリーン! 窓ガラスを突き破って何かがダイレクトイン!
「――私を呼んだかい、主~!?」
「うわーっ!?」
リアの驚愕の叫びをバックに現れたのはトゥーラ。窓を破って入って来るとかご機嫌だね。扉を使うって発想は無い蛮族なのかな?
「おすわり!」
「ワンッ!」
窓ガラスの破片が床に落ちる前に走り寄って来たので、即座に命令。
別に強制力のある命令じゃないけど、トゥーラは何の躊躇いもなく従いお座りしたよ。無駄に瞳をキラキラさせながらね。
「お手!」
「ワンッ!」
「服を脱いで股を開け――冗談だ冗談! ノータイムでやろうとするな!」
「くぅん……」
調子乗って変な事を命令したら普通に従おうとしたので必死に止める。今ちょっと大切な話してるから、さすがにそれをほっぽりだして欲望に身を任せるわけには行かないんだわ。だから残念そうに耳を伏せるのを止めろ。
「……それで、私に何か用かな~?」
「お前が信用出来るギルドの偉い奴で、なおかつ邪神教団に入信なんて絶対してないと断言できる奴っている? 出来ればこの街以外で」
「ん~……五、六人くらいはいるかな~?」
「いるんだ……」
意外と人数いる事にさすがに驚きを隠せない。もしかして交友関係はまともなのか?
ちなみにこの街のギルド以外って条件を付けたのは念のため。人って悪い方向には変わるものだし、トゥーラの信頼が絶対確実なものではないからね。あと邪神教団は今はまだ首都でしか確認されて無いし、他の街には教団が存在しない可能性もあるからね。他の街のギルド職員の方が安全だと思われる。
「じゃあその中で一番話が分かる奴に諸々の情報を伝えといてよ。ギルド内にも恐らく信者がいるって情報もね」
「あ~、やっぱりいるんだね~。まあギルドの倉庫に集会所の入り口があるんだから当然か~」
などと朗らかに笑いながら、絶対に教団の信者しか知らない事実を口走るトゥーラ。やっぱコイツもマジで教団のメンバーやってたんだな……。
「……今更なんだけど、よく奴らはお前の事放置してるよな。内部情報も握ってるヤバい存在で、教団の面子に泥を塗った怨敵なのに」
「おやおや~。心配してくれるのかい、主~?」
「いや全然。どうせ刺客が来ても返り討ちにしてるんだろ?」
「まあね~! 三人くらい叩きのめした辺りで、私への襲撃は無くなったよ~。屋敷に侵入しようとした者もいたそうだが、それはベルが片付けたようだし~」
やっぱり知らない所で色々殺ってる件。あと屋敷に侵入した愚か者もいた模様。この屋敷は二十四時間起きてるメイド長が護ってるから、たぶん世界で一番安全なんだわ。不法侵入する不届き者は頭からバリバリ食われるぞ?
「……だとしたら次に考えられるのは屋敷の奴らを攫って人質にする事くらいか。まあそっちもあんまり心配ないかな?」
屋敷に侵入できないなら、屋敷から出てきた奴を襲うのが定石だ。でもうちにはやたら戦闘能力高い奴らがいるからそっちも大丈夫そう。
唯一心配なのはミニスとリアだけど、ミニスは魔法で超強化されたニアの姿で周辺の街で活動してるし、リアは邪神教団潜入のために僕と行動を共にしてるから問題無し。他の奴らは襲撃者を返り討ちに出来るか、少なくとも逃げおおせる事が出来る程度の実力者揃いだ。どう足掻いても襲撃者は失敗しそう。
「用事はそれだけか~い? ならば今すぐ動いた方が良いかな~?」
「まあ、そうだね。なるはやでよろしく。何か手伝う事あるなら教えてね」
「りょうか~い! それじゃあお手紙をしたためるために、私は部屋に戻るとするよ~!」
朗らかに言い残し、トゥーラは割った窓から外へと出て行った。ガラス片付けろとか、せめて扉を使えとか言いたい事は色々あるが、今は大事な事を優先して貰わないとだから許してやるか。
「とりあえず三日後に集会で紹介して貰えるそうだから、それまで各々演技を磨くって方向でお願いね」
気を取り直し、セレスたちにその旨を伝える。
三日後、遂に僕らは邪神教団の本拠地に足を踏み入れるわけだ。そのために弱く情けない一般魔獣族の演技を頑張らないとだからね。哀れみと同情を誘い、警戒心を解きほぐす事が出来るくらいの演技が理想だ。司祭との面接では司祭が人間的にカスだったせいか、特に僕らに同情を示さなかったし。
「分かったよ、クルスくん。それじゃあ夫婦らしい演技が上達するように、夜の新婚さんごっこでもしよ?」
「あ、面白そう! リアもやるー!」
なお、セレスは演技にかこつけて発情した目でそんな事をのたまいました。しかもリアまで上機嫌で参加表明。
百歩譲って夜の新婚プレイは分かるとして、そこに娘役が参加するのはさすがにアブノーマルが過ぎるんじゃねぇかなぁ……。