壊れかけの道具たち
⋇前半レーン視点
⋇後半クルス視点
「うーん、聖人族と魔獣族のどっちの方が凄いか、かー……」
屋敷のリビングに入ると、そこではリアが勉強中だった。どうやら私の出した宿題に取り掛かっているようで、行儀よくテーブルの前に腰掛けノートを広げている。とはいえなかなか難しい内容らしく、困ったように尻尾をゆらゆらと揺らし、眉を寄せて唸っていた。
「宿題は順調かい、リア?」
「あ、カルナちゃん。うんとね、頑張ってるけどちょっと難しくて……リアって頭悪いのかなー?」
私が声をかけると、何やら悲し気な表情で自身を卑下する。
確かにリアは精神的にも幼く、知能もそれに準ずるものだ。しかしこれは肉体が成長しない事に伴うある種の障害のようなものであり、リアに責任は無いだろう。それに記憶力自体はかなりのものだ。間違っても頭が悪いわけではない。
「……今更な話だが、何故君はそこまで勉強熱心なんだい? 例え必要な知識を身に着けるためでも、クルスは心底嫌がっているというのに」
熱心に勉強する姿に疑問を持ち、思わずそんな問いを投げかけてみる。
例え知能が幼くとも、リアは一生懸命に学び知識を身に着けようとする。クルスと比べれば勉強への姿勢は雲泥の差だ。終始つまらなさそうに投げやりに勉強する彼には、リアの爪の垢を煎じて飲ませたいね。
「えー? だっていっぱい優しく教えて貰えるんだから、嫌がる理由なんて無いと思うなー? それにリア、故郷じゃサキュバスとして必要な事は何も教えて貰えなかったもん。だからこんな風に色んな事を教えて貰えるの、とっても幸せだよ!」
「……そうか。君が幸せなら何よりだよ」
問いに返って来たのは、若干の闇が見え隠れする晴れやかな笑顔。
なるほど。やはり知識を得る事に飢えているようだ。復讐を終えた今となっては、好き放題に勉強できる今の状況が一番幸せなのだろう。サキュバスなのにこれほど真面目だとは驚きだね。
「しかし、サキュバスとして必要な知識か……座学はともかく、実技はどのような形で学んでいるのだろうね。君が暮らしていたのはサキュバスしかいない女性だけの村なのだろう?」
「うん、そうだよ。男の人なんて、村を出てから初めて見たくらいだもん」
「ふむ……」
興味本位で尋ねてみると、更に好奇心を刺激する答えが返ってくる。
サキュバスのみの女性しか存在しない村では、村としての集まりを存続させ続ける事は出来ないだろう。幾ら寿命が長く高齢化の影響が少ないとしても、男を求めるサキュバスが男の存在しない辺境の村に留まり続けるとは思えない。村を出る者も多いはずだ。それにサキュバスしか暮らしていないのだから子孫繁栄も出来ず、村の人口は減る一方。
だがリアのような実年齢も若いサキュバスがいた辺り、子孫繁栄は問題無く行われているらしい。だとすると――
「リア。君が村を滅ぼした時、男の姿は見当たらなかったかい?」
「えっ? そんなのいなかったよー? いても家とかは全部燃やしちゃったから、きっと死んでるんじゃないかなー? でもどうしてそんな事聞くのー?」
「教材や繁殖用として男が飼われていた可能性があるんだ。君の身体の成長に異常があるのは、それを使って繁殖を繰り返し血が濃くなり過ぎた弊害だろうね」
リアが知らないだけ、あるいは迫害されていたリアには教えられなかっただけで、村に男がいた可能性は高い。恐らくは囚われ自由を奪われ、それこそ家畜以下の扱いをされていたのだ。
その男を子孫繁栄のために長らく使っていたため血が濃くなり、リアのような成長に障害のあるサキュバスが生まれたのだろう。それなら様々な事に説明が付く。
「……血が濃くなる、ってどういう事ー? 美味しくなるの?」
「せっかくだ。今から生物の授業を始めよう。君も自分の身体の異常の理由を知りたいだろうし、君が満足するまで教えてあげるよ」
「わーい、やったー!」
喜んで授業を受ける準備を始めるリアを尻目に、私は伊達メガネを取り出し装着する。
しかし……何故だろう。何かが頭に引っかかっている気がする。その正体が分からずどうにもむず痒い。一体私は何が引っかかっているんだ? 仮に男が囚われていたとしても、リアが故郷を滅ぼしたのは二年も前の事だ。今更何かあるわけでもないはずだが……?
「あー、めんどくせー。どうせまた薬物と拷問で仕上げた二世代目の奴隷連れたウェーイ系でしょ? 知ってる知ってる」
邪神ボディで威厳と威圧感たっぷりの僕は、それを放り捨てる感じのだらしない姿勢で玉座にふんぞり返り、訪れる侵入者を適当に待つ。
最近は変なのしか来ないから、正直やる気は全然無い。どうせ今回もクズなのは目に見えてるしね。ぶっちゃけ意志力の化物である凶悪な大天使を相手にしたのが一番楽しかった。まあ自分の手で宇宙の果てに追放しちゃったんだけど、それを寂しく思う程度にはクズしか攻めてこないこの現状に飽きてるんだよ。
「とっとと潰してミニスちゃんの所に戻ろうっと。あーあ、早く本物の勇者が現れないかなぁ……」
邪神には似合わない大あくびをかまし、ボリボリと頭を掻く。
んー、でも今本物の勇者が現れたらちょっと困るか? ミニスでさえ勇者業に苦労してるんだし、下手に今そういうのが現れると勝手に潰れそうだ。まだまだ敵種族への差別や偏見は酷い世界だし。
「おっと、来たか……」
結局どんな奴が来ても困るのかとため息を零してると、玉座の間に続く扉が音を立てて開き始める。どうやら遂に侵入者がここまで来たっぽい。
完全に扉が開き切る前に僕は姿勢を正し、表情を引き締め、邪神らしい空気を纏ってキリっとする。さすがに幾ら相手がクズでも礼儀は弁えないといけないからね? 僕はお約束を守る性質だし。
そんなこんなで真面目に待ってると、遂に玉座の間に何者かが足を踏み入れてきた。暗闇の中にコツコツ――じゃなくペタペタと足音を響かせて入ってくるそいつは、何だか警戒心っていうものが欠如してる感じに思える。だって足音が軽快過ぎるんだもん。警戒だけに。そもそも何でペタペタ聞こえるんですかね? 靴履いてます?
「薄汚い害虫が我が居城に踏み入るとは……歓迎はしないが、その勇気に免じて多少は相手をしてやろう。尤も勇気では無く蛮勇かもしれんがな」
土足かどうかはまだ分からないからそこは濁しつつ、演出のために玉座の間の燭台に魔法で火を灯す。入り口の方から順に、炎が燃え上がって行く感じにね。
それで玉座の間にほんのりとした明かりが生まれ、お互いの姿を認識できるようになったわけなんだけど――
「あっ、邪神だ! 本物の邪神だ! わー、感激!」
「……うん?」
ちょっと色々衝撃的な事が多くて、思わず目を丸くして言葉に詰まっちゃったよ。
何せ侵入者が珍しく女で、なおかつアイドルに会えたファンみたいな事を口走ったからね。邪神を目の前にしてそんな事口走るとかそりゃ誰だって驚く。僕だって驚く。
でも僕としては、言葉とは裏腹に目が死んでる事に驚いたね。完全に光を亡くした死んだ魚みたいな濁った目をしてるのに、言葉だけは妙にテンション高いんだもん。『あ、何かヤベェ奴来たな』って一発で分かったよ。
しかもこれだけじゃ終わらない。この女、何と素っ裸なんだわ。え? じゃあ興奮で邪神の邪神がどうにかなりそうなんじゃないかって? いや、それは無いかな。だってこの女、全身に刺青みたいに魔法陣が刻まれててむしろ自然な肌の露出の方が少ないもん。おまけに刻まれた魔法陣はマジでいっぱい。髪と瞳以外の全ての箇所、それこそ爪から歯に至るまであらゆる場所に刻まれてる。歩く魔法陣大全かな?
「会えた、会えた、邪神に会えた! じゃあこれで――あれ? 何をすれば良いんだっけ? 何で邪神に会いたかったんだっけ? 私、確か、何か……う、あああぁあぁぁぁぁっ!」
どう見ても見た目が異常だけど、どうやら中身も異常っぽい。死んだ目で感激してたかと思えば不意に表情を曇らせ、今度は絶望に叫びながらその場に崩れ落ちて頭を掻きむしってる。それこそ血が飛び散るくらいに手加減無しに。
ここ邪神の城であって、精神病院じゃないんですが? 君みたいなのに来られても困るんですがね。せめて予約取ってくれます?
「……ん? 貴様のその姿は……まさか?」
凄い面倒な現状にため息を零しかけ、そこで僕はようやく気付く。この女、髪も瞳も黒い。それに顔全体にも魔法陣が刻まれてるから分かりづらいけど、顔の造詣が僕に近いっていうか、日本人風味って感じだ。
あれ? もしかしてコイツ、僕と同郷? 今まで全然見かけなかった僕以外の勇者だったりする? 何でそんなシャレオツな刺青全身に刻んでる上に素っ裸なんだろ。オシャレ?
「痛いよ苦しいよ、どうしてそんな酷い事するの? ああ、やめてやめて、もうやめてくださいおねがいします……! 私が悪かったから、何でもするから、もう許して……!」
「……なるほど、異界より呼び出した戦士か。それを捕えて調教し、全身に魔法陣を刻み兵器に仕立てあげたと。血も涙もない真似をするな?」
女勇者がかなり悲痛な声を零してたから、その内容で何となくコイツの事を理解できた。
物凄い外見と明らかに精神に異常をきたしてる様子も鑑みるに、どうやらこの女勇者はとっ捕まってエロ同人的展開にあったようだ。しかもたぶんリョナ要素ありだね。恐らくは数年以上に渡り、徹底的に尊厳を踏みにじられ心と身体を蹂躙されたに違いない。そんな酷い事するなんて……良い趣味してるぅ!
「あ、そうだ……私がこんな目に合ったのは、全部邪神のせいなんだ。邪神を倒せば、私は解放されるんだ……じゃあ、殺さなきゃ……」
安定性にかなり難がありそうだけど、それでも女勇者は兵器としての役割を思い出したっぽい。ブツブツ言いながらゆらりと身体を起こし、死んだ目で僕を睨みつけてくる。
しかし何か勝手に何もかも僕のせいにされてるの凄い腹立つな? いや、そういう風に思考を誘導して僕にぶつけようって作戦なのは分かってるよ? がっつり強化改造した勇者で僕を倒そうってわけでしょ? でもだからってこんな冤罪ふっかけられるとかたまったもんじゃないね。ちょっとミニスちゃんの気持ちが分かったかもしれない……。
「フッ。こんな壊れかけの木偶人形一つで私を打倒できると考えるとは、何とも愚かな――うん?」
なんてニヒルに笑った直後、耳に届いたのは近付いてくる足音。思わずそっちに目をやると、玉座の間にまた新たな侵入者が足を踏み入れる所だった。
「………………」
それは女勇者よりも目と表情が死んだ男。一切の言葉を発さない事も含めて、見た目も女勇者に比べるとかなり控えめだ。何と言っても魔法陣の刺青が一切無い。全裸なのは置いといて、片眼が不気味に光る赤い義眼に置き換えられてるくらいか。
でも重要なのは残った片方の目の色と、髪の色。そして顔の造形だ。何故ならコイツも僕と同じ日本人風味。つまりこの男も勇者だって事だ。
「これは、これは……」
今まで行方が知れなかった勇者二人が同時に送り込まれるこの状況。しかも明らかに何らかの外科的・魔法的改造手術を受けた形跡が存在するっていう非道な状態。
相変わらずこの世界の住人は勇者に情け容赦が無い事にドン引きする僕に対し、二体の壊れかけの使い捨て兵器が一斉に襲い掛かってきた。
取っ捕まって酷い目にあっていた勇者ちゃんと、影も形も無かったもう一人の勇者が登場! まあ一応前の章で存在は示唆してたし、今回のお話の前半でも触れてるけど……。
というわけでこの章は終わりです。再び更新停止期間に入り、次回の投稿は6月1日になります。なお、今日から別の作品(MF文庫j新人賞に応募したやつ)を投稿しているので、良ければそちらもどうぞ。みんな大好き男の娘魔法少女モノだよ。
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