魔王たちの策略
「それじゃあ、頂きます」
無駄に広く豪華な机に並べられたご馳走を前に、お行儀良くも手を合わせてから食事を始めるミニスちゃん。
謁見を終えた後、僕らは魔王城の一室に通されお食事タイムとなった。本当は一人部屋を二つ用意されそうになったんだけど、そこは僕が一部屋で良いって断ったんだ。こんな所でミニスちゃんを一人にしたら何されるか分からんしね。無敵に近い肉体にしてても弱点はあるかもだし、あんな食えない女が魔王の側近なら余計に一人には出来ない。
そんなわけで今の僕らはホテルのスイートルームみたいなお部屋で、デカい机を囲み提供されたご馳走を頂いてるってわけ。二人だけなのに机からはみ出そうになるほどの料理出してきやがってよぉ……。
「……にしても驚いたわね。まさかあんたの言う通り、本当に攻撃されるとは思わなかったわ」
「実力を確かめたかったんでしょ。<翠の英雄>の噂は控えめに言って荒唐無稽だし。疑うのも無理ないよ」
はぐはぐと分厚い肉を平らげつつ、ミニスは多少リラックスした様子で愚痴をこぼす。
一応部屋の外には控えてるメイドとかがいるけど、部屋の中にはいないからね。謁見の間で神経すり減らした事もあり、どうにも油断してる様子。
「だからってあんな本気でやる? 今の私じゃなかったら真っ二つになってたわよ、アレ……」
「その時はその時でしょ。ていうか向こうもウサミミで白羽取りされるとは予想してなかっただろうね。あの驚愕の表情は傑作だったよ」
「あんたに同意するのは癪だけど、確かにアレは傑作だったわね。今思い出してもあの間抜けな表情……ぷっ、ふふっ!」
珍しくも僕に賛同し、ケラケラと笑うミニス。どうやら意外と魔王の事が嫌いな様子。まあ初邂逅の時に地下闘技場で聖人族狩りして楽しんでるのを見ちゃったもんなぁ。そりゃあ嫌うのも無理ないな。
「魔王の度肝を抜けたのは良いけど、あの女に関してはどうにも困りものだなぁ……」
そんなミニスちゃんを尻目に、僕も適当に肉を食いながら愚痴を零す。
あ、ちなみに仮面付けたまま食ってます。口の動きに合わせて仮面が部分的に開くようにも出来るんだ。意地でも仮面を外したくないっていうか、ミニスの前で外して食うと評判悪くてね……。
「あー、あのメルシレスとかいう人……何か発言の全てが胡散臭くて全然信じられなかったわ。あれは何もかも嘘言ってるって分かるわ。あんたと同じ人種じゃない?」
「かもね。とにかく、あの女はあまり信用しないようにね。腹の内に何を抱えているか分かったもんじゃないし」
「了解よ。その手の奴には慣れてるけど、あんたがそう言うなら全部あんたに任せるわ」
「何で慣れてるのか一昼夜問い詰めたいところですねぇ……」
実に不思議な事を口にしつつ、真っ赤なトマトスープみたいなのをグビグビ飲んでくミニス。もしかして僕で慣れてる?
ていうかめっちゃ食うな、コイツ。もう五皿くらい空にしてるぞ。見た目に反して大食いなのは知ってたけど、このままだとミニス一人で全部平らげそうな予感。ぶっちゃけあんまり美味しくないのにねぇ?
「……ていうか、今素で話してるけど大丈夫なの?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。何か魔法で盗聴してる感じだったけど、その辺は潰しておいたし」
「それなら良いんだけど……あんたたまに抜けてるところあるから、いまいち不安なのよねぇ……」
今度は新鮮なサラダをわしわし食らいつつ、胡乱気な目を向けてくるミニスちゃん。
失礼だなぁ? レーンみたいな事言わないで欲しいよね。確かにごく偶に、本当に稀にちょっとだけ抜けてる時はあったかもしれないけどさぁ?
「結界も張って二重に対策してるから今回は大丈夫だよ。そもそも何の警戒も無く素直に出されたもの食ってるお前に言われたくないわ」
「えっ、ちょっと待って。もしかして何か入ってるの?」
すでに七皿平らげておきながら、顔を青くして箸を止めるミニス。あ、箸を止めるっていうのは比喩で、握ってるのはスプーンとかフォークだからね。
「……毒は入って無いよ。毒は」
「じゃあ何が入ってんのよ!? え、食べて大丈夫なの!?」
思わせぶりな事を口にすると、今更心配して慌てふためくっていう……危機感薄すぎだろ。無敵の肉体を手に入れたから舞い上がってるのか?
ちなみに本当に毒は入って無いです。毒は。
「死にはしないから平気だよ。良いから食え。おかわりもあるぞ」
「死にはしないけど何かあるって事よね、それ……」
何かが混入されてる事は理解したらしいミニスだけど、それでも普通に食事は再開してたよ。まあ食欲には勝てないって事かな。あるいはストレスで過食症気味なのかもしれないな。実際そこからも食事のペースは落ちなかったし。
「それで、あんたは二つ目のお願いって何だと思う?」
「何だろうねぇ。正直僕は二つ目のお願いなんて本当は存在しなくて、ただ僕らをここに留まらせるための方便だって思ってるよ」
賢い僕は実は色んな事を知ってる。だから魔王側の狙いも何となく察してる。そこから考えると僕らが魔王城にいてくれる事そのものが、向こうにとって実に有難い事なんだよねぇ。だから二つ目のお願いとかいうさも本命みたいな事を用意して、僕らをここに留まらせてるわけ。
「え、何で私たちをここに留める必要があるわけ?」
「さあ、何でだろうねー?」
「ちょっと、もしかしてアイツらが企んでる事知ってるわけ? 知ってて教えないわけ?」
「ネタバレされたら面白くないじゃん。だから心優しい僕はしっかり秘密にしておくからね!」
「ここに私の味方、いなくない……?」
おや、ミニスちゃんの食事のペースが落ちた。何かしょぼくれて寂しそうな顔してるし、ウサミミも心なしか萎れてる感じだね。
僕っていうとっても強くて頼りになる素敵な仲間がいるのに、何で味方がいないなんて呟いてるんだろう。不思議だなぁ。
「――で、どうだった?」
ニアとの取引と仕込みを終え私室に戻って来たメルシレスに対し、魔王ヘイナスは満を持してそう声をかけた。
お互いの腹を探りながら取引を行うなど自分には不向きであったため、彼女の提案通り早々に退場し全てを任せたのだ。信頼できる右腕であり、同時に愛する妻であるメルシレスは期待に応えてくれらしい。得意げな微笑みを浮かべ答えを返してきた。
「結果は上々です。少なくとも十日間は城に滞在して頂けることになりました」
「良し、なら問題はねぇな。後の事も頼むぜ」
「お任せください、陛下」
慇懃な礼を返してくるメルシレス。しかし次に顔を上げた時には少々不安気に眉を顰めていた。
「ですが、警戒は怠らないように。あの仮面の聖人族は曲者です。私が親近感を覚える程度には食えない相手だと思います」
「なるほど。つまり目的のためなら手段を選ばない、お前みてぇな血も涙も無い奴ってか」
「失礼ですね、私にはしっかりと赤い血が流れていますよ。そもそも血が流れていなければ今回の計画はご破算です」
「おっと、そうだったな。わりぃわりぃ」
今回の計画は極めて重要であり、見事成功すればアポカリピアを確実に救い出せるのだ。その計画の要がメルシレスなので、今回ばかりはヘイナスも下手に出る他なかった。
「にしても、<翠の英雄>か……奴は一体何者なんだ? 俺の渾身の一撃をあんなふざけた方法であっさり受け止めるなんて、魔将にだって出来やしねぇだろ」
不意に謁見の間での出来事を思い出せば、腸が煮えくり返る思いが生じる。
魔王とは最強の存在であり、全魔獣族の頂点に立つ存在だ。当然噂に伝え聞く<翠の英雄>よりも強い――そう自負していたのだ。渾身の一撃をウサミミで挟み止められる瞬間までは。
「報告によりますとテュエラという何の変哲もない村の、ごく普通の一般家庭出身だそうです。とはいえその村は以前この国を襲った大嵐に巻き込まれ、跡形も無く吹き飛んでしまいましたがね。そこを考えると身の上が事実かは怪しいものです」
「確かに出来過ぎてるな。探られたくねぇ腹があるって事か……?」
明らかにあの強さは異常であり、恐らく魔将ですら敵わない化け物である。そんな化物が十数年前に滅びた村の出身と自称しているのだから、あまりにも都合が良すぎる。本来の出自を隠すためにあえて確認の取れない滅びた村の生まれにしている、と考える方が納得だ。
「……ま、何でも良いか。あの化け物みてぇな力が俺たちのものになるんだ。奴の過去なんかどうだっていい。たっぷりもてなして、精々最後の贅沢をさせてやろうぜ?」
「かしこまりました、陛下」
怪しさは抜群だが、あの力が自分たちのものになるのならば些細な問題だ。
故にヘイナスはニヤリと笑い、遂に愛娘を救い出せる日が訪れる事を喜ぶのであった。