勇者二人の本領
「雷を意のままに操る我が力、とくとその目に焼き付けるが良い!」
遂に始まった勇者トリオの初戦闘(諸説あり)。
まず動いたのは当然ながらトオル。勇猛果敢にも飛び出したかと思えば、何故か剣を構えず胸に持っていく。まるで神様にでも祈るかのようにね。いきなり何やってんだ、コイツは。
「天空を切り裂く紫紺の光よ、轟き広がる原初の火よ。その英知を人間に授けるが如く、我に力を――」
「グルアアアァァァッ!」
「ひゃああっ!?」
とか思ってたら何やらクッサイ詠唱を始め、クマさんに殴られそうになって慌ててこっちに戻ってくる。マジで何やってんだアイツ。前線に飛び出して詠唱するとか頭大丈夫か?
「詠唱の途中で攻撃するなんてルール違反だよ! そこは待つのが礼儀でしょ!?」
「変身シーンかな? そもそも馬鹿正直にクソ長詠唱を待ってくれるわけ無いんだよなぁ。理解ある人ならともかく、相手はクマさんだし。詠唱破棄くらいしろ」
「どうせ完全詠唱したいんだろ」
野生のクマさんに狭い界隈のお約束を語るトオルに、最早僕もリュウも段々慣れてきた気がする。
ちなみに僕なら楽しみたい時以外は変身シーンだろうが覚醒シーンだろうが、容赦なく邪魔して潰すよ? あ、でも魔法少女の裸が見える変身シーンなら座して待つかもしれないな。もしや魔法少女の変身がエッチなのは、確実に変身する時間と隙を作るためだった……?
「ふ、二人とも! 私が詠唱を終えるまで守って!」
「別に良いけど詠唱する必要あんのかよ?」
「無い! でも私は無詠唱より詠唱ありの方が好き!」
「ほらな、言った通りだろ?」
「まあ気持ちは分からないでもないけどさ……」
昨今の異世界ファンタジー作品での無詠唱持ち上げ展開は目が滑るくらいだから、トオルの気持ちは分かる。分かるんだがあんなクッサイ詠唱をするくらいなら無詠唱で良いんじゃないかな? そもそもこの世界の魔法はあくまでもイメージが重要だし、詠唱なんてそのイメージを補強するための手段の一つに過ぎないからね。
「天空を切り裂く紫紺の光よ、轟き広がる原初の火よ。その英知を人間に授けるが如く、我に力を与えたまえ――」
とにもかくにもカッコつけたフル詠唱をしたいトオルは、僕らの後ろに引っ込むと再度詠唱を始めた。無駄にカッコつけたポーズを取りつつ、ノリノリでね。もういいや、好きにやらせよう。アレはもう手遅れだ。
「……そんで君はクマさんと戦えるの? 君の実力はいまいち把握してないんだけど」
「腐っても勇者だぞ。これくらいなら楽勝だ」
リュウはそう口にすると、空間収納から剣を取り出し構えた。ちなみにもちろんこっちは普通の剣だぞ。本人の見た目が地味だし、こっちはもうちょっと凝っても良いと思うが。
「――痛覚遮断、安全装置解除、身体能力超強化!」
そして己の肉体に魔法をかけると、凄まじい加速を得て先頭のクマさんに斬りかかった。
その速さは雷速とは比べるべくも無いけど、正直かなりの速度だ。キラちゃんの足元には届くレベルと言っていいかもしれない。まああのイカれ猫はヴェノ●化して更に数段速くなるけど。
「おらぁ!!」
「ゴアアアァァァッ!?」
どうやら速度だけでなく、膂力までもが強化されてるっぽい。リュウの一刀はクマさんの丸太みたいな腕を見事にスパッと切り飛ばし、返す刀でぶっとい大木染みた胴を両断する。おお、意外とやるじゃない。
「ほう。不死身の能力があるのを良い事に、肉体の限界を超えた域の身体能力強化をかけて戦うのか。普通に堅実で効果的だね」
「そりゃどうも!」
さっきの魔法の名前から察するに、リュウもまた自分の勇者としての能力を上手く使ってるっぽい。
魔法で身体能力を強化できるこの世界でも、生物である以上は生存本能ってものが存在する。そのせいで強化にも限界が生まれるらしいけど、リュウは自分の肉体のリミッターを解除する事により、強化の枷を強引に外して無理やりブーストしてるって事だろうな。
もちろんそんな事をすれば、強化され過ぎた動きの反動で筋肉は千切れ骨は砕ける。でもリュウには不死身の能力があるから、その程度の傷はすぐに治る。つまり上手く代償を踏み倒し戦闘力を得てるって事だ。確かになかなか良い感じだと思う。この血生臭い薄汚れた世界に上手く適応してると思うよ。でも、うーん……。
「……何か地味だよね? あと魔法だけでも出来なくない?」
「うるせぇ黙れ!」
そこを指摘すると、途端にリュウは顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてくる。どうやら結構気にしてたらしい。確かにトオルと比べるとめっちゃ地味だし弱いよね。
あとさりげなく痛覚を遮断して反動による痛みを消してるのもカッコ悪い。せめてそれを止めれば地味でもカッコよく映るんだがなぁ……。
「ていうかお前も何かやれよ! 俺を地味とか言うなら、もっと派手な事出来るんだろうなぁ!?」
「派手な事かぁ。よーし、分かった。じゃあ核爆発でも起こすか。ちょっと周辺吹っ飛ぶし向こう何十年か汚染されるけど、派手な物をご所望ならしょうがないな」
「やめろ馬鹿! 分かった、お前は足止めでだけで良いから!」
せっかく綺麗な花火を見せてあげようと思ったのに、リュウは血相変えて前言撤回。派手なものが見たかったんじゃないのか?
「何だよ、舌の根も乾かぬ内に……」
「そりゃ止めるに決まってんだろ!? どいつもこいつもイカれてんな畜生!」
ぶつくさ言いながらクマさんを斬り捨てるリュウを尻目に、とりあえず僕は土を操り他のクマさんの動きを封じ込めるに留めました。そろそろ背後の中二の詠唱が終わりそうな気配があったからね。
「<闇夜に閃く雷神狼牙>の名によって命ずる。迸る猛き力の全て、我が身に宿り顕現せよ!」
後ろを振り返ると、ちょうど詠唱は佳境に入ったっぽい。相変わらずおかしなポーズでノリノリで唱えてたトオルは、漆黒の剣を天に掲げて叫びを上げた。
「<雷姫変生>――<我こそは雷の化身なり>!」
直後――バシィン! 身体が白光に包まれ、それが過ぎ去った後には青白く迸る稲妻と化したトオルが立ってた。
でもアレだね。たぶん詠唱無くても行けるんだろ、それ。ツヴァイさんは普通にやってたし。
「よし、後は任せたぜ」
「フハハハッ! 任せろ、我が神威を見せてくれるわ!」
リュウがトオルにバトンタッチ。ハイテンションで応えたトオルは幾度か剣を振り回すと、引き絞るように構えた。
「はーっ! とあーっ!」
「速っ……!?」
そして始まる、稲妻の速度による蹂躙。雷光が閃く度、クマさんたちの身体はスパスパと斬られていく。あまりの速さにリュウは目を丸くしてたよ。
「雷速軌道と雷速思考。これぞ正に勇者って感じに強いし輝いてるよね。どっかの地味な勇者と違ってね」
「うるせえよ。ていうか同じ勇者なのに、何でこんなに差があるんだ……?」
「魔法も併用してるみたいだし、純粋にイメージ力とかの違いじゃない? あとは中二病が少なからず悪さしてると思う」
「中二病はこの世界に来ると強くなるのか……」
戸惑いがちに呟くリュウの言葉通り、実はこの世界だと中二病発症者は結構強化される。
それというのもこの世界の魔法の原理が悪さするせい。魔法に必要なのは一にイメージ、二に魔力。そして中二病は強くカッコいい自分をイメージし、そういう風に演じたり思い込んだりする。だから結果的に魔法のイメージの強化に繋がり、普通の人よりも強い魔法を行使出来るってわけ。世界って不平等だよね。無限の魔力を供給されてる僕が言えた義理じゃないが。
「フハハハハッ! 惰弱、軟弱、脆弱に過ぎるぞっ! 我が動きを捉えられまいっ!」
「しかし滅茶苦茶楽しそうだな……」
「そりゃあ念願の冒険者稼業、それも戦いの真っ最中だもんなぁ。ちゃんと自分の活躍を見てるか、こっちにチラチラ目を向けてきてるよ」
「悪いけど速すぎて見えねぇんだわ」
人形偏愛に目覚めた事を除けば常識人寄りなリュウは、トオルの速度についていけるほど自分を強化出来ないらしい。まあ幾ら肉体のリミッターを外して強化の上限をぶっ壊したとしても、雷の速度を捉えるには人間辞めないと無理そうだもんね。たぶん閃く稲妻しか見えてないんじゃなかろうか。
「貴様らの健闘、この我が認め湛えてやろう。だが弱者を嬲るのは好かん。この一撃で沈めてやる!」
「どこ行くねーん」
などと弱者を嬲ってたトオルは、そう言い切ると突然天高くへと舞い上がった。もちろんこれも雷速だから、リュウから見ればご立派な落雷が空から降ってきたように見えたんじゃなかろうか。ちょうど空の上にはおっきな雲が広がってるしね。雷となったトオルはその雲の中にぼふっと入り込みました。
「森羅万象を焼き尽くす破滅の光よ、今ここにその神威を解き放て!」
などという短めな詠唱と共に、何やらトオルの飛び込んだ雲が怪しく黒々と渦巻いていく。どうやら何かしら魔法で働きかけ、ただの積雲を高速で積乱雲に発達させてるみたいだ。ゴロゴロと轟く雷鳴は積乱雲が生み出したものか、はたまたトオルが鳴らしてるのか。
いずれにせよちょっとシャレにならない規模の攻撃が降ってきそう。瀕死のクマさんたちには明らかにオーバーキルじゃないかな?
「来たれ終焉――破滅の雷!」
「うおおおぉぉぉぉぉっ!?」
「うるせ」
瞬間、トオルが積乱雲から飛び出してきた。最早ぶっとい光の柱としか思えないレベルの、とんでもない落雷を引き連れて。
もちろんそんな規模の落雷がすぐ目の前に落ちれば、すぐ近くにいた僕らはひとたまりも無い。世界がぶっ壊れたんじゃないかって思うほどの爆音に加え、目が痛くなるほど視界が白一色に塗り潰される。まともに直視したリュウは目だけでなく耳も破壊され、更に余波を食らって後方にぶっ飛んでったよ。
まあ僕は平気だけどな! 以前視覚への攻撃を食らった時から、その手の影響は受けないようにしてあるから!
「――見たか! 我らの勝利だっ!」
最終的に馬鹿でかいクレーターを作り出したトオルは、ニコニコ笑顔で僕らの所に駆け寄ってきた。その純真な笑顔の反面、作り出された破壊の爪痕が桁違いで参るね。核とまではいかないがミサイルでも落ちてきたような大惨事になってる……。
「やり過ぎだ、ドアホ! 失明したし鼓膜も破れたわ!」
「えっ、ごめん。あ、でも治るんだよね……?」
「もう治ったよチクショウ!」
わりとシャレにならないダメージを受けてたリュウだけど、そこは不死身の能力の持ち主。視聴覚はすでに元通りになり、トオルにこれでもかと罵声を浴びせてたよ。まあ怒る権利はあるよな。
「やっぱりこのパーティは最強だね! 史上最速Sランクも夢じゃないよ!」
「多分お前ひとりでいけるだろ。俺いらねぇだろ、絶対……」
勇者としての力の差に、遂にリュウがいじけ始める。明らかに格が違うからその反応も仕方ないか。その上相手が中二病とか、そりゃあ悔しくて堪らないでしょうよ。
「いやぁ、あの調子だと無理じゃない? だって討伐証明部位どころか塵も残ってないもん」
「あっ!? やっちゃった!?」
しかしトオルはどうにもアホの子らしく、最後の一撃は全てを消し飛ばしクマさんの欠片すら残さなかった。当然のことながら討伐証明部位なんて回収できません。こんなバカやる奴を支えるって意味では、リュウも必要かもしれないね? さっきも身を挺して討伐証明部位を守っておけば、塵にならずに残ったかもしれないし?
「……ま、こういうのもお約束だよね! 魔法の威力があまりにも強すぎて、素材を台無しにしちゃうとか!」
「それでお前が満足なら良いけど、冒険者としてはクソだよね」
それでも満足気な笑みを零すトオルに、僕は躊躇いなくそこを指摘してあげました。納品しなきゃいけないものを消し飛ばすとか、ザルにもほどがある仕事なんよ。Sランクへの道は遠そうですね……。
トオルの異名が出る度に変わるので考えるのが大変です。誰だ異名が毎回進化する設定にしたの。