子犬の捜索
「ふむ。これがマロンが良く遊んでいたボールですか……」
ミニスちゃんが幼い子供の性癖に悪影響を与えた後、僕らは満を持して子犬の捜索を始める事となった。探すのに役立つから、子犬が良く遊んでたボールを借りてきたよ。全体的に薄汚いボールですねぇ? 臭そう。
「あんたなら簡単に探せるでしょ。子犬はどこにいるの?」
「そうですね……」
ミニスちゃんに問われ、僕は魔法を行使して子犬を探しにかかる。何の情報も無く探せって言われたらさしもの僕も辛い所だけど、DNAとかが付着してそうな物が手元にあるから一発だね。
たぶん名前だけでも何とかなったかもだが、一応は表向きの冒険者活動をしてるわけだし、不自然にならない程度に偽装してます。しかしこのボール汚いなぁ? グローブ越しとはいえ出来れば触れたくなかったよ、全く。
「……あちらの方ですね。この街の地理には明るく無いので、場所の名前は分かりませんが」
「そう。じゃあ早速探しに行くわよ」
すぐさまその位置が掴めたので、ミニスと一緒に歩いて向かう。
うーん、何だろう。異世界もの定番の凄い普通の冒険者活動してる感覚。意外と地味だよね、これ。やっぱりさっさと魔物の討伐行かない? まあそっちも何も難しい事無くすぐ終わるんだけどさ。
「おい、見ろ。あの兎獣人、巨大なエクス・マキナを倒した奴じゃねぇか?」
「嘘だろ、あんなチビがかよ……」
「見て、聖人族よ? 堂々と街中を歩くなんて、一体何を考えているのかしら……」
「我が物顔で俺らの縄張りに入りやがって。後で吠え面かかせてやるからな……」
街中を歩いてると、もうそこかしこから陰口が聞こえてくる。
大半はフルフェイスの仮面被ったクッソ怪しい聖人族への敵意や憎しみだけど、中にはニアの事を知ってる奴らもちらほら見受けられる。巨人型エクス・マキナを倒した場面は広がってないけど、人の口には戸が立てられない。少し情報に聡い奴は見当がつくって感じだね。
まあ雲を突き破る程巨大なアレをこのロリが倒したって言われても、普通信じられないから当然か。倒した場面では本人確認できないくらい小さくしか映像に映らなかったしな……。
「……針の筵ってやつね」
「仕方の無い事です。彼らはニア様の活躍を現地で見たわけではありませんので。私に至っては聖人族な上に、見るからに怪しい格好をしておりますので」
「それが分かってるなら、もうちょっとマシな恰好してくれない?」
「幾らニア様のお願いでもそれは承諾しかねます。この格好だと表情が読まれず都合が良いので」
「あ、そう……」
一瞬呆れた感じの視線を向けてくるミニス。どうやら仮面の下でほくそ笑んだりしてるのはバレてるらしい。さすがは僕と数えきれないほど愛し合い抱き合ったミニスちゃん。僕の事を良く分かってるね?
「しかし不安ですね。ここは魔獣族の国なので明確な敵意を向けられているのは私だけですが、聖人族の国で活動する場合は私とニア様への態度が入れ替わるでしょう。闇討ちなどにお気を付けくださいね?」
「別にそういうのは慣れてるし大丈夫よ。誰かさんたちのおかげでね」
「おや、一体どなたのおかげなのでしょうね?」
「………………」
表情が見えないのを良い事におどけて見せるも、今度はミニスも反応してくれなかった。無言の冷めた瞳をしばし向けてきた後、正面に視線を戻してさっさと前を歩き出したよ。
まあ敵意や闇討ちって言ったら、たぶんキラが下手人だろうなぁ。通りすがりに蹴り飛ばされたり突き落とされたりは日常茶飯事みたいだし。以前よりは多少マシになった気もするけど、この二人が犬猿の仲なのは変わらないしね。犬と猿じゃなくて猫と兎なのに……。
「大体この辺りですね。反応は動いておりませんので、どこかに隠れているのでしょう」
しばらくして子犬がいると思しき裏路地に辿り着き、僕はそれをミニスに伝えた。
周囲にあるのはゴミ箱やら木箱やらで、特に子犬の姿は見当たらない。でも反応自体は間違いなくこの変だ。
「んー、この木箱の裏とかにいないかしらね……あっ」
「おや、もう見つかりましたか?」
いざ捜索、と思ったら速攻でミニスが見つけたっぽい。木箱の裏を覗いたかと思いきや、汚れるのも厭わず何やらごそごそやり始めた。
「見つけた……けど、この子……」
そうして立ち上がり、僕に差し出してきたのはぬいぐるみみたいな大きさの子犬。
でも一瞬それはマジでぬいぐるみにしか見えなかった。だって凄い汚れてたし、何よりピクリとも動かなかったからね。要するに死んでるっぽい。
実際受け取っても温もりなんて欠片も感じなかった。子犬とか子猫とかって相当体温高いはずなのにね。腐敗こそしてないけど、結構前に事切れたらしい。死因は良く分からんが後ろ脚に深い傷があるし、これのせいで動けなくなって餓死とかかな?
「おやおや、死んでいましたか。まあこの小ささでは過酷な外の世界を一匹で生き抜く事は難しかったでしょうね。死んだのは割と最近のようですし、だいぶ頑張ってはいたのでしょう」
「そう……必死に生き抜こうとしてたのね。あの子の元に戻るために……」
「――キャンキャン!」
「ハハハ、ご機嫌ですね」
「ちょっと? 流れ作業みたいな気安さで蘇らせるのやめてくれない?」
何かシリアスな空気を漂わせてたミニスは、僕が犬を蘇生させると微妙に不機嫌になった。
さすがにこれは怒られるとこ無くない? せっかく哀れな子犬を元気な姿で再誕させてあげたのに、どうしてこんな責めるような目で見られるんだろうね? あっ、やめろ子犬。僕の仮面を舐めるな。
「ですが、ニア様はそれを私に命じるつもりだったのでは?」
「いや、それはその通りなんだけど……」
「でしたら何の問題があるのでしょうか? 子犬が蘇った事で飼い主の少年との再会も叶いますし、私たちも完璧に依頼を遂行できる。誰もが得をする結末だと思いますが?」
「いや、場の空気とか、情緒とか……今、そういう悲しい感じの空気だったわよね……?」
場の空気? 情緒? 何を言ってるんだ、コイツは。どうしてそんな退屈でつまらない状況に甘んじてないといけないんだ。むしろ僕はそういう状況を演出する側なんだが?
「ニア様にそのような空気は似合いません。あなたの眩しい笑顔を曇らせる物は、この私が全て拭い去って見せましょう。ですからあなたはずっと笑っていてください」
「キャンッ!」
とはいえ今の僕は勇者ニアの忠実なる従者、トルファトーレ。元気な子犬を片手に抱えたまま、慇懃な動作でミニスに頭を下げ忠誠を示したよ。実にそれっぽい台詞を口にしながらね。
「何か凄い胡散臭い台詞ね……」
それなのに反応はすこぶる悪いっていう。
うーん、何故だ。見た目はともかくとして、基本的な振る舞いは忠実なる従者そのものなはずなのに。ひょっとして僕の演技、何か間違ってる……?
「――はい、どなたですか? って、あら? あなたたちはさっきの……」
子犬を見つけたので早速お届けに戻った僕たちを、さっきの一般主婦が再び玄関で迎える。
でもさすがに帰って来たのが早すぎたみたいで、探し終えたとは思われてないみたい。困惑気味の表情でミニスを迎え、訝し気な目で僕を睨みつけてきたよ。
何だよその反応。あんまり冷たい態度取ると僕も怒っちゃうぞ? 目の前で息子を殴り殺してやろうか。
「度々ごめんね。カリス君はいる?」
「ええ、もちろんです――カリスー!」
「なーに、ママ? あっ、お姉ちゃんだ。どうしたの? まだ他にも聞きたい事とかあったのかな?」
一般主婦が呼びかけると、トテトテと少年が駆け寄ってくる。何の疑いも悪意も無い純粋無垢な笑顔で。
「………………」
「ひっ……!」
「わ……」
それを見てちょっと脅かしたくなった僕は、ぬっとミニスの前に踏み出して無言の威圧感を母子に与えた。
途端に一般主婦は怯えと警戒を見せ、少年はちょっとビクビクして母親に縋りつく。いいぞぉ、もっと怖がれぇ! その度に全身に快感が走るぜ!
「な、何ですかっ!?」
「ま、ママぁ……!」
うーん、実に良い反応だ。自身も怯えながらも、ガタガタ震える子供を抱き締めこちらを鋭く睨みつける母親。大いに嗜虐心が疼く堪らない光景だ。これで子供が女の子だったならもっと興奮するんだけど――あいてっ! ミニスちゃんが無言で尻を蹴ってる! 脅かすの止めろって? ちっ、うっせぇな分かりましたよ。
「どうぞ。見つけましたよ、カリスくんの可愛い子犬」
「キャンッ!」
「マロンっ!! 良かった、無事だったんだね!」
隠し持ってた子犬を差し出すと、少年は弾かれたように母親の腕から抜け出て、僕の手から子犬を受け取る。そうしてだいぶばっちぃのに顔を埋めて抱きしめてたよ。
「今後は同じような事が起きないように注意してくださいね。今回は無事でしたが、外の世界は小さな子犬にはとても厳しい環境です。万が一の事があっては大変ですからね」
「うん! ありがとう、聖人族のお兄さん!」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ、どういたしまして」
子供は単純ですぐに僕への怯えを忘れ、笑顔でお礼を口にしてきた。母親の方はまだちょっと警戒してる感じがするけど、それでもお礼を口にしてくれたよ。あー、突然ぶん殴って目を白黒させてぇ……。
「はしゃいでる所ごめんね。これにサインをくれる? 依頼を達成したって証になるから」
「あっ、そうだね! えっと――はいっ、お姉ちゃんもありがとう!」
「どういたしまして。その子を大事に可愛がってあげてね?」
「うん! まずはお風呂で綺麗にしてあげないとね!」
少年はとびきりの笑顔で言い放つと、子犬を抱えて家の中へと走って行った。たぶんお風呂か庭あたりで犬を丸洗いするんでしょ。その前に何か食べさせた方が良くない? いや、衛生的な事を考えるとやはり洗うのが先か……?
何にせよミニスがさり気なく依頼人からのサインを貰った事で、依頼は事実上の達成だ。後はこれを冒険者ギルドに届ける事で依頼達成の報告が完了し、冒険者ギルドが中抜きしたはした金――もとい、仲介料がさっ引かれた子供のお小遣いという名の報酬が貰えるわけ。
ただし、それでは終わらないのが我らがミニスちゃん。
「ああ、そうそう。後でこれをあの子に渡してあげてくれない?」
「えっ、これは……お、お金ですか? どうしてこんなものを……」
驚くべき事に、ミニスは数枚の金貨を取り出し一般主婦の手に乗せた。どう考えても依頼の報酬を遥かに上回る金額だ。さすがにこれには一般主婦も目を丸くしてたよ。タダ働きどころかお金まで払ってきたんだからそりゃ当然だよね。
「子供のお小遣いを取り上げるなんて出来るわけないじゃない。でももう報酬としてギルドに預けちゃったみたいだし、私からお返しておくわ」
「そ、そんな! むしろこちらが更にお支払いするべきなのに!」
「お金が欲しくて引き受けたわけじゃないのよ。大切な家族がいなくなって、きっと悲しんでる子を助けてあげたくて、この依頼を受けたの。報酬って言うなら、あの子の笑顔が何よりも価値のあるものだったわ」
そう口にしたミニスは、あろうことか演技とは思えないほど満足気な笑みを浮かべてた。反論して金貨を突き返そうとした一般主婦が躊躇うほど完璧で説得力のある笑みだ。
これはミニスちゃんの演技力が上がった……と言うより、妹の事を重ねて思い出してるんだろうなぁ。この子結構シスコン入ってるから……。
「あ、ありがとう、ございます……!」
これは無理だと悟ったのか、一般主婦は大人しく金貨を受け取り涙ながらのお礼を零した。僕に対しては警戒しながらのお礼だったのになぁ。この反応の差よ。
しかしやっぱりミニスちゃんを勇者役に選んだのは間違いじゃなかったね。他の奴なら絶対にこんな所まで気が回らないし、大真面目にあんな臭い台詞を吐けるわけが無い。さすがはミニスちゃん。僕の頭は狂ってるけど目に狂いは無かった。
「……さ! 行くわよ、トルファ! 次の困ってる人が私を待ってるわ!」
「はい、我が主の御心のままに」
ちょっと満足気な顔をしたミニスは踵を返し、次なる依頼人の元へ向かおうとする。忠実な従者である僕は丁寧に頷き、その後ろに続こうとしたよ。
ところでまだパーティとか名乗って無いけどどうするんだろ? 最後に言い残す感じかな?
「あ、ま、待って下さい! あなたのお名前を聞かせて頂けませんか?」
「えっ? あっ、そうだった――私はニア! 冒険者パーティ<救世の剣>のリーダー、Sランク冒険者のニアよ!」
一般主婦に尋ねられちょっと失敗した感じの表情を浮かべてから、渾身のドヤ顔で振り返り叫ぶミニス。これで宣伝もバッチリって感じだね。
でも、うん。さては名乗るの忘れてたな? 前の街でもそうだったけど、どうにもこの辺忘れがちですね、この子……。
ワンちゃんが死んでるっていう注意が必要なお話だったかもしれないけど、速攻で蘇生するから良いかなって……というか主人公唯一の善行じゃないか?