復讐は蜜より甘い
⋇性的描写あり
⋇残酷描写あり
⋇暴力描写あり
「はあっ。最近村に男が来なくなったわねぇ……」
まだまだ冬の寒さが漂う昼下がり。サキュバスであるセーノは、日光浴をしながら男との交わりを熱望して呟いた。
セーノが住むバーシウムの村は、魔獣族の国の片隅に存在する小さな村だ。住人は皆がサキュバスであり、当然ながら全員が美女に美少女揃い。無論セーノも例外ではなく、スタイルが抜群なのは当然として、自らの髪と瞳に絶対の自信を持っていた。
腰元まで伸びる長髪は、黄昏と宵の狭間を表すような美しい紫紺。切れ長の瞳はピンクダイヤにも似た煌めきを放つ鮮やかな桃色。村から出た事の無いセーノだが、この美貌があればどんな男でも手玉に取る事が出来ると確信していた。そう、男さえいれば。
「仕方ないじゃない。この村に来た男は搾り取られて死ぬって噂も立ってるみたいだし、老い先短い奴くらいしか来ないわよ。もうそんなんでも良いから来てくれないかしらねぇ」
「まして最近は邪神だのエクス・マキナだので物騒だものねぇ……あー、早く新しい男とヤりたいっ! できれば年端も行かぬ小さな男の子とかが良いかも?」
共に日光浴をしていた友人二人も、男がいないこの状況に欲求不満が溜まっているらしい。
正確には一人もいないわけではないが、アレは何十年も繰り返し使用したために村の住民全員が飽きてしまったのだ。今では子作りの時か、まだ若いサキュバスにしか使われていない。
「とりあえず村を訪れる男がいたら、絶対に逃がさないようにしましょ? 魔王は聖人族と同盟を結んだらしいし、もしかしたらこの村に何も知らない聖人族の男たちが来るかもしれないわよ?」
「フフッ、良いわねぇ。聖人族ならヤり過ぎで殺しちゃっても心が痛まないわぁ。むしろにっくき聖人族が私にイカされまくって無様な姿を晒す事を考えると、それだけでもうイっちゃいそうよ……」
「その時が待ち遠しいわねぇ……あら?」
などと話していると、不意にセーノは村の外に幾つかの動く影を見つけた。距離があるため詳細はわからなかったが、シルエットからしてエクス・マキナや魔物の類では無さそうに見えた。
「噂をすれば、客人かしら……?」
「えっ、本当!? ヤバッ、服着なきゃ!」
「絶対逃がしちゃ駄目よ! とっ捕まえて新しいペットにするんだからね!」
生まれたままの姿で日光浴をしていたため、友人たち共々服を身に着け出迎える準備をする。
身体には一部の隙も無く自信があるので、別に全裸を見られようが問題無い。ただ普通に考えて全裸で挨拶をするのはサキュバスというかただの痴女なので、来訪者を逃がさないために常識ある振る舞いをしているのだ。もちろん上手く手籠めにした後はその必要もなくなるが。
「やっぱり、あれは人ね。しかも三人はいるじゃない。この村に同時に三人も訪れるなんて、こんな事今まであったかしら……?」
「ん、待って? あれって同族じゃない?」
「なーんだ、期待してがっかり――って!? な、何よあの姿は!?」
来訪者たちの姿がはっきりと見えて来た所で、セーノの友人が驚愕の叫びを上げる。
しかしその反応も当然だった。何故なら村を目指して歩いてくるその人物たちは、あられもない姿を晒した同族――サキュバスたちだったのだ。酷く無骨な首枷のみを身に着けた、一糸纏わぬ裸体を惜しげもなく晒した状態の。
一瞬何かのプレイなのかとも思ったが、彼女たちの表情を見てセーノは尋常でない状況だという事を理解した。生まれたままの姿で広い世界を歩くという、興奮のあまり絶頂してもおかしくない状況下にも拘わらず、彼女たちの表情に生気は無く瞳は濁り死んでいたから。
「あ、あなたたち、一体どうしたの!? 幾らサキュバスでもそんな恰好でうろつくなんて駄目よ!?」
「そうよ! そそられる気持ちは分からないでもないけど!」
「ちょ、ちょっとあなたたち! 待ちなさい!」
友人二人はその悍ましい様子に気付かなかったのか、大慌てでサキュバスたちに駆け寄って行く。こちらも慌てて二人を止めようとしたが、出遅れたせいで間に合わなかった。
「ご……ごめん、なさい……」
「え? あなたたち、一体どうし――うぐっ!?」
「ちょっとあなたたち!? いきなり何を――きゃあっ!?」
謎のサキュバスたちはぽつりと謝罪の言葉を呟いたかと思えば、突如として機敏な動作で友人たちに襲い掛かる。拳や脚を力の限りに振るい、サキュバスとは思えないほど乱暴かつ暴力的に。二人が抵抗を止めるまで執拗に。
その恐ろしい光景にセーノは後退り、魔法を用いて二人を助けようかと考える。しかしそれにはこのサキュバスたちを攻撃しなければならず、泣きながら謝罪を繰り返して震えた拳を振るうその姿を見ると、どうしても攻撃を行う事が出来なかった。
「ごめんなさい……大人しく、村の中央まで、来てください……」
「わ、分かったわ。大人しく従うから、乱暴な事はしないで……?」
結局攻撃を仕掛けなかったセーノには暴行を働かず、そんな命令を懇願に近い形でしてくる謎のサキュバス。拒否すれば友人たちのように袋叩きにされるのは目に見えているので、抵抗せず言われるがまま行動する。
散々タコ殴りにされた二人も、これ以上暴行されるのは嫌なのだろう。グスグス泣きじゃくり、足を引きずりながらもセーノと同じく村の中央へと向かった。
「村の住民全員が、集められてるの……?」
村の中央は大きく開いた広場のようになっているが、今そこには村の住人たちが集まっていた。どうやら謎のサキュバスは三人だけではなかったらしい、広場には他に七人もの全裸首輪サキュバスの姿があった。セーノたちを連れてきたのと同様に、村中から住民たちをここに集めたようだ。不安と恐怖の滲む表情を浮かべ寄り添いあっている住人たちを遠巻きに囲み、彼女たちよりも酷い表情で立ち尽くしている。
いっそ気の毒になるほど憔悴し恐怖しきったその様子が大いに困惑を呼び、住民たちは誰も反撃や抵抗を試みる者はいなかった。恐らく自分の意志での行為ではないという事は、彼女らの頬や両肩に刻まれた数字の焼き印を見れば明らかだったから。
「ご、ご主人様……村のサキュバス全員を、集めました……」
セーノたちを集められた住民の塊に押し込むと、謎のサキュバスの一人が恐怖に震えた声で虚空に呼びかける。
やはり彼女たちは自分の意志でこんな真似をしているわけではないようだ。ならばこれから現れる人物こそ、彼女たちを恐怖で支配し、全裸に首枷のみの姿で使役している腐れ外道。一体どんな悪漢が現れるのか、セーノは緊張と微かな恐怖に息を呑んでその瞬間を待った。
「――うん、ご苦労様!」
「……えっ?」
そして現れたのは、何と子供だった。一瞬にしてその場に現れた事はさておき、それはどう見ても小さな女の子。綺麗な桃色の髪と、同色の丸い瞳が実に愛らしいいたいけな少女。そして自分たちと同じ大きな角と細長い尻尾を持った幼女。
セーノは一目で理解した。周囲の住民たちも同様に理解したのが雰囲気で伝わってきた。アレも紛れもなく同族――サキュバスだという事が。
「う、嘘でしょう!? あなたまさか、フェリア!?」
しかしそれ以上の事を理解した人物がいた。その人物は幼いサキュバスを前にして、驚愕の面持ちで声を上げる。まるで死んだはずの人間を目の前にしたかのように。
「そうだよ、ママ。ママの娘のフェリアだよ。出来損ないで生きる価値の無い娘に再会出来て嬉しい? リアはとっても嬉しいよ?」
幼いサキュバスはにっこりと愛らしく笑いながら答える。しかしその目は全く笑っていない。薄汚いゴミでも見るような蔑みに満ちた、どこまでも冷たい瞳をしている。
「フェリア……まさか、あのフェリア……!?」
その幼女然とした喋り方と一人称を耳にして、セーノはようやく思い出した。フェリアとはかつて、この村に住んでいた幼馴染。セーノがたっぷり世話を焼いてあげた、子供の姿から成長しない出来損ないのサキュバスの名前だという事を。
十年以上前に姿を消したため、セーノも今の今まで忘れていた。しかしこの場ではっきりと思い出した。目の前の幼いサキュバスこそが、かつての幼馴染だという事を。相変わらず毛ほども成長していない事に対しての驚きはないが、生きていた事自体は全く信じられなかった。
「勝手に消えてくれたと思ったら、まだ生きてたのね。てっきりどこかで野垂れ死んでるものだと思ってたわ」
「うん、危うくそうなる所だったよ。サキュバスはエッチな事しないと死んじゃう種族だって、誰も教えてくれなかったもんね。でもリアは目的のために頑張って生きてたんだよ。そしたらとっても凄い人に助けて貰えたの。後でママにも会わせてあげるね?」
幸せそうに笑いながら、母親に言葉を返すフェリア。何故かは分からないが、その幸福に満ちた笑みだけは淀んでいない本物の笑顔だった。
しかし次の瞬間にはそれが見間違いだったかのように歪み、暗く淀んだ瞳が勘違いしようも無くセーノに向けられた。その闇よりも深い暗黒の瞳への恐怖に一瞬息を呑むも、努めて平静に振舞い視線を返す。
「……久しぶりね、フェリア」
「アハッ! セーノちゃんもリアの事覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ、忘れられてたらどうしようって思ってたよ」
「忘れるわけないじゃない。だって私達、友達でしょ? あんたが突然いなくなったから、皆寂しかったのよ?」
放たれる謎の圧力に耐え忍びながら、友好的に笑いかける。
もちろんついさっきまでは忘れていたし、別に友達だとも思っていない。だがこの場を支配しているのは明らかにフェリア。全裸に首輪のみのサキュバスたちを従え、本人はまるで着せ替え人形のような愛らしい衣装を身に纏っているのだ。先程の『優しい人に助けて貰えた』という発言から考えるに、幼女を好む変態の権力者にでも飼われているのだろう。だとすると悔しいが無暗に反抗するわけにも行かなかった。
「ふーん、寂しかったんだ。でも、それって遊べる玩具が無くなったからつまらなくなっただけだよね? それなのに良くリアの事を友達なんて言えるね?」
「な、何言ってるのよ。私たちは友達でしょ? そりゃあちょっと意地悪をしちゃった事もあるけど、所詮は子供の頃の話じゃない。大人同士、過去は水に流して仲良くしましょ?」
図星を突かれて少々焦ったものの、懸命に笑みを形作って友好的に語り掛ける。
聖人族ならともかく同じ魔獣族の女性に焼き印を入れ、全裸と首輪のみの姿で従えるなど決して許されない事だ。それを行い、あまつさえフェリアの部下のように使わせている辺り、その飼い主はどう考えても並大抵の権力者ではない。犯罪を生業とするクズか、それこそ魔王レベルの権力の持ち主としか考えられなかった。
そんな人物に気に入られていると思しきフェリアに高圧的に出られるわけもない。内心の屈辱を押し殺し、セーノは極めて友好的かつ低姿勢で接していた。
「……フフッ、ハハハハハッ! アハッ、アハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハッ!!」
だがそんなセーノの努力を嘲笑うかのように、フェリアはけたたましい笑い声をあげる。
おかしくて仕方がないとでも言うように腹を抱え、呼吸が乱れ涙が零れる程に。その不気味な姿に住民たちの間に恐怖の感情が広がるものの、一番恐怖しているのは自分たちを取り囲む全裸に首輪のサキュバスたちだった。
「凄い! ご主人様の言った通りになった! 苛めた奴らは自分がやった事、全然悪い事だって思ってないんだ! まさか本当にこんな事言われるなんてびっくり! あー、良かった。セーノちゃんがクズのままで。これで心置きなく、お返しできるね?」
ひとしきり笑ったフェリアは目から鱗が落ちたかのように驚きを示し、目尻に浮かんでいた涙を拭う。涙が晴れた後に現れたのは、怒りや憎しみといった悪感情に汚れた薄汚い桃色の瞳。
どうやら平身低頭で接するだけ無駄だったらしい。フェリアは最初から自分を許す気などなかったのだ。こんな奴に人の良い笑顔を浮かべるのも馬鹿らしくなったセーノは、即座に笑顔の仮面を放り捨てて侮蔑の視線を向けた。
「お返し? 何? まさか復讐に来たの? そんな何年も前の事を根に持ってるとか馬鹿じゃないの? 見た目だけじゃなく中身までガキとか、本当に救いようが無いわね」
「セーノちゃんはいつもやる側だったから、やられる側の苦しみなんて分からないよね。だからそんな事言えるんだよ。でも大丈夫! 今日はリアが、やられる側の気持ちをいっぱい味わわせてあげる――変身っ!」
「っ!?」
掛け声と共に、フェリアの身体が光に包まれる。その眩しさにセーノは思わず目を背け、光が過ぎ去った後に恐る恐る視線を戻した。
「な、何よ、その姿……」
そうして瞳に映ったのは、様変わりしたフェリアの姿。大きな角は歪に捻じれ折れ曲がった無秩序な形へと変貌し、翼は一枚一枚が刃物より鋭い羽根を揃えた物騒な黒翼へ変化している。手首には燃え盛る黒炎がアクセサリのように巻きつき、二股に別れた細い尻尾がうねる様はまるで獲物を狙う蛇。サキュバスとは思えないほど悍ましく変貌したフェリアの姿が、そこにあった。
「――さあ、楽しい楽しい復讐の始まりだよ!」
純真ながら狂気に染まった笑みを浮かべ、フェリアは翼を広げて言い放つ。直後にその黒翼から夥しい数の鋭い羽根が矢のように放たれ、セーノたち目掛けて襲い掛かってきた。
テンション最高潮のリア。楽しそうで何よりです。