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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第16章:マッチポンプの英雄譚
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人助け

⋇三人称視点

「――二人とも、頑張って! もっと早くっ!」


 薄暗い洞窟の中を駆け抜けながら、悪魔の少女――セーラは遅れて続く二人の少女に激励の言葉を投げかける。

 すでに背後の二人は息も絶え絶えだったが、休憩などしている暇も余裕もなかった。


「ご、ごめん……これ以上、無理ぃ……!」


 かなりの距離を開けてセーラの後ろを走るのは、跳ねまわった銀髪と深い青の瞳が特徴の悪魔の少女――ディア。必死に翼を羽ばたかせて速力を得て、尻尾でバランスを取って懸命に走っているが、限界が近いのは明らかだった。

 

「も、もう……限界、ですっ……!」


 そんなディアよりも危なさそうなのは、更に後方を走るもう一人の悪魔の少女――ノーチェ。綺麗な黒髪を振り乱し、丸眼鏡が今にもずり落ちそうになるほど必死に走ってはいるが、その金の瞳からは光が消えかけておりいつ倒れてもおかしくなかった。


「頑張って、二人とも! きっともう少しで逃げられるわ!」


 しかしセーラは足を止めず、ただ走り続けるしかなかった。二人の様子は酷く心配だが、悠長に休憩していれば間違いなく自分たちは死ぬ事になるのだから。自分たちを追って悠々と歩いてくる、とんでもない化け物の手にかかって。

 一つだけ幸運があるとすれば、その化物の足がかなり遅い事。故にこうして走り続ければいずれ逃げ去る事が出来る。セーラたちはそう考えていた。だからこそ必死に走っていたのだ。


「――はっ!? 嘘でしょ!?」

「い、行き止まり……?」

「そ、んな……!」


 けれど現実はあまりにも残酷だった。先頭を走るセーラの前に現れたのは、抜け道も横道もありはしない行き止まり。これには三人とも足を止め、ディアとノーチェに至っては絶望と疲労のあまりその場に崩れ落ちてしまう。

 一瞬引き返して別の道を行く事も考えたが、ここまでほぼ一本道だったのでもう手遅れとしか思えなかった。幾ら足が遅くとも、間違いなくこの道にあの化け物が足を踏み入れている。それに疲弊しきっている背後の二人が、もう一度まともに走れるとは思えなかった。


「ごめんね、皆……私が、この洞窟での依頼を受けたから、こんな事になっちゃって……」

「ノーチェは悪くないよっ! 私達をしつこく追いかけてきた魔物が悪いんだから!」

「そうよ! 悪いのは全部金ピカのアイツよ!」


 泣きながら謝るノーチェに対し、セーラたちは責任など無いと言い放ち否定する。

 確かにこの洞窟での鉱石採取依頼を受けようと提案したのは、他ならぬノーチェだ。しかしセーラたちもそれに賛成したのだから何も問題などあるわけがない。責任があるとすれば、ただただあんな怪物に遭遇してしまった自分たちの運の悪さくらいである。

 などとノーチェをディアと共に慰めようとすると――ズシン! 洞窟全体を揺るがすほどの強烈な足音が、ゆっくりと近付いてくるのをはっきり感じてしまった。慌てて元来た道の方を見ると、洞窟内の壁に巨大な影が少しずつ映り込んでいく。

 影が徐々に鮮明になって行くと共に、激烈な足音も強さを増していく。そうして遂に化物がセーラたちの前に姿を現し、皆が恐怖に息を呑んだ。


「で、出たあっ……!」

「逃げ道、塞がれちゃってるよ……どうしよう……!」


 そこに現れたのは、洞窟内の通路を埋め尽くさんばかりに巨大な人型の生物。しかしそれは人間でも無ければ、生物と言えるかも怪しい。巨大な岩が連なり歪な人型を形成した、一応は魔物に分類される生命体――ゴーレムだ。

 ただしセーラたちに迫るのはただのゴーレムではなかった。岩ではなく金属の身体を持ち、圧倒的な強度と凄まじい重量で並大抵の冒険者など意に介さないメタルゴーレム。その頂点に君臨する、考えられ得る限り最低最悪のゴーレム。


「オリハルコン、ゴーレム……!」


 加工すら難しいレベルの超金属オリハルコンで全身が構成された、破壊など出来ないのではないかと思える恐ろしきオリハルコンゴーレム。Sランクの魔物である不壊の化物こそが、袋の鼠となっているセーラたちに迫る逃れようのない絶望であった。

 

「ふ、二人とも……私が囮になるから、逃げて……!」

「ちょっ!? な、何言ってんの、ノーチェ!? 正気!?」

「セーラの言う通りよ! 囮なんて駄目! 絶対に全員で生き残るわよ!」


 涙を拭ったノーチェがとんでもない事を口にしたので、セーラはディアと共に窘める。

 しかし誰もが理解していた。今の自分たちには全員が生き残る選択肢など残っていないという事を。迫るオリハルコンゴーレムから逃げるために全力疾走を続け、道中に襲ってきた魔物は魔力消費を度外視して素早く倒していたのだ。最早三人とも疲労は限界で魔力も残りカス程度しかなく、どう考えても詰みの状況だった。


「でもSランクの魔物なんて、私達じゃ倒せないよ……みんなここまでで魔力も体力も消耗しきっちゃってるから、やっぱり私が囮になった方が……」

「倒せなくたって良いのよ! ゴーレムは動きが遅いから、少しでも隙を作る事が出来れば横を通り抜けて逃げられるはずよ!」

「セーラの言う通りだよ。私たちの力を結集させて渾身の一撃を放てば、隙を作るくらいなら……!」

「で、でも……」

「それにみんなで約束したじゃない。必ずビッグになって故郷に戻るって」

「誰か一人欠けたら、その約束は敵わないんだよ? 私達を嘘つきにしたら、許さないんだから」

「ディア、セーラ……」


 幼い頃に結んだ約束を引き合いに出し、ノーチェの奮起を促す。

 セーラたちは元々グルーミという村で生まれ育った、仲良しの幼馴染三人衆だ。いつか冒険者として大成し、故郷に凱旋するという夢を抱いて生きてきた。今は万年低ランクの冒険者パーティだが、夢を叶える途上にいるのは間違いない。

 そしてこの夢は一人でも欠けてしまえば成り立たない。だからこそ犠牲など決して認められなかった。


「……うん、そうだね。皆で一緒に帰らないと駄目だもんね」


 幼い頃の誓いが心を燃え上がらせたのか、ノーチェの目に光が宿る。隣を見ればディアも絶望を払い除けて明るい笑みを浮かべており、二人ともここで諦めるつもりが無いのは一目で分かった。


「そうよ! そのためにもうひと頑張り、二人とも頼むわよ! 私の武器と身体の強化、よろしく!」


 そしてもちろん、セーラも諦めるつもりは毛頭無い。身を翻し手の中の獲物を華麗に回すと、こちらに迫りつつあるオリハルコンゴーレムへと突きつける。

 セーラの獲物は槍。不壊とも取れる耐久性を持つ化物に相対するには、あまりにも貧相に過ぎる獲物だ。故に魔法による補助は不可欠。すでに全員搾りカス程度の魔力しか残っていない事は分かっていたが、それでもセーラは二人に強化を求めた。


「任せて、セーラ! 我が友の身体に力よ漲れ――フォルス・アタック!」

「頑張って、セーラ! 我が友の武器に堅牢なる力を――ハード・ディフェンス!」


 二人は信頼に応え、なけなしの魔力を振り絞ってセーラと手の中の槍に強化魔法をかけてくれた。

 身体に沸き上がる力は燃え上がる炎の如き激しさで、獲物はまるでダイヤモンドと化したかの如く硬さを増している。これならオリハルコンゴーレムを倒せなくとも、バランスを崩して転ばせるくらいは出来る。セーラはそう確信していた。

 あとは自分が、二人の信頼に応えるのみ。


「――行くわよ! 二人とも先に走ってっ!」


 セーラの号令に二人が左右を駆け抜け、オリハルコンゴーレムへと向かう。作り出せる隙はほんの一瞬しかない。ならば危険であろうとギリギリまで距離を詰めるしかなかった。

 そうして二人が駆ける中、セーラも己の中のなけなしの魔力をかき集め、一世一代の武装術を行使する。速く、速く、どこまでも速く突撃し、一つの砲弾の如き威力で敵を貫き穿つ必殺の武装術を。


「貫けっ! シューティング・スター!!」


 発動した武装術は、過去最高の鋭さだった。地面を蹴って飛び出し、自分自身を槍として放つかのような鋭い一撃は、瞬く間にディアとノーチェを追い越しオリハルコンゴーレムへと迫る。巨体と重量故にゴーレムはこの一撃を避ける事は出来ず、赤熱する必殺の一撃が見事その頭部へと炸裂した。

 そしてその瞬間、セーラの手の中で槍が砕け散った。


「……は?」


 三人の力を結集し放った全身全霊の一撃は、オリハルコンゴーレムに対して何の痛痒も与えられなかった。微塵も揺らぐ事無く、表面すら削る事が出来ず、勢い余ったセーラはそのままゴーレムの身体に叩きつけられ前後不覚に陥ってしまう。


「セーラ!? 起きてっ! 目を覚ましてっ!」

「ダメっ! 早く逃げてぇ!」


 意識が混濁したのはほんの短い時間。しかし魔物の前でその隙はあまりにも致命的過ぎた。気が付けばセーラは地面に尻餅を着いており、目の前には巨大な腕を今正に上から振り下ろそうとしているオリハルコンゴーレムの姿があった。

 指の無い巨大な掌が降ってくる光景を前に、セーラは諦めの境地に至った。渾身の一撃を放った事で身体に力が入らず、どう足掻いても逃げられそうにない。圧死というのはなかなかに苦しそうな死に方だったが、それでも構わなかった。隙は作り出せなかったもののゴーレムの気を引く事は出来たようで、ディアとノーチェはその横を通り抜け後ろへ回る事が出来ていたから。それならば後は簡単に逃げ切れるはずだ。


「……ごめんね、二人とも。約束、守れなくて」

「セーラっ!?」

「やだっ! ダメぇっ!」


 迫る死を前に、微笑みながら二人に別れを告げる。泣きじゃくる二人の姿を目に焼き付け、次の瞬間に訪れるであろう苦痛と死に恐怖を抱きながらも、セーラは瞼を閉じた。

 そして髪が巻き上がるほどの風圧が生じ、セーラの身体は押しつぶされて地面の染みになる――


「……あ、れ?」


 ――という事はなかった。特に苦痛も無く、疑問に思ったセーラは恐る恐る瞼を開いた。

 場所や状況は変わっていない。相変わらず目の前にはオリハルコンゴーレムがおり、頭の上には岩の塊染みた指の無い手が天井のように広がっている。しかし決定的に異なっているものが、手で触れられる距離にあった。


「……ふうっ。間一髪って所だったわね。大丈夫?」


 すぐ目の前に、見知らぬ人物が立っていた。身長は百三十台くらいの、幼い兎獣人の女の子だ。緑色の髪が薄暗い洞窟の中でもなお美しく輝いており、青い瞳は心が澄み渡っているかのように煌めいている。

 その作り物染みた瞳や髪の美しさにも驚いたが、セーラが最も驚いたのは別の事。彼女は分厚い刀身を持つ身の丈を越える大剣を右手に握っていたのだ。どう考えても片手で持てるような重さをしているとは思えないが、彼女の左手の現状に比べればまだ受け入れる事が出来た。

 何故ならその左手は高く掲げられ、ゴーレムの手に沿えられていたから。まるでその細腕一本で、オリハルコンゴーレムの力に抗っているかのように。

 これは間違いなく勇者。どっかのクズとは違う。

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