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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚
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街の人気者

 ジェロシアで活動し始めてから数日。その間ミニスは猛烈な勢いでギルドの依頼や街の住人の困り事を解決し、正に勇者や英雄の如き活躍をしてた。僕があれしろこれしろ言わなくても進んで尋常でない量と勢いで取り掛かり、着実に冒険者ニアと<救世の剣>の名を売ってくれてる。

 いやぁ、本当に助かるよねぇ。もしもミニスがいなかったらまた僕が勇者しないといけない所だったもん。しかも高潔で清廉な人格者の勇者を演じる必要があっただろうし、そんなの面倒過ぎて途中で飽きて来そうなレベルだ。これはミニスちゃんに頭が上がらんね?


「――あっ! おはようございます、ニアさん!」


 そして頭が上がらないのは僕だけじゃなく、街の住人も同じ。今日も今日とて名を売るために朝から街を歩いてると、ミニスことニアに頭を下げて挨拶してくる大人の男の姿があった。

 野郎だけど犬獣人だから犬耳と犬尻尾もついてるんだけど、ミニスの姿を見た途端に尻尾振ってたから心底慕ってるのが一目で分かったよ。


「うん、おはよ。その様子だと、もうすっかり元気になったみたいね?」

「はい。ニアさんのおかげで病気も治って、すこぶる健康になりました。今なら魔物とだって殴り合えますよ」

「あははっ、それは良かったわ。でもあんまり無理するんじゃないわよ。さすがに死んだらどうしようもないからね」

「ええ、死なない程度に頑張ります。ではこれから仕事なので行ってきます。またお会いしましょうね、ニアさん」


 快活にそう言い残し、男は爽やかな笑顔を残し走り去って行く。

 あの男は一見超健康に見えるけど、つい二日くらい前までは謎の病気で長らく寝込んでたんだよね。原因不明で治癒魔法でも治せないって事で、誰も彼もさじを投げてた感じ。

 だけどそこに颯爽と現れた冒険者ニア(ミニスちゃん)が、謎の霊薬(僕が用意したただの色水)を飲ませるとあら不思議。病気はたちどころに完治し、男は健康な身体を取り戻した。あの男からすれば冒険者ニアは正に救世主だよ。これは慕うのも無理ないよね。

 いやぁ、男が感動に咽び泣きながらミニスに縋りつく様子は実に面白かったなぁ。あ、一応言っておくとあの男の病気は仕込みじゃないよ。いや仕込もうと思えば仕込めるけどね?


「――あ、ニアさんだ! おはようございます、ニアさん!」


 次いで僕らが冒険者ギルドの前まで行くと、そこから出てきた若い冒険者パーティの奴らが駆け寄ってきた。三人娘とは違う男四人のパーティだね。まあ筋肉の塊はいないからかろうじてむさ苦しくはないかな……。


「おはよう。あんたたちはこれからまた依頼で外に行くの? 気を付けなさいよ?」

「ハハッ、もう前みたいなヘマはしませんよ。ニアさんのおかげで、俺たちは身の程っていうものを思い知りましたからね」

「そうですよー。もう強そうな魔物にお試し半分でちょっかい出したりはしません」

「あの時は本当に死ぬかと思いました……ニアさんが来てくれなかったら、俺達……」


 ミニスが注意を促すと、そいつらは苦い顔で口々に頷く。

 コイツらもミニスこと冒険者ニアに命の危機から救われた人たちなんだわ。とはいえその危機も僕によって演出されたものなんだけどね。こう、強そうな魔物を負傷させた状態で用意してやったっていうか、『自分たちでも倒せるんじゃね?』って思わせたっていうか……いや、最終的な判断を下したのはコイツらだし、僕は何にも悪くないです。


「まあそういうわけで、俺達は堅実かつ確実に頑張って行こうと思います。それじゃあ、行ってきます!」

「うん、みんな頑張ってね」


 笑顔で手を振る四人に対し、ミニスも微笑みを返す。やっぱり奴らの何人かもミニスちゃんに惚れちゃってるみたいで、瞳をキラキラさせてたり顔を赤くしちゃってるよ。悪いけどこの子の身体は僕が完璧に汚しちゃってるから……心の方はいまいち汚せてない気もするが。

 そうして僕らは気を取り直し、冒険者ギルドへと入る。併設された酒場には相変わらず酒浸りのクズ冒険者もいたけど、さすがにもう絡んでくる事は無かった。お互いの力量が天と地ほど離れてる事はもう理解しちゃっただろうし、何より冒険者ニアの評判はすこぶる良いからね。何か言ってもやっかみか負け犬の遠吠えくらいにしかならん。


「あっ、ニアのアネゴじゃないっすか! こんちはっす!」


 依頼の張られた掲示板に近付くと、ちょうど依頼を剥がして受付に持って行こうとしてたオッサン三人組に話しかけられる。コイツらは見た目酒場のクズ共と変わらないけど、若干目が生き生きしてるのがポイントだ。

 何よりミニスに対して敬意と憧れをしっかり感じられる反応をしてるのが興味深いよね。心なしか若干恐怖に震えてる奴もいるが……。


「誰がアネゴよ。少し前までは私の事をクソガキとか呼んでなかった?」

「ハハッ、嫌っすねぇ。俺がアネゴにそんな生意気な口利くわけないじゃないっすか。なのでもう、腕を千切らないで頂けると……」

「あー、あれは本当にごめん。ちょっと勢い余っちゃって……」


 さすがにこれにはミニスも苦い顔をする。

 まあ、うん。要はそういう事だ。コイツらに絡まれたミニスは腕試しを申し込まれたんだけど、力の調整をミスして派手にやっちゃったんだ。特に怯えてる奴なんか、肩の方からブチっと腕を千切られちゃったしね。ミニス本人は腕引っ張って転ばせるつもりだったみたいだけど。

 何にせよ完膚なきまでに叩きのめされ、格の違いを思い知らされた結果、コイツらはより腐るのではなく心を入れ替える方向に傾いたみたい。その点は酒場で今も腐ってる奴らより評価できるな。


「い、いえ、アネゴが謝る事じゃないっすよ! おかげで俺らは心を入れ替える事が出来たんで、もう全然何も気にしてないっす! ではアネゴ、俺らも依頼をこなさないといけないんで、これで!」

「ああ、うん。頑張ってね?」


 そうして三人組は意気揚々と受付に向かってく。

 やっぱり冒険者ニアの影響はだいぶ大きいなぁ。熱烈なファンをたくさん作ってるし、クズを更生させるのにも一役買ってる。この街に来てまだ五日しか経ってないのに、もう冒険者ニアと<救世の剣>の名前を知らない奴はいない感じだ。ミニスちゃんも精力的に頑張ってくれてるし、ナチュラルに勇者ムーブかますしで、僕の人選は完璧だったと言わざるを得ないね?

 唯一の問題はミニスがあまりにも真面目に精力的に働くせいで、それに付き従う僕もかなり大変な思いをしてる事くらいか。


「んー……目ぼしい依頼は無いわね」


 しかしそんなミニスも、依頼の張られた掲示板を眺めると眉を顰めた。

 依頼自体は大量にある。でも大半はBランク以下の依頼で、一応Sランクである冒険者ニアに相応しい依頼は全くない。ミニスが精力的に活動した結果、Sランクの依頼は綺麗さっぱり消えちゃったんだわ。あと誰も受けずに残ってた依頼とか、割に合わない依頼とかも全部やっちゃったしね。残ってるのは高ランクでもどうしても時間のかかる護衛依頼とか、マジで誰でも達成出来そうな依頼だけだ。


「あらかたニア様が解決してしまいましたからね。残っているのは普通の依頼ばかりです」

「そうなのよね。一応受付で聞いてみましょ」


 やむなく二人で受付に向かい、そこで直に依頼が無いかを尋ねる事にした。ちょっと面倒な客ムーブしてる気がするけど、ここは最近大活躍のSランク冒険者って事で許して欲しい。


「あっ、ようこそニア様。本日はどういったご用件でしょうか?」


 受付に着くと、受付嬢がやたらに良い笑顔で応対してくれた。どうやら向こうも超優良冒険者だと思ってくれてる様子。


「高ランクの討伐依頼とか無い? あとは誰も受けずにずっと残ってる依頼とか」

「ええっと……申し訳ありません。全てニア様が解決なさったので、最早当ギルドにはニア様のお気に召すような依頼はもう……」

「あー、うん。ごめん。分かったわ」

「いえ、ニア様がお気になさる事ではございません。それよりも数々の困難な依頼を達成し、大いにこの街の平和と安寧に貢献してくださったニア様に、ギルド一同心より感謝の念を捧げます。本当に、ありがとうございました」


 心から、って感じの笑顔を浮かべて頭を下げる受付嬢。そりゃあ誰も受けずに燻ってた依頼を全部こなして、Sランクの依頼ほぼ全てとAランクの依頼のほとんどを片付けたんだから、感謝されるのも当然だ。

 しかしこうなるとこの街で名を売るのはもう難しい感じだ。そろそろ潮時かな……。






「ニアさん、おはようございます!」

「あら、ニアちゃん! この前はありがとうねぇ。ほら、これあげるよ、冷めないうちにお食べ?」

「この前は助かりました、ニアさん。これはお礼です。受け取ってください」

「ニアのアネゴ! こんちはっす!」


 やむなく困ってる人がいないかを探して街を歩くと、行きかう人々の多くがミニスに好意的な反応を向けてくる。新人冒険者たちは恐縮して挨拶をしてくるし、屋台のおばさんは串焼き的なのを押し付けて来る。料理店の青年は無料券を何枚も手渡してくるし、荒くれ者たちも姿勢を正して挨拶してくる始末。

 コイツらは冒険者ニアに困り事を解決して貰ったり、危ない所を助けて貰った奴らだ。ミニスちゃんったら節操無しだから、マッチポンプ抜きに人助けしまくってるんだよね。その結果、ほんの五日で冒険者ニアは街の人気者。元々魔獣族は強さを重要視する傾向があるせいか、この短い期間でも想定以上の結果を残す事が出来た。

 何か一部可愛い孫に対してみたいなムーブをかましてる奴らもいるけど、そこはニアの見た目と小ささを考えると仕方ないかもしれない。


「あっ、ニアお姉ちゃんだ!」

「キャンキャンッ!」


 そんな折、遠くから駆け寄ってくるのは一人のガキとリードで繋がれた子犬。皆ご存じ、迷子の子犬を探して欲しいという依頼を出してた張本人と、その子犬だ。さすがに反省してるのかリードと首輪もしっかり装着してるね。ガキにしては学習能力があるじゃないか……。


「あっ、カリスじゃない。良かった、もう元気そうね?」

「うん! マロンが戻ってきて、毎日が楽しいよ! それもこれも全部お姉ちゃんたちのおかげ! 本当にありがとう!」

「どういたしまして。今度はその子が迷子にならないよう気を付けるのよ?」

「うん! じゃあね、お姉ちゃん!」

「キャンッ!」


 どうやら散歩の途中だったみたいで、カリスはそのまま笑顔で走り去って行った。

 ふーん、母親に任せっきりにしてないんだ。その辺は評価できるね? まあ考えてみれば母親に隠れて冒険者ギルドに依頼を出してたみたいだし、意外と何でも一人で出来る子なんだろうか……。

 ミニスは子供と子犬が去っていくのを笑顔で手を振り見送ってたけど、不意にその表情が寂しそうに陰る。どうやらミニス自身も何となく察してるっぽい。


「……そろそろ潮時ですね」

「そう、よね。まだこの街で五日しか活動してないのに、もう次の街行かないと駄目そうね。本当にこの分だと長く時間はかからなさそうだわ……」


 僕の指摘に頷き、どこか残念そうに零す。

 まともな心を持つミニスちゃんとしては、自分を慕ってくれる人たちがいる場所から離れるって言うのは辛いものがあるんでしょ。何だかんだ前の街でも似たような状況になったし、そこを去る時は同じような反応してたしね。


「じゃあ次はどこ行くの? 首都の方はさすがにまだ無理なんでしょ? 私だけならともかく、あんたもいるし」

「そうですね……では、そろそろ聖人族の国に行きましょうか?」

「う……いよいよそっち行くのね。大丈夫かしら……?」


 この提案にはミニスも不安を感じたらしく、眉を寄せる。

 冒険者ニアは魔獣族だから、聖人族の国に行くのが不安なのも仕方ない。周りが全部敵種族なのはさておき、向こうからの敵意や憎悪が凄まじいだろうからね。むしろ国から表立った差別や排斥が禁止されるようになった分、その気持ちが余計に熟成されて見えない所では凄い事になってそう。

 一応従者トルファトーレこと僕は聖人族だから、本来ならこっちの国では差別の対象だ。でもこっちは強さを重要視する傾向があるせいか、思ったほど露骨な対応はされなかったよ。常に傍に冒険者ニアがいるっていうのも大きいかもしれないね。僕は忠実に付き従ってるし?

 

「問題ありません。聖人族は非力な者ばかりなので、束になってもニア様を傷つける事は敵わないでしょう。なので絡まれてうっかり殺してしまわないよう、注意なさってくださいね」

「ど、努力するわ……」


 とはいえそれを教えてあげると面白くないから、それっぽい事を言って煙に巻きました。強化された力が制御できず人の腕を千切った事のあるミニスちゃんは、疑いもせずに苦い顔で頷いてくれたよ。

 あー、聖人族の国でミニスちゃんはどんな陰湿な苛めを受けるか楽しみだなぁ!?

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