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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚
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サージュVSザドキエル

「――はあああぁぁぁぁっ!」


 距離を取ろうとするサージュを追いかけ、家屋の屋根を次々と跳び回りながらザドキエルは大剣を振るう。

 魔法を使わせる暇を与えないため、という理由も存在するが、大半は人々の安全を考えての行動だ。向こうが魔法を繰り出してくるのならこちらも魔法で対抗すべきなのは分かっているものの、地上には動きを封じられた無防備な人々が数多く存在しているし、家屋の中にもいる事だろう。氷や冷気に関する魔法を得意とするザドキエルの魔法は広範囲に影響を与えるため、下手をすると彼らを巻き込んでしまう。

 故に魔法はほとんど使えず、必然的に接近戦を挑むしか選択肢は無かった。だがその接近戦で戦況を有利に運べるかと言えば、それは否。


「うっ、くうっ!?」


 渾身の力を込めた一刀もサージュに届く前に、その周囲を巡る白い光球のせいで見当違いの方向に逸れる。それはさしずめ同極同士の磁石が近付いた時のような反応であり、謎の反発力で強引に攻撃を逸らされてしまうのだ。

 しかも光球はサージュの周囲に幾つも巡っており、反発力を利用して距離を取るためにも使っているのだから始末に負えない。


「君は引力というものを知っているかな? 重力や磁力といった二つの物体が引き合う力の事だ。しかしこれはその逆、二つの物体を反発させる力――斥力。その塊さ。分かりやすく言うならこの光球は君自身と同じ磁極を持った、強力な磁石だと考えればいい。原理は磁石とは違うがね」

「ああ、そう! ご説明ありがとう!」


 余裕綽々に説明をかましてくるサージュにイラっと来て大剣を振るうも、斥力球に大剣が反発してやはり攻撃は逸らされる。しかもこちらの攻撃に反応して自動で位置を変えるらしく、魔法を用いて不意を突いても防がれるのだから面倒極まる。

 有効打を与えるにはこの反発力を問答無用で貫くほどの一撃を叩き込むか、あるいは魔法を用いて攻めるしかない。


「解けぬ氷に抱かれ永久に眠れ! グラス・セルクイユ!」


 周囲に人がいない事を確認したところで、ザドキエルは魔法を行使する。最初に使った見た目だけ派手にした足場を掬うためのものではなく、敵を排除するための攻撃的な魔法を。

 その効果は絶大の一言。周囲に冷気が満ち、 一瞬にして全てが凍り付いた。巻き込まれた十を越える無人の家屋はもちろん、地面や街灯などあらゆるものが全て白銀の氷に塗り潰される。


「無駄だ。君の魔法で私を凍らせる事は出来ないよ」


 だがサージュだけはその世界で平然と色を保っていた。効果範囲の中心近くにいたというのにだ。これにはザドキエルも目を見張った。


「君には論理と科学が足りていない。確かに君は氷や冷気に関する魔法を得意とするようだが、それに胡坐をかき勉強を怠っているようだね。天性の才を持ち、どれほど深く氷結する様をイメージしようと、力押しの無知な魔法では宝の持ち腐れだ」

「くっ! それなら、これはどうかしらっ!」


 魔法が通じなかった悔しさと地味に図星を突かれた屈辱をバネに、ザドキエルは更なる魔法を行使する。

 イメージするのは周囲全てが凍り付くのではなく、その全ての冷気が目の前の敵だけを包み込む光景。


「来たれ、白銀の風。我が敵をその白き腕に抱き込み、未来永劫物言わぬ氷像を作り出せ! アイス・クルトゥール!!」

「詠唱を長く具体的にする事により更に深くイメージを固める。初歩的だが実に効果的だね」


 冷気が渦を巻き自らに殺到する光景を前に、サージュは酷く落ち着いた声音で呟く。次の瞬間、猛烈な吹雪がその呟きごとサージュの姿を呑み込んだ。

 さすがにこれなら完全な氷像と化さないまでも、動く事もままならない状態になるだろう。ザドキエルはそう確信していた。


「――だが、私に通用するわけではない」

「う、嘘でしょ……?」


 しかし吹雪が晴れた時、そこに立っていたのは五体満足のサージュの姿。凍り付くどころか、その衣服に霜すらついていない。

 大天使たるザドキエルが大量の魔力を注ぎ込み、なおかつ長い詠唱をしてまで放った個人への過剰な魔法攻撃。それを無傷で乗り越えられてはさすがに驚愕を隠せなかった。


「君がやりたかった事はこれかな? アイス・クルトゥール」

「なっ!?」


 挙句の果てに、事も無げに同じ魔法を放ってくるサージュ。しかも詠唱無しにも拘わらず、その魔法の規模はザドキエルのそれを上回る。渦巻く白銀の風が迫る光景を前に動揺を覚えながらも、何とか防ごうと咄嗟にこちらも同じ魔法をぶつけた。


「きゃあああぁあぁぁぁぁっ!?」


 吹雪が中空で衝突するも、拮抗は一瞬。ザドキエルが生み出した吹雪は散り散りに引き裂かれ、白銀の風が容赦無く襲い掛かってきた。

 生来冷気と氷に高い耐性を持っているにも拘わらず、身体を冷気が侵食していく。身を切るような寒さに必死で抗うも、徐々に身体が凍り付いていくのを止められない。自分の得意分野で打ち負かされるという理不尽に、さしものザドキエルも屈辱を覚えざるを得なかった。


「ふむ? 威力の調整を間違えてしまったようだ。君が咄嗟に相殺できる程度に抑えたはずなんだが」

「く、ぅ……!」


 吹雪が過ぎ去った後、暖かい空気が戻ってくる。しかしザドキエルの身体は七割近く凍り付いており、足も屋根に縫い留められる形で凍り付いているので動く事もままならない。

 それ以前に身を切るような寒さのせいで身体に力が入らず、自力でこの氷の拘束を打ち破る事も出来そうになかった。


「まだ動けるかい? いや、動いて貰わなければ困る。まだ試したい魔法が山ほどあるんだ。最後まで付き合ってくれたまえ」

「か、簡単に潰せる相手を、嬲るのは……そんなに、楽しいのかしら……?」

「別にそういった感情から嬲っているわけではないよ。ちょうど良い機会だから色々と試しているまでだ。そもそも抵抗すると言ったのは君だろう? 私に打ち勝つチャンスを与えているのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだね」


 こちらはほぼ凍り付いて動けないというのに、サージュはまだまだ戦い足りないかのような事を口にする。

 しかしこの状況ではザドキエルに打つ手は無かった。冷気と氷に関する魔法は得意だが、逆にそれ以外は不得手なのだ。自身の身を覆う氷を自分の身体ごと燃やす覚悟はあるが、肝心の火の魔法の威力が途方もなく小さいため、例え焼身自殺覚悟でやろうと剥き出しの肌が火傷するだけである。


「ふぅん……だけど、そんな余裕で良いのかしら……? この街には、今、途轍もなく強い子がいるのよ……?」


 故に出来たのは言葉を使う事。引き合いに出すのは酷く癪だったが、ここは彼女(・・)の存在を利用する事にした。ザドキエルの一撃を平然と片手で受け止め、Sランクの魔物を一撃で屠る化物の存在を。

 尤もその化物はザドキエルと街の人々で追い出したため、もちろんこの街にはいない。向こうが怖気づけば儲けもの、くらいの狙いで口にしたはったりだ。


「ああ、知っているよ。ニアという名の兎獣人の事だろう? 無実の罪で君たちに詰られ迫害され、街から追放された哀れな少女……全く、あの場面は何度思い出しても虫唾が走るね」


 だがサージュの反応は予想外のものだった。はったりだと気付いているどころか、まるで全てを知っているかのような呆れを孕んだ口調。何よりも気になったのは、あの少女――ニアを『無実』と断定しているところだ。


「ちょっと、待ちなさい。どうして、無実だって言えるの……?」

「うん? この街に奇病を広めたのは私なのだから、彼女は無実に決まっているだろう?」

「っ!? あ、あなたが……!?」


 その衝撃的な言葉に、逆にこちらが驚かされてしまう。

 奇病の発生時期がニアが街に現れた時期と被ったからこそ、原因をあの少女の悪意と断定したのだ。だからこそニアへの仕打ちは正義であり、強力無比な力を持った者への弱者たちによる制裁でもあった。しかし目の前の邪神の下僕、サージュの仕業ならば話は変わる。ニアは、あの少女は咎人どころか――


「せっかくだから街の人々にも教えてあげようじゃないか。君たちがいかに愚かな真似をしたのかという事をね――ペンサミエント」


 驚愕に凍り付くザドキエルを前に、サージュは一つの魔法を行使した。その瞬間、ザドキエルの脳裏に金属を打ち鳴らすような高周波が響き渡る。


『さて、聞こえるかな? アリオトの住人諸君』


 次いで聞こえてきたのは目の前のサージュの肉声と、それが直接脳の中に響く二重の音。

 先の言葉から察するに、恐らくアリオトの住人達に自身の声を届けているのだろう。常に彼らの動きを拘束する魔法を行使しながら、再び街全体に広がる魔法を行使する。今更ながらサージュの魔力は途方もなく膨大なのが窺えた。


『私の名はサージュ。邪神の下僕の一人だ。我が主の命を受け、大天使ザドキエルの身柄を手中に収めるためにこの街を訪れた。大天使は素直に従わず抵抗してきたが、今では虫の息で動く事もままならない。尤も凝り固まった偏見を持つ老害にこの私が後れを取るわけもなく、予想出来た結果に過ぎないがね』

「くっ……!」


 ザドキエルが敗北したという事実を知らしめ、人々の絶望を煽るサージュ。

 動きを封じられた彼らにとって、ザドキエルこそが最後の希望だったのだ。それが潰えた今、彼らの命運は決したような物。全てが邪神の下僕の掌であった。


『しかしそんな私でも警戒すべき者がいる――いや、正確にはいたと過去形で言うべきか。それが魔獣族の少女、ニア。我が主が生み出した巨人型エクス・マキナを一刀の下に切り伏せるほどの強者であり、同時に我らを打倒するため世界全体で団結しようと懸命に足掻く哀れな少女だ』


 恐らくはかなりのお喋り好きなのだろう。すでに勝敗は決したというのに、サージュは街の人々に対して更に言葉を続けて行く。何故かニアに寄り添うような、酷く同情的な言葉を。


『さしもの私でも、彼女と戦えば無事で済むかは分からない。だからまずは彼女を排除する事にしたのさ。この街に奇病を広め、それを君たち聖人族に彼女の仕業だと錯覚させる事でね』

「あ、あなた、なんて事を……!」


 実に恐ろしい作戦が進行していた事に、ザドキエルは戦慄を禁じ得なかった。

 何よりも恐ろしいのは、自分たちが見事にその作戦に嵌ってしまった事。全く疑いもせずニアが原因と決めつけ、排斥した自分の愚かさが何よりも屈辱であった。


『実はそのために他にも策を用意していたんだが、君たちは誘導する必要も無く彼女の仕業だと決めつけてくれたから助かったよ。君たちが無実の少女を迫害してくれたおかげで、私の最大の不安要素を労せず排除する事が出来た。この街の人々の民度の低さと差別意識に感謝を贈ろう』

「っ……!」


 皮肉極まる感謝の念に、怒りがふつふつと沸き上がってくる。

 だがその怒りをぶつける事は出来ない。何故なら自分たちが勝手にニアの仕業だと決めつけたのだから。怒りをぶつけるなら確たる証拠も無いのに状況証拠だけで犯人と断定した、浅はかな過去の自分に対してだろう。


『だが、あの場面は仕組んだ私としても些か腹に据えかねる光景だった。故に君たちに思い知らせてあげよう。君たちがどれほど愚かな真似をしたのか。この惨劇を未然に食い止めていた唯一の存在を、君たちが自らの手で排斥したという皮肉な現実を、ね』


 そう口にすると、サージュはふわりと宙に浮かぶ。

 何よりも皮肉なのは正にそれ。ニアの存在はサージュに対する抑止力となっていたのだ。彼女がいたからこそ、サージュは表立って攻めて来なかった。その強さが驚異的だったから。

 しかし他ならぬザドキエルたちがニアを排斥した事で、サージュの不安要素は消えた。この惨状を引き起こしたのは他でもない、自分たちの偏見と差別意識。

 魔獣族であるニアを追い出した事で、邪神の下僕とはいえ聖人族であるサージュに窮地に立たされる。これを皮肉と言わずに何と言うのか、ザドキエルには見当がつかなかった。

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