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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第15章:同盟会談
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自由に生まれた

⋇前半三人称視点、後半クルス視点

⋇残酷描写あり

「――聖人族と魔獣族の同盟、か。今まで忌み嫌い憎み合っていた両種族が手を結ぶなんて、本当に驚きだな」


 部屋を暗くして夜空に輝く月の美しさを窓際で堪能しながら、一人の猫人族の男がコーヒーを啜る。

 彼の名はサイ。魔獣族の国の片隅に存在する、村というよりは街に近い集落――オクルスに住む、ごく普通の魔獣族だ。ごく普通に育ち、ごく普通の仕事に就き、ごく普通の結婚をした、何の変哲も無い一般的な魔獣族。

 一つ一般的な魔獣族と異なる点を挙げるとすれば、とある事情から聖人族と魔獣族の同盟にさほど嫌悪感を抱いていないという事くらいか。尤もそれはサイに限った話ではなく、この村の住民たち全員に言える事であったが。


「それだけ邪神の存在が脅威なんでしょう。あんな悍ましい光景を平気で世界に見せつけるような存在、一刻も早く討伐しなければ大変な事になってしまいますからね」


 窓際で黄昏れるサイに寄り添うように、一人の猫人の女性が背後から静かに抱き着いてきた。サイの美しい妻――ベリア。燃えるような赤い髪と、宝石のような煌めく青の瞳が特徴の美人な女性だ。

 しかしサイに抱き着くその身体は震えていた。恐らくは邪神による惨たらしい拷問に晒される哀れな少女たちの姿を思い浮かべ、心を痛めているのだろう。そんな彼女の心を癒すため、サイは腰を抱き寄せる形で自らの膝の上にベリアを座らせ、優しく抱きしめてあげた。

 途端に甘えるようにしなだれかかってくるのを抱き締め、長い髪を梳いてやるとすぐに震えは収まっていた。


「それにしては、随分と判断が遅かったがな。大地を操り大陸の形を変える力を見せた時点で同盟を結んでいれば、あそこまでの悲劇が起こる事も無かったかもしれないというのに……」

「仕方ありませんよ。種族など全く関係の無い邪悪極まる心を持つ者が存在すると知る人は、そう多くは無いのですから……」

「……そうだな」


 遠い過去の出来事を思い出しそうになったサイは、自らの記憶に蓋をして頷きだけを返す。

 ベリアも思い出したくもない忌まわしい記憶に触れてしまったのか、恐怖に身を縮こまらせ愛らしい猫耳を伏せている。

 聖人族との同盟に対する、この村の住人の忌避感が薄い理由。それこそがサイとベリアの過去に拘わる事であり、また思い出す事も憚られる悍ましいものであった。


「ベリア……」

「あなた……」


 故にサイはそれを忘れるため、愛する人の温もりに溺れる事を決めた。ベリアも同意見のようで、長い尻尾を足に絡ませアピールしてくる。

 幼い一人息子はほんの少し前にぐっすりと眠りに着いた所なので、リビングで事に及んでも問題無いだろう。そう判断したサイは、目の前で甘えた顔をするベリアの唇を奪おうと顔を寄せ――


「――邪悪極まる心を持つ者ってのは、例えばあたしみてぇな奴の事か?」

「なっ!? だ、誰だっ!?」


 突如として聞こえてきたその声に二人揃って跳び上がり、一瞬で体勢を立て直すと声の出所に目を向けた。廊下に続く扉がいつの間にか開け放たれており、深い闇を背にして何者かがそこに立っている。

 ベリアを背後に庇いつつ警戒していたサイは、その人物が一歩前に出てきた瞬間、あまりの驚愕に息を呑んだ。


「お、お前はっ!?」

「そんな、まさか……!?」


 背後でベリアの驚愕の声が同時に上がる。無理も無い。信じたくない気持ちはサイも同じなのだから。

 けれど目の前の光景は紛れもなく現実。月明かりに照らされはっきりと浮かび上がった謎の人物の姿は、思い出したくも無い過去の姿と瓜二つ。記憶に残っている姿よりもだいぶ成長しているが、間違いない。返り血を思わせる深い赤色をした髪に、愛らしさなど欠片も無い鮮やかな赤色の瞳。小柄ながらも内に秘めた狂気は尋常でない、生まれて来た事が間違いである猫獣人の少女。

 幼い身でありながらかつて猟奇殺人を犯し、この街より追放されたはずの元娘――キラが、そこに立っていた。


「久しぶりだなぁ、親父。お袋。久しぶりに娘に会えて、感動で言葉も出ないみてぇだな。ハグしてやろうか?」


 キラはニタリと笑い、冗談めかした口調で言いながら両腕を広げる。

 親子の再会ではあるが感動の場面などでは無い。存在そのものを忘れたかった自分たちが産み落とした狂人が、再び目の前に現れたのだ。感動の涙どころか、恐怖と絶望で腰が抜けそうになるほどだった。


「き、貴様、こんな所で何をしている! とっとと出て行け! 貴様のような異常者がこの村に近付くなど、決して許されない事だぞ!」

「そうよ! あの時は子供だったから見逃されたけど、今は違うわ! 早く出て行かないと、村の人たちを呼ぶわよ!」


 二人で全力の警戒をしつつ、さっさと出て行けと罵声を浴びせる。

 連続殺人を犯したにも拘わらず村からの追放で済んだのは、キラが幼い子供だったからに他ならない。本来なら処刑ものだがサイたちはもちろんの事、村民たちにも幼い子供を殺す罪悪感があったからだ。

 しかし今となっては追放で済ませた事を誰もが後悔していた。何年も前から国全体を騒がせていた、両目を抉り出す殺人鬼――それがあの時追放した幼い狂人の仕業だという事が、その特徴的な殺し方で理解できていたから。


「つれないねぇ? それが感動の再会を果たした愛娘にかける言葉か? ま、あたしの事を忘れるために新しくガキをこさえてたみてぇだし、その反応も仕方ねぇか。しかしあたしの弟にしちゃ随分まともだったな?」

「はっ!? お、お前、まさか……まさか!?」


 その言葉で、血の気が引いて倒れそうになるサイ。

 血縁上は確かにキラの弟にあたる存在がいる。キラを追放した数年後に生まれた、腕白な男の子だ。この異常者とは異なりどこにもおかしなところは無く、悪戯をしてしまってもしっかり謝れる善悪の観念がしっかりした子。

 だが、何故その存在をキラが知っているのか。そして何故、息子の髪と同じ色合いをした毛の塊を手にしているのか。どうしてその毛の塊からポタポタと真っ黒な雫が滴っているのか。


「――ほらよ」

「なっ!?」


 一つニヤリと笑い、その手に持っていた何かを放ってくるキラ。咄嗟に受け止めたサイは、その物体と正面から顔を合わせてしまう。

 それは両目を抉り出され、眼窩にぽっかりと穴が開いた、幼い少年の生首だった。目が無くとも、首だけでも、それが誰なのかはっきりと分かってしまう。見間違えることなどありえない。何故ならこの少年は、他ならぬ愛しい一人息子なのだから。


「あっ……ああぁっ、うあああぁあぁぁあぁっ!!」


 変わり果てた息子の姿に動揺を抑えきれず、息子の生首を抱きしめながら絶叫を上げてしまうサイ。

 その反応でベリアも全てを理解してしまったのだろう。怒りのあまり砕けるほどに歯を噛みしめる音がすぐ隣から聞こえてきた。同時に悍ましい殺人鬼を殺すために、床を蹴り跳びかかる音も。


「貴様あああぁあぁぁぁぁぁっ!!」

「遅過ぎだぜ、お袋」

「っ――」


 だが、相手は生まれながらの殺人鬼。絶対に殺すという気迫を滲ませて飛び掛かったベリアは、赤子の手をひねるようにあっさりと首を斬り落とされ迎撃された。そして愛しい妻は首と胴体に別れ、そのままリビングの壁に激突して血飛沫を撒き散らす。


「あ、あぁ……!? そんな、ベリア……!」


 たった一瞬。その一瞬で愛しい妻と愛する息子を失ってしまった。その絶望と悲哀はどこまでも深く、夢なら覚めて欲しいと切に願った。

 しかしこれは紛れも無い現実。その証拠に部屋の中に漂う血臭はむせ返りそうなほど濃い物であり、何より腕の中の生首が何よりも強い血臭を振りまいていた。

 これが現実ならば、愛する家族を殺した殺人鬼に復讐を果たさねばならない。敵わないまでも、一矢報いなければならない。サイはそう決意した。


「さ、家族仲良くあの世に送ってやるよ。何か言い残す事はあるか、親父?」


 だが絶望から立ち直るのが少しばかり遅かったらしい。殺意を込めた目で睨み上げれば、そこにはすでに鋭い鉤爪を振り被るキラの姿があった。返り血に塗れ、月光に照らされた酷く不気味な姿は、娘どころかとても人間とは思えない冒涜的な姿。悍ましい化け物に見えなかった。


「……殺してやるっ! 死んでも絶対に、呪い殺してやるっ!」


 そんな化物に心の底からの呪詛を浴びせかけながら、サイは拳を握って飛び掛かる。あらん限りの殺意を乗せた、全身全霊の一撃で憎き殺人鬼を抹殺するために。


「――つまんねぇ遺言だな」


 しかし直後に白刃が月光に煌めき、サイの視界がくるくると回り激しく揺れ動く。

 最後にサイが見たのは、頭部を失った自分の身体が力なく倒れ伏す光景だった――





「……ふうっ、スッキリしたぜ。これで過去の因縁も消えた。あたしは自由だ」


 終わったみたいだからリビングに入ってみると、そこにはとんでもない光景が広がってた。

 首を失い鮮血を噴き上げる死体が二体と、リビングの中心で返り血に塗れたキラが月明かりを浴びて両腕を広げてる光景。一瞬扉を閉めて見なかった事にしようかと思ったよ。そこそこ絵になってるのも腹立ったしね。

 まあここまでの流れを見れば誰でも分かるだろうけど、キラが望んだのはかつての家族を殺す事だったってわけ。この直前にも子供の寝室に行って、知らぬ間に出来てた弟に『こんばんは! 死ね!』ってやったからね。肉親の情とかは欠片も無いっぽいです。え、僕? もちろんあるよ。当たり前だろぉ?


「自由とか言ってるけど、厳密には僕に束縛されてるようなもんじゃない?」

「そいつは良いんだよ、別に。あたしが自分の意志でそれを望んでんだからな」


 思わずツッコミを入れるも、キラ的には何かOKらしい。気にした様子もなく母親の生首を拾い上げると、凄まじい形相で睨みつけてきてるその目にスプーン突っ込んでたよ。これやっぱり追放じゃなくて処刑してた方が良かったんじゃね?


「やっぱ血族の目だけあって何か特別感があるな。憎々し気に睨みつけてきてるのもポイント高いぜ」

「大丈夫? 何かある種の呪いがこもってそうな気がするよ?」

「おいおい、たった三人しかいない血族の目だぜ? 呪いだ何だで見逃せるかよ。つーか仮に呪いとかあったとしても、お前なら何とか出来るだろ?」

「そりゃあまあ、たぶん出来るけどさ……」


 確証はないけど、何とかできるって自信はわりとある。たぶんこの世界では呪いっていうのは、恨みつらみを糧に戒律を課して遺された呪法みたいなものだろうし。『命と引き換えにお前を殺す!』っていうのが戒律の内容で、殺意や憎悪が魔法を強化し呪法になってる感じ? ぶっちゃけ女神様の寵愛を受けてる僕なら、魔力のゴリ押しでどうとでもなっちゃうしな……どっかの宇宙の果てにいるであろうヤバい大天使以外は。


「そんじゃ、何かあったら頼むぜ。あとこの後もよろしくな」

「はいはい、分かったよ。クソッ、人の心の機微なんて分からないクズの癖に……!」


 コレクションの採取を進めるキラはひらひらと手を振り、この後の行動を促してくる。未だにぶり返す賭けの敗北による悔しさに悪態を零しながらも、僕はキラの家族の家を出た。

 本当にどうしてコイツが賭けの一人勝ちしたんだか。人の心なら僕の方が理解出来てるはずなのに……。


「ご主人様、ご主人様! 早く始めよう! リアも楽しみ!」

「はいよ、それじゃあまずは上の方に行こうか」

「うん!」


 家の外で待ってたリア(復讐達成でお肌ツヤツヤ)と合流し、二人で空へと舞い上がる。そうして村を一望できる程度の高さまで来た所で、改めてじっくりと村を観察する。

 うん。確かにこれは大きい方の村だな。ミニスの故郷を馬鹿にするのも納得出来る。あっちは村っていうより集落だったけど、こっちは村と街の中間って言って良い程度には栄えてるし、建物も木造建築のみじゃないしね。何より寂れてるけどちゃんと冒険者ギルドもあるっぽい。ミニスの故郷と比べるのは失礼だね。まあ今から滅ぶんだが……。


「よし、ここまでくれば大丈夫かな? それじゃあ村を結界で覆い隠して、っと」


 早速村をドームみたいな半球状の結界で覆い、出入りを封じる。元々僻地にあるせいで人の往来も少ないっぽいし、夜間ならこんな真似をしても問題は無い。ざっと調べた感じではこっちに向かってるような旅人もいないし、少なくともこれから行う事は誰に咎められる事も気付かれる事も無いかな。実に好都合だ。


「そして村の所々に、リアとの因縁深きサキュバスを素っ裸で放逐っと」


 次にリアが散々蹂躙して、半ば廃人っぽくなってる故郷のサキュバスたちを村中に配置。素っ裸で両腕を後ろ手に戒められ、更に魔法も封じられてるから完全に無力な存在に成り下がってるよ。

 あ、飛んで逃げたりしないように翼は斬り落としてます。訳も分からず見知らぬ街に無防備極まる姿で送り込まれたせいか、皆ビビッて腰抜かしてるみたい。素っ裸で這いずりながら、安全な場所に逃げようとしてるよ。芋虫みたいでウケる。


「ご主人様! 早く早く!」

「せかすな、リア。まだキラが来てないから始められないぞ」

「むー! キラちゃーん! はーやーくー!」


 主役が来ないとここから進めないので、リアは大層ご立腹。豆粒みたいに小さく見えるキラの両親の家へ、大きな声で呼びかける。距離があり過ぎてたぶん聞こえてないだろうけどね。消失(バニッシュ)中だから街の人たちにも聞こえて無いんだけど、たぶん未使用でも聞こえないんじゃなかろうか。

 実際聞こえて無かったみたいで、キラが僕らの元に飛んできたのはそれから数分くらい後だったよ。リアがぷんぷん怒ってて大変だったぞ!


「待たせたな。んで、もう準備は出来てんのか?」

「もちろん。いつでも始められるぞ。そっちこそ心の準備は出来てるのか?」

「んなもん必要ねぇよ。んじゃ、さっさとやってくれ」

「図太い神経してるなぁ……了解。それじゃあリアは静かにね?」

「はーい!」


 元気よくお返事したリアを尻目に、僕はキラに向けてとある魔法を行使する準備に入る。これタイミングを良く考えないと凄い台無しになる可能性があるからね。ちゃんと合図を出す事にしました。


「三、二、一――スタート!」

『――よお、聞こえるか? オクルスに住むクズ共。あたしはタナトス。邪神の真の右腕、タナトスだ』


 僕が合図を出して用いた魔法――肉声を思念に変換して人々の頭に直接届ける魔法によって、キラは故郷の人々に語り掛け始めた。自分を邪神の真なる右腕と主張しながらね。もしかしてミニスちゃんにその位置を取られたの、まだ気にしてる……?

 突然の家族登場からの家族全滅。しがらみから解き放たれてキラさんはご機嫌です。

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