華々しい出立
「あー、酷い目に合ったわ……」
ふかふかなベッドに身を投げ出し、ミニスは疲れ切ったため息を零す。
ザドキエルの絡み酒を何とか乗り切り、深夜を過ぎてもなお続くパーティがお開きになったのは午前三時頃。それでも自主的にパーティしてる奴らが大勢いたから、いい加減付き合いきれなくてこっそり抜け出してきたわけだよ。
「良かったではありませんか。おかげで宿屋に泊る事が出来たのですから。しかも無償。手の平返しもここに極まれりですね」
「現金なものねぇ……いやまあ、あれだけやって何も変わらない方がむしろ困るけど」
幾ら主賓とはいえミニスがそこまで付き合ったのは、やっぱり扱いが変わったから。
何せ今ミニスがベッドに身体を投げ出してる事から分かる通り、ここは街の外のテント内じゃない。街の中の宿屋、その一室だ。しかもかなり高級なお宿。何かザドキエルが宿を取っててくれたっぽいんだよね。
ちなみに宿の主人も快く泊めてくれました。あと大いに謝罪もしてくれました。前に泊ろうとしたら魔法で攻撃してきた奴だからな……。
「でも私を受け入れてくれたのはこの街だけなのよね。別の街じゃあまた最初みたいなひっどい扱いされるんでしょ?」
「ええ、間違いなく。とはいえ大天使ザドキエル様からこれを頂きましたので、大抵の場合はこれを見せればどうにかなりそうですが」
ちょっと不安気なミニスの頭の近くに、僕は空間収納から取り出したとある物体を放る。
それは以前バールがくれた物に似てる、特に使い道が無く死蔵してる印籠染みたエンブレムだ。バールのやつは赤い月を覆い隠すコウモリの群れって感じのデザインだけど、ザドキエルのそれは氷をイメージした結晶体を天使の翼が囲ってる感じの神秘的なやつ。
何か今回のお礼と今までのお詫びも兼ねて、ザドキエルはこれを僕らにくれたんだよ。大天使の庇護を受けてる事を証明するものだから、これを見せれば最悪の展開になったりはしないと思われる。国と状況が違うから一概には比較できないけど、バールのものより遥かに有用じゃね? アイツとことん微妙な存在になりつつあるな……。
「……これは最終手段にしましょ。幾ら困っても毎回毎回それを見せて他人の地位と権力振りかざすとか、さすがにカッコ悪いわ」
チラッとエンブレムを見たミニスだけど、実に勇者らしい台詞を口にして僕にそれを投げ返してくる。
さすがミニスちゃん。女神様から授かった力をこれでもかと悪用してる僕には、その誠実さが心にグサっと来たよ。僕ってカッコ悪い?
「ニア様らしいお言葉ですね。このトルファトーレ、深く感服いたしました」
「何かあんたのその振る舞いや発言にも、段々慣れてきた自分がいるわ……」
従者らしくぺこりと慇懃に頭を下げるも、徐々にツッコミを放棄されつつある気がする。頑張って従者として振舞ってるんだから、そっちも頑張ってツッコミ入れてよ。役目でしょ。
「……それで、どうでしょう? 冒険者ニアとしての日々はお気に召しましたか?」
せっかくだから、改めてこれを尋ねてみる。
種族のせいで魔獣族の国とは決定的に異なる、差別溢れる針の筵で過ごす日々。街を歩けば冷たい目で見られ、子供には石を投げられる。宿にも泊まれず、街の外にテントを張って過ごせば火をつけられる始末。
挙句物も売って貰えず、たまに売って貰えたかと思えば足元をこれでもかと見られてしまう。ここアリオトではニアへの差別が解消されたとはいえ、今まで散々迫害されて酷い目に合ったのは事実だ。だからこそ僕はそれを尋ねた。
「……正直、良くも悪くもあるって感じね。この力で好きなように人助けが出来るっていうのは、とっても嬉しい事よ。でもそれだって所詮は罪の意識を誤魔化すための自己満足だし、その人助けの中にはどっかの馬鹿が仕組んだ状況もいっぱいあった。そんなマッチポンプの人助けをして感謝されたり慕われる事があれば胸が痛むのは当然だし、差別されたり酷い扱いを受けても同じように胸が痛いわ」
ベッドから身体を起こし、小さな胸に手を当てて呟くように答えるミニス。めっちゃ胸痛んでますね。成長期? その割には大きさに変化が見られませんが?
「でも、この立場はそこまで嫌じゃない。自演じゃなくて、本当に困ってる人を助ける事が出来るんだもの。私にとっては、それが何よりも罪滅ぼしになるわ。その人たちが向けてくれる感謝の気持ちや笑顔が、私には最高の幸せよ」
などと口にして、ミニスは僕には決して見せない穏やかな笑みを浮かべる。
どうやらニアとしての日々はある意味贖罪の日々らしい。まあその正体は邪神の仲間だもんなぁ。そりゃあ胸が痛いだろうし、真っ当な人助けが出来たら嬉しいだろうよ。
「……お見事! さすがはミニス、正に勇者って感じだね!」
そんな人間らしい心を持つミニスを、僕は拍手しながら褒め称えた。何て真っ当な精神構造してるんだろうね? 僕は別に街とか村を滅ぼしても少しも心が痛まないから、ちょっと羨ましいよ。だって真っ当な人間の振りをしなくても素のままで良いって事だしね。
「あ、ようやく化けの皮が剥がれたわね。正直気味悪いからいつものあんたの方が好きよ」
「お? 今僕の事が大好きって言った?」
「いや、そういう意味で言ってないから。従者の振りしてるあんたよりはマシって意味」
「しょうがないなぁ。そんなに僕の事が好きなら、たっぷりと僕の愛を与えてあげようじゃないか。主従逆転プレイのお時間だぜ!」
ミニスちゃんが『愛してる! 抱いて!』って言ったから、求めに応じるために僕はベッドへと上がった。スゲェ嫌そうな顔をしてるのはスルーして、がしっと腕を掴んで逃げられないようにする。
グヘヘ、今夜は寝かせないぞ? クソ強勇者ちゃんを組み伏せて欲望のままに貪ってやるぜ!
「酷い目に合うのはこれからだったみたいね……」
慣れと諦めが出てきてるミニスは、深いため息を零して僕を受け入れてくれました。
まあ絶対に堕ちたりはしないんだけどね。そこは普通堕ちるのがお約束なんじゃないかなぁ……。
「それじゃあ、私たちはもう行くわ。今まで世話になったわね」
邪神の下僕サージュの襲撃から七日後の昼下がり。街の復興も一区切りついたので、ついにミニスは次の街へと旅立つことになった。厳密に言えばすでに次の街に辿り着いた後で、酷い目に合ってからこっちに戻ってきたんだけどね。
「それはこっちの台詞よ。最初はあんなに酷い対応しちゃったのに、街も子供たちも救って貰って……あなたには足を向けて寝られそうにないわ。本当にありがとうねぇ?」
心からの感謝を述べるのは、この街を守護する大天使ザドキエル。そしてその背後には街の人々が滅茶苦茶いっぱい。
やっぱりマッチポンプと復興の手伝いでだいぶ絆されたみたいで、コイツらはわざわざ街の外まで見送りに来てくれたんだよ。ミニスちゃんの働きは凄かったもんねぇ……今回の件で冒険者ギルドにも色々依頼が出たけど、その大半を一人で片付けながら瓦礫の撤去や住宅の再建、炊き出しから負傷者の治療まで全部やってたもん。最早人々の目には魔獣族への敵意や憎しみじゃなくて、ニア個人への尊敬と敬意すら浮かんで見えるね。
「別にそこまでの感謝はいらないわ。だけど私への感謝があるっていうなら、今後他の魔獣族と接する時は種族じゃなくて個人として見てあげて。さすがに対応が酷かったのは擁護できないし」
「そうね、努力してみるわ。あ、個人として下に見ておちょくるのは許されるかしら?」
「……まあ、差別にならない程度なら良いんじゃない? それ以上求めるのは酷ってものだし」
「やった! じゃあルキちゃんは遠慮なく弄れるわね!」
「誰か弄りたい個人がいるわけ……?」
ミニスの答えに満面の笑みではしゃぐザドキエル。
たぶんアレかな。胸元のガードが固い竜人魔将。何か顔突き合わせる度におちょくってるっぽいし、これからもおちょくれるから嬉しいんでしょうよ。まあ個人単位で弄るのは問題無いよね。僕もミニスちゃん苛めるの大好きだし。
「まあ良いわ。それじゃあお別れね。またいつか会いましょ。今度会った時にいつも通りの差別主義者に戻ってたら許さないわよ?」
「大丈夫よぉ。さすがに今回の事で私も自分の愚かさを思い知ったから。これからも改善できるように心がけて行くわぁ」
ミニスのジト目に対し、ザドキエルは清々しい微笑みで以て答える。
うん、この様子なら大丈夫そうだ。これが演技で実は何も変わって無かったら、ミニスが人を信じられなくなっちゃう所だったよ。
「頑張れよ、嬢ちゃん! 応援してるからな!」
「俺も<救世の剣>に入るから、その時はよろしくな!」
「きっと次の街でも差別や迫害を受けるだろうけど、負けないでね!」
「じゃあねー、ニアちゃん! 次の街でも頑張るのよー!」
そうして街の人々とザドキエルに超好意的に見送られ、僕とミニスはアリオトを旅立った。奴らはこっちの姿が見えなくなるまで、いつまでもミニスに対して感謝と声援を送って手を振ってたよ。僕にはねぇの?
「……全く、現金な奴らだったわね?」
完全に二人きりの旅路と化した所で、ミニスちゃんが呆れたように口にする。
確かに奴らは手がドリルで出来てるんじゃないかってくらいに掌クルクルしてるし、その反応もやむなしだ。僕だってあまりも都合良すぎてちょっとイラっと来てるしね。
「ニア様、頬が緩んでいますよ?」
とはいえ、当のミニスちゃんは言うほど呆れてはいないっぽい。だって満足気に笑ってるしね。頬が緩むのを必死に抑えようとしてるけど、嬉しさはどうにも隠せないらしい。
あれだけ差別され嫌がらせと迫害を受けてたのに、ちょっと優しくされただけでコロッと堕ちるとか、頭チョロインか? それなのにどうして僕に堕ちないんですかね?
「うるさい、馬鹿従者。それよりここからは走るわよ。遅れないようについてきなさい」
「了解しました。出来る限りあなたに追いつけるよう、全霊で走らせていただきます」
ミニスは自分の頬の緩みを隠すように駆け出し、僕もそれに続いて走り出した。照れ隠しみたいに走ってるけど、普通に超高速で魔物なんてひき殺しかねない速度なんだよなぁ……。
「――おや?」
そんなミニスちゃんの後ろを走り、翻るミニスカートとその中身をたっぷり鑑賞すること数十分。不意に僕の脳裏に警報が響き渡り、思わず足を止める。
突然幻聴が聞こえるほど疲れてるわけじゃない。これは僕が魔法で設定した、とある場所に何者かが踏み入った事を教えてくれる便利な警報だ。僕は色んな顔があって忙しいから、こういう魔法も必要なんだよ。
「ん? どうしたのよ?」
不意に足を止めた僕の様子が気にかかったみたいで、ミニスも立ち止まり何があったのか尋ねてくる。
うーん。幸い周囲は森の中で、人っ子一人見当たらないな? だったらここで一旦別れても大丈夫か。
「また邪神城に侵入者だ。しゃあないからちょっと相手してくるよ」
そう、警報は邪神の城に何者かが侵入した事を示すもの。
どうせまたウェーイ系の英雄志望のクズだろうし、パパパッと殺ってさっさと戻ってこようっと。しかしああいうのの相手するの面倒なんだよなぁ。もう自動応対する邪神人形とか置いとくかぁ……?
次回でこの章は終わりです。なのでこのタイミングで侵入者というのは少々不穏な報せですね……。