殺人鬼の正体
さて、綺麗なお月様が輝く夜の下、建物の屋上で拳での語りあい――もとい刃物での殺しあいが始まったわけなんだが……正直ちょっと見くびってたね。
僕は無限の魔力を持ってるから、できないことなんてほとんどない。そしてレーンのおかげで完璧な防御魔法も展開できたから、身の安全も保障されてる。だから殺し合いも遊びの延長みたいなものって思ってた。でもその考えが、この殺人鬼との戦いで見事に打ち崩されたよ。
「うおっ!?」
怒涛の如き激しさの連撃を捌いてると、突如として僕は体勢を崩す。
反射的に足元に視線を向ければ、少し浮き上がった床の石材に踵を取られてた。もちろんそれだけなら僕のミスって言えるよ? でも断言する。これは絶対僕のミスじゃない。
「――ふっ!」
「くっ、おおっ!?」
僕が後ろに倒れかけて隙ができたその瞬間、殺人鬼が武装術を用いた鋭い一撃を繰り出してくる。技としての武装術じゃなくて、たぶん速度を上昇させる単一の概念が込められた単純な一撃。ただひたすらに速度に特化した一撃で、あまりの速さに僕ですらギリギリのところでしか反応できなかったね。
「うわっ!? ちょ、まっ!?」
首を刎ね飛ばす軌道に何とか短剣を割り込ませて防ぐと、もう一度踵が盛り上がった石材にぶつかってバランスを崩す。
こんな絶妙なタイミングで二度も続けば、さすがに誰だって理解できるよね? これが目の前の殺人鬼が魔法によって引き起こしてる事象だってことにはさ。こんな嫌らしい攻め方してくるとか、どんだけ戦い慣れてるんだよコイツ。
「――リープ・エクストラミティズ」
そしてどうしようもなく体勢を崩した所に、ダメ押しの一撃が飛んでくる。今度は技としての、僕にすら認識できない速度での斬撃。
一撃って言ったけど、両手と両脚に衝撃があったからたぶん四撃くらい入ってるね。防御魔法無かったらたぶんダルマ状態になってるよ。そして僕には何も見えなかった。気付いたら殺人鬼が鉤爪を振り抜いた姿勢になってるんだもん。速すぎだろ、お前。
「……どういうことだ、お前」
お、初めて対話の意思を示してくれた。まあ絶対傷を負わせた場面に二回遭遇しても、相手が無傷で立ち上がるんだから当然の疑問だよね。ちなみにさっきのが二回目ね。
しかしさっきから思ってたんだけど、どっかで聞いたことあるような気がする声だな……いや、僕の知人にこんなイカれた殺人鬼はいないし、気のせいだな。とりあえず女の子な声だから性別が女性ってことを喜ぼう。ヒャッホー!
「対話をしてくれるのは嬉しいけど、主語は明確にして欲しいなぁ。君が何を疑問に思ってるのか分からないよ」
「……さっきは心臓を貫く一撃を叩き込んだ。そして今さっき四肢を切り落とす一撃を見舞った。なのに、何でお前は無傷なんだ?」
顔は見えないけど、ありえないって感じに思ってる雰囲気がひしひし伝わってくる。
そりゃ殺すの得意な殺人鬼が殺せないとかショックだろうなぁ。余裕綽々に構えてたらまたもボロ負けしてる僕の方がショックだがな!
「さー、何故かなぁ? もう少し戦ってみたら分かるかもしれないよ?」
「………………」
とりあえず挑発をしてみると、無言の怒りと微かな不安が伝わってくる。
普通に考えれば魔法による防御だって考えるだろうね。実際それは正しいし、防御魔法に加えて結界もずっと展開してるから、普通の人なら速攻で魔力が尽きてると思う。
でも無限の魔力を持ってるなんて突拍子もない発想は出てこないだろうし、たぶん魔力切れを狙ってひたすら攻めてくるだろうな、これ。いいね、楽しそう。修行にもなるし大歓迎だよ。
「……だったら、殺せるようになるまで殺すっ!」
ほら来た! その脳筋的発想、嫌いじゃないよ!
そしてまたしても正面から突っ込んできて、両手の鉤爪を用いた目まぐるしい連撃が襲い掛かってくる。しかも今回はさっきまでよりも一撃一撃が更に速いし、狙ってる部位も首筋やら心臓やら太ももやらでやたら殺意が高い。
思わず後ろに下がりたくなるけど、どうせ下がったらまた足を取られるんでしょ? その手は食わないよ?
「――ふっ!」
「うあっ!?」
とか思って気を付けてたのに、またしても足を取られた!
でも今回は石材に躓いたわけじゃなくて、凄い軽い一撃を受け止めた瞬間に足払いをかけられたんだよ。回転するチェーンソーみたいに絶え間ない連撃の最中に、いきなりフェイントかけてくるとか嫌らしすぎる。
「――クロッチ・スプリット」
「ひぇっ!?」
そして体勢を崩した僕に、殺人鬼はあろうことか股から頭までを引き裂く一撃を叩き込んできた。
痛くはない、痛くはないよ? 防御魔法のおかげで傷にもならない。でもさ、男として大切なところが物騒な爪で切り裂かれる光景を目にしたら、さすがにちょっと冷や汗が止まらんよ。身体も大切なところも思わず縮み上がったわ。
「男の大切な場所を狙いやがって……! 頭きた。もう許さん」
これには寛大で心の広い僕も怒りを抑えきれなくなった。危うく一生清い身体のまま生涯を終える所だったからね。しかも局部から身体が裂けるとかいう惨い死に方で。
今までは修行も兼ねてたから、思考速度と反射神経は大体五倍くらいに加速してたんだ。でももう知らん。一気に五十倍だ! プライド? そんなもんはない!
「なっ――!?」
立ち上がった僕は今度は自分から攻撃を仕掛けた。殺人鬼が驚いてるのは明らかに動きが速くなったからだろうね。ついでに身体強化も五倍から十倍くらいにしてるし、向こうからすればいきなり倍速くなったようなもんだ。
「ほらほらほら! さっきまでの威勢はどうしたのかなぁ!?」
そのまま僕は両手の短剣でひたすらに攻め立てていく。さっきの仕返しにこっちも人体の急所を狙って、ひたすらに速度と力でゴリ押す。
五倍だった時点で向こうは僕がかろうじて凌げる猛攻を繰り出してきたから、僕の速度が倍になって攻勢に回ったらすぐに決着がつくはず。そう思ってたんだけど……。
「くっ……!」
なかなか耐えるわ、コイツ。当たっても致命にならないのだけ無視して手傷を負いながら、致命傷になりかねない一撃一撃だけを使いにくそうな鉤爪でしっかり捌いてくる。というか速度が倍になったのに見えてるのか、凄い動体視力だな。
「――舐めんな! フォーカス・ライト!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
とか感心してたら突然目に激痛があああぁぁぁぁぁぁぁっ!
チクショウこの野郎、鉤爪に反射する月の光を増幅して僕の目に叩き込んできやがった! 反射神経も思考速度も加速してたせいでバッチリ食らったよ! ていうかこれは防御魔法素通りなの!? レーンの奴許さん!
「出でよ、大地の柱。我が足場となれ――ロック・ピラー」
とっさに全力で背後に飛んで、何も見えない目の痛みと結界に背中を強かに打ち付けた痛みにもがいてると、詠唱付きの魔法が聞こえてきた。
思わず身構えたけど僕に魔法が飛んでくることは無かったよ。ただ何かが幾つもせり上がってきたような音が聞こえたね。何も見えないから何が起きてるのかさっぱり分からん。あ、これも魔法で治せるかな? 治癒!
「――って、何だこれ!?」
一時的な失明と背中の打撲を魔法で治して、クリアになった僕の視界に飛び込んできたのは様変わりした屋上の姿。
何という事でしょう。障害物のない広々とした屋上は、殺人鬼の手によって無数の岩の柱が乱立するジャングルに変化していました。
平坦だった石材の床は、岩の柱を作り出すために根こそぎ質量を持っていかれたおかげで、見事なでこぼこの荒野になっています。建築基準を度外視して一切考慮しない、匠の技が光る――ていうかマジでナニコレ!?
「――スラッシュ」
「いたぁっ!?」
屋上の変貌具合に気を取られてると、いきなり横合いから現れた殺人鬼に左手を斬りつけられる。
痛くは無いけどつい痛がっちゃうのは癖みたいなものだ。ゲームやってて自キャラが攻撃喰らったら痛くなくても痛いって言うでしょ。それと同じ。
「って、あれ!? どこいった!?」
すり抜け様に一撃入れてきた殺人鬼に意識を向けたのに、再び姿を見失う。岩の柱が邪魔で姿が見えない――
「――ヘッド・リーパー」
「ごはぁっ!?」
今度は僕の背後から首を狩る一撃を見舞って、即座に離脱していく殺人鬼。
逃げた方向と全然違うじゃん!? ていうか今の僕でもギリギリでしか捉えられない速さだったぞ。どういうこと?
いや、待った。何だこの音? ドドドドって、まるで削岩機みたいに絶え間なく激しい音がそこかしこから聞こえる……ああ、なるほど。そういうことね。あの野郎、岩の柱を足場にして水平に跳躍しまくってるに違いない。たぶん屋上を上から眺めたらピンボールみたいな動きしてるんだと思う。詠唱で聞こえた足場っていう言葉はそういうことか。
「そして僕に襲い掛かる寸前と、逃げる瞬間だけ自分の身体能力を強化する。工夫の極致みたいなことしてんな――いったぁ!?」
頭のてっぺんに蹴りを食らって、痛くなくても思わず悲鳴を上げる。
どうも水平方向だけじゃなくて、僕が展開してる結界も足場に利用して三次元的な軌道で駆けまわってるみたいだ。聞こえてくる足場を蹴りつける音が、上下左右縦横無尽に走り回ってる。
というか人間技じゃないよ、こんなの……こいつ一体何者?
「……解析」
本格的に興味が出てきた僕は、ここで初めて殺人鬼に対して解析の魔法を使ってみた。
今までは暴力で屈服させて自分から吐かせようと思ってたから使わなかったんだ。でも相手が本当に聖人族かどうかかなり怪しいし、何より名前を呼んで動揺させてみたいからこの二つの情報を調べてみたんだけど――
名前:キラ
種族:魔獣族(猫人族)
とんでもねー情報が頭に流れ込んできて一瞬思考が停止したよ。何か聞き覚えある声だと思ったらお前かよぉ!?
⋇もちろんキラという名前の由来は殺人鬼=キラーから