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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚

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大切な事

「――なーんちゃって! 冗談よ、冗談。別にそこまでしろとか言われてないもの。それにこの私が護るべき子供を自らの手で殺めるなんてありえないわぁ」


 じゃあこっちも殺るかぁ……なんて考え始めた所で、ザドキエルは朗らかに笑って離れた。

 どうやらある種のジョークだったみたいで、すでに冷ややかな敵意や殺意は欠片も無い。そして同時に胸板に感じていた素晴らしい感触も存在しない。向こうが仕掛けてくれれば正当防衛が成立したし、殺す前にあの巨乳を楽しむ事も出来たのに……べ、別に残念に思ってるわけじゃないんだからねっ!


「その割には殺気が本物のように思えましたが」

「だってあなた、なかなか強そうなんだもの。立ち姿に隙が無くて、一途な想いを抱えていて……あぁ、戦ったら楽しそうだわぁ?」

「なるほど、バトルジャンキーなのですね」


 何か頬を染めてハァハァ言い始めたザドキエルだけど、僕はそのくらいの性癖なら問題無く受け入れられるよ。うちにもそういう奴が何人かいるしね。


「ねえねえ、もし良かったら今度遊びましょ? お礼に私の身体、好きにして良いわよ?」

「魅力的な提案ですが、お断りします。私の純潔はニア様に捧げていますので」

「えー? あんなちんちくりんのウサギ娘に負けるなんて悔しいわぁ?」


 しかし一途なトルファトーレは淫らな提案を丁寧に拒否。これにはザドキエルも不服そうに頬を膨らませる始末。

 本音を言うとやりたい気持ちもあるんだが、恐らく百や二百じゃ足りない数の男と交わり子供を産んだビッチだしなぁ……じゃなきゃ数多の聖人族の母とか呼ばれんよ。さすがに処女厨ってわけではないが、使い古しの骨董品はちょっと……。


「……まあ、そういう事ならしょうがないわね。それじゃあ私はこの辺でお暇させて貰うわぁ。あなたのご主人様に、くれぐれも問題を起こすなって注意しておいてね?」

「その程度の事ならば了承します。では、またいつかお会いしましょう」

「うふふ。じゃあねー?」


 幸い懐柔は諦めてくれたみたいで、渋る事も無くザドキエルは飛び立ち去って行った。まあ駄目で元々、期待はせずにとりあえずやってみるくらいの心持ちだったんだろうね。契約魔術が使えない以上、傍から見れば僕が従者やってるのは完全に自分の意志だし。そんな物好きが簡単に傾くわけも無い。

 そんなこんなで、大空を舞い遠ざかっていくザドキエルの姿を見送りました。監視が無くなった――ってわけじゃないよな。どうせ街に戻ったらまたストーカー染みた監視がつくだろうし、束の間の休息って感じ? あ、ちゃんと従者らしく任された仕事を全うしないと。薬草薬草。


「――で、結局何だったの?」


 ぶちぶちと薬草を引っこ抜いてると、唐突に戻ってきたミニスちゃんが主語も無く尋ねてくる。これだけ聞いても普通は訳分からんけど、実は予めミニスと思念のやり取りをしてたから普通に通じる。監視がついてる事も、その監視が大天使だって事も、山に入った辺りから知ってたよ。

 そもそもミニスが一端離れたのも、僕がそうするように指示したからだね。あわよくば接触して来るかもって思ったし。


「一つはニア様の監視。もう一つは同族である私を唆し、ニア様を都合の良い傀儡に出来ないか画策していた、という所ですね」

「ぶっちゃけ最初から都合の良い傀儡じゃない?」

「おやおや、何のお話でしょうか? 私には分かりませんねぇ」

「クソ野郎……」


 お互いに今は監視の目が無い事が分かってるから、ちょっとだけ素を見せ合う。ミニスの方は最初から素のままな気もするけど。忠実なる従者をクソ野郎呼ばわりするなんて酷いなぁ?


「まあ良いわ。それより次の討伐依頼をこなしに行きましょ。夕方までに討伐依頼全部済ませるわよ」

「働き者ですねぇ、ニア様は……」


 だらだらと薬草を引っこ抜く僕に痺れを切らしたのか、自らも薬草採取に取り掛かるミニス。Sランクの魔物を一撃で屠る子が地面にしゃがんで薬草採取とか、何か笑える光景だよね。でも大真面目にやってるんだよなぁ、これが……。





 無事に薬草採取を済ませた僕たちは、一旦街へと戻ってきた。山との距離は結構離れてるけど、馬鹿みたいに強化されたミニスの脚力なら数分あれば往復できる程度。ついていく僕の身にもなって欲しいよね?

 そうして街に戻ったミニスが向かったのは冒険者ギルド――ではなく、門前払いを受けた民家。どうやらまずは薬草を届けてあげたいらしい。あんな風に追い払われたのに、良くそこまで優しさを持てますね? 僕なら取ってきた薬草を目の前で燃やすけどなぁ?


「――はい、どなたですか? って――お、お前は!?」


 扉をノックすると、出てきたのはやっぱりあの時の女。向こうもこっちの顔は覚えてたみたいで、ギョッとした目でミニスを見るとすぐさま扉を閉めようとした。


「おっと。二度も門前払いはごめんよ」


 とはいえ閉められると分かってれば対応のしようもある。そして今のミニスの反応速度ならそれくらい簡単だ。扉が閉まらないように足を挟み込む事で、何とか再度の門前払いを回避してましたよ。


「なっ!? だ、誰か助けてください! 魔獣族に襲われていますっ!」

「判断が早いですねぇ……」


 向こうもある意味では相当な反応速度みたいで、ミニスの対応で扉が閉まらない事を認識するなり周囲に助けを求め始める。これには僕も感心したね。叫びながらもミニスの足を切断する勢いで何度も扉を閉めようとしてるし。まあ今のミニスちゃんはギロチン使っても指すら落とせないだろうけど……。


「別に襲う気は無いのよ。それよりもこれ、何か分かる?」

「はっ!? そ、それは……!」


 そんな殺意の高い女の前に、ミニスは取ってきた薬草をちらつかせる。ずっと欲してた、旦那を助けるための薬草。それを目の前にして、さしもの野蛮な女も凍り付いてたよ。

 よし、そこだ! そこで燃やせ! それか食べてしまえ!


「あんたの旦那さん、魔物に毒を食らってずっと昏睡状態だそうね。で、これが解毒剤に使える希少な薬草。これが欲しくて冒険者ギルドに依頼を出してたんでしょ?」

「あ……う……そ、それを……それを渡せっ!!」

「え? ちょっ、嘘でしょ? 奪いに来るの?」


 何と女は自ら扉を開け放ち、必死の形相でミニスへと飛び掛かった。これはさすがに予想してなかったみたいで、反射的って感じにサッと回避するミニス。しかし女は諦めずに何度も飛び掛かり、薬草を奪い取ろうと死に物狂いでひたすらに頑張る。


「まさかそう来るとは思わなかったわ。頭下げて譲って貰えるように頼み込むとかじゃないわけ?」

「すでに一度門前払いし、あまつさえ汚水を浴びせて追い払った相手です。普通に考えれば今更何をしようが譲って貰えるとは思えないでしょう」

「まあ言われてみればその通りよね……」

「寄越せっ! それはディロイに必要なんだ! うわあああぁぁぁっ!!」


 戸惑いつつ反射的に避け続けるミニスと、気でも狂ったみたいにひたすら襲い掛かる女。

 さっきの助けを求める声を聞いて集まってきた野次馬も、この状況には困惑してるみたい。特に助けに入るでもなく、むしろ女の形相を見て怯えてる感じだったよ。


「……はあっ。しょうがないわね」


 しばらくは避けてたミニスだけど、唐突に深いため息を零したかと思えば足を止めた。当然女がその隙を見逃すはずも無く、小さなお手々から薬草を引き千切るように奪い取りやがったよ。お嫌いな魔獣族が握ってた薬草ですよ、それ?


「ああっ、良かった! これで、これでディロイはきっと目を覚ましてくれるっ!」


 遂に念願の薬草を手に入れた女はそれを胸に抱き、喜びの涙を零しながらさっさと家の中に戻ってった。持ってきてくれたミニスにお礼も何も一切無しでね。さすがに人の道を踏み外しまくってる僕でもどうかと思うよ、その対応。


「……さ、行きましょ」

「よろしいのですか? これではタダ働きどころか、依頼も失敗扱いになってしまいますよ?」


 しかしミニスは怒るでもなく、むしろ満足気な顔で踵を返す始末。依頼主のサインは貰ってないから、当然この依頼は失敗扱いになるっていうのに。


「別に良いんじゃない? 確かに私と<救世の剣>(ヴェール・フルカ)の名を広める上では、依頼の失敗は少し響くかもしれないわ。もしかしたら私自身が軽く見られるかもしれないわね。でもそういう損得を抜きにして人を助ける事こそが、真の勇者ってものじゃないの?」


 だけどミニスが口にしてきたのは、実に高潔で清廉な勇者らしい理論。損得勘定なしに人を助けるっていう、とても尊く善人の極みとも言える発言。

 さすがにこれには僕も仮面の下で目を丸くしたね。あれだけ差別されてるのに素でそんな発言が出るとか、やっぱり本当に勇者の血筋か何かなのでは?


「……これは驚きました。まさか私よりも勇者像を理解していらっしゃるとは」

「いや、別にやりたいからやっただけで、理由は後付けだけどね。ともかく、これで薬草採取の依頼は終わり。一端ギルドに戻ってヨルムンガンドの討伐の報告しに行くわよ」

「ニア様の御心のままに」


 さっさと歩き出すミニスに頷き、その後に続く。

 集まってた野次馬はミニスが近付くと左右に分かれて道を作ってくれたよ。単純に近寄りたくないだけかもしれんけど。

 でもこれ幸いと襲ってきたりしなかった辺り、一応さっきの女との一幕は犯罪ではないと認識されてるのかな。


「――うっ」


 なんて思いながら歩いてると、先を行くミニスの頭にコツンと石がぶつけられる。飛んできた方向を見れば、悪ガキの集団がしてやったりな笑いを浮かべて走り去って行く所だった。相変わらずガキどもの民度も終わってんなぁ……。


「また石投げられたわ。痛くは無いけど、かなり傷つくから正直やめて欲しいわね……」

「子供は恐れを知りませんからねぇ。ましてやニア様は彼らと同年代に見えますから、余計に心理的な抵抗が少ないのでしょう。全く、親の顔が見てみたいものです」

「私はあんたの親の顔が一番見てみたいわ」


 かなり傷つくとか言ってた割にはジト目でキレッキレの返しをしてくる辺り、意外と余裕はあるのかな? あと僕の親の顔は至って普通だし、見てもあんまり面白くないと思うよ? 


「しかし悪い事をした子供は誰かが叱らないといけません。魔獣族のニア様が行っては問題になるでしょうし、ここは私があの子供たちを厳しく愛情を以て叱ってあげましょう」

「やめて? 改心どころか子供のトラウマになる未来しか考えられないわ」

「おやおや。私を信頼していないのですか、ニア様?」

「うん」


 せっかく僕がガキ共にお説教してあげようと思ったのに、ガッシリと袖を掴まれ止められる始末。おかしいな? 忠誠心の高い従者なのに、毛ほども信用されてないぞ?

 何だよ……ちょっとあのガキ共を石打ちの刑に処して、自分の罪を思い知らせようとしただけじゃんか……。

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