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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚

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夜の宴


「はい、変身も完了。どう? どこか違和感あったりする?」

「ふむ……問題無さそうだ。正直この姿で無いとあまり落ち着かないのが、違和感と言えば違和感だね」


 僕の魔法でクール系狐獣人魔獣族に戻ったレーンは、自分の狐耳や狐尻尾を触って確かめ、満足気な吐息を零した。

 ここはアリオトから遠く離れた深い森の中。僕とレーンは現在ここで二人きりの逢瀬を繰り広げてる所だ。まあ逢瀬って言っても別に色っぽい話は無いけどね。邪神の下僕サージュの死体をこっそりと掻っ攫い、この場に転移して蘇生と治療を施しただけだし。

 サージュはニアの一撃で真っ二つにされて死んだけど、それはあくまでも表向きの演出。実際はこんなマッチポンプ一回で役目が終わりとか勿体ないし、レーンにはまだまだ頑張ってもらうつもりだよ。向こうでは死体が確認できてないから、生存してても矛盾とかはないだろうし。


「お疲れ。今回は好奇心に身を任せず役目を全うしてくれたね。おかげで想像以上に良い感じの結末に持って行けたよ」

「そうだね。私も今回は何とか自分を抑える事が出来たよ。それにしても、まさか魔獣族があそこまで受け入れられるとは……」


 アリオトでの戦いの最後を思い出してるのか、どこか遠い目をして感慨に浸るレーン。

 自分で演出しておいてなんだけど、僕も深く感動したよ。だって大天使が身を挺してサージュの攻撃を防ぎ、魔獣族であるニアの攻撃のチャンスを作り出したんだからね。あれははっきり共闘って言って差し支えないものだった。

 加えて街の住人たちは皆ニアを応援してたし、勝利した時は盛大に褒め称え感謝の言葉を送ってた。魔獣族であるニアにだよ? 想像以上の成果で僕もマジ嬉しい。


「これで少なくともアリオトでだけは、ミニスことニアは好意的に接して貰えるでしょ。何ならザドキエルからのフォローも受けられそうだし、別の街での活動も幾分楽になるかな?」

「かもしれないね。これも彼女の人徳故の結果かな?」

「いやぁ、僕のマッチポンプのおかげもあるでしょ。四割くらい」

「想像以上にミニスを評価しているね、君は……」


 ちょっと意外そうな顔をするレーンだけど、僕としては正味四割でもちょっと多い気がしてる。

 確かに計画や流れは僕の考えたものだけど、ニアの台詞の大部分とか細かい行動に関してはアドリブというか、本人任せだもん。僕みたいな邪悪の権化が誠実な勇者の行動や言動を考えるとか、さすがによろしくない気がするしね。絶対どこかでボロが出そうだし。


「同じ事を他の奴でやってもいい結果にはならないだろうしね。素に近い性格でほぼ演技してないミニスちゃんだからこそ、ここまで素晴らしい結果を迎えられたわけだよ」

「まあ私もそこは同意だ。演技が上手くとも、これがキラやトゥーラだったならこうはならなかっただろう」

「だよねぇ……」


 思わずあの二人がニアのポジションだった場合の事を考え、レーンと揃って遠い目をする。

 うーん……駄目だ。どんなに想像力を働かせても、あの二人が勇者みたいな事やってる図が思い浮かばない。他人の家の扉を蹴り破って家探しして、何か色々奪ってく感じの勇者ならともかく。


「何はともあれ、お疲れ様。帰ってゆっくり休むと良いよ」

「ああ、そうさせて貰おう。君も早くミニスの所に戻った方が良いよ。恐らくこれでまでとは別の意味で困惑していそうだからね」


 そう言い残し、レーンはさっさと転移で屋敷に戻っていった。

 さて、それじゃあ僕も控えめなダッシュでアリオトに向かうか。ミニスちゃん大丈夫かなぁ? 聖人族たちに『油断したな! 死ね!』とかされてない? さすがに敵種族に散々助けられておいてそんな恩知らずで恥知らずな真似してたら、今からでも邪神が直々にアリオトを滅ぼしちゃうぞ?

 





「えぇ……なにこれ……」


 微妙にウサミミを縮こまらせたミニスが周囲を見回しつつ、困り果てた感じの呟きを零す。

 さすがに恥知らずかつ恩知らずな究極のクズはいなかったみたい。夕方くらいに僕がアリオトに辿り着いた時には、街の住人たちはミニスと協力して瓦礫の撤去や怪我人の治療に精を出してたよ。

 デカい瓦礫を軽々持ち上げて運ぶミニスに、聖人族たちが笑顔で感謝の言葉を口にしてる光景はなかなか驚きだったね。やっぱりあのマッチポンプで街の住人たちは魔獣族に対しての感情を考え直し、少なくともニアことミニスに対しては接し方を改めたっぽい。今ではむしろニアへ悪感情を抱いてる奴らの方が少数で、そいつらが逆に排斥されるような立場になってるよ。


「ほらほら、ニアちゃんも飲んで飲んで!」

「そうだそうだ、嬢ちゃんもグイっといけ!」

「今日は大天使様のおごりだからな! 飲まなきゃ損だぞ!」


 そんで夜になって街の復興も一区切りついたから、街全体でお祭り騒ぎのパーティ中。主賓たるミニスは街の広場で玉座みたいな椅子に座らされ、すでに酔っぱらってる聖人族たちに好意的な絡みを受けてた。でも子供にアルコール勧めるのはどうかと思うな、僕……。


「いや、私まだ子供だからお酒はさすがに……ていうか、もう扱いが全然違うわね? 今までのアレは何だったの?」


 あまりの手の平返しに居心地悪そうなミニスは、ジトっとした目で聖人族たちを見る。

 まあそりゃ当然の反応だよね。散々陰湿な嫌がらせを受けた挙句、揃って石投げて追放してきたのは記憶に新しい出来事だ。ミニスもわりと心にダメージ受けてたし余計にね。


「そんなの当然だろ! 俺達を護ってくれただけじゃなく、怪我人の治療や瓦礫の撤去まで手伝って貰ったんだぜ? そこまでされて理由も無く憎むとか、幾ら何でも俺らはそこまで恥知らずじゃねぇよ。なあ?」

「そうだぞ! ありがとな、嬢ちゃん!」

「魔獣族にも良い奴っているんだな! 俺ちょっと世界が広がったぜ!」


 しかしたっぷりと恩を感じさせた聖人族たちは、ある意味恥知らずな言葉を次々と口にする。

 理性的には計画が上手く行って満足な結果なんだけど、心情的にはお前ら都合良すぎだろクソボケ共がって感情もあったりする。これ手の平返した奴らと返さなかった奴ら、どっちの方が恥知らずなんだろうね?


「……まあ、良い変化なのかしらね?」

「これまでの事を考えればそうなのでしょう。酔っているせいもあるのかもしれませんが」


 さすがにミニスも素直に受け取れるほど優しくされたわけじゃないから、ちょっと微妙な反応をしてる。

 とはいえ今は街の人々に持ち上げられ、心からの感謝を贈られてるせいか表立って怒る事もできないみたい。内心の不満を抑え込んで、串焼きみたいなお肉をもくもく食べてたよ。


「よう、久しぶりだな」


 なんて風に主賓が楽しめてない感じのパーティを過ごす最中、不意に近付いてきた聖人族の野郎が声をかけてくる。

 一瞬マジで誰だか分からなかったけど、その隣に気の強そうな天使の女が立ってたから思い出したよ。マッチポンプで助けた聖人族のカップルだね。名前は……忘れた!


「あんたらは確か……コルウスとヴィオラね」

「覚えててくれたか。いやまあ、当然だよな。助けて貰っておいて、結局金は踏み倒したんだしよ」


 どうやらミニスは覚えてたらしく、少し考える素振りを見せてから見事に正解を口にした。僕はさっぱり覚えて無かったけどな!

 でもコイツが自分で言った通り、金を踏み倒して逃げたのはしっかり覚えてるぞ? せっかくお優しいミニスが所持金の三割かつ後払いで良いって言ったのに、ものの見事に払わずバックレたもんよ。せっかくマッチポンプで手間暇かけて助けて恩を売ったのにこの始末。探し出して八つ裂きにしてやろうかと思ったね。


「……ごめんなさい! 助けて貰っておいてずっと疑ってた事も、お礼も支払わずに逃げ出した事も、本当にごめんなさい!」

「そして今回、またしても助けて貰った。本当にありがとう。そして、悪かった。これはあの時払わなかった金と、謝礼も含めた分だ。俺たちのほぼ全財産だ。受け取ってくれ」


 どうやら今回の事で考えを改めたみたいで、ヴィオラは深く頭を下げ、コルウスは革袋に入った金を差し出してくる。

 うーん……ぶっちゃけそれでもムカつくけど、改心しない真正のクズよりはマシか? 見た感じポーズとかじゃなくて、本心からの謝罪って感じだし。


「いらないわ。今ならお金なんか目的じゃなかったって事、分かるでしょ? あんたたちが安心できるように分かりやすい目的として要求しただけだし、気持ちだけで十分よ」


 ミニスもそれを理解出来たみたいで、ひらひらと手を振ってお金を拒む。

 無償の善行を疑われてたから適当にお金目的にしただけで、本来は金なんて必要ないもんね。そりゃあコイツらがバックレた時はミニスもちょっと傷ついてたけど、改心して反省してるならそれで十分だろうよ。微妙に嬉しそうにしてるし。


「ダメよ! それじゃああたしたちの気が済まないわ!」

「ああ、そうだ。恩人の厚意を踏みにじったんだぞ? 全財産でも足りないくらいだぜ。良いから受け取ってくれ」


 とはいえ、どうにもコイツらは押しつけがましい感じだ。有無を言わさない感じでミニスに無理やり金を渡そうとしてる。

 何だろ、毒か何か仕込んでるのかな? それでミニスを毒殺でもしたいんだろうか。いや、でもそれなら食事に混ぜた方が効果的だよな……?


「……自分が楽になりたいからって、押しつけがましく渡そうとするのはやめてくれない? 受け取って欲しいなら、まずはこれからの行動で誠意を見せなさいよ」

「なっ……!?」


 なんて首を捻ってたら、ミニスが不機嫌そうに物凄い的確な指摘を口にした。これにはヴィオラも目を見開き、コルウスもギョッとした感じに息を呑む。

 そうして二人ともすぐさま反論しかけてたけど、まるで言葉が見つからないみたいにその口から言葉は出て来なかった。正にミニスの指摘通り、自分の罪悪感を晴らすための謝罪の押し付けだったらしい。

 しかしさすがはミニス。僕よりも早く真実に気が付くとは。罪の意識を誤魔化すためにボランティアとかしてる子は違いますわ。たぶん不機嫌なのも同族嫌悪みたいなものなんだろうなぁ。


「……そりゃあ尤もだな。悪かった」

「分かったわ。私たちはこれから、差別とかせずあんたみたいに色々頑張っていく。この国で迫害されてる魔獣族を助けたりしてね。だからあんたが納得したら、その時はこのお金を受け取って貰うわよ」

「ま、精々頑張りなさい。言っておくけど、そう簡単には認めてあげないわよ」


 最終的に二人は自分の浅ましい心を認め、実に誠実な言葉を残して去って行った。片方は偉く挑発的だったけど、それは性格的なものだと思われる。


「……まあどのみち受け取らないけどね。あの二人は今後の事を考えるとお金がいるだろうし」

「ニア様、普通にそれを伝えれば良かったのでは……?」


 どうやら受け取らなかった理由には余計なお世話もあった模様。確かにあの二人はくっついたばっかりだから、今後の事を考えるとお金が必要になるだろうね。具体的には結婚とかその辺り。

 あえてそれを口にせず憎まれ口を叩いて追い返すとか、悪役になるのも結構慣れてない……?


「――ほらほらぁ? 二人もいっぱい呑みましょうよぉ? 今日は無礼講よぉ?」


 なんて思ってたら、ガシィ! 不意に大天使ザドキエルが背後から現れ、ミニスちゃんに後ろから抱き着く。顔が真っ赤で瞳もちょっと蕩けてるし、何より両手に酒瓶持ってる辺り完璧に酔っぱらってますね、これは……。


「酒くさっ!? あんた酒癖悪いわね!?」

「絡み酒ですかね。ニア様は未だ外見通りのご年齢なので、お酒を勧めるのはいかがなものかと思いますが」


 絡み抱き着き頬擦りする様子は、まるで猫でも可愛がってるみたいな感じだ。

 でも実際には猫ではなく兎、それも本物の兎ではなく兎獣人。幾ら滅茶苦茶酔っぱらってるとはいえ、大天使が魔獣族相手に濃厚に触れ合ってるとか信じられない光景だね? この街以外の聖人族たちが見たら泣きそう。


「うふふ、良いじゃなーい。それにお酒で酔わせちゃえば、この兎ちゃんだってあなたにメロメロになるかもしれないわよぉ?」

「……それは楽しそうですね。では、少し飲ませてみましょうか」

「ちょっと従者? なに目の前で変な事企んでるわけ?」


 少し欲望が漏れ出ちゃったせいか、ミニスがジトッとした目で睨んでくる。

 だって酔わせてヤった事は無かったから、やってみるのも良いかなって。どんな風になるのかなぁ? 甘えん坊な兎になるのが理想だね。それなら僕にも『好き好き大好き!』とか言ってくれるかもしれん。


「そうこなくっちゃ! あ、エッチする時は私も混ぜてねぇ?」

「ちょっ!? やめろコラ! ぶっ飛ばすわよ!?」


 ニッコニコの笑顔で右手の酒を煽りつつ、左手の酒を無理やりミニスに飲ませようとするザドキエル。当然ながらミニスは抵抗を試みるも、相手がかなりのパワー系だから力の調整に四苦八苦してる様子。

 しかしちょっと大規模なマッチポンプやっただけで、魔獣族と聖人族がこんな風に仲良く出来るようになるのかぁ……今はこれを世界規模でやってるんだし、成功した暁には間違いなく皆仲良しの平和な世界が来ると考えて良いな。うん、成功すればな!



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