崇め奉る者
「――ごきげんよう、お二方。昨晩は良く眠れましたか?」
「ええ、もちろん。何不自由なく、何者にも邪魔されず、快適な睡眠を取る事が出来ましたよ」
「そうですか。それは何よりですね」
翌日の早朝。再び僕らは謁見の間でメルシレスたちとにこやかに対峙中。
憑依で肉体を奪う事に失敗した以上は打つ手が無いのか、あるいはもう普通に利用しようと切り替えたのか。奴らの反応は至って普通だった。玉座にふんぞり返ってご機嫌斜めな魔王も、その傍らに立つメルシレスも、昨晩僕の所有物を奪おうとした気配なんてまるで無し。厚顔無恥とはこの事だなぁ。
ただメルシレスの顔色が若干悪い辺り、仕込みがしっかり効いてるっぽいですね。眠る度に愛娘が拷問される夢を見るんだから、精神に来るのは当然か。
「今日で十日よ。もう二つ目の要求に関しての話は出来るんでしょ? 話さえ聞けば情報規制とやらは解除してくれるんでしょうね?」
「ええ、もちろんです。すでに朝一番で通達を出しております。順次各冒険者ギルドで、あなた方の興したパーティに関する情報が拡散されるでしょう」
「それは上々ですね。ではどうします、ニア様? このまま去っても問題は特に無いようですが」
<救世の剣>に対する情報規制が解除されたなら、ぶっちゃけもうコイツらに用は無い。二つ目のお願いを達成すれば色々支援してくれるそうだけど、他人の身体を乗っ取るようなゲス外道に支援されるとか不安でしかない。支援してる分の優遇を求めてくるのは目に見えてるし。
何より僕個人としてはこんな奴らのお願いなんて聞きたくない気持ちが強い。僕のミニスちゃんを奪おうとするとか許せないしね。
とはいえ表立って活動する以上、国からバックアップを受けられるのは良い事だ。使える物は死体であろうと使うのが僕のポリシーだし、まず話くらいは聞いてみても良いかもしれない。
「……一応、話だけは聞こうじゃない。コイツらが私にどんな事を願う気なのか気になるし」
「それがニア様のお望みとあらば」
どうやらミニスも同じような事を考えてるっぽくて、とりあえず話だけは聞く姿勢に入った。十日もここで足止め食ったんだから、せめてそれくらいの好奇心は満たして帰りたいよね。
「で? 二つ目の要求はいったい何なわけ?」
「簡単な事です。あなた方にとある集団を滅ぼして頂きたいのですよ」
「あっ、そういう事? 悪いけど私は聖人族との戦争に加担するつもりは無いわよ。大体私は、世界の危機だってのに聖人族といがみ合ってるあんたらの馬鹿さ加減にほとほと呆れて、自分がやるしかないって仕方なく立ち上がったのよ? 何を引き合いに出されても聖人族と戦うつもりは無いわ」
メルシレスの言葉に、蔑みと呆れを露わにするミニス。ちょっとした好奇心もすっかり鳴りを潜め、一気に失望した感じだ。こんな事を頼んで来たら当然の反応かもしれないけど。
でもまあ、これはたぶんミニスの早とちりかな? そもそもとある集団としか言って無いし、厚顔無恥な魔王たちでも停戦協定を結んでおきながらぶっ潰すとかはさすがに無いでしょ。無いよな? あったらもうコイツらも滅ぼすしかねぇわ……。
「ふふっ、どうやらニア様は勘違いしていらっしゃるようですね」
「は? 勘違い?」
「はい。確かに私共としても、聖人族には滅んでいただきたいと思っています。ですが今のご時世、彼らよりも目障りで邪悪な集団が存在するのですよ。あなたには聖人族ではなく、彼らを滅ぼして頂きたいのです」
「聖人族よりも、邪悪……?」
これにはミニスの興味も蘇り、同時にさり気なく僕に視線を向けてくる。もしかして僕の事を聖人族よりも邪悪な存在と思っていらっしゃる? どうやらお仕置きが足りないみたいだなぁ?
「あなた方は<デウス・ティメーレ>という言葉に聞き覚えはございませんか?」
「確か襲撃者が口にしていた言葉ですね。魔法の名前かと思いましたが、特に魔力も感じられなかったので疑問に思っていました。それが何か?」
「あれは魔法ではありません。例えるなら、そうですね……ある人物を崇拝し、礼賛する祈りの言葉、といった所でしょうか」
「祈りの言葉……」
へー、そんな感じのものだったんだ。例えるならアーメンとかそういう感じの聖句なのかな? ちなみに僕としてはアーメンよりもエイメンの方がカッコよくて好きです。
しかしそれくらいのレベルの祈りの言葉が出て来るとか、何か凄いキナ臭い話になってきたな。だとしたらあの襲撃してきた奴らは己の命を進行に捧げた狂信者じゃん。こっわ。
「以前は彼らを聖人族への憎しみに駆られた愚かな者たちとお伝えしましたが、実際のところ更に悪辣な存在なのです。彼らは自分たちが崇め奉る者のために、あなた方を排除しようとしていたのですよ」
「嘘でしょ? この世界を滅ぼす邪神を倒そうとしてる私を殺して、そいつに一体何の得があるわけ? 私がいなかったらそいつも死ぬだけじゃない」
これにはミニスも目を丸くしてる。今のところ英雄ニアこそが世界を救う希望の光だ。それを殺そうとするなんて誰にとっても得にはならないし、確かに頭がおかしいとしか言えない。
「ニア様、それは違います。この広い世界で、確実にその者だけはニア様の死を大いに歓迎するのです。何故ならこの世界が滅びようと、その者だけは決して滅びないのですから」
とはいえ、間違いなく一人だけニアの死を歓迎する者がいる。鈍いとか鋭いとか関係なく、立場上それが分かった僕は仮面の下でげんなりしながらその事実を教えてあげました。
「はい? 何でよ。世界が滅んでも生き残る奴なんて、そんなの……あっ」
訳分からんって顔してたけど、途中で何かに気付き再度僕に視線を向けるミニス。とりあえずこくりと頷いておきました。
「えっ、待って? まさか、そういう事?」
「はい、お恥ずかしながら。まさか我ら魔獣族の中にそのような恥晒しが出て来るとは、厚顔の極みでございますね」
「チッ!」
ようやく察したらしいミニスにメルシレスが頷き、玉座にふんぞり返った魔王が盛大に舌打ちする。まあ確かに魔王からすると面白くないだろうなぁ。魔獣族の癖に自分に従わないどころか、聖人族を上回る最大の怨敵を崇める奴らがいるなんてさぁ。
「つまり、こういう事ですか。邪神を崇める狂信者の集団が現れ始めた、と」
結論として、僕はそれをはっきりと口にした。
話の流れから察するとそれしか考えられなかった。魔王にとって聖人族よりも憎き敵で、世界の希望の光であるニアの死を歓迎する者。それはこの広い世界に邪神しか存在しない。
襲撃者はきっと邪神を崇める邪教の狂信者だったんだと思われる。それなら魔王の反応も納得だ。娘を拉致って日々拷問してるクソ野郎を崇める同族なんて、聖人族よりも憎悪の対象になるだろうし。
「ええ。元々魔獣族は力に従う傾向がありますが、まさか邪神に魅せられ崇拝する者たちが現れるとは完全に想定外でした。もしかすると邪神が何らかの魔法で働きかけているのかもしれませんね」
「………………」
メルシレスが邪教の存在を肯定し、ミニスちゃんが胡乱気な瞳でさり気なく僕に視線を注ぐ。さてはまた僕が何か裏で変な事をしてると決めつけてるな?
それはともかく、まさか邪神を崇める宗教が誕生するとはねぇ。さすがにこれは僕も予想外だった。少なくとも現状では邪神として全世界に恐怖しかもたらしてないはずなんだけどなぁ? 何をとち狂って崇める奴らが出てるんだろう。強大な力に魅せられたのか? 異常者の考える事はよく分からんね。
「ともかく彼らの存在は私たちにとっても、聖人族にとっても、そしてあなた方にとっても百害あって一利無しのゴミ屑です。これ以上勢力を拡大する前に、何としても殲滅しなければなりません」
「事情は理解しました。しかし完全に滅ぼす事が出来るとは思えません。ゴキブリの繁殖力と生命力は尋常ではありませんからね」
「でしょうね。だからこそこれ以上ゴキブリの生息地が拡大する前に、何としても潰しておきたいのです。こんな邪教が国中に広がったら悪夢ですよ」
メルシレスは侮蔑を露わに吐き捨てる。でも実のところ、僕個人としては歓迎すべき事かもしれない。
どういう理由で邪神を崇めてる奴らなのかは分からんけど、信仰の対象である邪神の言葉ならきっと従ってくれるだろうし、これは良い感じの手駒をたくさんゲットするチャンスなのでは? 命を賭して邪神のために行動する気概がある奴らがいる事実は、襲撃仕掛けてきた三人の狂信者の様子を見れば明らかだ。一人は毒を煽り、他二人は自殺したしね。
「どうかお願いします、ニア様。首都に蔓延る邪教――邪神教団を何としても潰してください」
という事で、僕らは邪神教団を潰して欲しいというお願いをされました。まあ潰すかどうかは別として、どんな教団か確認はしないといけないよな?
ていうか邪神であるこの僕でさえ崇められるようになったのに、信者が一人もいなかった女神様って……。