知らぬ間の邪教
「――ニア様、またお会いできる日を心よりお待ちしています!」
「頑張ってください、ニア様! 応援しています!」
「俺、あなたのパーティに入りたいです! メンバーの募集が始まったら絶対に行きます!」
邪教の討伐っていうお願いをされた後、僕らは満を持して魔王城を出た。
そしたら兵士の中でも特にニアに心酔してる奴らが見送りに来てくれて、実に黄色い声で送り出してくれたよ。それも普通に数十人くらいいるのが恐ろしい所。ニアのカリスマっていうよりは、力に魅せられた感じの奴らだなぁ……。
「……こうして信者が増えて行くのですね」
「やめて」
わざわざ一人一人に握手で応えたり、諸々の対応をして戻って来たミニスにそう声をかける。途端に眉間に皺を寄せて、頭が痛そうに表情を歪めてたよ。まあ奴らが惚れこんでるのは全て虚構の存在だから、それを考えるとミニスの反応も分かる気はする。
というわけで僕らは兵士数十人の黄色い声を一身に受けながら、悠々と城を後にしました。
「……それで、本当のところどうなのよ? 邪神教団なんて、どうせあんたが作り出した怪しい集団なんでしょ?」
城下へと続く長い道を歩いていると、不意にミニスが凄い怪訝な瞳を向けてくる。全ての元凶は僕だと信じて疑って無い目だ。どうして何もかも僕を黒幕にしたがるんですかね?
「何を仰います、ニア様。あなたに忠実に仕える下僕であるこの私が、邪神を崇拝する邪教を作り出す事などありえません。あなたへの忠誠心に溢れるこの目を見てください」
「いや、仮面で見えないけど? 見えても濁り切った薄汚い目をしてるのは分かり切ってるし」
「おお、何と酷い事を……」
大仰に絶望し、その場に崩れ落ちる演技をする僕。ちょうど周りに人もいないから少し遊んだって良いでしょ。何だかんだ魔王城で過ごしててだいぶ息が詰まる時間だったしね。
「はいはい。そういうの良いから、さっさと真実を教えてよね。一体何が目的で邪神教団なんてカスみたいな宗教作ったわけ?」
「いや、僕はマジで何もしてないよ。完全に冤罪」
「えっ? 嘘でしょ?」
「いや、本当」
何かトルファトーレとして答えても信じて貰えない気がしたから、普通に素で答えたらミニスは目を白黒させてたよ。マジで僕の仕業だと思ってたな、コイツ……。
「……じゃあ、何? 自分の意志で邪神を崇める気の狂った奴らが本当に存在してて、しかもある程度の集団を形成できるほどの人数なわけ?」
「そうなんだろうねぇ。これは完全に予想外だよ」
「えぇ……」
自然発生した集団だって事は想像もしてなかったのか、ミニスの顔が困惑に歪む。
その気持ちは僕にも分かる。マジで僕は何もしてないのに、勝手に生まれた邪教だからね。しかも明確に人々と世界に害を及ぼす系の邪神なのに……。
「でもまあ、考えてみれば別に不思議な事では無いよ。元々人は神とかそういうものに縋りたくなる性質があるし。苦難に見舞われた時とか特にね」
「だからって何でよりにもよって邪神を崇めるわけ? 世界を滅ぼそうとしてる悪だって事は分かってんの?」
「この場合、善悪はあまり関係無いんじゃないかなぁ。ただただ強大で人知を超えたものに縋って救いを得たいだけじゃない? にしたって何で邪神を崇めるのかは僕も分からんけど」
確かに邪神はこの世界で唯一、次元の違う凄まじい力の持ち主だ。最強の大天使すらも捻じ伏せる強さを持ち、大陸を歪めるほどの魔法を行使する、人間とは存在の格が違う存在。
だから強さに心酔する奴がいるのは分からないでも無いんだけど、だからって宗教まで生まれるのか? 案外崇めてたら自分たちだけは被害を免れるとか、都合の良い事考えてる可能性もあるな、これ……。
「崇めるならこんなゴミ屑じゃなくて、女神様を崇めろって話よね。全く、何が邪神教団よ」
「自分で言うのも何だけど、確かにその方がオススメだよね。まあ実際のところ、女神様は僕よりも嫌われてるんだが」
己の作り出した生物たちを争わせ楽しんでいる邪神――と思われているせいで、女神様はこの世界の人間から蛇蝎の如く嫌われてる。というか歴史から存在を抹消され、魔将や大天使レベルじゃないと知らない存在に成り下がってる。崇める前にまず女神様の存在を周知しなきゃいけないんだよなぁ。
ていうか、これって意外と厄介な事態になってないか? 邪神が脅威を増せば増すほど、下手すると邪神教団が勢力を広める結果になるんじゃない? 最終的に平和な世界が
出来上がっても、邪神を崇める狂信者しかいない世界だとさすがに女神様からNGくらいそう……。
「……とりあえず諸々考えるのは後にして、ひとまず宿だけ取ろうか。城の食事とかいまいちだったし、今日は屋敷に戻って御飯にしよう」
「やったっ! 私、焼きおにぎり食べたい!」
何か新たな問題が浮上してきたけど、ひとまずそれは脇に置いておく事にした。もしかしたら邪神教団が名前とは裏腹に凄くお行儀の良い上品な宗教団体かもしれないからな! 魔王城で襲撃してきた奴らを考えるに望みは薄そうだけど!
そんなわけで、僕らはしばし羽を伸ばす事にしました。ミニスちゃんもだいぶお疲れなのか、焼きおにぎりが食べられるくらいで見た事無い笑顔浮かべてるし……。
「――ただいまー。今帰ったぞ、野郎共ー」
宿を取った後、屋敷のエントランスへと転移する。
わざわざ宿を取るっていうワンクッションを挟み偽装工作をしてるのは、ニアと魔獣族冒険者クルスの関係を悟られたくないからだ。傍目から見るとただでさえ結構なキワモノばかりなのに、この上ニアとまで繋がりがあると知れたら面倒な事態になりかねない。間接的な繋がりならともかく、さすがに何日も屋敷で過ごすような繋がりはね。
だからクルスとニアは見知らぬ他人同士っていう体で行くために、こっそり屋敷に戻って来たわけだ。でもこれはこれで面倒臭いな?
「こんな狂人の巣窟を懐かしいって感じるなんて、私もいよいよ狂ってきたのかしらね……」
久しぶりに外面を気にせず過ごせる場所に戻ってきたからか、何やらミニスは重苦しいため息を零す。
まあ何だかんだこの屋敷でもう二年以上過ごしてるし、そりゃ懐かしく思うのも無理ないか。快適な暮らしが約束された夢の一軒家だしね。
「あっ! ご主人様、おかえりなさーい!」
「はい、ただいま」
せっかくだからミニスの姿をニアの姿から元に戻してあげると、ちょうど二階からリアが現れた。パタパタとデカい翼を羽ばたかせて降りて来たかと思えば、そのまま僕に抱き着いて頬擦りしてくる。デカい角がゴリゴリしてて感触はよろしくないが。
「ミニスちゃんもおかえり! ぎゅーっ!」
「わっ!? ちょっ、く、くすぐったいわよ、リア!」
そして今度はミニスに抱き着く。久しぶりな再会のせいか結構熱烈な抱擁だ。ミニスも相手がリアだからか普通に嬉しそうで、照れ臭そうに笑いながら抱き返してる。僕にはそんな反応見せない癖にね? リアばっかり特別扱いずるい……ずるくない?
しかしそれはそれとして、ロリ二人がキャッキャッウフフしてる光景は絵になるなぁ。片方はロリサキュバスで美貌が際立ってるし余計にね? あー、僕も間に入りてぇな?
「……よし。今夜はロリロリ3Pだな」
「何か今不穏で不埒な言葉が聞こえたわよ」
今夜の予定を口にすると、ミニスがリアと抱き合いながらも冷たい蔑みの眼差しを向けてくる。
でも何だかんだ言いつつ応えてくれるんすよねぇ? これは今夜が楽しみですわ。歯を食いしばって快楽を堪えるミニスちゃんを、リアと二人がかりでトロトロにしちゃおうっと。
「おかえり、主~っ!」
なんて考えてたら、ドタドタ駆けてきたトゥーラが抱き着いてくる。
今回は凄く普通に走り寄って凄く普通に抱き着いてきたのは、僕が以前までの反省を踏まえちょくちょく帰ってきてるからだ。そうしないと会えない間に想いが募って、悍ましいプレッシャーを放ちながら化物みたいな動作で走り寄って来るからね。日本のホラー映画感あるよ、あれ。
「はい、ただいま。トゥーラ、あの中二バカと人形偏愛はどこにいるの?」
「中二バカと人形偏愛……?」
「あの二人なら地下闘技場でキラと特訓してるんじゃないか~い? 己の今の力に胡坐をかかず自己を高めるとは、意外と向上心があって感心する所だよ~」
「そっか。一方的に付き合わされてるだけの光景が目に浮かぶのは気のせいかな?」
勇者相手に二対一はさすがにキツそうだけど、稲妻の落ちる所を察知できるキラなら大丈夫そうかな? 戦力的にもトオルが大半で、リュウはおまけみたいなものだし。
ていうかミニスには勇者たちの性癖とかの詳細を話してなかったから、何の話をしてるのか見当が付かないみたいだ。思い当る人物がいないせいで難し気な顔してたよ。
「あ、そうだ。ニアの正体がミニスっていうのはアイツらには秘密でよろしく。間違っても教えたりするなよ?」
「えー? どうして秘密なのー?」
「だってその方が面白いじゃん」
小首を傾げたリアに対し、当然の理由を口にする。
あと実はトオルがご執心の<翠の英雄>です、なんて教えたら凄く面倒な事になりかねないしね。そもそもまだミニスの事紹介すらしてないもんな?
「いまいち話が分からないけど、あんたがド屑だって事だけは分かるわ」
「それが主の望みとあらば、従う事に否など無いさ~。じゃあ私は他の者たちにもそれを伝えて来るよ~」
「おう、気が利くなクソ犬。後でブラッシングでもしてやろう」
「ワォ~ン♪」
軽く頭を撫でてやると、トゥーラは上機嫌に走り去って行った。これでニアの正体がミニスだって事をトオルに教える奴はいなくなるだろう。万一教えたりする奴がいたらお仕置きです。
「で、何なのそいつら? 何か知らない内に狂人が増えたわけ?」
「まあとりあえず自己紹介だ、自己紹介。ほいっ!」
「――あぎゃあっ!」
「ぐえっ!」
魔法でトオルとリュウをこの場に転移させいざ自己紹介――と思ったら、何か悲鳴が聞こえましたね。見れば着地失敗したのか二人揃って床に伸びてたよ。だらしねぇな?
「……えっ、誰? 何者?」
「この二人は僕より前の勇者だよ。魔王たちに改造されて強化兵士にされた挙句、邪神城にカチコミさせられた奴らね。それを強くて慈悲深くカッコいい僕が助けて勧誘したってわけ」
「ああ、この二人がそれなのね」
話自体はすでにしてあったから、ようやく情報が繋がり納得の呟きを零すミニス。なお、『強くて慈悲深くカッコいい僕』に対するツッコミはありませんでした。そこもうちょっと何か反応欲しかったな。
「きゅ~……」
「………………」
ていうか勇者二人が起き上がらない件。よくよく見ればトオルは目をグルグルにして伸びてるし、リュウは白目剥いてて意識が無いっぽい。二人共服の所々が切り裂かれてる上に血だらけ泥だらけで、戦いが酷く過激で一方的だったのは疑いようがないね。
「……何か死んでない? 大丈夫?」
「自己紹介させようと思ったけど、ちょっとこれは時間置かないと駄目っぽいね。送り返しておこ」
「ばいばーい」
「えぇ……」
何か駄目そうだったから、勇者二人を地下闘技場に送り直しておきました。別に紹介はいつでもできるしな! 精々キラにリスポーン狩りされないように気を付けろよ!