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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚
463/527

追放劇

⋇残酷描写あり

⋇胸糞注意

 アリオトに来てから約十日目。魔獣族の国ならとっくの昔に次の街で活動してる時期だけど、残念ながら活動の結果が芳しくないので未だにこの街で燻ってます。

 すでに目ぼしい依頼とかは完全にやり尽くしちゃったので、劇的に名を広げられるような活動も無し。なので最近のミニスは薬草採取や街のゴミ拾いをしたりして、涙ぐましい活動を続けてるよ。その合間にも石投げられたり汚水ぶっかけられたりしてたけどね。


「……おい、見ろよ。あのガキだぜ」

「ふざけやがって。俺らの街に土足で入るだけじゃ飽き足らず、呪いまで撒き散らしやがって……」


 そして今日も今日とて街中のゴミ拾いに勤しんでると、周囲からやたらに刺々しい言葉が耳に届く。向けられる視線も普段より敵意と憎悪に満ち溢れてて、強さが知れ渡って無ければ今すぐにでも襲い掛かって来そうな感じだ。

 これにはミニスも不思議に思ったみたいで、首を傾げる代わりにウサミミを傾けてたよ。


「何か最近、やけに敵視されてない? 気のせい?」

「ふむ、確かに言われてみればその通りですね。ニア様の華々しいご活躍に嫉妬しているのでしょうか」

「それなら良いんだけど、何か妙に殺意を感じるのよね……」


 訝し気な表情をしながらも、ゴミを拾って袋に詰める品行方正なミニスちゃん。

 どうやら最近妙に敵視されてる事に気が付いてるご様子。元々差別と迫害は酷かったけど、ここ数日は拍車がかかってるからね。さすがにミニスも気付くか。とはいえ僕としてはまだ甘いくらいだと思ってるんだが……。


「――はぁい、兎ちゃん。ごきげんよう?」

「うわ、出た……」


 なんて事を考えてると、唐突に大天使ザドキエルが現れにこやかに話しかけてきた。これにはミニスも嫌そうに眉を歪めてるけど、どちらかというとザドキエルの事が気に入らないんじゃなくて、面倒事になりそうで嫌がってるっていう表現が正しいかな。

 とはいえその反応も致し方なし。だってザドキエルの目が笑ってないし、背後に大勢の兵士や街の人々を従えてるんだもん。一人残らず憤怒の形相を浮かべ、今にも襲い掛かって来そうなくらいバチクソに敵意を燃やした奴らをね。どう考えても面倒事じゃん?


「これはザドキエル様。ご機嫌麗しゅう。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「こんな事を言うのは爪の先くらいには心苦しいんだけど、実はあなたに街を出て行って貰いたいのよ、兎ちゃん」

「は? 何で? 私何にも悪い事してないわよね?」


 心苦しいとか言う割には言いたかった事を言えてスッキリって感じのザドキエルに対し、ミニスは若干喧嘩腰で問う。

 実際ミニスは何も悪い事してない。この街周辺のSランクの魔物を全て片付け、誰も受けなかった割に合わない依頼を全て解決し、今は街の清掃活動に精を出してる。誰がどう見たって善行の極みで、責められる謂れはどこにもない。


「確かに監視している限りでは、何も悪事は認められなかったわ。そこは私も断言してあげる。だけどあなたほどの力の持ち主なら、監視の目を盗む事も可能でしょう? もしかしたら魔法で何か悪さをしている事も考えられるわ」

「何それ? 単なる憶測で何の罪も無い魔獣族を追い出すわけ? 差別とかは禁止されてるっていうのに、王様が知ったら何て言うかしらね」


 言いがかりも甚だしいので、ミニスは嘲るようにそう言い放つ。

 今までの迫害なら表立ってのものじゃなかったので、かろうじて法に触れないラインだった。でも今回は兵士や街の住人たちを引き連れた上で、大天使直々の追い出しだ。さすがに手が滑って汚水をぶっかけてしまった、なんて偶然に出来る話とは比較にならない。

 だから僕はミニスの前へと出た。偉大なる主を背後に庇うようにしてね。従者の鏡だな!


「ク――トルファ?」

「ここまでするという事は、憶測ではないのですね。根拠薄弱とはいえ、実際に何かしらの事件があった――そういう事なのでしょう?」

「ええ、その通りよ。数日前からこの街で原因不明の奇病が流行りだしたの。発症者は凄まじい高熱に侵され、徐々に耐え難いほどの激痛に全身を蝕まれる。治療方法が見つからないせいで、発症者はあまりの痛みに耐えられず自ら死を選ぶか、自我を失い廃人と化してしまったわ……」


 とりあえずそう尋ねてみると、かなりドギツイ答えが返ってくる。耐え難いほどの激痛に襲われ、自殺か廃人化の二択しかない奇病が流行ってるってさ。そして二通りの末路が判明してるって事は、すでに二人以上はその結末を迎えたってわけで……。


「な、何それ……それが、私のせいだっていうの……?」

「他に何が原因だってんだ! お前が来てからこんな病気が広まってんだぞ!」

「お前が魔法で何かやってんだろ! このクソ野郎っ!」

「何が<救世の剣>(ヴェール・フルカ)だ! 何が協力だ! ふざけてんじゃねぇぞ、クソガキ!」


 予想外の答えに震えながら呟くミニスに対し、兵士や街の住民から殺意のこもった罵声が浴びせられる。

 今までの実体験が伴わない底意地の悪い差別と段違いの、正真正銘の憎悪と殺意。しかもそれを百は下らない数纏めてぶつけられる。さすがにこれにはミニスも堪えたみたいで、思わずって感じで後退ってた。


「ち、違うっ! 私はそんな事やってない!」

「じゃあ何でテメェがこの街に来てからこんな病気が広まってやがる! 言い訳があるなら言って見ろ!」

「そ、それは――っ!?」


 反論しようとした直後、ミニスの顔に石がぶつけられる。

 魔獣族とはいえ幼い少女の顔面に石を投げつけたのは、見た感じ普通の女だった。酷く激情しているにも拘わらず、ぞっとするくらい顔が青いその矛盾が何よりも恐ろしい。


「……あんたのせいで、私の子供が死んだのよ。痛みに一睡も出来ずに苦しんで、喉が張り裂けるほどに泣き叫んで……最後はナイフで、自分の首を掻き切って……」


 その噛みしめた唇から零れたのは、隠しきれない殺意と憎悪を滲ませた説明の言葉。自分の幼い子供が激痛に悶え苦しみ、耐えきれず自殺したなんていう末路は親としては受け入れがたいものだろうね。それは僕だって理解できるよ。うっすらと。


「この人殺し! お前なんか、お前なんか……殺してやるっ!」

「ごめんなさい。怒りは分かるけど抑えて? さっきも言ったけど、この子はとんでもない強さを持つ化物なの。全員で束になってかかろうと、きっと返り討ちにされるわ」


 素手で襲い掛かろうとするその女性を、ザドキエルが抱きしめて抑え込む。

 恐らくニアの強さは全員に周知してるんだと思われる。だからこそ殺意をこれでもかとぶつけてきてるにも拘わらず、誰一人襲い掛かってこないんだね。もしもニアの強さが知られてなかったら、間違いなく寄ってたかって袋叩きにしてきたね。幼い女の子を囲んでボコボコにするとか倫理観無いんか?


「だからせめて、千の石を投げつけ万の呪詛を浴びせて追い出しましょう。それくらいなら、この街の代理支配者である私が許してあげるわ」

「っ!?」


 ザドキエルがにっこり笑ってそう口にした瞬間、再びミニスに向けて石が飛んできた。だけど投げたのはその腕に抱かれた女じゃない。後ろに何百と控える兵士たちや住人の奴らだ。


「死ね、クソガキ! 苦しんで死ねっ!」

「俺のダチを返せ! 血も涙もないクソガキがぁ!」

「俺たちの街から出て行け! くたばりやがれ!」

「人殺し! 良くも私の大切な娘を殺したわね! 死ね! 死ね! 死ねぇっ!!」


 そしてその一投を皮切りに、何十何百と投石が始まる。たった一人の幼い少女に向けて、石が雨霰と降り注いでいく。その一個一個に常軌を逸した域の殺意の念を乗せて、怨嗟に近い罵声を浴びせながら。

 もちろん幾ら石をぶつけられようと今のミニスには蚊に刺されたほどにも効かない。だけど心の方は別だ。幾らオリハルコン染みた精神を持っていようと、その心は紛れも無く普通の女の子。狂気を煮詰めたような集団心理の前には、成す術も無かった。


「あ、ぅ……ち、違う……私じゃ、ない……!」


 やがてミニスは涙を零しながら後退り、そのまま踵を返して逃げ出した。あまりにもおぞましい化け物を前にして恐怖に見舞われたかのようにね。さすがにこれはミニスを責める事は出来ないか。実際集団で一人の少女を迫害し排斥する光景は、紛れも無く悍ましい化物そのものに見えるし。


「二度とそのツラ見せんな! 畜生が!」

「もし病気が収まらなかったら、世界の果てまで追い詰めて殺してやる!」

「クソ魔獣族が! テメェらカス共は大人しく穴倉にでも引きこもってやがれ!」


 逃げ去るミニスの背中に、化物たちはいつまでも怨念と石を投げつけ続ける。

 暴力で敵わない事が分かってるからこんな行動取ってるのかもしれないけど、どう見ても素なんだよなぁ。これ暴力で勝てるんだったらマジで酷い事になってそう。たぶん死体もグチャグチャにして家畜の糞の山に叩き込んで、尊厳すら徹底的に踏みにじるんだろうなぁ。

 そうしてミニスの姿が消え去り、後に残ったのはイカれた人々と大天使。そして仮面の従者トルファトーレ。


「……実に醜いですね。確たる証拠も無いまま我が主を糾弾し、追放するとは。その上ここまで醜悪極まる光景を見せられるとは……同じ聖人族である事が恥ずかしいです」

「あらあら、あんな子に付き従ってる事は恥ずかしくないのかしらぁ?」

「もちろんですよ。むしろ私の誇りです」

「チッ! 魔獣族に媚びへつらう裏切り者が……!」


 何の躊躇いも恥ずかしげも無く答えると、途端に有象無象の敵意が僕に向けられる。

 でもミニスに対するものとは雲泥の差だね。石も飛んでこないし。曲がりなりにも聖人族って事で、無条件に容赦されてるんだろうか。種族なんて些細な差なのにねぇ?


「では、私は我が主の元へ参ります。ですが同じ種族のよしみとして、最後に一つ助言をして差し上げましょう。私の主は本当に何もしていません。しかし計ったようなタイミングで奇病が発生・蔓延したのが事実ならば、何者かの手による人為的な災害と見て良いでしょう。その人物が何の目的でそのような事をしているのかは分かりませんが、是非ともあなた方で団結し悪意に打ち勝ってください。このような目に合っては、さしもの我が主も救援など致しませんので」


 最後に皮肉気味にそう言い残し、僕も踵を返して歩き去る。

 従者としてほぼ四六時中付き従ってた僕は、ミニスが無罪だって事は自信を持って言える。つまり無実の罪であんな醜く悍ましい迫害を受けたわけだ。そこまでしてきた奴らがどんな危機に陥ろうと、最早助ける義理は無いよね?


「ふふっ、ありがとう。頭の片隅に置いておくわぁ」


 しかしザドキエルたちはそんな事は全く気にせず、むしろ清々したって感じの反応だったよ。

 あーあ、フラグ建っちゃった。どうなっても知らんぞ? 後悔するなよ?





「――大丈夫ですか、ニア様?」


 しばらく歩いて森の方に向かうと、街が豆粒ほど小さく見える辺りまで来た所でミニスの姿を見つけた。まだ精神的ダメージがあるのか、森の入り口で大木に寄りかかって休んでたっぽい。涙はもう止まってるけどまだ若干顔が青いな?


「さすがにちょっと、辛いわね。あんな大勢の人間に一斉に詰られるのは……」

「それは仕方ありませんよ。ニア様が幾ら強靭な精神を持ち合わせていようとも、数の暴力と集団の狂気というのはいつの時代も強烈なものです」

「そうよね。今の私なら右手一本で蹴散らせるはずなのに、もの凄い怖かったわ……」


 あの時の人々の反応を思い出したのか、ミニスは怯えた様にぶるりと震える。

 オリハルコンの精神を持つミニスにしては俗な反応だけど、集団心理の凄まじさってものを考えると仕方ないかなぁ。まともな奴でも大勢の狂気に当てられて平然と罪を犯したりするからね。分かりやすく言うと過激な宗教団体とかSNSの中傷とかが正にそれ。

 異常者の異常さに慣れてたミニスも、集団狂気に染め上げられた普通の人々の異常さは新鮮で堪えたっぽいね。まあ僕が呆れるレベルで醜かったし仕方なし。


「……で? 奇病だの何だのって、全部あんたの仕業なのよね?」


 なんて思ってたら、すっごい冷たい瞳で僕を睨んでくる。まるで僕が全ての元凶みたいに決めつけながら。

 さすがに何でもかんでも僕の仕業と決めつけるのはちょっと酷くない? 僕だって傷つくんだぞ?


「ええ。もちろんですよ」

「このクソ野郎……」


 まあ僕の仕業なんですけどね! これが数日前からやってた仕込みですよ! 壮大なマッチポンプは順調に進んでるぞぉ! 五日後が楽しみだなぁ!?


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