邪教面接
七日後、諸々の準備を済ませた僕らは遂に行動に移った。
支配下に置いた信者に司祭へ接触させ、僕らを新たな信徒に推薦して貰ったのは三日前の事。無事に向こうの興味が警戒を上回ってくれたみたいで、これからその司祭と会って面接染みた事をするんだ。これ散々立場の弱い存在に偽装したからの結果であって、それが無かったらたぶん直に出て来てくれることは無かっただろうなぁ……。
「さて、時間だ。準備は良いかな、奥さん?」
支配下に置いた信者の家で、僕は仲間に語り掛ける。そんな僕の姿は銀髪碧眼で陰のあるイケメンであり、服は結構みすぼらしい感じのものにしてる。更に偽装のために意図的に右足を悪くして、歩行補助のためのステッキを手にしてるぞ。常に右足が強張って動かしにくい感じだから、正直歩きにくいったら無いね?
でもこれのおかげで絶対誰でも油断してくれる。おまけにニカケの悪魔だから、弱い立場の存在を好むであろう邪教の奴なんか大興奮間違い無しだ。
「もちろんだよ、あなた♡」
僕の問いに答えたのはセレスことセリス。まだ演技には入ってない答えだけど、見た目はすでに完璧だ。髪の色も目の色も変化してるのは勿論の事、長い茶髪を三つ編みにして後ろに垂らしてる挙句、瓶底眼鏡をかけてるんだから見た目はクッソ地味でモサくなってる。その上で翼だけあるニカケだし、見た目の儚さに更に拍車がかかってる感じだ。緑に変えた瞳だけは変わらず綺麗なままだが、もうこれ誰だって感じだね。
ちなみにメガネはほとんど何も見えないほど視力が低いからかけてるって設定にしてる。旦那である僕は足に障害があり、嫁であるセレスは視力に障害がある。一目で相手の警戒心を無くせる素晴らしい夫婦だね?
「それは上々。レアも準備は良い?」
「うん! レアも準備オッケーだよ!」
ぴょんぴょんと跳ねて答えるのは銀髪緑目と化したリア。こっちも翼と尻尾が無くなり、更には角を小さくして片方だけにしたから違和感が凄い。
バランスが取れずふらふらしてた問題は、角が無い方に髪を纏めてサイドテールにしたおかげでだいぶ改善したっぽい。とはいえまだ若干ふらつく事が多いので、もういっそこのままの方が同情を引けるんじゃないかと考えてそのままにしておいた。これも生まれつきの障害っぽくしておいた方が、向こうもさらに警戒を緩めてくれそうだしね。生まれつき三半規管が弱いとかそういう感じで良いかな?
「よーし、それじゃあイカれた宗教団体への潜入作戦開始だ!」
「おーっ!」
ノリ良く拳を突き上げてくれる二人に良い気分になりつつ、僕らは家を出て夜の街を歩き始める。
家って言っても、屋敷じゃなくて支配下に置いた信者の家だけどね。僕らは今、そいつの家で保護されてるか弱い魔獣族の一家だから、夜更けに人目を忍んでコソコソと出歩くんだ。向かうは街の外れにある小さな寂れたバー。ここを約束の場所に指定されたんだが……リア連れてても入れますかね、これ……。
「失礼します」
西部劇でよく見かける観音開きっぽい扉を開き入店。リアの入店が駄目そうな場合は、外で膝を抱えた状態で待っててもらおう。より可哀そうな状態の方が同情を引けるだろうし。
寂れた見た目に反して中は意外と清潔で、暖かな雰囲気を感じる暖色系の内装のバーだった。ただ利用客が一人もおらず、一人のダンディなオッサン魔獣族がカウンターでグラスを磨いてるだけだったよ。まあ外に臨時休業って張り紙してあったしな……。
「おや、お客さんですか? 申し訳ありませんが、本日は臨時休業でして。またの機会にご利用願います」
「ああ、すみません。僕たちは別の用事で来た者でして……その、これを……」
ちょっと気の弱い風を演じつつ、オッサンに協力者から借り受けた指輪を差し出す。
プロポーズじゃなくて邪神教団の信徒の証のやつね。何が悲しくてオッサンにプロポーズしなきゃならないんだ。このオッサンも関係者だから、オッサンにこれを見せろって協力者に言われただけだぞ。本当だぞ。
「……奥へどうぞ。司祭様がお待ちです」
しばし指輪を検分した後、オッサンは指輪を返して店の奥に視線を向ける。
指摘されない辺り、リアも一緒で良いみたいだな? よーし、これで警戒を解くための材料をたくさん持った状態で面接に臨めるぞ。というか司祭本人が面接に来てくれてる時点でもう狙い通りな気もするが。
「……失礼します」
リアとセレスと目配せしつつ、奥の部屋の扉を開ける。
中はこじんまりしたリビングって感じの部屋で、特別感は微塵もない。ただし、一人がけのソファーに腰掛けてるヒゲ面のオッサンがいて、何かやたら偉そうな雰囲気を感じる。さっきのバーのオッサンはダンディな感じだったのに、こっちは若干肥満体で顔もいまいちだ。その癖無駄に高そうな良い生地の服を着てるのが焼け石に水って感じ。
「む、やっと来たか。全く、司祭たるこの私を待たせるとはな……」
挙句に僕らを見て最初に口にしたのがこの台詞。
これは自分の立場に酔ってますね。司祭なんてぶっちゃけ木っ端の信者とほぼ変わらなくない? ていうか僕はお前らが崇めるご神体そのものだからな。
「申し訳ありません。人目を忍んで移動をした弊害で、少々時間がかかってしまいました」
「ふん。ならば次はもっと早くに移動する事だな」
話してるだけでなかなかイライラして来るけど、今は下手に出るしかない。だってせっかくの潜入ミッションなんだからね。ここでぶっ殺して洗脳してから蘇生させてたら手間だし潜入の意味がない。
まあ堪えるのが限界を迎えたら躊躇なくやるけど。後は入信断られた時とかね。発言には気を付けろよ、司祭様よぉ?
「さて、それでは自己紹介と行こう。ワシこそが邪神教団の司祭の一人、アウグストだ。お前たち、名は何と言う?」
「僕はクレスと言います。こちらは妻のセリス。そして娘のレアです」
「どうぞお見知りおきを」
「よ、よろしく、お願いします……わわっ」
特に座れとは言われなかったので、立ったまま家族を紹介する。
セレスは深々とお辞儀をして、リアもどこかしおらしい演技をしながらそれに続く。ただしリアはどうにも身体のバランスが取れず、よろめいて僕の足に倒れて来たから受け止めた。
しかしアウグストねぇ? こんな脂ぎったオッサンがそんなカッコいい名前なわけがない。十中八九偽名だな。
「ふむ、なるほど。地味だが悪くはないな」
明らかに脚の悪そうな男に椅子を勧める事も無く、その家族の姿を眺めどこかニチャっとした笑みを浮かべるアウグスト。
僕の物になんて目を向けてんだコイツ。とりあえずワンアウトですね。あとツーアウトで抹殺洗脳傀儡コースです。
「お前たちは我が邪神教団への入信を希望しているらしいな。一体何故だ? 世間的には邪神様は世界の破滅を目論む邪悪なる存在だ。お前たちは何故邪神様を崇める?」
世間話をするつもりは無いのか、いきなり本題に入ってくる。うんうん、無駄話が少ないのは良い事だね。
もちろん僕らが邪神を崇める理由もちゃんと用意してるぞ。今からたっぷり説明してやるから、耳かっぽじってよーく聞きやがれ!
「そうですね、色々理由はありますが……やはりその公平なお心でしょうか」
「ほう? 公平な心、とな」
「はい。邪神様は確かに我らを滅ぼすおつもりなのでしょう。しかし、そこに差別はありません。聖人族も魔獣族も、悪魔も獣人も、富める者も貧しき者も、皆平等に分け隔てなく皆殺すおつもりなのです。それはある種、絶対的に平等で公平だとは言えませんか?」
この世界の奴らは等しくゴミだと平等に思ってる僕は、あえてそれを信仰の理由に昇華した。
一見話の筋が通ってないように思えるかもだが、今回ばかりは違う。だって今の僕らはカースト最底辺の存在に扮してるから。
「僕と妻は地図にも載っていないような、小さな田舎の村で育ちました。そこではニカケの悪魔への差別感情がとても強く、僕と妻は子供の頃から毎日のように酷い迫害を受けていました。時には度を越えた暴力を振るわれる事もあり、それが原因で大怪我を負う事もありました。その後遺症で僕は右足が強張って動かず、妻は裸眼では日常生活に支障があるほど視力が弱ってしまっています」
酷い差別と迫害を受けた、身体に障害のある者たちが入信を希望してる。こんな美味しい獲物、邪教なら決して逃がしはしないはずだ。
実際司祭様は若干目の色を変えて興味深そうに身を乗り出してたよ。弱々しい一般魔獣族に扮する作戦は大成功だね。ていうか脚が悪いって言ってんだろ。さっさと座らせろや。
「ふむ。何故怪我をそのままにしているのだ? 魔法で治療くらい出来るであろう?」
「いえ、それが治療院に行っても治らないのです。原因は不明ですが施術に当たった方が仰るには、心の問題も影響しているとの事でしたが……」
ただ完全には警戒が解けて無いらしく、アウグストはそんな事を尋ねてくる。もちろんこの理由もちゃんと考えてたから別に慌てたりはしなかったよ。
ちなみにこれは真っ赤な嘘ってわけじゃない。実際に心の問題が肉体の負傷に影響して、治療を阻害する事もままあるらしい。たぶん肉体と同時に精神にも同じ傷を負ったから、まず精神の傷を何とかしないと肉体の傷も治らない感じなんじゃないかな。
他にも例を挙げるなら、己の身体の傷を戒めとして残してるタイプとか? 何にせよこの理由と酷い差別と迫害を受けたって過去だけで、原因は勝手に推測してくれるはず。
「……ともかく、僕たちの事は良いのです。問題はこの子です」
「ひゃう……」
ここで僕らの話題は打ち切り、リアことレアの身体をトンと前に押し出し話題に上げる。
どうにもバランスが保てないリアは、軽く背を押しただけでよろめき倒れそうになる始末。でも演技じゃないガチの反応だからこそ、説得力が生まれるってわけだ。
「この子も御覧の通りニカケ、それも片角という最底辺の存在です。加えてすぐによろめき倒れそうになるという、バランス感覚に先天的な障害を抱えています。僕たちは何としてでもこの子だけは守りたいと考え、村を出ました。ですが都会でもニカケに対する差別は根強く、辛酸を舐める生活を強いられる毎日でした。そして僕らは現実に絶望し一家心中を考えていた折――邪神様が降臨なされたのです」
ここで僕は空を見上げ、主張に熱を込め始める。
邪教の司祭を納得させるにはどうすれば良いか。そう、正に邪教らしい狂信を見せれば良いわけだ! 僕たちは仲間だってな!
「邪神様は大陸を引き裂き、歯車の化物を召喚し、この世界に生きとし生ける者たちを蹂躙しました。分け隔てなく人々を虐殺していくその光景を前に、僕たちは悟ったのです。僕らへの差別が無くならないのなら、いっそ皆滅びてしまえば良いと」
「う、うむ、そうか……」
大人しめでひ弱そうな男が突然過激な発言を始めたせいか、司祭様は若干引いてる感じだ。
もしかしてコイツ、邪教に入ってる癖に意外と普通の感性してます? ちょっと目論見が外れたな。でも今更方針転換するわけにもいかないし……えぇい、いったれ!
「あれぞ正しく天啓でした! 死んでしまえば人は等しくただの肉塊! そこに差別感情など生じる余地もありません! 富める者も貧しき者も、ニカケもフローレスも、最終的にはただの腐った薄汚い肉塊に成り下がるのです! 死は絶対的で平等なもの――ああ、その真理に気付いたのは正に青天の霹靂でした! 全種族の絶滅、それこそが僕ら下々の者にとっての救いなのです! そしてそれを成し遂げてくださる邪神様こそ、正に我らの救世主! そうは思いませんか!?」
「う、うむ。そう、だな……」
司祭様、完全にドン引きしてる件。何だよ、僕何か間違った事言ってるか? お前も薄汚い肉塊にしてやろうか。
「ふむ。どうやらまだ納得していらっしゃらないご様子。ではセリス、君の邪神様に対する熱い信仰心を伝えて差し上げるんだ」
「はい、あなた♡」
せっかくだからセレスにも説得(狂信)をお願いする。
ここに関してはアドリブだけど全く心配してない。だって素で邪神の狂信者みたいな存在だしね、この子……。
「あたしも夫と同じくらい、邪神様を愛しています! あの全てを見下す絶対零度の冷ややかな目付き! 人知を超えた強大な力! 翼を広げた凛々しく美しいお姿! あたしは邪神様のためなら人類を裏切れます! 邪神教団の司祭様のあなたもそうですよね!? 邪神様のためなら死ねますか!? 一緒に邪神様のお力になりましょう!」
「も、もう良い! お前たちの信仰心は分かった! 司祭として、お前たちの入信を認めよう!」
ヤベー目付きで詰め寄るセレスに恐れをなしたのか、僕らはあっさり邪神教団への入信を勝ち取るのだった。何だお前根性無しだな。やっぱコイツは甘い汁を啜りたいだけの俗物か?
何にせよこれで最大の関門はクリアだ。後は教団の集会とかに参加して、信徒の事を色々探るぞー。まあ司祭がこれな辺り、あんまり期待は出来そうにないけど……。
トゥーラ、セレス、リア、それとベル辺りはマジモンの邪教徒の可能性濃厚。




