男三人、下世話な話
⋇性的描写あり
⋇非常に珍しい野郎しかいない話
「うーん……トオルの方はすぐ自己紹介まで行けたけど、問題はリュウなんだよなぁ」
トオルの自己紹介を終えた僕は、もう一人の問題児のところへ向かいながら頭を悩ませてた。
もう一つの人格にトラウマ記憶をすっぽり奪われてるおかげで、トオルは無事に仲間たちと馴染む事が出来た。何か襲い掛かって揉みまくってたし、記憶が無くても男はもう勘弁なのが魂に染み付いてるみたいだけど、それに関しては実害は無いから別に問題無し。
問題なのはそう簡単にトラウマを解消できないリュウの方だ。アイツはいつになったら仲間たちへの自己紹介まで漕ぎつけるかなぁ?
「クルスよ、提案があるのだが」
「おん? どうした?」
なんて考えつつ歩いてたら、突如としてバールが現れ声をかけてくる。基本地下にひきこもって死体メイドとイチャイチャしてる奴だから、わざわざ朝食や夕食以外で自分から出てくるのは珍しいな? 一体何の用だろう。
「男勇者……奴の事は我に任せて貰えぬか?」
「えっ。何で?」
バールが口にしたのは、正についさっきまで僕が考えてた問題について。バールは自分が面倒を見るなんて殊勝な事を言い出したんだよ。別に死体でも無いのにね? 一体どういう心境の変化があったんだ?
「正直なところ、この屋敷に来てからというもの暇を持て余していてな。以前までは街の支配者として領主の仕事があったが、今の我はすでに国も同胞も捨て去った身。挙句特にお前に仕事を振られるわけでも無いからな」
「そういやそうだね。もしかしてずっと地下に引きこもって死体メイドたちと乳繰り合う日々に飽きてきた?」
「飽きた……というわけではないが、少々堕落した日々を送っている自覚はある。なのでそろそろ何か仕事をしたくてな」
どうやら退廃した日々を送ってる事に危機感を抱いたみたいで、これではいけないと思い立ち穴倉から出てきたらしい。ちょっとバツが悪そうな顔で真っ赤な目を伏せてるよ。以前は立派に街の支配者を務めてたはずだし、長期休暇に身体が拒絶反応を示してるのかな? 立派な社畜体質ですね。
「意外と真面目だねぇ。まあそういう事なら良いよ。でも勝算っていうか、奴のトラウマを治療できる自信はあるの?」
「自信と言われると微妙な所だ。しかし我ほど奴に共感できる者はここにはおらぬと自負しているぞ。他の者たちに任せるよりはマシだろう?」
「あー、酷い女性関係だったからか……」
そう考えるとバールに任せるのは適材適所かもしれない。ツラが無駄に良いから忘れがちだけど、コイツは女に散々酷い目に合わされてきて死体に目覚めちゃったガッカリイケメンだからなぁ。
女が怖いというか強い苦手意識を持ってるのはリュウと同じだろうし、同病相憐れむってやつか。お互いに仲良くなれそうな気がするね?
「うん、じゃあ任せた。別に元通りにしろとは言わないから、せめて女とまともに会話できるくらいにまで治してくれる事を期待してるよ」
「うむ、任された。とはいえ人ではない我がいきなり現れても混乱するだろう。まずはお前が我を紹介してくれ」
「うわぁ、何かすっごいまともな事言ってる……」
突然顔を出しても混乱するからまず紹介してとか、どんだけ優しく向こうの事を考えてるんだ? マジで共感して同情を抱いてる感じ? 物は試しで女(メス犬)を呼んで反応を確かめた僕とは大違いだな……。
「それと、出来れば何人か男の死体で執事を作ってくれ。女に恐怖を抱いているというのなら、男の世話係が必要だろう?」
「とか思ってたらイカれた事言い始めるし。執事は死体である必要無くない?」
まあバールもバールでイカれてるのは確かだったから、すぐに称賛の気持ちは消え失せたよ。やっぱり人と吸血鬼は理解しあえないんだなって。
「――というわけで、今日からはコイツがお前の世話係みたいなものになるよ」
「我が名はバール。魔将の一人にして吸血鬼の真祖、闇を統べる者なり」
「そしてネクロフィリアの変態」
「えぇ……」
早速バールを紹介すると、リュウは途端に何か気持ち悪いものでも見るみたいな目を向ける。イケメンなのが気に食わないのかな? コイツはただのがっかりイケメンだぞ?
「大丈夫大丈夫、きっと仲良くなれるよ。コイツも女にはトラウマ持ってるしね。浮気に托卵、何でもござれの酷い人生送ってるから」
「そう言うお前も、どこぞの犬猫に無理やり犯されたのではなかったか?」
「あーあー! 何も聞こえなーい!」
バールの指摘に僕は初めての夜を思い出しそうになり、すぐさま耳を塞いで誤魔化しの声を上げた。
アレは僕の黒歴史として記憶の奥底に封印してあるんだから、簡単に突いたりしないで欲しいね? 襲われた事どうこうより、結果的には素晴らしい初体験だったって感じちゃってる自分が許せないんだわ。人は欲望には抗えないという事なんだろうか……。
「……どこの世界でも男の扱いって悪いんだな」
「この世界では性別以前の問題な気もするけどね。敵種族は人権無いし。勇者とか知的生物として見られてるかどうかも怪しいし」
「う、ううっ……あぁぁ……!」
なんてリュウの言葉に応えたら、何かトラウマを刺激しちゃったのか突然頭を抱えて嗚咽を零す。
今ので反応するとか心底面倒くせぇな? 私傷つきましたアピールがうるさい女子じゃないんだからさぁ。
「おい、泣き出したぞ。もう少し労わってやれ」
「えー? 労われって言われてもなぁ……」
さすがにバールもベッドの上で蹲って泣きじゃくる男を慰める術は知らないようで、肘で僕の身体を突いて促してくる。
うーん、これが女なら僕も多少は何とか出来るんだが。野郎じゃそもそも慰める気があんまり出て来ない。まあ女でも特に慰めようって気持ちにはならないけどね。出来るかもってだけで、どちらかといえば泣きじゃくる姿を見学したい気持ちが強いし。
「……安心しなよ。この屋敷の地下にはサキュバスとかお姫様とか魔王の娘とか監禁してるから、ムカついた時には適当に拷問して憂さ晴らし出来るぞ? もちろん勢い余って殺しても蘇生可能だから、好きなだけ鬱憤を晴らそうな!」
「やるわけねぇだろこのサイコパス! 頭おかしいんじゃねぇか!?」
とりあえずその事実を伝えて見た所、リュウはこっちの正気を疑うような目で顔を上げてくれた。うん、泣き止んだからオッケーだな! 何か罵倒されたけど!
「お前に労わりを求めた我が愚かだった」
何かバールにも愛想尽かされたのが不思議。ちゃんと慰めただろ! じゃあお前がやれよ、この残念吸血鬼!
「まあ、何だ。我はお前の味方だ。安心するが良い」
「お前もお前でネクロフィリアとか終わってんだよ……」
まともな味方面をするバールだったけど、あえなくリュウに同じ穴のムジナ認定される。僕らはブラザーなんだから、僕がイカれてんなら君もイカれてんだよ。おわかりぃ?
「何を言う。死体は良いぞ? こちらを騙す事も嘲笑う事も無く、ただただそこにあるだけだ。何を言おうと何をしようと、何ら反応を示さず身動きもしない。お前にとっても警戒する必要が全くない、素晴らしい存在だと思わないか?」
「それは……確かに、そうかもしれないけどな……」
おや、バールったらめげずに親身になろうとしてる。心なしかリュウも拒絶はしてないし、むしろ迷ってる感じだ。
ていうか、死体の布教とか冷静に考えて相当猟奇的なんだよなぁ。真面目に親身になろうとしても内容がヤバすぎるんだわ。
「少々下世話な話になるが、お前にも性欲はあるのだろう? ならば早い段階で恐怖を克服するか、新しい対象を見つけなければ苦しい日々を送る事になるぞ。別に獣や男に目覚めたいわけでは無いだろう?」
「当たり前だ! 俺はノーマルだ!!」
「ではまずは死体から慣らしていくと良い。幸い我には大量のコレクションがあるからな。少々口惜しい気持ちもあるが、女に苦しめられた同類としてお前に幾つか譲る事もやぶさかではない」
「すっげぇ猟奇的な事言われてるけど、確かにこのままだといつか暴発しそうな気もするんだよなぁ。今は平気だけどさ……」
などとリュウは己の下腹部、そこに隠れているであろう息子を見下ろしながら口にする。
確かにアブノーマルでも何でもないなら、性的対象は変わらず女のままだよね。発言からして今は息子も引きこもりでベッドに横になったままおっきしないって感じだろうし、今しばらくは安心だ。でも万一正常に機能するようになったらさあ大変。女が苦手だから一人で自分を慰めようにも、女の事を思い浮かべただけで萎えちゃうね。そしたら欲求を発散する事も出来ず、ただただ悶々とした日々を送る事になるわけだ。それ何て拷問?
これはバールの言う通り、早い所恐怖を克服するか新しい扉を開くしか無いねぇ。
「まあ、何だ。俺を気遣ってくれてるのは分かるし、確かに早いとこどうにかしないといけない問題だよな……死体を使うかはともかく、良かったら力、貸してくれるか?」
「ああ、任せろ。恐怖を克服した暁には、我のお気に入りの死体メイドをくれてやろう」
「いやぁ、さすがに他人の使い古しはなぁ……」
などと苦笑いをしつつも、リュウはバールと固い握手を交わす。尻を貸せ……って意味ではないな。自称ノーマルだし。
というかバール、妙に満足気な顔してるな? 友情に目覚めたっていうなら素敵だけど、何かそんな感じじゃないな。もしかしてコイツ、死体愛好仲間を作ろうとしてる……?