ファンの認定
「――よし、それじゃあ良いな? お前は<雷光の勇者>とは無関係。他人の空似。オッケー?」
根気強くお話をした結果、最終的にそういう風に誤魔化す事になりました。
ちょっと無理がある気もするけど、勇者が魔獣族になってましたっていう展開に比べればまだ現実的だ。カレンはわりと鈍い所もあるし、ゴリ押しすれば何とかいけるだろ。
「他人の空似、オッケー! でも、それで騙せるの?」
「なーに、騙せなかったら口封じするだけさ。幸い彼氏も近くにいないっぽいし、ちょっと殺して記憶を弄って蘇生させるよ」
「えっ、生き返らせるんだ!? 随分優しいね?」
僕の事をわりと理解してきてるみたいで、トオルはその対応に目を丸くする。
確かに僕にしては優しいよね。普段ならこんな面倒な誤魔化しなんてしないで、さっさと殺して隠蔽した方が早いし面倒も少ないからそっちを選ぶよ。でも今回は相手が悪い。
「有象無象なら別にそのままでも良いんだ。ただコイツはこの世界だと貴重な邪神との交戦経験がある数少ない内の一人で、なおかつ両種族の団結が必要だと魂で理解してくれた進歩的な奴だからね。正直殺したままだと損害がデカい」
「デカい……なるほど、確かに」
「胸じゃねぇよこのクソ馬鹿中二貧乳」
「なあっ!? き、気にしている事を~!?」
真剣な顔つきでカレンの巨乳を見てたトオルにそう指摘すると、途端に涙目で自分のまっ平らな胸を隠すように押さえる。胸の小ささよりもまず中二をどうにかしろ。いずれ黒歴史になるぞ。
「とにかく方針は決定したから、後はお前が頑張って話せ。今の僕はカレンと初対面だしね。この機会にお前の対話能力って言うか、危機的状況への対処能力も見せて貰うぞ」
「ククッ、任せるが良い! 稲妻の如き速さで回る舌を見せてくれるわ!」
「その表現何か気持ち悪い」
「!?」
何故かショックを受けた顔をするトオルをその場に残し、僕は結界の端で震え上がってるリュウの下へ向かう。リアは問題無かったのに、生まれたての小鹿みたいにぷるぷるしてるよ。やっぱりナイスバディなのが一番駄目なのかな?
「ほーら、サキュバスに怯えてるそこのだらしない野郎もさっさと起きて持ち場に着けー。時間を動かすぞー」
「お、襲ってこない、よな……?」
「彼氏持ちで貞操意識は高い奴だから大丈夫だよ。ほら、動かすぞー。さーん、にー、いーち」
ゆっくりカウントダウンを始めると、二人は慌てて時間停止前に立っていた場所に戻る。それを確認した僕は魔法を解除し、元の時間の流れへと戻った。途端に周囲であらゆるものが動きを取り戻し、音が押し寄せてくる。
「――クックック……あれ、えーっと……何だっけ?」
「おいクソ馬鹿中二ド貧乳」
「初っ端でやらかしたぞコイツ……」
そしてトオルが初手でやらかす。どうやら秘密会議を挟んだ事で、カレンに何て話しかけられたか忘れたっぽい。無駄にカッコつけて笑っておきながら、目を白黒させてこっちに視線を向けてきたよ。これには端っこで震えてただけのリュウも呆れ顔。
「……後をつけてすまない、と言った。大丈夫か?」
優しいカレンはわざわざ繰り返し、更にはトオルの頭を気遣ってくれる。とはいえ残念ながら頭は病状が進行してて手遅れだ。
「ああ、うん。大丈夫だよ、ありがと……じゃなくて――貴様! 何故この我を尾行していた! 確かに可憐で愛らしい乙女である我に惹かれるのは自然の摂理だが、だからといって犯罪は看過できぬぞ!」
「いや、別に惹かれたわけではない。第一、俺にはすでに心に決めた男がいる。例えお前がどれほど魅力的な男であろうと、乗り換えるなどありえん。アイツ以上に魅力的な男など考えもつかんしな」
「あ、はい。そうですか……」
「本当にサキュバスか、コイツ……?」
ラッセルくんがいたら澄ました顔で尻尾振りそうな事を口にして、トオルのボケを冷静に封殺するカレン。
まさか仮にもサキュバスの口からそんな一途な想いが出て来るとは思わなかったみたいで、勇者二人は戸惑いを隠せない様子。僕も通った道だから気持ちは分かるよ。どうにもコイツはサキュバスらしくないよね。
「えーっと……じゃあ、何で私の後をつけてたの? 何か気になる事でもあった?」
「先ほどの戦いぶりを拝見させて貰った。自由自在に雷を放ち、己の肉体そのものすらも雷と化す絶技……俺はその力を使う者に覚えがある。かつて幼少の折、その凄まじい戦いぶりを目にし、あのように強く勇敢な者になりたいと憧れたのだ」
「………………」
拳を握り力説するカレン。そしてそれを黙って聞いてるけど、自分が褒め称えられてる事実に気持ち悪いニヤニヤ笑いを抑えられてないトオル。あんまり持ち上げると調子に乗るからやめて欲しいなぁ? ただでさえ傍若無人って感じなのに。
「是非とも答えて貰えたい。まさかお前は――」
そして遂にカレンは確信へと迫る。
僕はとっても優しくて慈悲深いし、真実を知ってから処理してあげよう。全く、世の中には知らなくて良い事もあるのにねぇ?
「――俺と同じく、あの勇者に憧れた同胞なのではないか?」
「ククッ、バレたなら仕方がない! ではヤハウェ、後は任せ――んっ?」
「ん?」
とか思って結界を展開する用意をしてたら、何か的外れな言葉が聞こえてきた件。
あれ、もしかして本人とは思ってない? ファン仲間と思われてらっしゃる?
「やはりか。考えてみれば当然だな。歩く不道徳とも言えるサキュバスの俺ですら染められたのだ。ならば俺意外にもあの者に憧れ、眩い高みを目指した者がいても不思議ではない。だが、まさか同胞に会えるとは思わなかった。それも俺より遥か高みにいるとは……悔しいが、完敗だ」
「う、うん……?」
若干興奮した様子で語るカレンに詰め寄られ、トオルは戸惑いがちに頷く。ちょっと予想外の事態に思考が追い付いてないみたいだな。まあ僕もちょっと混乱してるけど。
なんてどうすべきか思考を巡らせてたら、リュウがこそこそ近付いてきた。
「なあ、これどういう事だ? 何で本人だって気付いてないんだ?」
「うーん……たぶん、その時のトオルの見た目が相当ヤバかったんじゃないかな。脳みそぶっ壊れ間近で魔獣族絶対殺すウーマンになってはずだし、自分の外見に気を遣える状態じゃなかったのかも……」
考えてみればこれは大いにあり得る事だ。
魔王を倒すという呪われた使命に脳が支配されてるなら、他の事を考える余裕なんて無いはず。だとすると何ヵ月も着替えはおろか風呂にすら入らず、髪も肌も垢に脂まみれで浮浪者みたいな見た目になっててもおかしくない。
そういや記憶の書で読んだトオルの記憶では、無理やり奴隷契約を結ばされた後は大勢の男たちに風呂で全身を洗われたって記述があったな。てっきりそういうプレイかと思ってたけど、アレは必要な行為だったわけか。さしもの蛮族たちもきったない女を犯す趣味は無かった様子。ちょっと同情するね?
「なるほどな。てことは今みたいな痛々しい中二ルックじゃなくて、長年戦場を渡り歩くバーサーカーみたいな見た目だったかもしれねぇって事か」
「だねぇ……」
それならトオルの事を勇者本人だと気付けないのも納得だ。
何より今のトオルは呪われた使命から解き放たれ、趣味全開の痛々しい格好をしてる。こんなの気付く方が無理だし、仮に気付いても絶対認めたくないだろうなぁ。憧れの不屈の勇者が、漆黒の衣装とシルバーのアクセに身を包んだ中二百合ド貧乳なんてねぇ……。
「俺の名はカレン。もし迷惑でなければ、稽古をつけてくれないだろうか。俺もお前のように、あの高みに少しでも近付きたいのだ」
「え、えぇ~? そんな、困っちゃうな~?」
「全然困ってるようには見えない件について。むしろデレデレしてるし」
「自分が滅茶苦茶尊敬されてる事が嬉しくて、感情が抑えられねぇみてぇだな……」
褐色銀髪巨乳美女に手を取られ、すっごいデレデレした気持ち悪い表情でそんな事をのたまうトオル。
ラッセルくん何やってんだ早く来い。お前の女がキッショイ女に色目使われてるぞ。
「まあそれくらい構わないけど、やっぱりタダじゃ教えられないよねー? ほら、冒険者にとって自分の力ってひけらかすものじゃないし? それを明かして稽古までつけるっていうんなら、払うべきものとかあるんじゃない? ウヘヘヘ」
「なるほど、確かに一理ある。やはり金か? どれほど支払えば良いだろうか」
「いやぁ、お金なんかより価値のあるものだよ。具体的にはその黄金みたいに重そうなのに、凄く柔らかく美味しそうな素晴らしいおっ――ぱああぁあぁああぁぁぁっ!?」
「はい、すんませーん。連れが失礼しましたー」
さすがにこれはサキュバス相手でもアウトだと思ったので、横合いから飛び蹴りかましてトオルを黙らせました。カレンなら大丈夫かもしれないけど、この話がカレン伝いにラッセル君に伝わったらまずそうだからね。アイツ意外と強かだから、トオルが法執行機関のご厄介になっちゃう……。