勇者召喚?
僕は最初、女神様がどこかの平原とか街の中とかに送ってくれるんだと思ってた。次点で赤ん坊からやり直し、ってとこかな。
だけど女神様内でのルールではそれらはわりとグレーな行為だと認識されているみたいで、うちの女神様はグレーな行為を良しとしなかった。ではどうするのかというと、良くあるアレだ。
「おおっ、成功だ! 勇者様が降臨なされたぞ!」
気が付いた時、僕の周りはやかましいほどの喧噪に包まれていた。しかも狂喜乱舞って言葉がぴったりなくらいの喜びの声ばかり。
何事かと思って周りを見回してみれば、そこはもう白一色の世界じゃない。内装から判断するしかないけど、恐らくは異世界の城の中。だって無駄に豪華で馬鹿でかい椅子が高いところにあるし、王冠被って錫杖持った髭のオヤジがいるからね。
「皆の者、大義であった」
そんなオヤジが無駄に大仰な仕草で腕を振って、何十人もいたフードを目深に被ったローブの人たちを偉そうに労う。たぶんあの人たちが僕を召喚するための魔法を使ったんだろうなぁ。何人か倒れてるけど貧血かな?
まあちょっとその手の知識があれば誰でも分かるよね。これはいわゆる勇者を異世界から召喚する魔法とか儀式のアレだ。グレーな行為がお気に召さない僕の女神様は、この勇者召喚に干渉して僕を送り込むことを決めてたみたいなんだ。本来召喚されるはずだった人と僕を取り替えることで、ルール上何ら問題ない手段を講じたらしい。女神様は自慢げにそう語ってたよ。
でもグレー行為よりも酷い気がするよね、これ。本来召喚されるはずだった人可哀そう。もちろん思っても言わなかったけどさ。
何はともあれ、無事異世界に降り立つことができたんだ。早速女神様の願いを叶えるために動きたいところだけど、いかんせんこの世界についてはまだ分からないことが多すぎる。女神様からはこの世界で無双できる程度の力は貰ったとはいえ、まだ力の扱いや把握はできていないし、ここはしっかり勇者らしく振舞っておこう。
「お初にお目にかかります。貴方様こそがこの国の王とお見受けしますが、相違ありませんか?」
「うむ。我こそはテラディルーチェの国王、レイ・オルディナリオ・テラディルーチェである。そなたの名は何という?」
「私の名はカガリ・クルスと言います。以後、お見知りおきを」
とりあえず跪いてそれっぽく挨拶しておいた。ちょっとやりすぎな感じが否めなくも無いかな? でも好印象を与えておいて損はないはずだし別にいいか。
振る舞いの他に重要なのは、あとは外見くらいかな? でもその点に関してはたぶん心配ないと思う。だって僕の見た目はとっても人畜無害な優男だから。僕の友人たち曰く外見の評価は『優しそう』『自分の身を犠牲にしてでもヒロインを助けそう』『天然っぽい』ってくらいだから。
ちなみに外見と内面の総合評価は、『詐欺師』『花に擬態して餌を狩る昆虫』『ラベルを張り替えたシュールストレミングの缶詰』とだいぶ散々なこと言われたよ。ひがみかな?
「クルスよ、信じ難いだろうがどうか余の話を聞いて欲しい。実は――」
そこから王様が語ったのは本当によくあるテンプレートな話。敵の種族が攻めてきて自分たちはこのままでは滅亡してしまう。だから勇者としてお前を召喚した。その力で敵を打ち倒し、我々に平和をもたらしてくれっていう、お涙ちょうだいな物語。
ラノベやアニメが大好きなら、英雄としてもてはやされる自分の華々しい未来でも妄想しながら頷くところなんだろうね。正直僕もそんな風になると思う。女神様から事前に知識を与えられていなければ。
しっかり正しい知識を与えられた僕は、王様がいかに話を盛って自分たちをさも被害者として話しているかが分かる。いっそ滑稽なくらいだ。だけど僕はまだこの世界に召喚されたばかりの何も知らないまっさらな勇者様。ここはそれっぽく振舞っておこう。
「……許せませんね。私にお任せください、王様。この私が聖人族のために、魔獣族を撃ち滅ぼしてみせましょう」
適当に敵の種族に憤慨したっぽい反応をして、殺る気を見せておく。実際異世界召喚された操られやすい奴の反応なんてこんなもんでしょ。
正直僕としては人間と天使から成る聖人族より、悪魔と獣人から成る魔獣族の味方をしたいね。女神様曰く、魔獣族には猫耳っ子とかウサ耳っ子とかいるらしいし。しかも寿命は人間より遥かに長いらしいから、長い間可愛い姿でいてくれる。最高かよ。
「うむ! 期待しているぞ、勇者よ!」
自分たちの思い通りに動く傀儡が召喚できてご機嫌らしく――何だっけ、名前忘れた。とにかく王様が満足げに笑う。変な疑いを持たれないならこっちも都合がいいし、好きに誤解させておこう。
「しかし、そなたも突然見知らぬ世界に連れてこられて混乱していることだろう。そなたに部屋を用意している故、明日までそこで休息を取るがよい」
「お気遣い痛み入ります、王様」
さすがに即座に冒険に送り出すほど無情じゃないらしい。そこには好感が持てるね。
もしかしたら何の知識も準備もなく、アニメ知識とかだけで即座に冒険に繰り出してゲームオーバーになった勇者が過去にいたのかも。勇者が使い捨ての兵器扱いでもさすがに秒で死なれたら困るだろうし。
とりあえず顔合わせは終わったみたいで、王様は供を引き連れて無駄に豪奢なマントを無駄に大仰に翻して悠々と歩き去って行った。その後に僕を召喚したらしい魔術師たちも退場していく。
僕はどうすれば良いのかと首を傾げかけたけど、ちゃんと案内のメイドさんが来てくれたから良かった。しかも腰のあたりから白い翼が生えた天使メイドさん! いいなぁ、羽毛布団にしたら凄く気持ち良さそう……。
「それでは、私が勇者様をお部屋にご案内――あの、何か?」
「あ、いえ、何でもないです。お願いします」
「……分かりました。それではご案内致します」
邪念を感じたのか天使メイドさんは若干羽を逆立ててたけど、気のせいだと思ったらしくすぐに収めて先を歩き出す。
危ない危ない。僕は清く正しい勇者様。変なことなんて考えない。そういうのは全ての準備が整ってから安全を考えて実行しよう。
僕はそう固く心に誓って、メイドさんの揺れるスカートを見ながら歩き出したんだけど――
「……ん?」
視線を感じて、思わずそっちを振り向いた。
そこには退場中の魔術師たちがたくさんいて、どうもその中の一人がじっと僕を見つめてた。ローブのフードを目深に被ってるから顔が全く見えないけど、その魔術師からはただならぬ何かを感じる。
うーん、別に殺意や敵意って感じの視線じゃないな。でも好意的って感じの視線でもないっぽい。もしかして疑われてる? どうしよう。早めに処理しちゃいたいけどまさかこの場でおっぱじめるわけにも行かないし、かといってここで逃したら他の魔術師に混ざって見分けつかないだろうし……。
「勇者様、どうなさいました?」
「……いいえ、何でもありません」
先を歩いていたメイドさんが戻ってきて声をかけてくるまで悩んだけど、最終的には見逃すことにした。
まだ自分の力を完全には把握していないし、相手の力量もよくわからない。万が一のことがあると嫌だから、ここは安全を取ることにしたんだ。現状では何か疑われるようなことをした覚えも特にないし、もしかしたら僕の勘違いって線もあるからね。
そんなわけでおかしな魔術師を見逃してメイドさんの後ろを歩き始めたんだけど、最後にもう一度振り返ったら予想通り他の魔術師に混ざって見つけられなくなってた。うーん、やっぱりここで潰しておくべきだったかなぁ?
「どうぞご自由におくつろぎください。私は部屋の外に控えていますので、何か御用がありましたらいつでもお呼びください」
客室、それもかなり豪華な一部屋に僕を案内したメイドさんは、ぺこりと様になった一礼をして退室する。
とりあえず部屋の中を見回してみたけど、さすがは勇者が使うに相応しい部屋だね。余裕で追いかけっこができそうなくらいに広いし、椅子やら机やらは妙に凝った装飾が為されてる。カーペットは土足でも分かるくらいふかふかで、ソファーもふっくらしていて座り心地が良さそう。
個人的に一番のお気に入りは天蓋付きのキングサイズのベッド。天蓋つきのベッドってこう、何かエッチな雰囲気を感じられる……感じられない?
「さて、これからやるべきことは……」
一通り部屋の中を探索した後、僕はふかふかのベッドに身を投げ出した状態で思案に耽る。
今の内にやっておくべきことはひとまず三つ。女神様に授けてもらった力を試して使い方を把握すること。この世界に関しての知識を得ること。この世界の魔術の知識を得ること。この三つだ。
優先度としては一つ目、三つ目、二つ目の順番かな。この世界に関しての知識はたぶん後で誰かが教えてくれるだろうし、魔術に関しても教えてくれるはずだ。だから真っ先に試すべきなのは女神様が与えてくれた力。
僕がその一つを試そうと意識を集中させたその瞬間――
「――っ!」
コンコン、と部屋の扉がノックされて集中を乱された。一応周囲を確認してみるけど、どうやら僕の力は不発に終わったらしい。たぶん発動していれば何かしらの変化があったはずだから。
来客を無視して続けても問題ないとはいえ、いちいち集中を乱されるのもイライラする。だから僕はベッドから起き上がると、そのまま来客を追い返しに向かったよ。いや、もちろん優しい勇者様っぽく対応はするよ?
「はい、何かご用でしょう……か……?」
にこやかな笑顔を浮かべてから、扉を開けて対応する。
でも扉の向こうに立ってた人物を目にして、来客なんて放っておいて女神様から授かった力を試しておけば良かったと後悔したよ。だってそこにいたのは、僕におかしな視線を注いでいた謎の魔術師だったから。
ていうか来るの早いよ! 確かに後々の不安要素ではあったけど、まだあの時点から十五分くらいしか経ってないよ!?
「……私の名はレーンカルナ。君を異世界から召喚するための魔術を行使したしがない魔術師の一人だ。用事と言うのは、君と二人きりで話をすることだね」
内心だいぶ慌てる僕の前で、謎の魔術師ことレーンカルナはハスキーだけど男にしては可愛らしい声で尋ねてくる。
待てよ? こいつ良く見れば背は男にしては低めだし、もしかすると……。
「中に入っても構わないかな? 勇者様?」
あまり感情を察することができない平坦な声音で尋ねながら、レーンカルナは目深に被ってたフードを上げる。
露わになったその顔付きは、どこからどう見ても女の子のものだった。しかも光を反射する滑らかな銀髪に、長いまつ毛と整った顔立ちという美少女。そして眠そうというか目つき悪いというか、常時ジト目の青い三白眼。分かりやすく言うなら感情が窺えないタイプのクールビューティ系美少女魔術師だ。
まずい! パパッとくびり殺して終わりにしようかと思ったけど、こいつだいぶ好みのタイプだぞ!
銀髪ジト目クールビューティ系美少女は性癖