冒険者パーティ
「では、自己紹介から始めましょう。私の名はトルファトーレ。ニア様の忠実な従者です」
二人のギルマスとのお話は、僕による自己紹介から始まった。というか僕の名前だけ知られて無かったから名乗った感じだね。
現在僕とミニスはピグロの街側の冒険者ギルドにいる。貴賓室的なそこそこ豪華な一室なんだけど、革張りのソファーに座ってるのはミニスとギルマスたちだけ。さすがに忠実な従者設定なのに主人と一緒に座るのはキャラ崩壊してるような気がしてね。おかげで僕だけミニスの後ろで立ってます。
「従者とな。ニア殿は実はやんごとなき身分のお方なのかの?」
「ただの村娘よ。コイツが勝手に付き従ってくるだけ。死にそうになってた所を助けたら、何か懐かれちゃって……」
小首を傾げる女狐ことノックスの問いに、ミニスは重苦しいため息を零す。
まあ僕ことトルファトーレの設定はそんな感じだ。勇者ニアに救われその強さと人間性に惚れ込み、押しかけ従者みたいな形になってる面の皮の厚い変な聖人族。一応もうちょっと細かいストーリーも考えてあるけど、これに関しては突っ込まれない限り話す事は無いかな。
「あら、それなら彼はこの場に相応しくないのではないかしら?」
「そうじゃのう。本当の従者ではないというのなら、そなたにこの場におる資格は無い。すまんが席を外してくれんかのう?」
「かしこまりました。では退席させて頂きますね」
「えっ!?」
狸女ことラクーンの台詞にノックスも賛同し、二人して言外に『邪魔だからどっか行け』って視線を向けてくる。せっかくだから素直に頷くと、途端にミニスは焦ったような顔で振り返ってきたよ。
まあ無理も無いか。これから何やら大事な話が始まるのに、自分一人にされるのは色々心配だろうし。その反応が見たくて素直に頷いたんだけどな!
「それではニア様、私は外で待っています」
「いや、ちょっ、待って!? 私を一人にするつもり!?」
「ええ。何か問題がおありですか?」
「大ありよ! 良いからそいつらの言う事は無視して、私の隣にいなさい!」
「おやおや、まさかベッドの上以外でそのようなお言葉を頂けるとは。感動の極みでございます」
「ちょっ!? な、何言ってんのよ、あんたは!?」
遠回しに肉体関係がある事を示す台詞を口にすると、途端にミニスは顔を真っ赤にする。
さしものミニスちゃんも処女ではない事を暴露されるのは恥ずかしいようで。今は全くの別人の姿なんだし、そこまで恥ずかしがる必要ある? でも一応この情報は必要な事だからあえて口にしたんだわ。ごめんな?
「申し訳ありません。ニア様が私をお求めしていらっしゃいますので、失礼かとは存じますが同席させて頂きますね」
「……うむ。それならば仕方あるまい」
「ええ、構わないわよ」
今度は打って変わって、極めて友好的な笑みを向けてくる女狐と狸女。
さっきまで僕の扱いはただの従者で底辺だったけど、肉体関係がある事を示唆する発言でめでたく地位は向上。勇者ニアの恋人かそれ以上の存在ってしっかり認識して貰えたおかげで、二人も僕を無碍には出来なくなったみたいだ。
まあ当のミニスちゃんは腹の探り合いと騙し討ちが水面下で行われてる事に、全く以て気付いてないみたい。一人でコイツらの相手をしなくて良くなったせいか、安堵の吐息を零してたよ。さりげに肉体関係がある事を否定してなかったしね。
「さて、それでは早速本題に入ろうかのう。ニア殿、トルファトーレ殿、そなたらは冒険者登録しておるのか?」
「して――ないわ。いつかはしようと思ってたけど」
「ええ。私もしていませんね」
ミニスちゃん、今ちょっと『してる』って言いそうになりましたね。そういやせっかくのお披露目の時も自分の名前を言い間違いかけてたし、やっぱり別人になりきるのは慣れてない模様。キャラがそのままじゃなかったらもっと酷い事になってただろうなぁ……。
「なるほどのう。ではニア殿、そなたは今日からSランク冒険者じゃ。後程冒険者プレートを用意させて貰うぞ。トルファトーレ殿は……残念ながらBランクが限界じゃな。巨大なエクス・マキナとの戦いで活躍したのはニア殿じゃからのう」
「はい? 何でいきなり?」
「それがあなたにとって一番得になるからよ。あなた解放軍を組織すると言っていたけれど、組織の形態や人員を集める方法は決めているのかしら?」
「えっ? いや、それは……」
突然の最高ランクでの冒険者登録に目を丸くするミニスは、横合いから解放軍の詳細を尋ねられてたじたじになって僕を見る。
うん、やっぱり僕がついてて良かったな。勇者業が軌道に乗るまでは従者として付き従い、適時フォローした方が良さそうだ。
「私も是非お聞きしたかった事柄ですね。さあニア様、是非ともあなたのお考えをお聞かせください」
「はっ!? えっ、いや、その……」
まあそれはそれとして弄れるタイミングに弄らないなんて勿体ない。
そんなわけで僕はミニスに解放軍について尋ねました。実際の所はその辺教えてないから答えられるわけも無いけどな!
「何じゃ、無計画じゃったのか?」
「それで邪神相手に良くあんな啖呵を切れたわねぇ……」
「あ、あはは……」
慌てた反応を無計画だからと勘違いしたみたいで、二人のギルマスは呆れたようなため息を零す。
ミニスは乾いた笑いを零すけど、何かウサミミがプルプル震えてますね。まるで何も教えてくれなかった誰かへの怒りを堪えているようだ……ていうか教えたとしても『地道に人を集めて行く』っていう箸にも棒にも掛からない事しか教えられないし……。
「まあそれならば、やはりお互いに好都合じゃな。そなたは組織を作るつもりのようじゃが、今の世情でも両種族混合の組織は認められんじゃろうし、周囲からの悪評や中傷も凄まじい事になるじゃろう」
「だからあなたがするべき事は、冒険者ギルドでパーティを作る事なのよ。両国の冒険者ギルドで、それぞれパーティ支部を作るの。そして治外法権気味のこの街に組織の本部を建てて統括・運営する。これなら周囲との波風や軋轢も最小限に抑えられるし、あなたの目的も達成できるはずよ」
「ああ、そういう事ね……」
ほう? これは渡りに船って感じの提案だな。ぶっちゃけ非公認の組織を作るつもりで、まずはニアの名と実力を知らしめる所から始めるつもりだったけど、この提案に乗ればかなりの面倒を省けるじゃないか。
「じゃからSランクの肩書が必要というわけじゃ。そなたは労せず組織を立ち上げる事が出来て、上手く行けばギルド経由で優秀な人材を大量に得る事が出来る。更にはギルドからの補助も受けられる。悪くない話じゃろ?」
「……話がうますぎない? 何か企んでるでしょ、あんたら」
「うふふ。企むだなんて人聞きの悪い。ただちょっと世界を救う英雄になるであろう人物を見出し、その手助けをしたっていう実績が欲しいだけよ?」
「じゃからお互い好都合というわけじゃ。大前提として世界が滅ぶのはわしらも困るしのう?」
ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべる女狐ノックスと狸女ラクーン。表情はともかく、言ってる事は意外と本音だな、これ。確かにニアを見出し手助けしたっていうのは、途方も無い実績になるだろうねぇ。
とはいえさすがにこれ以上手助けせずミニスに任せるのは辛いか。というわけで僕とミニスを小さな球形のフィールドで包み、その中の時間を弄る事で疑似的な時間停止を実現させて内緒の相談を始めました。
ミニスちゃんも突然周囲が凍り付いたように動かなくなった事で、何が起きたのか理解したみたい。僕の方を振り返って、かなり困った感じの目を向けてきたよ。もうちょっとで泣きそうなレベルの情けない顔をね。珍しい。
「……どうすんのよ、これ?」
「全てはニア様の御心のままに」
「そういうの良いから。ていうかあんたがそうやって喋る度に気持ち悪くて鳥肌が立つんだけど」
「ひっど。せっかく人が忠実に付き従う従者っぽく振舞ってるのに」
「忠実な従者っていうか、滅茶苦茶不気味で死ぬほど胡散臭いわ……」
「えぇ……」
そんな馬鹿な、僕は多少ひょうきんでありながらも完璧な従者を演じているはずなのに。仮面か? フルフェイスの仮面が悪いのか? でもこれが無いとこっそりほくそ笑む事が出来ないし、あと一応他にも被ってる理由はあるし……。
「で、どうすんのよこれ? コイツらの提案に乗っていいわけ?」
「ふーむ。正直ありがたい話ではあるんだよね。一から地道に組織を創り上げていくのはさすがに面倒臭いし。だからここは提案に乗ってあげようか。お前も村や街を一つずつ回って、街頭演説で協力を呼びかけ意識浸透から始めるっていうのは嫌でしょ?」
「え。私、そんな気が遠くなるような真似させられる予定だったの……?」
「向こうが名案出してくれて良かったね。それじゃあ時を進めるぞー」
ちょっと引き気味のミニスに前を向かせてから、僕は内緒話用の魔法を解除。
途端に周囲の動きが戻り、ニコニコと笑う二人のギルマスが戻ってくる。
「それで、どうかしら? お互いに利のある話だと思うのだけれど」
「そうね。その方が面倒も省けるし、国との軋轢も最小限で済みそうだわ。何か手玉に取られてるみたいで癪だけど、冒険者パーティとして組織を立ち上げる事にするわ」
「それは良かったわ! それじゃあ早速、冒険者登録をしましょう!」
「そうじゃの! もちろんわしの国でな!」
「は? 何言ってるの? こっちの国で登録するに決まってるじゃない。彼女は魔獣族だからこそ、こっちの国で登録した方が聖人族からの心証も良くなるでしょ?」
おっと? 何やら不穏な空気の予感。今までニコニコしてたのに、ノックスが自分の国で冒険者登録させるって口にした瞬間、ラクーンが冷たい侮蔑の表情を浮かべたぞ? これに対抗してノックスも笑顔をかなぐり捨て、嘲るような表情へと変貌する……!
「なわけなかろうが。そんなものやっかみを受けるだけじゃ。幼く強い獣人の少女じゃぞ? 脆弱な聖人族が嫉妬以外の感情を抱くわけ無かろうが。そんな事も分からぬのか?」
「決めつけが酷いわね。とにかくこの子はこっちの国で登録させてもらうわ」
「勝手に決めるな、タヌキババア。彼女は魔獣族。ならばこちらで登録するのが自然じゃろうが」
「黙れ、女狐。この子の目的を考えればこっちで登録するのが自然なのよ。引っ込んでなさい」
「何じゃと? 厚化粧の二枚舌がぁ……!」
そんな風に二人の舌戦はヒートアップ。手こそ出ないものの、耳を塞ぎたくなるような醜い言葉の応酬が始まる。僕から言わせて貰えばどっちもどっちなんだよなぁ。
「……何か考え直した方が良い気がしてきたわ」
「同感です」
そんな見るに堪えない光景を前に、僕とミニスは選択を誤ったような気分で呟いた。




