表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚
456/527

1対多の決闘

「これはまた……」

「何かいっそ心地良く思えてくるくらいだわ……」


 アリオトの冒険者ギルドに入った僕らを迎えたのは、街の入り口で一般人たちが向けてきた敵意なんて比較にならない域の悪感情の嵐。最早殺意と呼べる感情がこもった鋭い視線の数々だった。

 僕らが足を踏み入れるまでは賑やかだったのに、今では水を打ったような静けさがこれでもかと広がってるよ。酒場の方で馬鹿騒ぎしてた馬鹿すらも動きを止めて、こっちをじっと睨んできてる。正確には一目で魔獣族と分かるミニスことニアをだけど。

 とはいえ今更この程度の反応で堪えるようなミニスじゃない。数々の敵意と殺意を軽く受け流し、躊躇いも遠慮も無い軽い足取りで依頼の貼られた掲示板へ向かったよ。強い。

 掲示板前にいた奴らはまるで波が引くように離れて行き、ミニスのために場所を開けてくれました。とっても優しいなぁ? 

 いつも通りにミニスは依頼をじっくりと確認し、幾つかを纏めて引っぺがすと今度は受付へ向かう。うん、ここまでは問題無いよね。ここまでは。


「依頼を受けに来たわ。冒険者パーティ、<救世の剣>(ヴェール・フルカ)名義よ」

「………………」


 しかしここからが問題だ。ミニスが冒険者プレートを出したのに、受付嬢は何も聞こえなかったみたいに無言であらぬ方向を眺めてる。

 ちなみにミニスが出した冒険者プレートは、魔獣族の国で使ってたやつとは別ね。ちゃんとこっちの国で通用するやつ。魔獣族が聖人族の国で冒険者登録なんか出来るのかって疑問に思うかもしれないけど、奴隷を登録させて働かせるっていう稼ぎ方もあるからね。尤も今はその奴隷がいなくなったから、それ以来初めての事かもしれんが。


「ねえ、ちょっと? 聞いてる?」


 さすがに目の前で無視されてイラっときたのか、若干の怒りを滲ませた声で受付嬢に声をかける。

 性質の悪いクレーマーみたいだけど、これは正当な怒りだ。ただし当人がウサミミ生えた小さい女の子だから、怒っても全然怖くない。そのせいで受付嬢も無視できなかったみたいで、小馬鹿にするように噴き出してたよ。


「えー? すみません皆さん、今何か聞こえましたかー?」

「いや、何も聞こえねぇなー? お前らもそうだろ?」

「ああ、全く聞こえねぇな。外でウサギでも鳴いてんじゃねぇの?」

「ウサギって年柄年中発情してるらしいぜ? きっと男を誘ってんだよ。ハハハ」


 挙句の果てにギルド内の冒険者と共に、ミニスを嘲笑う始末。

 ひでぇ対応だけど、これでも凄いマシな方なのが何とも言えないね。魔獣族と同盟を結び、王様からのお達しもあるからこそこの程度で済んでるわけで。もしどっちも無かったらギルドどころか、街の入り口辺りで殺されかけてただろうねぇ……。


「……ああ、そう。そういう対応するのね?」

「ニア様、なるべく穏便に行きましょう。面倒事を起こすと付け入る隙を与える事になってしまいます」


 露骨かつ陰湿な差別に結構ピキってるらしく、額に青筋を浮かべるミニス。思わず僕が制止の声をかけちゃうくらいには怒ってる感じだったよ。今のミニスなら冒険者ギルドを消滅させることくらい訳ないもんね。


「じゃあどうしろって言うのよ。依頼すらまともに受けられないなら、<救世の剣>(ヴェール・フルカ)の名を広めるどころの話じゃないわよ」

「蛮族的な発想なのであまりお勧めしたくはありませんが、まずはお力を示す事が必要かと。ニア様が舐められているのはその愛らしいお姿のせいもあるでしょうし」

「力を示すって、具体的にはどうやるのよ?」


 首を傾げるミニスを尻目に、僕は一歩前へと出る。ぶっちゃけ全てをミニスに任せて、僕は一歩引いた位置で従者ヅラしてるのがめっちゃ楽なんだけど、さすがに今回はそれだと話が進みそうにないからね。 


「お嬢さん、少々ギルドの裏庭を使わせて頂いてもよろしいですか?」

「構いませんけど、何をするつもりですか? あなたならともかく、家畜に使わせるような場所はありませんよ?」


 僕が受付嬢に話しかけると、ミニスに対してのものとはまるで異なる普通の反応が返ってくる。やっぱ聖人族なら良いのか。聖人族や魔獣族の判断材料って見た目しか無い癖にねぇ? 本当は僕はどっちでも無い異界の人種なんだぞ?


「決闘です。我が主ニア様と手合わせしたいお方がいるのなら、その権利を差し上げましょう。ニア様の偉大さを見せつけるにはそれが一番だと思いますので」

「なるほどね……良いわよ。私を叩きのめしたい奴がいれば、幾らでも相手になってあげる。どうせあんたたちは魔獣族を表立って迫害出来なくなったから鬱憤が溜まってるんでしょ? 決闘の中での出来事なら、何があっても事故で済むわよ?」


 僕が受付嬢に答えると、ミニスも良い考えだと思ったらしく賛同してくれた。そしてギルド内の奴らを挑発するように、決闘での出来事ならあくまでも不幸な事故で済むって言う大義名分を口にする。

 幾ら獣人の身体能力が優れてるって言っても、ニアの見た目はあくまでも小さな女の子。一般的に考えれば、ここにいる奴ら全員で順番に相手をすればその内へばるのは自明の理。そして敵種族の小さな女の子にあくまでも事故で酷い事が出来るっていうなら、それを見逃す男はいない。


「へえ? 面白れぇ……」

「随分な自信じゃねぇか。乳くせぇガキがよぉ?」


 実際皆さんだいぶ興味を引かれたみたいで、ゲスな笑みから憤怒の形相まで幅広く取り揃えた奴らが立ち上がり近寄ってくる。これを好機と捉えてるか、あるいは馬鹿にされてると考えてるかの違いかな。


「せっかくですから賞金も付けましょうか。お嬢さん、私が依頼を出しましょう。依頼内容は『これから行われる決闘において、冒険者ニアに敗北を認めさせる。あるいは殺す事』。受諾人数は無制限。報酬はこちらの金貨三百枚です」

「これは面白そうですね……そういう事なら、依頼の申請を受けましょう」


 偽造金貨の詰まった袋をドンと置くと、受付嬢はサディスティックな笑みを浮かべて依頼を受け付けてくれた。どうやらミニスちゃんが無様にやられる姿を思い浮かべてるっぽい。性格が悪いのか、はたまた敵種族に対してはこれがデフォルトなのか……たぶん後者なのがこの世界のクソな所。


「よっしゃ! その依頼受けるぜ!」

「俺も俺も! ここ最近は魔獣族をいたぶってねぇから禁断症状が出てんだよ!」

「後悔しても遅いぜ、ガキ。生きて帰れると思うなよ?」


 そして受付に次々と冒険者たちが殺到し、僕の依頼を受けて行く。

 自殺志願者がこんなに多いなんてびっくりだね? 何でこんな馬鹿な依頼を出した方が負ける事微塵も考えてないって決めつけてるの? 普通に考えて相当怪しいだろ。

 まあそれだけミニスちゃんが嗜虐心そそる姿してるって事かな。あとはやっぱり鬱憤が溜まってるんだと思う。


「本当にクズばっかりね……良いわ、一人残らずその腐った根性を叩き直してあげようじゃない」


 民度の低さに癖癖しながらも、真面目に自分の役割を全うしようと意気込みを見せるミニス。

 でも別にコイツらみたいなクズを更生させるのは君のお仕事じゃないよ? 叩きのめして強さを見せつければそれで良いんだよ? 何で自分から無駄な仕事を背負い込もうとしてるんですかね、この子は……。


 




「な、何なんだよ、あの化け物は……!」


 冒険者ギルドの裏庭で、一人の野郎が恐怖と絶望を孕んだ言葉を絞り出す。まるで無敵の怪物が暴虐の限りを尽くしてるような、そんな光景を目の当たりにしてる感じの反応だ。

 でもその反応はぶっちゃけ間違ってない。何故って化物が無双してるのは本当の光景だからね。


「あれだけ吠えてた癖に、みんな腰が引けてるわよ? ほら、早くかかってきなさい」


 裏庭の中心にいるのは、身体よりデカい大剣を右手一本で握ってるミニス。そして二、三メートルくらいの距離を開けてミニスを囲む、数十を越える冒険者たち。あとは更にその周囲に転がってる死体――に見える、気を失ってるだけのだらしねぇ奴ら。あと隅っこで眺めてる僕。

 現在繰り広げられてるのは、冒険者ニアとその他大勢の冒険者による決闘だ。最初は十数人くらいだったんだけど、誰かが人を呼びに行ったせいか増えちゃったんだよね。そんなに可愛い女の子をボコボコにしたいのか? ド変態どもがよぉ……。


「うおおおぉぉぉっ!」


 なんて思ってると、緊張感に耐えかねたみたいに一人の男がミニスに襲い掛かる。長い槍を構え、身体ごと突っ込むような明らかに殺す気の一撃で。しかも背後から。

 すでに何十連戦もした後の、背後からの不意打ち。これには成す術も無くやられるしかない――普通ならね?


「――うあああぁぁぁっ!?」


 とはいえそこは魔法でガチガチに強化されたミニスちゃん。振り向くと同時にあっさりと槍の柄を左手で掴み、振り回す形で男ごとぶん投げた。放られた男は情けない声を上げて宙を舞い、周囲を囲う冒険者たちを飛び越えて地面にドサリと背中から落ちる。うわぁ、アレは痛いぞぉ……。


「はい、次。私そんなに暇じゃないから早くしてくれない?」


 そして退屈だとでも言うようにため息を零しながら、周囲の冒険者たちを挑発する。いや、挑発っていうかたぶん本気でそう思ってるんだな、これ。早く依頼を受けて困ってる人たちの力になりたいんだろうね。根が勇者か?

 手加減ミスると殺しかねないせいで、さっきからずっと突っ込んできたのを掴んで放り投げるくらいの事しかしてない辺り、ミニスちゃんには弱い者苛めの趣味は無さそう。


「クソッ、ならこれだっ! 燃え上がれ、ファイア・ボール!」

「切り刻め、ウインド・エッジ!」

「轟け雷鳴、大自然の脅威を今ここに! 天より降り注ぐ雷よ、我が敵を滅ぼせ! ライトニング・ストライク!」


 接近戦では勝てないって判断したみたいで、冒険者たちは魔法での攻撃に切り替える。当初の下卑た反応はどこへやら、数十人の冒険者たちが幼い女の子を囲み、必死の形相で致死の魔法を叩き込む様は実に滑稽だね?

 そうして燃え上がる炎の塊が炸裂し、大気を斬り裂く鎌鼬が全てを斬り裂き、小さな落雷が少女を穿ち、ありとあらゆる魔法が叩き込まれていく。そのせいで砂埃が巻き上がって、最終的にはミニスの姿も見えなくなった。


「やったか!?」


 あ、その発言はフラグだぞ? いやまあ、別にフラグを立てようが結果は変わんないんだけどさ?


「――あーあ、服が砂ぼこりで汚れちゃったじゃない。うわ、耳の中にも入ってる……最悪……」


 もうもうと立ち込めてた砂埃が引くと、そこに立ってたのは五体満足で掠り傷一つないミニスちゃん。

 魔法で集中砲火を受けても微塵も堪えてないのは、もちろん僕の魔法でアホほど強化してるおかげだ。たぶん今のミニスちゃんなら巡航ミサイルの直撃を受けたってへっちゃらだよ。そんなミニスちゃんが有象無象からのやわな魔法を受けた程度で揺らぐわけ無いだろぉ? むしろ砂埃の方が効いてそう。


「嘘、だろ……?」

「ありえねぇだろ、こんなの……」

「何なんだよ!? 魔獣族ってどいつもこいつもこんな化物なのか!?」


 見た目ただの幼い女の子に何をやっても歯が立たない現実に、絶望と恐怖の叫びと魔獣族への風評被害が上がる。こんな化物がいっぱいいて堪るか。少しは良く考えてから物を言え。


「いや、待て……アレだ! あの剣が怪しい! 持ってる癖に使っていやがらねぇ! きっと何か秘密があるんだ!」

「そうか! だったら俺らがあの剣を使えば!」


 なんて思ってたら、良く考えた結果なのかアホな事を閃く奴が出てきた。しかもその見当違いな考えに賛同する奴まで出てくる始末。

 でも真実を知ってる僕たちだからこそアホな考えだと思うだけで、実際は意外と的を射た発言なのかな?


「え? いや、これ自体にはそこまでの秘密はないけど? 使ってないのも、あんたたちには使うまでも無かったからだし」

「うるせぇ! おい、クソガキ! その剣をこっちに渡せ!」


 聞く耳持たないって感じで、周囲の冒険者が口々に剣を寄越せと叫ぶ。

 これ一応決闘の体は取ってるんですが? なのに何で武装を放棄した上で複数人と同時に戦わないといけないんですかね?


「……それであんたらが納得するなら別に良いけど、これを使おうとするのはオススメしないわよ?」

「見ろ! やっぱ何か秘密があるんだぜ!」

「テメェの強さに自信があるなら、そいつをこっちに渡せや!」


 優しいミニスちゃんは忠告しておくけど、それがむしろ怪しいと思われたっぽい。

 たぶんアレかな? 持ってると身体能力が向上するとかそういう感じの魔道具――もとい魔剣とでも思われてるんじゃなかろうか。ある意味ではその予想は外れと言えなくも無いんだが、見当違いである事もまた事実なのが性質悪いなぁ……。


「……まあ良いわ。口で言っても分かんないだろうし、そっちの言う通りにしてあげる」

「よし、俺に寄越せ。俺にピッタリの大きさの剣だぜ」


 素直なミニスは切っ先の方を掴むと、得意げな顔で進み出てきた巨漢に大剣の柄を差し出す。ちゃんと刃先を人に向けないようにしてる。プラス三十邪神ポイント。


「……最後に一つ忠告しておくわ。これ、あんたの想像以上に重いわよ。ピッタリくる表現が見つからないから具体的には言えないけど、滅茶苦茶重いわよ?」

「ヘッ、俺はもっとデカい武器だって扱えんだよ。そら、とっとと渡せ」


 大剣の柄を握った男に対し、手を放さずに最後の忠告を口にする。

 わざわざそこまで言ってあげるとか、本当に優しいなぁ? とはいえ周囲の奴らは聞き入れない。さっさと剣を渡せと囃し立て、これでボコボコに出来ると楽観的な事を口にしてる。さすがにこの民度と頭の悪さにもう諦めたのか、ミニスは一つ深いため息を零した。


「はあっ……忠告はしたわよ?」

「ヘヘッ、これで俺たちの――ぐっ、ぎゃあああぁぁぁっ!?」


 そして掴んでいた切っ先を放した瞬間、大剣は磁石で吸い寄せられるように地面に落下。柄を握ってた男の指を手首ごと引き千切り、地面にめり込み、なおもズブズブと沈んでいく。


「な、何だありゃ……!?」

「て、手が! 俺の、右手がああぁああぁぁっ!?」

「だから言ったじゃない。重いって……」


 その様子にドン引きする周囲の冒険者たちと、手首を持って行かれて無様に泣き叫び転げまわる巨漢。

 ここまで来るともう察せるだろうけど、あの大剣は尋常でないくらいの重量を持つように魔法で強化した特別製の武器だ。幾らミニスの身体能力や反射神経を強化しようと小柄で軽いのは変わらないから、打ち合ったりする時にそれはかなり不利。だからあの大剣で外付け重量を増やしてるってわけ。

 本当はミニス本人を重くする事も出来たけど、さすがにそれは本人が滅茶苦茶嫌がったから仕方なくこの形にしました。体重増加が嫌とかやっぱ女の子ですね? その癖僕に抱かれるのは渋々嫌々受け入れる辺り、線引きが良く分からんけど。


何かもうミニスちゃんが主人公で良いんじゃないかな、これ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ