お前を泊める宿はない
「――やった、石当てたぞー! スゲーだろ!」
「へっ、それくらい俺だって出来るぜ! 見てろよ? おりゃっ!」
「すげぇ! 顔に当たったぞ!」
「クソ、負けてられるか! 俺はもっとデカい石をぶつけてやる!」
ひゅんひゅんと石が宙を舞い、ミニスの顔や頭に何度も直撃して地面に落ちる。
あの出来立てカップルを街に送り届け別れたまでは良かったよ。その後冒険者ギルドに行って達成済みの依頼を報告した時も、まあ良かったと言えるかな。でも宿泊する宿を探してる今はてんで駄目。育ちの悪いガキ共に見つかったのが運の尽きって感じ。
ミニスが何の反応もせずされるがままなのを良い事に、ガキ共は嬉々として石を投げつけてはしゃいでるよ。人に石投げて遊ぶとか人格とか品性を疑うよね?
「……さすがに怒っても良いのでは?」
「私もそう思うけど、下手に騒ぐと全部こっちの罪にされそうなのよね。子供に説教して泣かせたら周りの全員が襲ってきそうだわ」
「理不尽ですねぇ……」
どうやらそういう理由で無抵抗かつ無反応してるらしい。確かに一喝でもしようものなら憲兵と大天使が飛んできそうだ。こんな石投げるガキ共がいるのに、周囲の奴らが何も言わずむしろほくそ笑んでる辺り間違いない。
しかし僕と違ってまともな人間がいっぱいいるはずなのに、どうして僕ですら引くような事が平然と出来るんだろう。凄く不思議。
まあこの世界の奴らがクズなのは今に始まった事じゃないから驚き自体は無いし、僕とミニスはガキ共の猛攻撃を無視して一軒の宿に入りました。さすがに宿の中に侵入してまで石投げては来なかったよ。
「いらっしゃいませ。この街一番の――うわっ」
しかし受付にいた女の子が魔獣族の証明たるミニスのウサミミを目にした瞬間、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。それでも何か投げてきたり『おとといきやがれ』って言わない辺り、だいぶマシな部類なのが悲しい所。
「三日くらい泊まりたいんだけど、部屋は空いてる?」
「申し訳ありませんが現在満員でして、お部屋の空きはございません。また家畜の臭いが沁み込むとお客様から苦情が出ますので、さっさとお引き取りを願います」
「あ、そう……」
ミニスが話しかけると、一見丁寧ながらもなかなか毒を含んだ答えが返ってくる。
全く酷い奴だ。ミニスちゃんはとっても良い匂いなんだぞ? いっぱい嗅いだ僕が言うんだから間違いないよ。
それはともかく、この対応には僕もミニスちゃんも慣れたもの。だから特に足掻いたりはせず、素直に回れ右して宿を出ました。ぶっちゃけこれでもかなり上等な対応だったし。
「……これで七ヵ所の宿が満員でしたね。繁盛しているようで何よりです」
「まあ百パー嘘よね。絶対魔獣族の私を泊めたくないだけだわ。差別は禁止されるようになったはずなのに、これって許される訳?」
とはいえさすがに行く先々でこんな感じの対応をされまくれば、さしものミニスちゃんも腹に据えかねるものがあるみたい。頬を膨らませて八つ当たり気味に僕に尋ねてきたよ。
ここまでの話の流れから分かる通り、宿を取ろうとして追い返されるのがこれで七度目なんだわ。二、三回くらいは更に物を投げられて退散したし、一度なんかは普通に魔法で攻撃してきた奴もいたからね。さっきの対応はかなりの上澄みだよ。
「皆さんしっかり満員と前置きしていらっしゃるので問題は無いかと。それに仮に泊まれたとしても、あの様子では碌なサービスが期待できないのでは?」
「……それもそうね。食事に雑巾の汁とか変なもの混ぜてきそうだわ」
僕の指摘にげんなりした表情をしつつ、納得を示すミニス。
なかなか陰湿な具体例挙げるじゃないか。まあ汚水をぶっかけられた事だってあるんだし、それくらいは考え付くか。そもそも食事を出して貰えない可能性も大いにありそうだが。
「仕方ないわね。街の外で野宿しましょ。さすがにそれを咎める権利は無いはずよ」
「了解しました。では私はその辺りの宿を使わせて頂きますね」
意外とワイルドなミニスちゃんにちょっと驚きつつ、僕はぺこりと頭を下げて回れ右する。
何故って? そりゃあ野宿が嫌だからですが? 宿に泊まれないのは魔獣族のミニスだけだし、聖人族として振舞ってる僕は問題無い訳よ。だから普通に僕だけ宿に泊まろうとしたんだけど……。
「おっと、行かせないわよ。私の忠実なる従者トルファトーレ? まさか主人のこの私を差し置いて、一人でのうのうと宿に泊まるなんて不義理な真似しないわよね?」
服の裾を掴まれ、無理やり歩みを止められる。振り向いてみれば死なば諸共って感じの笑みを浮かべるミニスちゃんがいるぅ……さては僕が虫とか嫌いなの知ってて、野宿に引きずり込む気だな? 性格悪っ!
「ニア様。年頃の乙女が男と寝所を共にするなど、あまり好ましい事ではありませんよ? なので私は宿に泊まる方向で……」
「人の身体を弄んでる奴がそれを言う? 良いから行くわよ。あんただけ宿に泊めてなるもんですか」
「ああ、そんなご無体な……」
恥も外聞も知らない田舎娘は、僕の発言を完全に無視して無理やりズルズル引っ張っていく。
クソぅ。従者として振舞ってる以上は表立って反抗も出来ないし、ここは従うしかないかぁ。魔法で虫を近付けない事は出来るしもちろんやるんだけど、それをすると範囲の外に大量の虫が追い立てられて結構な騒ぎになるんだよなぁ……まあ背に腹は代えられないよね!
「ふうっ……予想通りと言うべきか、魔獣族への風当たりがとても強いですね?」
「そうね。王様からのお達しが出てるのにここまで露骨だとは思わなかったわ」
なかなか肌寒い夜。街の外に建てた広めのテントの中、僕とミニスは多少リラックスしつつ今日の感想を口にする。
ここは聖人族の国だから、魔獣族であるミニスことニアへの風当たりが強いのは予想出来てた。でも王様から停戦と同盟に関するお達しが出てるから、表立って殺そうとしてくるような扱いはされないと思ってた。
結果的にはその二つの予想がどちらも正しかったとはいえ、大体禄でもない扱いしかされてなかったね。
「このままでは勇者ニアの威光を知らしめるのに時間がかかりそうですね。魔獣族の国ではすぐに済みましたが、こちらでは半年や一年、下手をするとそれ以上の時間がかかるかもしれません」
「別に私はそれでも構わないわよ。困った人たちを助けて回るのは嫌いじゃないし。自分は良い事をしてるんだって思えて、罪悪感とかが薄れるしね。マッチポンプの人助けはちょっとアレだけど……」
あれだけ差別されてる当事者なのに、意外にもミニスは堪えてない感じだ。いや、メンタルの強靭さを考えれば当然か? ちょっと不服そうな顔してるのは僕の仕込みに文句がある模様。
何だよ、危機とかイベントを自分で演出した方が効率良いじゃんよ……。
「ニア様がよろしくても、正直私の方がよろしくありませんね。私は忙しいのでさすがにそこまでの時間をかけてはいられません」
「じゃあどうすんのよ? あんたは早い段階で死んだことにして離脱でもする? 何となく流れは掴んできたし、もう一人でも大丈夫よ?」
「それはですね――って、何か焦げ臭くありません?」
僕の離脱時期に関しての話を始めようとした瞬間、何やら鼻を突く臭いに気付く。
変だな? 今テント内にいるし、そもそも魔法でどうとでもなるから焚火とかはしてないはずなんだが……。
「そういえば何か臭うわね。もしかして近くに私たちと同じような野宿してる人でも――って、ちょっ!? テント燃えてるっ!?」
確認のためにテントを出たミニスちゃんは、ギョッとした感じに驚きの声を上げる。次いで僕も見に行くと、テントの外側、隅の方がメラメラと燃えてたよ。しかも結構な火の手が上がってる。
そうか、何か臭うと思ってたら燃えてたのか。テント内は温度を一定に保つ魔法で快適に保ってたから、炎が内部まで侵食出来ず気付けなかったんだろうな。
「火事……いえ、放火ですかね。人が近付いた場合には分かるようにしていますので、遠距離から火の魔法や火矢でも打ち込んできたのでしょう。どこまでも嫌われていますね、ニア様」
酸素を奪う事で一瞬で消化すると、黒々と焦げたテントの近くに細長い焼け焦げた棒が刺さってるのが目に入る。引っこ抜いてみれば先の方に鋭く尖った三角形に近い刃みたいな物がついてるし、やっぱこれ矢ですね。マジでこれに火をつけて打ち込んできたんだろうなぁ……。
「……これ、こっちの国で行動してる魔獣族もいるのよね? 大丈夫なの?」
「まあ魔獣族は丈夫な方が多いので大丈夫でしょう。それで、どこまで話しましたかね?」
「あんたが途中離脱するって話?」
「ああ、そこでしたね。別に途中離脱はまだしませんよ。もっと相応しい退場の場面を考えていますので」
僕の正体は邪神だから、いつまでも従者トルファトーレの役なんてやってられない。だから途中退場は確定事項なんだけど、どうせなら散り際を華々しく飾りたいよね? だからなるべく効果的かつ鮮烈な退場になるよう、今から案を練ってるんだ。
時々一時離脱する事はあっても、華々しい退場を飾るまでは従者トルファトーレは続役だよ。
「そう。絶対碌な場面じゃなさそうね」
しかし場面を盛り上げるエンターテイナーの鏡みたいな僕に対し、冷たい表情で吐き捨てるミニスちゃん。何だよぉ、演出には定評があるのは間違いないだろぉ?
「で? 退場がまだなら時間を縮めるためにどうするわけ?」
「それはもちろん、お得意のマッチポンプですよ。ただし今回はかなり派手に、大規模にやりますがね。フフフ」
「クズ」
仮面の下でほくそ笑むと、直球の罵倒が返ってくる。ここまで徹底的に嫌われてると何だか気持ち良くなってくるよね。
しかしテントに火矢を撃ち込んできた奴らよりも嫌われてそうなのは、さすがにちょっと納得できないな……。