不死身の勇者の自己紹介
「というわけで、何とか男勇者の方も精神が元通りになりました。じゃあ自己紹介よろー」
「俺の名は東昭龍。元勇者だ。よろしくな」
バールが床にめり込んでから十日後。僕は満を持してリュウを仲間たちに紹介した。
仲間たちへの紹介だから、当然ここリビングには女たちがいる。それもかなりの美少女(中身は除く)揃いだ。でもリュウは全然怯えて無いし、至って普通に自己紹介をしてたよ。ちょっとだけ表情が固い程度だね。
「ん~? 見た感じ、特に私たちを恐れているようには見えないが~?」
「まさかトラウマを克服したのかい? こんな短期間で?」
これには皆も目を丸くして驚いてる感じだ。でも明らかに根深いトラウマがあったはずなのに、一月も経たずに平気になるとか絶対おかしいもんね。疑うのも無理はない。だからって僕に訝し気な目を向けてくるのはちょっと解せないが。何だよレーン、その『どうせろくでもない事をしたんだな?』的な顔はよぉ……。
「んー、それなんだけどね。まあショック療法が効いたって所かな」
「ああ、俺は思い知った。この世には女やサキュバスよりもヤバい生き物が存在するんだって事をな。アレに比べれば見た目が良い分、女なんてへっちゃらだぜ」
「あー、ベルさんを見たんだね……」
「まあアレに比べりゃどんなもんでもマシだよな」
「おう、もう俺に怖いもんなんか無いぜ!」
その言葉で皆全てを悟ったみたいで、全員が納得の頷きを零した。セレスはもちろんキラでさえ頷くんだから、ベルの真の姿がどう思われてるかは推して知るべしだよね。
とにもかくにもリュウがここまで早く自己紹介にまで至れたのは、ベルがその真の姿を披露してトラウマを塗り潰してくれたおかげだ。傷が痛くて堪らないなら、より大きな傷を負ってそっちの痛みを誤魔化す的な? 本人はトラウマの対象よりは受け入れて貰えるかも、とか思ってやってたけどね……。
そんなわけで別種のトラウマを負ったリュウは女もサキュバスも以前よりは苦手じゃなくなり、どこか誇らし気な笑みを浮かべてたよ。
「――と言いたいとこだけど、そこのモザイクの塊はちょっと怖いな。何なんだ、それ……」
しかしすぐにどこか怯えた表情になり、恐る恐るって感じで僕の隣を指差す。モザイクの塊とか言ってるのは、僕がそういう風に魔法で見せてるからだね。決してコイツの頭がおかしくなったわけではない。
「えっ、リアの事ー?」
「それ人なのか? 声からして女の子だけど……」
指を差された当人――リアは不思議そうに小首を傾げる。モザイクはかなり濃いから、たぶんその動作も認識出来てないだろうな。声だけはそのままだから性別は分かったようだが。
「ああ、魔法でお前にはモザイクかかって見えるようにしたんだ。直視するのは大丈夫かどうかまだ疑問だったから」
「何でそんな……って、まさか……!?」
「うん、そう。コイツはサキュバス」
「リアだよ! よろしくね!」
「う……」
元気いっぱいに笑顔で挨拶をするリアに、思わずって感じにリュウは一歩後退る。実に純粋無垢な笑みを浮かべた幼女でしかないけど、向こうから見れば濃いモザイクがかかったサキュバスだもんな。さすがにまだ厳しいか?
「どうする? モザイク外して見てみるか?」
「し、正直また取り乱すかもしれねぇが……ここで引いてたら、俺は一生あんな駄目吸血鬼みたいになっちまう。俺は、逃げねぇ!」
「良く言った。それじゃあご対面だ」
何かバールに対する蔑称が聞こえた気がしたけど、まあ何も間違ってないから普通に流しました。そんな事より覚悟を滲ませるリュウのために、魔法を解いてリアの姿をそのまま見せてあげたよ。さてさて、どうなるかな……?
「……おやぁ?」
「ほう? 平気なようだね」
「そうだね~。もっと取り乱すと思ったんだが~」
「でも、何か不思議な反応してるよね。どうしたんだろ?」
意外な事に、リュウは腰を抜かしたりはしなかった。怯えて取り乱したりもしてない。ただ何故かリアの事をじっと見つめ、首を傾げてたよ。何だその反応、怖くないのか? 一応サキュバスだぞ?
「どうしたのー? リアの顔に何かついてるー?」
「あ、いや……何ていうか、思ったより衝撃が少なくてな。それに何だか、妙に親近感が湧くっていうか……」
「あー……」
その言葉で僕は全てを察した。
リュウとリアは親子。つまりは血の繋がりがある。あの村での繁殖方法やリアがずっとロリで成長しないっていう事も考慮すると、ただの父親と娘よりも更に血は濃いはずだ。そのせいでリュウは本能的にリアが他人ではないと感じてるのかも。
「リアもだよ! きっとリアたちサキュバスが大嫌いだからだね!」
「えっ、お前もサキュバス嫌いなの? ていうか自分自身がサキュバスじゃねぇか」
「詳細は省くけどコイツは育児放棄と村ぐるみの苛めで捻じ曲がってサキュバス絶対苦しめるガールになっちゃったんだ。詳細は後で本人から聞くと良いよ。なるべく明るい所で」
「ねえねえ、今度一緒にサキュバス拷問しよー! きっと楽しいよ!」
「何かめっちゃ物騒な事言ってねぇか、この子!?」
リアは同士を見つけてとっても喜んでるみたいで、目を輝かせてリュウにじゃれる。反面リュウは可愛らしい幼女がとんでもねぇ事言ってるのでギョッとしてる感じだ。というかそいつもサキュバスなんだけど、それよりもリアのヤバさの方が気になるご様子。
「だから言ったじゃん、捻じ曲がったって。しょっちゅう地下でサキュバスを拷問して楽しんでるからね」
「子供にどんな教育してんだお前は!?」
「でもそいつ合法ロリだし。あと別に僕が育てたわけではない」
リアは勝手にそうなっただけだから、僕のせいだと言われるのはとっても心外だ。
あー、でも結構長く一緒にいるし、思想とかに多少影響が出てるのは否めないかもしれない。そもそもこの屋敷の連中の大半が教育に悪い奴らなのは事実だし。
「ねえねえ、水攻めと火攻めどっちが好きー? リアは両方! ぐつぐつ煮え滾る油の中にサキュバス落とすと楽しいよ!」
「ガキの癖に怖すぎだろお前!?」
よじよじとリュウの背に登り、おぶさってる形になりながらそんな提案をするリア。リュウは完全にドン引きしてるけど、別に引き剥がしたりはしない感じだ。サキュバスなのにねぇ?
「……やっぱり妙に仲良しだね~。血の繋がりがあるせいかな~?」
「かもしれないね。あるいはリアの言う通り、サキュバス憎しの同病相憐れむなのか……」
そんな初手から妙に仲良しな二人を余所に、僕らはこそこそ集まって内緒話を始める。リアの性格のせいもあるだろうけど、初対面であそこまで仲良くなるとやっぱり血の繋がりを実感せざるを得ないね。トゥーラとレーンも納得って感じの反応してるし。
「ねえねえ、クルスくん。本当にあの二人が親子だって教えないの?」
「うん。当人たちも言われたって困るだろうしね。片や無理やり絞られた自分の種から生まれた子供、片や生まれた時からいなくて一番辛い時にもいなかった父親。お互いの事を知ったら変にぎくしゃくしそうだし」
ちょっと同情的な表情をしたセレスの問いにそう答える。
これが生き別れになった親子とかだったなら教えてあげても良かったけど、あの二人は残念ながらそういうのじゃないからなぁ。教えずとも仲が良いなら、無理に真実を伝える必要は無いと思う。
「ねえねえ、ケーキ何味が好き? 今度一緒にケーキ食べよ!」
「いて、いてて!? 何でそんなに絡んでくるんだよお前は!? おい、降りろよぉ!?」
見ればちょっと目を離した隙に、リアは勝手に肩車みたいにリュウの肩に乗っかってた。そして操縦桿か何かみたいに髪を掴んで大いに困らせてる。リアは実に楽しそうだし、リュウも満更でも無い感じだ。これはやっぱり言わぬが花って感じかな?
「……確かにそうだね。教えなくても仲良さそうだし、必要無いかな?」
セレスも納得してくれたみたいで、うんうんと頷き――待て、何で僕に寄り添ってくる? 何でさり気なく腕を絡めてくる?
「それにリアちゃんにはもう新しい両親がいるもんね。あたしっていうママと、クルスくんっていうパパが。ねえクルスくん、リアちゃんのために妹でも作っちゃおうか?」
「お~っと、聞き捨てならない事を言ったな小娘~!? 主から離れろ~!」
「あーっ!? クルスくーん!?」
なるほど、どうやらセレスはリアを出汁に正妻ヅラしたかったらしい。とはいえ耳聡く聞きつけたトゥーラに無理やり僕から引き剥がされ、そのままクソドッグファイト……じゃなくてキャットファイトに移行。コイツらも仲良いなぁ。
というかリアを娘扱いしたら、僕は娘に手を出してるクソって事になるんですが? ロリコンよりヤバくない、それ?
「………………」
「どうした、殺人猫。殺してしまった両親に想いを馳せてるのか?」
なんて思ってたら、仲良くじゃれるリアとリュウをじっと見つめるキラに気付く。
考えてみればコイツは生まれた時から異常だったから、まともな親子関係なんて築けなかったんだろうなぁ。挙句に自分の手で両親殺してたし。
もしかするとこのイカれ猫にも、ほんの僅かでも親子の情を懐かしく思う心があったり――
「ん? いや、ちげぇよ。アイツって確か不死身なんだろ? やりあったら楽しそうだなって思ってな。つまり好きなだけボコれるって事だろ?」
「うん、聞いた僕が馬鹿だったよ」
そしてありえない事を考えた僕が愚かでした。生粋のサイコ猫に人並みの情緒を期待するだけ無駄だったね。ていうかリュウ、もしかしてサンドバッグとしか見られてない……?