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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚
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邪神の下僕サージュ

⋇ここからしばらく三人称視点

「平和ねぇ……」


 アリオトの街、領主の住む城の尖塔。その天辺に立つザドキエルは、街並みを穏やかに見下ろし一息ついた。

 ほんの三日ほど前までは化物としか思えない強さを持つ魔獣族が滞在しており、更には恐ろしい奇病が蔓延していた。しかし今のアリオトは平和そのもの。件の魔獣族を追放したおかげで、性質の悪い奇病が完全に終息したのだから。


「やっぱり全てあの子の仕業だったのね。全く、ふざけた事をしてくれるものだわ?」


 街から追い出したら奇病が消失した以上、因果関係は明確だ。原因はあのニアという少女と考えて間違いない。

 出来れば追放という消極的な対応では無く、殺して元から絶ちたい所だったが、アレを殺すのはさしものザドキエルも骨が折れそうだった。現在は首都で活動中の大天使ラツィエルと組んで戦っても、勝利できるビジョンが見えないほどだ。

 なので仕方なく追放という形を取ったものの、いざ原因が明確になるとやはり生温い対応だったと言わざるを得ない。


「……困ったわねぇ、どうやって処理すれば良いのかしら。とりあえず王様に連絡を入れて、対応を考えて貰うべきかしらね」


 そう結論を出したザドキエルは仕事に戻るため、翼を広げ尖塔から飛び立とうとした。ちょっと窮屈になって抜け出してきたものの、国境の頃と違い一つの街を治める以上は仕事など吐いて捨てるほどあるのだから。


「――っ!?」


 だがいざ飛び立とうした瞬間、街の中心部から強烈な魔力が迸るのを感じて凍り付いた。

 途方もない魔力は街の中央広場辺りで発生し、街全体へと津波のように広がる。何者かが街全域に効果を及ぼすほどの魔法を行使した反応である。

 何が起きたのか、誰がそのような真似をしたのか。それは分からないがザドキエルのお膝元で白昼堂々こんな真似をする辺り、百歩譲っても友好的な存在とは思えなかった。


「誰かは分からないけど、私に喧嘩を売ってるのかしら? ふふっ、良い度胸じゃない。ちょうど仕事をサボる口実が欲しかったところだわ」


 売られた喧嘩は買う主義のザドキエルはすぐさま翼を羽ばたかせ、空を舞い中央広場へと向かう。

 不思議な事に道中で見かけた街の住人たちは、誰一人として逃げ出す様子が無かった。あれほどの魔力が迸ったにも拘わらずだ。むしろ凍り付いたように動かず、その場で固まっている。

 少し不思議に思ったものの、その疑問は中央広場に降り立った辺りで氷解した。


「ざ、ザドキエル様、助けてください! 身体が、動かないんです……!」

「足どころか、指すら動かせない……何なんだよ、これ……!」


 彼らは動かないのではなく、動けないのだ。日常生活を送っていた人々はまるで下半身が固まってしまったかのように凍り付き、誰もが必死に動こうと努力し懸命に身動ぎしている。

 だがそんな中に一人、何の困惑も恐怖も無く立ち尽くす存在がいた。怪しい黒百の衣装と仮面を身に着け、捻じれ絡み合う蛇の意匠が不気味な杖を持つ、一人の魔法使いが。


「……これはあなたの仕業かしら?」

「ああ、その通りさ。殺す事も出来たが、ギャラリーがいないのは少々寂しいからね。動きを封じるに留めているよ」


 ザドキエルが声をかけると、酷く落ち着いた声音で答えが返ってくる。

 声からして女性である事は分かったものの、性別よりも重要なのは彼女が何者であるか。その特徴的な衣装と仮面から見当はついていたものの、尋ねないわけにはいかなかった。


「そう、優しい事ね。それで? あなたは一体何者?」

「私はサージュ。邪神の下僕の一人さ」


 返って来たのはやはり予想通りの答え。以前に首都に現れた者とは異なる名前をしている辺り、もしかすると他に何人も邪神の下僕が存在するのかもしれない。

 しかしザドキエルとしてはもっと別の事が気にかかっていた。


「あなた、聖人族よね? どうして邪神の下僕なんてやってるの?」


 そう、サージュが聖人族だという事が何よりも不思議だった。仮面やローブ染みた衣装を身に着けているとはいえ、角や獣耳、翼といった器官が存在しないのは一目で分かる。邪神のようにこの世界の生物ではないのなら、間違いなく彼女は聖人族だ。

 薄汚い魔獣族が邪神の下僕に堕ちるのは不思議でも何でもないが、聖人族が堕ちるなどただ事ではない。だからこその問いかけだ。


「自身の欲望を満たすため、とでも言えば満足かい? どのみち同胞だからといって、君たちの側に寝返ったりはしないよ。聞くだけ無駄な事さ」

「そう。最近は変な聖人族をよく見かけるわね……」


 実に利己的な答えが返ってきて、ザドキエルは納得すると共にさりげなく情報を手に入れた。邪神の下僕は間違いなくこの世界の人間であり、元はただの聖人族や魔獣族なのだと。

 とはいえそんな情報が手に入った所で、何かが変わるわけでも無かったが。


「それで? あなたは何のためにこの街に来たのかしら? 観光っていうわけでも無いんでしょう?」

「ああ。私は主の命を受け、この街を訪れた。大天使ザドキエル、我が主は君をご所望だ。私と共に来て貰うよ」

「あら、そういう事。ハニちゃんだけじゃ飽き足らず、私の事も欲しいだなんて……邪神は結構な性豪なのかしらねぇ?」

「誰も性的な目的のためとは言っていないよ。寿命らしい寿命も無く、数千年以上に渡り生きる大天使の強靭な肉体……他にも用途はあると思わないかい?」

「あらぁ、これはむしろ性的な目的の方が助かる感じの答えね……」


 ハニエルを攫われた怒りを抑えつつ、情報を聞き出すためあえておどけて見せたザドキエルだが、かなり物騒な答えが返ってきて眉を寄せるしかなかった。

 獣人を越えるほどに強靭であり、なおかつ寿命が存在するのか自分たちですら良く分からない大天使の肉体だ。それを性的な目的以外で手に入れようとするならば、当然倫理観や人権など一切合切踏みにじる極悪非道な真似をするつもりなのだろう。さしものザドキエルもそれは勘弁願いたいものだった。


「実際に何をするのかは我が主のみが知る所だ。それでどうするんだい? 大人しく私と共に来てくれるのかな?」

「ふふっ。悪いけど私、面と向かって告白すら出来ない人の物になるつもりはないわぁ? 私の事が欲しいのなら、邪神自らが膝を付いて熱いプロポーズをしてくれないと」


 笑いながら答えつつ、空間収納から愛剣を取り出すザドキエル。

 大人しくついてくれば人々には手を出さない、と言われたら少しは迷う所だったが、邪神の目的を考えると遅かれ早かれ皆殺しにされるのは自明の理。対応など最初から決まっていた。


「我が主の命は絶対だ。断るのならば、力づくでも従わせる他に無いが?」

「それは困るわぁ。じゃあ私も、力の限り抵抗させて貰うわね?」


 お互いに落ち着きを以て言葉を交わすものの、周囲の空気は刻一刻と張りつめて行く。サージュは杖を手に持っているだけで構えてはいないものの、首筋に刃を突き付けられているような寒気を感じてしまうほどだ。

 獲物が杖な辺り、恐らく魔法を得意とする相手なのだろう。ならば理想は魔法を使う隙を一切与えず、近接戦闘で制圧する事。


「………………」

「………………」

 

 しかし周囲には身動きを封じられた街の人々がいる。万が一サージュが攻撃魔法を放てば、流れ弾が彼らを襲うだろう。恐らくザドキエルが本気で剣を振るおうとも、その剣圧に巻き込む恐れがある。

 ならば最優先すべきは、安全に戦える場所へ移動する事。


「――ふっ!」


 故にザドキエルは一息で距離を詰めると、大剣で上段から斬りつける――と見せかけて、渾身の蹴りを放った。まずは被害を最小限に抑えるため、斜め上方に向けて吹き飛ばそうとしたのだ。

 どうやらその思考は読まれていたようで蹴り自体は杖で防がれたものの、サージュの身体は勢いを殺せず宙に吹き飛ぶ。


「なるほど。やはり彼らに被害が及ぶのは好ましくないようだね?」

「ええ、その通りよ! 大切な子供たちだもの!」


 四枚の翼を羽ばたかせ、吹き飛ぶサージュに追いすがり空中で追撃を見舞う。今度こそフェイントではない、殺すつもりの大剣の一撃。

 しかしさすがは邪神の下僕というべきか。ザドキエルの剣閃に対し、まるで杖が吸い寄せられるように動き全ての斬撃をいなしていく。正面から受け止めるのではなく、受け流し力の方向を変える事による巧みな捌き方だ。どうやら膂力よりも技巧に突出した相手らしい。


「あまり近接戦闘は得意ではないんだが。出来れば離れてくれないかい?」

「達人みたいに捌いておいて良く言うわ。これが得意じゃないって言うなら、ますます積極的に行きたくなっちゃうわね」


 家屋の屋根に着地したところで、距離を開けずにひたすら詰めて連撃を見舞う。だがその全てがいなされるか、紙一重で躱される。

 ザドキエルの斬撃を的確に受け流しておいて、近接戦闘が不得意などありえない。こちらの動揺を誘っているのかもしれないが、万が一本当に不得意ならばサージュの本領は恐らく魔法だろう。だとすれば絶対に本領を発揮させるわけには行かない。


「降り注げ氷柱! アイシクル・レイン!」


 距離を取ろうとサージュが背後に跳んだ瞬間、ザドキエルは魔法で追撃を見舞う。上空から降り注ぐ尖った氷柱の数々に狙われ、サージュは息つく間もなく回避を強いられていく。

 だが避けられるのは織り込み済み。氷柱は家屋の屋根に突き刺さると、周囲を氷結させ身震いするような冷気を垂れ流す。火が出るような打ち合いの最中、突然足元が氷に覆われ身体が震えるほどの冷気に包まれれば、どのような強者とて隙を生み出すのは自明の理。それを避けられるのは冷気や氷を友とするザドキエルくらいのものだ。


「――むっ」


 その証拠に、サージュは氷と化した足場に体勢を崩し転びかける。同時に侵食する冷気が足を凍り付かせ、その場に僅かな間縫い留める。


「食らいなさいっ!!」


 無論その隙を見逃すザドキエルではない。翼を羽ばたかせ加速を得て、渾身の刺突を繰り出した。狙いは眉間だが獲物がそもそも大きいので、頭部を吹き飛ばすような一撃だ。それを身体ごと叩きつけるように行う、確実に殺すための一撃。

 大きな隙を晒したサージュはこれを避ける事は出来ない。生半可な防御など容易く突き破る自信があったザドキエルは、これで殺ったと確信した。


「――っ!?」


 だが次の瞬間巻き起こった事象は、あまりにも理解しがたいものだった。眉間を貫き頭部を吹き飛ばすはずだった一撃は、直撃する寸前で大剣の切っ先が空間に沈む。まるで空間収納に物をしまう時のような光景に息を呑んだ一瞬、サージュの胸元辺りの空間が歪み鋭利な刃物が飛び出してきた。

 肉厚な刃を持つ切っ先が狙うのは、ザドキエルの首。絶妙なタイミングでの不意打ち染みた反撃に度肝を抜かれ、避け切れないと理解しつつも刺突を中断し必死に身を捩り回避を試みる。

 死を覚悟していたものの、意外にも首を浅く裂かれた程度でギリギリ避ける事が出来た。回避行動に移った瞬間、何故かその狙いがズレたのだ。おかげで即死を何とか避ける事が出来たザドキエルは、やむなく背後に跳んで距離を取った。


「これを初見で避けるとは凄まじい反射神経だね。並みの者ならばそのまま首を落とされていただろう」

「そうねぇ。危うく自分で自分の首を落とすところだったわ」


 サージュの賞賛を聞き流しつつ、ザドキエルは自らの獲物に視線を向ける。サージュの肌には掠りもしていないというのに、その切っ先は僅かに血に濡れていた。先の交錯で負傷したのはザドキエルのみ。つまりこれはザドキエル自身の血だ。

 恐らく先ほどの一幕は空間収納の応用によって、ザドキエルの刺突をそのまま返してきたのだ。躱せないと思った矢先に不自然に狙いがズレたのは、こちらが強引に攻撃を中断した事によって狙いがブレたからに違いない。


「それにしても、随分と面白い魔法を使うのね。もしかしてあなた、魔法が得意だったりするのかしら?」

「以前から自信はあったが、邪神の力を思い知った後ではそう答えるのは少々気が引けるね」


 さり気なく情報を聞き出そうとすると、あまり好ましくない答えが返ってくる。

 ただの火力重視の魔法が得意な相手ならばやりようはあるが、絡め手の魔法を得意とする相手は実にやりにくい。まして自身の才を理解しつつも、増長が見られないという厄介な状態。


「とはいえ、大天使との戦いというまたと無い機会だ。ここは色々と魔法を試させて貰うとしよう。精々抗ってくれたまえよ、大天使ザドキエル。そして大天使の力など我ら邪神の下僕の足元にすら及ばないという事実を、たっぷりと民衆の目に焼き付けてくれ」


 自身に匹敵する、あるいは上回る魔力の高まりを感じて、さしものザドキエルも眉を寄せる。

 これは少々分の悪い戦いかもしれない。しかし自分が倒れればこの街の人々がどうなるか。彼らを護るためにも、決して負けるわけにはいかない。


「そうね、子供たちが見てるんだもの。情けない所は――見せられないわっ!」


 覚悟を決めたザドキエルは刺し違えてでも倒す事を誓い、大剣を手に再びサージュへと襲い掛かった。


 邪神の下僕サージュ……一体何者なんだ……。

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