メルシレスとの取引
「では、話を再開致しましょうか。我ら双方が利益を得るために」
魔王が去った後、メルシレスはそれを特に気にした様子も無く話の再会を促す。
別にこっちはそれで構わないんだけど、魔王がどっか行ったのは良いんですかね? 謁見の最中に自分から不意打ち仕掛けといて、思い通りにならなかったからって僕らを放置してどっか行くとか頭湧いてない?
「それは良いけど、魔王がどっか行ったのに話進めて良いわけ?」
「問題ありません。今回の取引に関して私は全権を委任されております」
なんて思ってたらツッコミ適性が高いミニスちゃんが容赦なくそれを指摘して、実に怪しい言葉を返される。
全権を委任されてるって所は別におかしくない。僕はコイツが魔王の嫁で参謀みたいな立場だって事は知ってるからね。ただ『取引』ってのはどうにもキナ臭い。僕らに一体何を求めるつもりだ?
「すでにお気付きでしょうが、あなた方が設立した冒険者パーティ<救世の剣>に関して、情報規制を敷いています。具体的には各冒険者ギルドでの人員募集の報せに関して、ですね」
「やはりそうでしたか。どうりでギルドの掲示板に何一つ貼られていなかったのですね」
「ちょっ!? 何それ妨害!? 魔王は娘を助けたくないわけ!?」
基本善行してれば満足なミニスはその辺に気付いてなかったらしい。初めて聞いたって感じに耳を疑ってたよ。表向きは自分で設立したパーティなんだから、もうちょっとくらい注意を払って?
「恐らくは妨害してでも成し遂げたい目的があるのでしょう。もしかするとそれこそがご息女を救い出す近道になる――と勘違いしているのかもしれませんね」
「ご明察です。しかし姫君を救い出す近道にはなりませんね。むしろ回り道でしょう。とはいえ私は陛下の下僕。陛下の望みを叶えるのが使命。なので私の疑念や迷いは脇に置き、全力を賭して陛下の望みを実現するまでです」
「素晴らしい。主に仕える者の鏡ですね」
淀み無く答えるメルシレスに、僕はパチパチと喝采を送る。
自分が魔王の下僕だの何だの言って第三者視点で語ってるのが笑えるから、仮面付けてて本当に良かったよ。お前魔王の嫁でアポカリピアの母親じゃん? よくもまあいけしゃあしゃあと他人事みたいに語れるもんだ。面の皮が僕の仮面並みに厚いんじゃない?
「――と言いたいところですが、むしろ真逆ですね。それではただ命令に従う奴隷です。己の全てを賭し、主の過ちを正す事こそが真の忠義ではありませんか?」
「えっ?」
仮面の下でほくそ笑みつつ、真の忠義者っぽい事を口にする。そしたらミニスちゃんが『コイツ何言ってんだ?』みたいな反応してたけどそれは無視! 今の僕はニアに仕える忠実な従者なの!
「仰る通りです。私は真の下僕では無いのでしょうね。なので良心や忠誠心に訴えられても響きはしません」
遠回しに『正論振りかざしても無駄だぞ?』って感じの事を語るメルシレス。
そりゃあ嫁だから下僕ではないでしょうよ。よくもまあ涼しい顔して嘘を積み重ねるもんだ。脳筋旦那の参謀だけはあるね?
「さて、それでは取引を始めましょうか」
「……任せるわ、トルファ」
「かしこまりました、ニア様」
これはついていけないと悟ったのか、ミニスは僕に全てを任せる事にしたっぽい。きっと僕を信頼してくれてるんだな! 何たって僕とミニスちゃんは深い絆で繋がってるからな!
なんて冗談はさておき、ミニスちゃんを差し置き僕は前へ出る。ここからは実に腹黒そうなこの女と一対一、言葉で殴り合いつつ腹の探り合いみたいな陰湿な戦いですね。
ていうかこういう戦い嫌い! 殴って殺して終わる方が単純で好き! あー、何度思い出してもどっかのバグキャラ二号との戦いは楽しかったなぁ。元気にやってるかな、アイツ。今どこにいるんだろう。別の銀河系?
「それで、あなたは私たちに何を望むのですか?」
「何も難しい事ではありません。あなた方にお願いしたい事はたった二つだけです。それさえ叶えて頂ければただちに情報規制を解除し、更に<救世の剣>の支援も行うと確約しましょう。信用頂けないのならば書面で契約を交わしても構いませんよ」
二コリと笑う事も無く、ただ淡々と胡散臭い事をのたまうメルシレス。そこはもうちょっと笑顔でこっちの警戒心を解き解すとかしないわけ? 仮面被ってる僕が言えた義理じゃないけど。
しかしわざわざ書面で契約しても良いって言う辺り、一見騙す気は無いように思えるね? まあ古典的な契約書は一枚のみとか、偽造とかしたりするのかもしれんが。
「まずは話を聞かなければ答えを返せません。内容を窺いましょう」
「一つ目は、城の兵士たちにニア様の強さを見せつけて頂きたいという事です。出来れば特訓や稽古もして頂きたいところですが、そこまでの贅沢は申しませんよ」
「えっ? それだけ?」
「ええ。一つ目のお願いに関してはこれだけです」
身構えてたら別段おかしな内容でも無い普通の要求が飛んできたから、ニアは目をぱちくりさせて驚いてる。実際メルシレスも本当にそれだけだって肯定してるね。
ただ絶対怪しいよなぁ? 本当にそれだけかぁ? 確かにニアの破天荒な強さを見せつければ、触発された兵士全体の戦力が上がるかもしれないけど、心やプライドをへし折られる奴も出るだろうし言うほどプラスにはならないと思う。だとするとこのお願いはジャブ、というか建前みたいなものって感じかな。
「なるほど。では、二つ目が本命という事でしょうか?」
「ええ、その通りです。そして二つ目のお願いは――」
僕の問いに頷き、メルシレスは遂に本命の要求を口にする――
「――と、ここで申し上げたいところですが、残念ながら私にも知らされておりません。なので二つ目のお願いに関しては未定、という所でしょうか」
「はあ? 何よそれ?」
ここまで雰囲気出した癖に、まだ知らないから言えませんとか言うクソ。これにはミニスちゃんも忌々しそうに眉を寄せてるよ。
全権委任されてる癖に内容知らないんです? どうせ嘘で駆け引きだろ分かってるぞ。
「陛下が未だ答えて下さらないので、私にも分かりかねます。何でもまだ情報が集まり切っていないとの事で、十日ほど後には教えて下さるそうです。なのであなた方には十日ほど城内で過ごし、兵士たちに強さを見せつけて頂ければ、と」
「馬鹿じゃないの? それじゃあ二つ目のお願いとやらが明らかに無茶な内容だったら、私たちは無駄にあんたたちに利用されただけになるじゃない」
これにはミニスちゃんもおこだ。世界平和のために尽力してて忙しいのに不躾に呼び出され、馳せ参じて見れば十日間待ってと言われる。こんなんミニスじゃなくても怒るわ。用意が出来てから呼べやカス。
「無論そのような理不尽な取引は致しません。一つ目のお願いを聞いて頂けたのなら、十日間待って頂いた時点で<救世の剣>に関する情報規制は解除させて頂きます」
さすがに理不尽を敷いてる自覚はあるのか、メルシレスはそんな好条件を出してきた。
いや、よく考えたら好条件じゃないな。<救世の剣>に関する情報規制は取引のためにコイツらが勝手にやってる事だし、そもそも情報解禁しても娘を救い出せる可能性が高まるだけでむしろプラスだ。
何だろうね、このお金奪われてそのお金を報酬だって言われてるようなマッチポンプ的な感覚。するのは良いけどされるのはあんまり好きじゃないぞ!
「つまり二つ目のお願いを拒否しても構わないが、その場合は<救世の剣>に対する援助は行わない、という事ですか?」
「ええ、その通りです。悪い取引ではないと思いますが、どうでしょう?」
ここに来てようやく、メルシレスは微笑みを浮かべる。何が悪い取引じゃないだ、象の皮膚くらい面の皮が厚いな?
すっげぇイライラして暴力で全てを解決したい気分だけど、今の僕はニアの忠実なる従者トルファトーレ。ここは怒りを抑えてごく普通に振舞わないとね。でもやっぱ世紀末の理って最高なんだなって。
「……確かに、悪い取引ではありませんね。良いでしょう。ひとまずは受け入れます」
「トルファがそう言うなら、私も構わないわ」
悪い取引じゃない……っていうか取引の体を成してない気もするけど、とりあえずそう答えるしか無かった。十日間もこんな場所に拘束されるのは正直ムカつくが、もしかしたら兵士の中にも<救世の剣>に入ってくれる奴がいるかもしれないからね。人員募集って考えれば悪い選択ではない。精々有能な人材を引き抜いてくれるわ。
「ありがとうございます。ではもう少し詳しいお話をしたいと思いますが――それは明日にしましょうか。ひとまずあなた方には素晴らしい食事と最高のおもてなしを提供させて頂きますね」
などと満足気な胡散臭い笑みで以て語るメルシレス。
あーあ、やっぱり面倒な事になったよ。これ招待を無視すれば良かったかもしれんな?