高潔なる勇者
「嘘だろ、マジでオリハルコンゴーレムじゃねぇか……」
「何でこんな真っ二つになってんだよ。どうやればオリハルコンの塊をこんな綺麗に両断出来るんだよ……」
冒険者ギルドのだだっ広い裏庭。そこにミニスが真っ二つになったオリハルコンゴーレムの残骸を出すと、周囲はそれはもう大騒ぎだった。ちょっとドン引きしてる奴らも多い気がするね?
最初は人も少なかったはずなのに、騒いでたせいか人が余計に集まってかなり賑やかだ。ミニスちゃんはちょっと居心地悪そうだけど、勇者ニアの宣伝になってるから問題無いよね。
「これで分かったでしょ! ニアさんは滅茶苦茶強いのよ!」
「たった一撃で真っ二つにしたんだよ? あなたたちにこんな事出来る?」
「分かったならニアさんに下品な事言ったの、ちゃんと謝ってください」
三人娘はドヤ顔、見下し顔、怒り顔の順で、品性が無さそうだった魔獣族の冒険者たちに語り掛ける。もう熱烈なシンパっすね。やっぱ分かりやすい旗印がいると色々捗るよね。でもこれがキラとかトゥーラだったらこうはならなかっただろうなぁ……。
「う、うるせぇ! こんなのきっとメッキだろ! 誰だってこれくらい出来んだよ!」
「あっ!? ちょっとあんた、何する気よ!?」
なんてしみじみと考えていたら、唐突に一人の魔獣族冒険者が激昂。斧を取り出しセーラの制止を振り切り、オリハルコンゴーレムの残骸に斬りかかった。
獣人の青年だし、力には自信があったんだろうね。少なくとも傍目から見ればニアより強そうなのは間違いないし。尤もそれはあくまでも傍目から見た場合であって、現実は残酷なんだが。
実際、そいつが振り下ろした斧はオリハルコンゴーレムの残骸に掠り傷一つ与える事が出来なかった。そればかりか――バキィ! 斧は柄の半ばからへし折れて、刃の部分がくるくる回転しながら物凄い勢いで吹っ飛んでったよ。ちょうど野次馬にきてた別の冒険者の所にね。
別に誰が死のうと構わないけど、ニアのせいにされたらマッチポンプな英雄譚に支障が出る。だから助け船を出そうしたら、その前に良い子ちゃんなミニスが動いてたよ。ほんの一瞬で青年の前に飛び込むと、迫ってきた斧の肉厚な刃を片手でガシっと掴んで止めてました。勇者ニアとして活躍するため、魔法で身体能力や反射神経諸々を滅茶苦茶に強化してるからね。見てから反応余裕です。
「……危ないわね。試すなら周囲の安全を考えてからやりなさいよ。私がいなかったらコイツ死んでたわよ?」
斧の刃部分をポイっと放り捨て、呆れたように零すミニス。大多数の人はそこまで行ってからようやく何が起こったのかを理解したみたい。今度はオリハルコンゴーレムの残骸を目にした時とはまた別の騒めきが起きてたよ。
「今の、見えたか?」
「いや、全然……」
「おかしいだろ。何で残骸を挟んで反対側にいたのに間に合うんだよ……」
直線距離でも十メートル以上あったから、周囲の奴らには瞬間移動でもしたんじゃないかってくらいに映ってたみたいだ。これで冒険者ニアがパワーだけの脳筋じゃないって事は分かって貰えたかな?
「た、助かったぜ、アネゴ……」
「誰がアネゴよ、誰が」
助けた魔獣族に微妙に尊敬の目を向けられつつも、皮肉に感じたのかミニスは冷たく吐き捨てる。こんな所でも地味にシンパを作ってる……天然タラシかな?
「別に私を疑うのも蔑むのも、あんたたちの勝手よ。でもそうやって人を貶める事ばっかり考えてると、あんたたちは一生クズのままよ。そんなんじゃ一生孤独だし、碌な死に方もしないでしょうね。他人を蔑み貶める前に、まずは自分を磨く事をオススメするわ」
「う、うるせぇ、クソガキっ! 人生悟ったような事言いやがって!」
ミニスが周囲の奴らに説教すると、斧を振った奴が逆ギレして走り去って行った。
自分の浅はかな行いのせいで死人が出る所だったのを幼い少女に救って貰い、あまつさえその少女に自分の薄汚い人間性を指摘され助言までされる。ちょっとでもプライドとかあったらそりゃ恥ずかしくてこの場にいられんわ。言ってる事は尤もだしね。
「まあ、悟れるくらいには濃密な人生送ってるのよねぇ……」
「でしょうねぇ」
重苦しいため息を零すミニスに、僕も思わず同意する。村で幸せに暮らしてた所を徴兵されたってだけでもアレなのに、そこからの人生が濃厚過ぎて数十年分の密度に匹敵しそうなくらいだからね。村娘から兵士になり、そこから奴隷に転落し邪神の下僕と化し、挙句の果てには真の勇者となるために行動中。これでまだ十代の女の子ってマジ?
「……す、凄かったです、ニアさん! あたしには何が起きたのかさっぱり分かりませんでした!」
「私もです! あんな事故にも一瞬で対応できるなんて、常在戦場ってやつですか!?」
「カッコいい、です……!」
「あ、あはは。まあ、そんなところかしらね……」
三人娘が目をキラキラさせて群がってくるも、ミニスはちょっと苦い顔。どうやら陰口や罵声、敵意は涼しい顔で受け流せても、純粋な好意はどうにもバツが悪いっぽい。
まあ全てはマッチポンプで周囲の皆を騙してるわけだからなぁ。善人のミニスちゃんには好意を向けられる方が辛いでしょうよ。
「お待たせしました、ニア様。こちらのオリハルコンゴーレムの素材――というよりゴーレム丸々の買取金額、金貨五百七十枚となります。お確かめください」
「ん。ありがと」
そうこうしてるとギルドの職員がオリハルコンの塊の買取金を重そうに持ってきたので、ミニスはそれを受け取り中を確かめる。
希少金属だけあって相当なお金になったみたいだ。周囲の冒険者たちが羨望や嫉妬の眼差しを向けてるよ。ていうかこれに加えて討伐報酬もあるんだよなぁ。そりゃあ妬むのもしょうがないわ。
まあでも、そこは善なる心を持つミニスちゃん。こんなお金を手に入れて全て自分の物にします――なんて事するわけが無いよね?
「ねえ、あんたたち。ちょっと私からの依頼受けてくれない?」
「はい、受けますっ!」
「いや、詳細くらい聞きなさいよ……」
「大丈夫です、任せて下さい!」
「さすがにまずはお話を聞こうよ、二人とも……」
お金を受け取ったミニスは唐突に三人娘に依頼を打診するけど、何の躊躇いも迷いも無く頷かれたのでちょっと引いてる。唯一メガネっ子のノーチェだけがまともな反応してますね。これシンパとかファンっていうより狂信者の類じゃない?
「依頼の内容なんだけど、この街の孤児院とか治療院とかを全部リストアップしてくれない? できれば経営状態も一緒に書いて貰えると助かるわ」
「もちろん構いませんけど……どうしてですか?」
「依頼の報酬とかこのお金、全部寄付するためよ。私には必要ない物だしね」
「えっ!? そ、それ全部ですか!?」
これには三人娘だけでなく、周囲の冒険者も三度騒めく。そりゃあ数年は遊んで暮らせそうなレベルのお金を全部寄付するっていうんだから、驚くのも無理はないよね。偽造通貨で金銭感覚バグってる僕ですらそう思う。
「本当に困ってる人にこそ、このお金が必要でしょ? 邪神やエクス・マキナのせいで済む場所や家族を失った人たちや、治癒魔法でもどうしようもない怪我を負った人もいる。私はそんな人たちを助けたいのよ」
「………………」
あまりにも善人過ぎる言い分に、三人娘を含めて周囲の奴らは呼吸も忘れたように絶句してた。綺麗事ほざくなクソガキとか抜かす奴もいるかと思ったけど、さすがに力量の一端を見せつけた後ではそこまで言う奴もいなかったよ。チキン共め。
「というわけで、頼める? あ、そういえば報酬言ってなかったわね。報酬は――」
「――は、はいっ! あたしたち、全力で調べてきますっ!」
「はいっ! 行ってきます、ニアさん!」
「え? いやあの、報酬……ちょっと?」
そうしてミニスが再度お願いすると、セーラとディアは弾かれたように走り出した。たぶんお願い通り、この街の孤児院や治療院を探して回って経営状態を確かめ、リストアップしてくれるつもりなんでしょ。
行く前にもっと聞くべき話があるっていうのに、ミニスちゃんもどうすれば良いのか分からず困惑で固まっちゃってるよ。どうやら感動と憧れで感極まって思考が上手く働いてないみたいだね。
「期限や報告の場も決めていませんね。やれやれ、実に忙しないお嬢さん方だ」
「ご、ごめんなさい。二人とも、悪い子じゃないんです……」
唯一まともな思考能力が残ってたノーチェはこの場に残ってて、聖人族の皮を被ってる僕の発言に謝罪すらしてくる。この子たぶん暴走しがちな二人を諫める役回りだよね。無茶苦茶割を喰ってそう。
「まあ、ノーチェは残ってくれてるから良かったわ。ギルドで指名依頼出すから、それを受けてくれる? 報酬は……これくらいでどう?」
「そ、そんな! 貰いすぎですよ!」
金貨を一握り取り出すミニスに、顔を青くして遠慮するノーチェ。相場なんてクソ食らえみたいな金額っすね。周りで散々馬鹿にしてた冒険者たちが『自分も依頼受けたいです』的にソワソワしてるのが心底笑える。
「別に良いのよ、どうせ残りは全部寄付するんだし。それにあんたたちは装備を整えたりするのにお金がいるし、強くなるためにも必要じゃない。ビッグになって故郷に帰るんでしょ?」
「そ、それは……はい……」
「じゃあ交渉成立ね。期限は三日後。昼頃から冒険者ギルドにコイツを立たせておくから、リストを渡してくれればいいわ」
「わ、分かりました……」
「おや、ニア様も私を便利に使う事を覚えてきましたね」
意外と現実的と言うか何というか、ノーチェは苦い顔をしながらも頷いた。
僕みたいに簡単に通貨を偽造出来る奴はいないだろうし、だったらまともに働いて稼がないといけないもんねぇ。一人ならともかくノーチェは女の子三人パーティだし、色々要り様でしょうよ。
「……ニアさん、私達絶対強くなります。そして必ず、あなたのパーティに入ります。だから、信じて待っててくださいね?」
ここでノーチェは唐突に真面目な表情を浮かべ、決意と覚悟の漲る瞳でそう言い切った。どうやらこの子も他二人と同じく、強く正しく高潔で慈悲深い冒険者ニアに脳を焼かれちゃったみたいだね。これ何かそのうち宗教染みて来そうで怖いな……。
「うん、頑張ってね。期待してるわよ?」
もちろんミニスがそれを冷たくあしらう事なんて無く、眩しいばかりの笑みで以て答えた。これもう天然ジゴロとかそういうのじゃない? そこまでやれとは言ってないんだけどなぁ……。