適材適所
「――よし、今日の授業はこれで終わりだ。今回はレポートの提出を次回までの課題とするよ。内容は『聖人族と魔獣族の内、どちらが種としてより優れているか』だ。八百字以内で纏めてきたまえ」
「はーい!」
「嫌でーす。そんな面倒な事してられませーん」
今日も今日とて一時帰還し、レーンカルナ先生から聖人族の国の事を学ぶ時間。ようやく終わったかと思えば当たり前のように課題を出してくるんだから困るよね。何でリアはそんな元気にお返事できるわけ?
この忙しい僕が課題なんてやってる暇あるわけないだろぉ? こうなったら授業をボイコットするぞ!
「そうか。次回は君の望む格好で授業をしてあげようかと思っていたんだが……」
「先生! 僕、頑張ります!」
「うむ。あまりにも現金で浅ましいが、その素晴らしくやる気に満ちた返事だけは嫌いでは無いよ」
やっぱり女教師――じゃなくて、課題は頑張らないと駄目だよね! クール系女教師――じゃなくて先生のためにも、頑張らないと! あー、クール系女教師の格好で授業するレーンにセクハラ――じゃなくて次の授業が楽しみだなぁ!?
「そんじゃ授業が終わった所で、ちょっと真面目な話をしようか」
「ふむ? ならばリビングにでも場所を移そうか。いい加減アレらも君に構って欲しそうだからね」
「………………」
レーンの言葉に促され、渋々とカーテンを開けて窓の外を見る。するとそこには……。
『あ~る~じ~っ! お家に入れてくれ~っ!』
『ううっ。寒いよぉ、クルスくん……君の身体で、暖めて欲しいな?』
『………………』
窓ガラスに張り付いてこちらに入れろと叫ぶトゥーラと、わざとらしい儚い表情で自分の身体を抱き締め震えるセレスと、無言でこちらを睨み窓ガラスを叩くキラの姿が!
うん、妖怪の類か何かかな? 授業を受けるために部屋から締め出したのは僕なんだけど、別に外に放り出したわけじゃないんだよなぁ……。
「………………」
とりあえず無言でカーテンを閉めると、その向こうから抗議の声と音が鳴り響きました。普通に屋敷に入ってくれば良いじゃんよ……。
「さて、それで真面目な話とは何かな?」
「うん、それはね――おごぉ!?」
気を取り直し場所を変えてリビング。ソファーに腰掛け大事な話を始めようとした矢先、キラに頭突きされて早速出鼻をくじかれた。コイツ入って来るなり恥ずかしげも無く僕の膝を占領したんだもんよ。しかも対面座位みたいな形で。
「んふふ~。やっぱり主の隣はとても居心地が良いな~?」
「えへへ。クルスくん、あったかい……」
しかも両隣をトゥーラとセレスに抑えられ、腕をがっちりホールドされてるので抵抗も出来ない。
とはいえ抵抗出来たとしても、全身で柔らかな感触を堪能できる役得を放り出す事は出来ないが。二人共僕の二の腕に胸をこれでもかと押し付けてきてるし、全部理解しててやってるな、コイツら……。
「……真面目な話とは、何かな?」
なお、対面に座るレーンはそれら一切合切を無視して話の続きを促してくる。
これはなかなかのスルースキルですね……まあちょっと呆れた感じの目をしてる気もするが。
「う、うん。僕とミニスはアリオトの街で活動してるわけなんだけど、魔獣族への風当たりが強すぎて名を広めるどころじゃないんだわ。街を歩けばミニスは子供に石を投げられるし、冒険者のお仕事で依頼人に話を聞きに行けばミニスは汚水をぶっかけられるし、宿すら取れず野宿だし、挙句の果てにはテントに放火までされる始末だよ。さすがにこれってちょっと酷くない?」
「そうだね、実に酷い。ミニスはとても可哀そうだ。ミニスは」
ちょっと冷たい所のあるレーンも、この惨たらしい仕打ちの数々には同情を示してくれた。何か『ミニス』って所を強調してて、僕に対する同情が無いように感じられるけどそれは気のせいだよね。
「だから魔獣族へのイメージはさておき、ミニスこと冒険者ニアへのイメージを良くするために、ここで一つ壮大なマッチポンプを演じようと思ってね」
「元々全てが君の掌じゃないかい?」
「酷いなぁ。そんな僕を諸悪の根源とか全ての元凶みたいに言わないでよ」
「実際そのものじゃないか。むしろ本当は世界平和実現のために動いている辺り、余計に性質が悪そうだ」
「ひっどぉ……」
何かいつになく辛辣で涙出てくる。どうして世界平和のために身を粉にして頑張ってる僕がここまで言われなきゃいけないんだ。平和を願う慈愛の心じゃなくて、女神様を手に入れたいっていう欲望が根底にあるせいか? 良いじゃん別に、それくらいの役得……。
「それで? 今回はどんな自作自演を働くんだい?」
「それを説明する前に、まずは配役について説明しておこうか。ミニスちゃんこと冒険者ニアが主役なのは当然として、今回はレーンにも主役級の役割をやって欲しいなって」
「私かい? 以前は魔将に立ち向かうも敗れてしまう勇敢な魔法使い、という感じの役柄だったね。今回はどのような役柄なのかな?」
「うん、それはね――」
「ちょっと待った~っ!」
ここからが本題、って所だったのにそれをクソ犬が遮ってくる。
これにはちょっとイラっとして引っ叩きたくなったけど、喜ぶだけだしやる意味は薄いよなぁ。そもそも僕の両腕はがっちりホールドされてて動かないし……。
「私の方が上手く演じられるよ、主~! だから今回は私を、私を採用してくれ~っ!」
「ダメダメ! 皆そういうのすでにやった事あるんでしょ? だからここは、まだ一回もやった事の無いあたしがやるべきだよ!」
なるほど、遮ったのはどうやら立候補したかったかららしい。左隣のトゥーラが尻尾を振りながらお願いして来るし、右隣のセレスは当然って感じの自信に満ちた表情で尋ねてくる。
これが忠誠心なのか、はたまたレーンに対する嫉妬なのかはさておき、やる気に満ちてるのは良い事だよね。
え、キラ? 特に立候補はせず、僕の膝の上で眠そうにしてるよ。まあ別にそういう積極性は期待してないし……。
「……やる気があるのは結構だけど、残念ながら今回の役はレーンじゃないと務まらないんだ。ごめんな?」
「そんな~っ!? 主は私達より、その女を取ると言うのか~!?」
「ううっ、クルスくんはやっぱりレーンさんが良いんだね……あたし、悔しいよ……!」
怒り心頭って感じに牙をむくトゥーラと、ハンカチでも噛みそうな屈辱の表情を浮かべるセレス。何か二人がショックを受けてる理由が若干おかしい気もするな?
それはともかく、今回ばかりはレーンじゃないとプランが破綻しちゃうんだわ。あと恐らくは一番計画に沿って行動してくれるだろうし。変な地雷を踏み抜かれた場合はその限りじゃないけど。
「悪いね、僕にはコイツしかいないんだ――おふっ!? ごめん、冗談! ノっただけ!」
ノリで変な事を言うと、キラが脳を揺らすような頭突きをかましてきたのですぐに謝罪しました。独占欲強すぎだろ、君ぃ……いや、それでもこのハーレム状態を許容してる辺り、むしりかなり寛大なのでは?
「まあご指名とあれば否は無いさ。君の事だから台本でも作っているんだろう? 早速見せてくれないかい?」
「残念ながら今回は作って無いよ。やるって決めたのがほんの二時間くらい前だからね。でもすでに仕込みは始めてるし、決行日は四、五日ほど後だし、今から二人で煮詰めて行こうぜ?」
もちろん台本は作るけど、善は急げで仕込み自体はすでに始めてるんだよね。
え、お前は善じゃない? 何言ってんだ、僕ほど世界平和の実現に取り組んでる高潔な人間はこの世界に存在しないんだぞ。どれだけの犠牲を払おうとも実現する気概があるんだぞ? つまり僕こそが究極の善なる存在なんですが?
「仕込み、か。どうせ碌な事では無いだろうし、考えるも悍ましい事をするつもりなのだろう。しかし君は随所で油断や慢心が目立つものの効果的な手を打つ事が多いのだから、その辺りの事は信頼しているよ。故に私も与えられた役割を全うしよう」
「それは良かった……良かったか?」
何か僕の評価がちょっとおかしいですね。まだ油断と慢心が抜けないって印象なの? いつになったらそれを払拭できるんだろうか。もう僕は完璧で完全で究極至高の存在なのに……。
「まあいいや。それじゃあレーンには悪役頑張って貰うね?」
「……悪役?」
何にせよ今は大事な演出のお話。僕が口にした役割に対し、レーンは意外そうに首を傾げてたよ。前は勇敢な魔法使い役だったから驚いたのかな? うるせぇ、お前も邪神の下僕になるんだよ!