真なる勇者の誕生
⋇二年経過
⋇プロローグ後くらい
「あー、疲れたぁ……」
邪神の城に攻め込んできたクズを退治した僕は、すぐさま邪神用ボディから自分のボディに魂を戻して屋敷に帰還を果たす。最近はもういちいち邪神の城と屋敷を行ったり来たりするのも面倒だから、邪神の城に僕の細胞から作った肉人形を配置して、必要になったらそれに乗り移る形で運用してるよ。
え、いきなり話が飛んでないかって? まあ飛んでるっちゃ飛んでるかな。だって聖人族と魔獣族の停戦&同盟締結から二年経ったもん。そりゃあ話だって飛ぶよ。
「お疲れ、主~! さあ、肩をお揉みしよ~! もちろん言ってくれれば私はどこだって揉むよ~!?」
「それなら、あたしはクルスくんの足をマッサージしてあげるね! もちろんあたしだって、クルスくんが望むならどこだってマッサージするよ!」
ソファに深く腰掛けた僕に群がり、肩と足を揉むのはトゥーラとセレス。
二年経ってもこの二人は全く変わらん。というかコイツらに限らず、僕の仲間はほぼ全員が長命種だから外見も全然変化してない。変わったのは僕とミニスちゃん、それからレーンくらいかな。まあその変化も数センチ身長が伸びたり、スリーサイズが数センチ変化した程度なんだけどね。
でも世界の方は劇的に変化した。何せ両国の街や村に敵種族の姿がチラホラ見られるようになったんだからね。さすがに首都の方はまだ駄目っぽいけど、それでも最初のクソ溜めみたいな状況に比べれば信じられないくらい進歩したよ。
「あー、気持ち良い……」
「……ツッコミを放棄している辺り、よっぽど疲れが溜まっているようだね」
僕の様子に哀れみに近い声を零すのは、同じくソファーに腰掛けてる読書中だったレーン。いつも通りに立派な狐耳と狐尻尾がモッフモフですよ。二年経ってその存在に完全に順応したのか、最近じゃ櫛で尻尾を毛繕いしてる姿も見られるようになりました。身も心も魔獣族になっちゃったねぇ?
「そりゃあそうだよ。だってここ最近邪神を倒しに来る奴なんて、捨て値になった奴隷を引き連れたクズしかいないもん。わざわざそんなのの相手させられる僕の気持ちにもなって欲しいね?」
「両種族の同盟が結ばれたた事で、相対的に新たな奴隷の価値も下がってしまったからね。わざわざそれを購入して邪神に挑むような奴に馬鹿しかいないのは当然の事だろう」
世界が進歩しても、どうしても闇の部分っていうものは存在する。それが最近、邪神城に攻め込んでくるクズ共。
聖人族も魔獣族も、契約魔術が封じられたせいで新たな奴隷を作り出す事に躍起になってた。それが薬物や厳しい拷問によって自我を魔法が使えるギリギリまで破壊し、従順な人形に仕立て上げる二世代目の奴隷だ。
でもそれが完成する前に停戦と同盟が成ったから、奴隷の価値は急激に下がった。それでも需要があるのは確かだから完成自体はさせたみたいだけど、使ってるのは未だ敵種族が踏み入ってはいけない首都の防衛戦力くらい。あとは『俺が邪神を倒して英雄になってやるぜ! 敵と同盟とか馬鹿じゃねぇの!』なウェーイ系くらいだね。僕がついさっき相手してきたのが正にそれ。まあ原子にまで分解して普通に殺したけど。
「もう何かそれっぽい設定考えて、しばらく邪神城を封鎖しようかなぁ……」
常にエクス・マキナの数々はカツカツなのに、あんなクズ共のために邪神城周辺に戦力を遊ばせておくなんて出来るわけが無い。だからクズ共が来たら普通に城に通して相手してやってるけど、正直もう面倒になってきた。誰だよ、あんなご丁寧に邪神の居城を用意した馬鹿は……。
「……というか、交流するようになった割にはまともな奴らが来ないんだよなぁ。やっぱりまだそこまで心は許せないんだろうか」
「というよりは、どちらの種族ももう一歩を踏み出せないという感じだね。まあ今まで殺しあい憎み合ってきた仲だ。たった二年で過去を水に流し手を取り合うのも無理があるだろう」
「だよねぇ……」
同盟が成り、あらゆる街や村で敵種族の姿を多少は見られるようになった現在でも、凝り固まった敵意は拭えてない。程度に差はあれ差別し悪感情を向ける奴らは大勢いるし、何なら闇討ちとか集団で袋叩きにした事件だってある。
自分の生活圏に存在する敵種族に対して、大多数の人間は感情を押し殺して極力拘わらないように避けてる感じだ。ごく少数の人間は協力しあうつもりがありそうなんだけど、過去の自分たちの歴史がアレなせいか手を差し伸べる事が出来ない有様。血みどろの殺し合いを二千年くらいは繰り広げてきた仲だし、今更笑顔で友達みたいに接するとか厳しいよねぇ……。
でも僕としてはそうなって貰わないと困るわけで。世界の情勢は劇的に変化したけど最近は停滞気味だし、本当にこれどうするかなぁ……。
「――ねぇ、リアどこにいるか知らない? ケーキ買ってきたから分けてあげようと思ってるんだけど」
そんな風に頭を悩ませつつトゥーラとセレスからのマッサージを受けてると、リビングにミニスちゃんが現れた。リアにだけおみやげ買ってくるんだね、君……でもちょうど良い所に来てくれた。
「ミニスちゃん、ちょっと僕のお膝の上においで。拒否は許さんぞ?」
「……クソ野郎」
膝の上をポンポン叩いて招くと、ミニスは大人しく膝の上に来てくれた。侮蔑の表情と冷たい罵倒を零しながらね。二年経ってもこんな反応だし、本当に筋金入りだなぁ……。
とはいえ僕はこんな反応も大好きだし、気にせず膝の上のミニスちゃんを背後から固く抱きしめ、立派なウサミミに顔を埋めてたっぷり感触と匂いを堪能しました。ふかふかでもふもふで、お日様みたいな匂いがするぅ……。
「ふうっ、癒される……」
「凌辱されてる気分で心底嫌」
「やはり相当お疲れのようだね――ひゃうっ!?」
ついでに片手でレーンの腰を抱き寄せ、そのままデカい狐尻尾をもみくちゃにする。僕に触られた時だけ感度が上昇するように設定してあるから、妙に女の子な声を上げてびくびくしてたよ。おら、ここか!? ここがいいのか!?
「クッ! 私の犬耳の方が触り心地が良いのに~!」
「うーっ! あたしにも獣耳があればっ!」
「何か滅茶苦茶睨まれてるし……」
「か、代われるものなら、代わってあげたいよ……」
マッサージやってる二人は嫉妬丸出しの視線をミニスとレーンに向ける。僕の目に映ってるのは足をマッサージしてるセレスだけなんだけど、トゥーラも似たような表情してるのは手に取るように分かるよ。
「もうちょっと両種族の交流を後押しできないかなぁ。どっちの国も首都はまだ他種族禁制なんでしょ?」
「んっ……! け、懸命に後押しした結果、同盟と停戦を――くあっ!? じ、実現させたのだろう? 君は慢心と油断が抜けない男だが、この結果は――あっ!? す、素直に、誇って良いと思うよ……」
「後で耳を洗わなきゃ……」
右手でミニスのウサミミを、左手でレーンの狐耳をニギニギしながら、この停滞した状況を打開する策を考える。
僕がお疲れなことが分かってるせいなのか、レーンは特に抵抗せずされるがままだった。度々ゾクゾクする甘い声を上げながらも、僕に紛れも無い賞賛の言葉を投げかけきてるよ。ミニスちゃんはばっちぃものに触られたみたいな反応してるけど。
「そ~そ~! 主は最高~っ! 主はカッコいい~! あまりにもカッコ良すぎて濡れてしまいそうだ~っ!」
「凄いよ、クルスくん! あたし、惚れ直しちゃいそう! ますます好きになっちゃう!」
そして前と後ろから無駄に僕を持ち上げてくるアホが二人。何か背後からは興奮したような荒い息が聞こえるのが始末に負えないね。セレスに関しては恋する乙女って相当な怪物だから、これ以上進化するのはやめて欲しい気もする。
「うーん、でもなぁ……まだ何か出来そうな気もするんだよなぁ……」
しかし女神様のために犠牲も厭わずなりふり構わず突き進む僕としては、この状況が自然に解決するのを待ってるなんて耐えられない。第一もう二年も待ったんだ。これ以上待ってられる程気は長くないし、この世界のクズ共に全部任せてたらそれこそあと五年、十年はかかりそう。
何か無いかなぁ、両種族の結束を後押しできる完璧な作戦……聖人族も魔獣族もこぞって手を結び、一つの目的のために邁進させる事が出来る最高の策……さすがに僕の灰色の脳みそでも、そんな名案を思いつく事は出来ないか?
「さすがは元勇者様。世界平和の実現に余念が無いわね?」
なんて頭を捻ってると、膝の上のミニスちゃんが皮肉たっぷりに吐き捨てる。元勇者で現邪神でありながら、その正体は女神様の使徒な肩書の多い僕には、皮肉がこれでもかとグッサリ突き刺さりました。
「――そうだ! ミニスのおかげで名案を思いついたっ!」
「今のどこに閃く要素があったんだい……?」
そして皮肉が突き刺さった衝撃で、僕の灰色の脳みそはフル回転。かつてないほど素晴らしい策を思いついた僕はやはり天才だった。レーンさんが何か控えめに突っ込んでるけど気にしない。
「ミニスちゃん、ちょっと勇者になってみない?」
「……は?」
というわけで、早速その名案を口にする。
さすがに予想外だったのか、あるいは意味が理解できないのか、ミニスは肩越しにこちらを振り返って胡乱気な目を向けてきた。僕の正気を疑うような、失礼極まりない目を。
これにて15章終了。ついに停戦や同盟を結ばせる事に成功し、その上で二年も経過しているものの、主人公が最後におかしな発言をしているせいで全て持って行かれた気もする。次章、ミニスちゃんが勇者にされます。
次章も普通に隔日投稿です。ただちょっとキリが悪いので、31日の後は来年の2日ではなく1日に投稿しようかな……。