願いと復讐
「私と主の愛の巣に帰還だ~っ!!」
「それを言うならあたしとクルスくんのだもん!」
「何を~!? やるか、小娘~!?」
「上等っ! 正妻の座を賭けて勝負だ!」
「元気だなぁ、アイツら……」
屋敷のエントランスに転移で戻ってくると、すぐさまトゥーラとセレスは不毛な争いを始めて再び姿を消した。たぶん地下闘技場に転移してタイマンでもするつもりなんじゃないかな。ていうか何でうちはそんなに闘技場の使用率高いの? 何ならトイレよりも使われてない?
「あれ、レーンは早速お出かけ? どこ行くの?」
「無論、書店だ。二ヵ月も留守にしていたからね。何かしら興味を引く本が入荷している事だろう」
「あ、じゃあ途中まで私も一緒に行って良い? レキたちにお土産とか買いたいし」
「君なら構わないよ。ついでに君の用事にも付き合おう」
「ありがと。じゃあその前にハニエルを部屋に戻してくるわ。ほら、こっちよ。転ばないようについてきて?」
「翼が大きいせいで危なっかしいね。私も手伝おう」
そしてマイペースな魔術狂いは帰ってきて早々本屋に行く模様。最低限着替え自体はしてるっぽいけどね。
ミニスちゃんはミニスちゃんで、妙に慈愛に満ち溢れた顔でハニエルをお部屋に連れて行く始末。あの様子だと両種族の同盟会談を見せても心は治らなかったみたいだね。本当に手のかかる大天使だなぁ? もういっそ魔法で記憶を弄る事も視野に入れるか?
ていうか、何かレーンがハニエルの介護を手伝ってる……前から仲は良い方だったけど、更にミニスちゃんと仲良くなってない? 気のせい? ずるくない?
「さあ、ヴィオ。寝室に行くです。二ヵ月濃厚接触できなかった不満は、あの程度では解消されてないですよ」
「こらこら、リリィ? その前にお仕事しないと駄目だよ」
ちょっとした不満を感じる僕の近くでイチャついてるのは、メイドと執事の猟奇カップル。ただしヴィオ君は比較的良識があるみたいで、両手両足で抱き着きキスしまくるリリアナを何とか引き剥がそうとしてたよ。
「いや、良いよ。今日から三日くらいはメイドと執事業、それから看守のお仕事も休みにしてあげる」
真実の愛を持つ者には寛容な僕は、二人にしばらく休暇をあげる事にした。
三日くらいならメイドも執事もいなくても大丈夫だ。それくらいなら地下牢の奴らに水も餌も与えなくても大丈夫だろうしね。最悪牢の中の洋式便器に水が溜まってるから、人の尊厳を捨て去ればなんとかなる。
「聞いたですね? さあ、行くですよヴィオ」
「わっ、ちょっと!? ご、ご主人様、すみません! それでは!」
「どいつもこいつもマイペースだなぁ……」
そうして血走った瞳をしたリリアナに引きずられていくヴィオ。結構尻に敷かれてる節があるな、アイツ……ていうかこの屋敷の男性陣は大体似たようなもんか? 女運最悪の吸血鬼を除いての話だけど。
「……それで、お前はどうするつもり?」
「無論、我はしばらく地下に閉じこもる。あのような狂人共との旅で我の心は疲弊しきっている。早急に深い癒しが必要だ」
その女運最悪の吸血鬼に尋ねると、実に闇の深い答えが帰ってくる。言ってる事自体はおかしくないんだけど、『早急な癒し』っていうのは『死人もどきのメイドたちとの乱交パーティ』だからなぁ……心が疲弊しきる前からヤベーんよ。
「他人の趣味をとやかく言うつもりは無いけど、そこで死体に癒しを求める辺りもう終わってない?」
「あんな狂人共を侍らせている貴様に言われる義理も無いがな」
「アッハッハ。やめて? 正論で殴るのは禁止カードだぞ?」
軽い気持ちで指摘したらとんでもねぇ正論で殴り返されて、ちょっと泣きそうになっちゃう。
そうなんだよねぇ。バールの場合は本人が散々女に裏切られ酷い目に合わされ歪んだ結果、物言わぬ死体の魅力に目覚めちゃっただけだし。でも僕の女たちは大体元から狂ってる奴が多いから何も言い返せないわ。セレスでさえアレだし……。
「……狂人と言えば、二人ほど姿が見えないな? 今も護衛を継続中のあの二人はともかくとしてだ」
ここでバールはエントランスを見回す様に視線を左右に向ける。
姿が見えない二人っていうのは、たぶんキラとリアの事だね。実際あの二人はここに帰ってきてない。何故かというとあの二人が転移する前に僕が魔道具に干渉して、転移先を変更した上で更に魔道具の使用も封じたから。
「あの二人はとりあえず邪神の城に送っといたよ。ちょっと大事な話があるからね」
「話……?」
僕の発言にバールは胡乱気な目付きになったけど、すぐに興味も失せたみたい。さっさと転移を発動して地下の自分の生活領域に向かったよ。
ていうか渡した魔道具、いつ返して貰おう。何かみんな当たり前のように使ってるなぁ……。
「――んで? わざわざこんな所にあたしらを閉じ込めやがって、一体何の用があるってんだよ?」
「ねー。ご主人様、変に演出に拘るからちょっぴり不安……」
満を持して邪神の城へと転移し、玉座にふんぞり返りながらキラとリアを見下ろすカッコいい僕。そんな僕に対して注がれる不躾な視線と、投げかけられる失礼な発言。
不機嫌そうなキラはともかく、何でリアはそんなに不安がってるんだ。演出に拘って何が悪いよ? 大切なお話をするならそれ相応の雰囲気は必要だろぉ?
「二人をここに飛ばしたのは大事な話をするためさ。これからまた世界が大きく変わるし、その前にやり残してる事はやっておこうと思ってね」
「やり残した事ー?」
「リア、地下のサキュバスたちを苛めるのは楽しい?」
可愛らしくも首を傾げるリアに対して、そんな問いを投げかける。
もちろん聞かなくても答えは分かるよ? 屋敷で二人きりで過ごしてた時、地下牢のサキュバスたちにメイドさせて折檻して楽しんでたのは記憶に新しいしね。ただ雰囲気と話の流れを作るためにもあえて尋ねました。
「うん、すっごく楽しいよ! この前も色々やって面白かったよね!」
当然リアは満面の笑みで頷く。一切の曇りが無い、幼女特有の純真無垢な笑みだ。
嘘みたいだろ? こんな笑顔してる癖に、サキュバスメイドたちに舌で屋敷を掃除させたりしたんだよ? 洗剤でうがいさせた挙句、掃除にも洗剤を使わせて舌で舐めとる方式でね。当然洗剤中毒で吐き戻したり腹痛でのた打ち回ったりするサキュバスが出たけど、コイツは嬉々として折檻という名の拷問しまくるんだもん。この笑顔って完璧に詐欺だよね。
「うんうん、それは良かったね。でもさ――そろそろ本当の仕返しもしたくない?」
「……どういう、事?」
僕のその言葉に、一瞬でリアの表情から笑顔が抜け落ちる。愛らしい幼女の姿は今は無く、そこにいるのは環境が生んだ幼女の皮を被ったモンスター。鮮やかなピンクの瞳は、今やどす黒い悪意に暗く淀んで見る影も無い。でもこれこそがリアだよな! 僕はこっちの方が好きだよ!
「どうもこうもないよ。お前を苛めた連中と村に復讐をしようって話さ。今を逃すとだいぶ忙しそうでタイミングも無いしね」
そうして僕が口にしたのは、リアが今までずっと望んでた事。死の淵にあっても醜く生にしがみつくほどに渇望していた、果たすべき目的――復讐の成就。
僕の力を使えばいつでも復讐は出来たけど、今までやってなかったのはひとえにリアが自分だけの力でやりたがってたから。自主性を重んじる理解ある男の僕はその意志を尊重して、今までその機会を与えるタイミングだけ窺ってたんだよ。元々リアもリアで復讐のために牙を研いではいたし、もうその力は十分あるだろうからね。
「それで、どう? やる?」
だからこそ、このタイミングで機会を与える事にした。ここを逃すと両種族の往来が盛んになって、色々と後始末が面倒になりそうだし。
すでに場所とかはしっかり把握してるし、何ならリアの故郷から出て行って別の街や村にいるサキュバスの住所も調べてあるよ。復讐に行ってその対象が不在とか可哀そうだもんね。すでに死んでるのが二人くらいいたけど、そいつらも墓を暴いて遺骨をゲットしてるので、ヴィオくん方式で無理やり復活させられます。
「……フフッ、アハハハ! アハハハハハハハハッ!!」
僕の問いに対して、リアは唐突に笑い始める。ケタケタと壊れたように、あるいは狂ったように。いや、最初から狂ってたからこれ以上狂えないか。一周回ってまともになっちゃう。
「やるっ! やるよ、もちろん! 遂に復讐が出来るんだね! リア、とっても楽しみ! アハハハハハハッ!!」
そうして長い髪をなびかせながらご機嫌に踊り、ひたすらに歪んだ喜びの笑いを零すリア。
本人の小ささと幼さ、そしてサキュバス譲りの美貌のおかげか、まるで妖精が踊ってるみたいに可愛く幻想的に見える光景だ。背景を花畑にすると凄く似合うかもしれない。主に彼岸花とか。
「それでいつやるの!? 今から!? 今からでもリアは大丈夫だよ!」
「即断即決は思い切り良くて大変結構だけど、日時はキラの方の話も聞いてからね」
「それだよ。結局あたしとは何の話なんだよ」
そこまで黙ってた、というかぼーっと待ってたキラがボリボリと頭を掻きながら口を開く。
この様子だと覚えてないのかな? だったらこっちも忘れた事にしちゃおうかな……いや、仮にも自ら賭けを提案してそれに負けたんだ。だったらちゃんと誠意を見せなきゃならんよな。めっちゃ認めたくないけど。
「非情に悔しい事に、お前はセレスの反応を予想する賭けで一人勝ちしたからね。それもピンポイントで。だからとっても不本意だけど、ちゃんと賞品は渡さないといけないよなぁって思って。大変屈辱だが」
「へぇ? そういやそんなもんもあったな」
「そうだよ。だからその賞品として、お前の願いを叶えてあげよう。よほど実現不可能な願いじゃない限りは何でも受け入れるぞ」
「そいつは良いねぇ。さて、何にするかな……」
どうやら興味が出て来たらしく、キラはニンマリ笑いながら思案する様子を見せる。やっぱり忘れてたな、コイツ……。
「まずはどんな風に仕返ししようかなー! あ、でもそういうのは捕まえちゃった後にいっぱいできるし、まずはとにかく苦しめようかなー! 全身に羽根を突き刺して、火炙りにして、それからそれから――うーん、迷っちゃうっ!」
そんなキラの周りを、とってもご機嫌に笑いながらクルクルと回るように踊るリア。その愛らしい口元から零れるのは残虐極まる拷問メニューの数々。声音自体は可愛いのに内容が酷すぎる。音声無しだと何を言ってるのか当てられないでしょ、これ。
キラちゃんもその見た目と内容のギャップが気になったのか、不意に考えるのを止めてリアに視線を向けてたよ。まあこれは気になるのも無理はないよね。よりにもよってキラの周囲をグルグル回ってたし。
「……おい、リア。ちょっと耳貸せ」
「なになに、どうしたのキラちゃん!? キラちゃんも一緒に来てサキュバスたち拷問する!? ちょっとくらいならやらせてあげても良いよ!」
なんて思ってたら、キラは唐突にリアを猫掴みで持ち上げる。猫が猫掴みをするという衝撃の行為はさておき、無駄に瞳を輝かせたリアはされるがままだった。挙句の果てにキラを復讐に誘う始末。
「―――――」
そんなリアの耳元に口を寄せ、何やらボソボソと囁くキラ。
一体何を話してるんだろうなぁ。まあどうせろくでもない事だっていうのは分かるけど。
「うんうん……えっ!? 何それ面白そう! でもそんな事出来るの!?」
「幸いコイツが何でも叶えてくれるみてぇだからな。そりゃあ大概の無理は押し通してくれるだろうよ」
「そっかー……!」
キラの言葉にリアの瞳の輝きが三割くらい増す。
ただでさえ幸せの絶頂って感じだったリアのテンションを更に上げるだと? マジで一体何を話したの? キラも何か滅茶苦茶あくどい笑みを浮かべて楽しそうにしてるし……僕を仲間外れにするのは駄目だぞ!
「つーわけで、決まったぜ。まあちょっと願い事の範囲が広くなっちまうが、それくらい別にかまわねぇよな?」
「どういう意味で範囲って言ってるのかは分かんないけど、多少の融通は利かせてあげるよ。僕にとっても面白そうな事なら余計にね」
「んじゃあ、大丈夫そうだな。あたしの願いは――」
そうしてキラが口にした願いは実に楽しそうで、同時にとても残酷で醜いものだった。
でも願いの前半はさておき、後半はすっごい楽しそう! 実は僕も一回くらいやってみたかったんだ! よーし、キラの願いに便乗して僕もたっぷり楽しもうっと!
次回、復讐の時。デュエルスタンバイ!