†ブラインドネス†
「い、いやっ……やめて、お願いっ! 殺さないで!」
「うんうん。やっぱりこういう反応する女の子が一番可愛いよね」
魔法で身動きも抵抗もできなくなった可愛らしい女の子が、顔を青くして必死に僕に命乞いをしてくる。
教室――じゃなくて部屋を追い出された僕は、その足で夜の街へと繰り出して絶賛女の子狩りの真っ最中。あ、女の子狩りって言ってもエッチな意味じゃないよ? 当然じゃないか、見損なわないでくれ。僕の初めては真の仲間の誰かに捧げるって決めてるんだからね。狩りは狩りでも、命を奪う正真正銘の狩りの方だよ。
「ほ、本当? そ、それじゃあ殺さず見逃してくれるなら、あなたに抱かれたって良い――かはっ!?」
「悪いね。僕はビッチは嫌いなんだ」
獲物が僕の好みから外れた発言を口にしたから、遠慮なく短剣で胸を一突き。段々と上達してきたみたいで、この頃は吐血させずに殺すことができるようになってきたよ。苦痛が無いかどうかは知らん。
そして命を奪った後と言えば、もちろんアレをする時間。そう、記憶を引き剥がして僕の糧にしなきゃね。あとは死体のコレクション。
死体とエッチ、とか考えた奴は頭おかしいから病院行った方が良いよ。確かに死体には死体の良さがあることは否定しないけどさ。
「よし! これで拳に爪、鎌の武術をゲット! 今夜はなかなか豊作だね。可愛い女の子ばっかりだったし、しばらくオカズには困りそうにないや」
つい今しがた殺した子が大鎌で、その前に殺した子が鉤爪、その前に殺した子は素手での格闘を得意としてたんだ。鉤爪はともかく、女の子がデカい獲物を振り回して戦ったり、拳や足を使った肉弾戦を行う姿って何かこう……良いよね!
特にそんな武力に自信のある子たちが、間近に迫った死に絶望と恐怖を覚えながら泣き叫ぶ姿なんかもう堪んないね! あっ、いかん、催してきた。落ち着け、僕。
「それにしてもアイツら、本当に僕のこと追い出しやがって……」
ちょっと興奮してきた僕自身を宥めるために、ついさっきのムカムカする出来事を思い出してみる。
今頃あの二人、勉強を終えてお風呂でキャッキャウフフしてるんだろうなぁ。リアの類まれなるロリボディが泡に塗れ、レーンのスレンダーな肉体に水が滴り、二人は肌を上気させながらくんずほぐれつ……あれ? おかしいな、全然落ち着かないぞ?
「まあいいや。それくらいのことならいつだってできるし、今は武術の技能集めに精を出そう……しかし精を出すって言葉、良く考えると凄い下ネタに聞こえるよなぁ……」
何か考えても全然ムラムラが収まらないから、真面目に悪事を働いて落ち着きを取り戻すことにした。
さすがにそろそろ女の子をターゲットにしてると暴発しかねないから、今度は野郎を狙うか。野郎の命乞いとか悲鳴は全然そそられないから、きっと萎えて落ち着くだろうし。
そんなわけで僕は夜の街を駆けまわって、手ごろな獲物を探し回る。もちろん消失は発動済み。通りすがりに女の子のお尻を撫でても、胸を鷲掴みにしても僕の存在には気づかれないのが最高だね。まあ向こうは触られた感触はあるから、それをやると大概近くにいた無関係な野郎に怒りの矛先が向くんだけどさ。ごめんな?
「さて、次の獲物は――っと、とおっ!?」
時折女の子に痴漢しつつ街を駆けまわってると、入り組んだ裏路地で何かに躓いて危うくすっ転びそうになった。
クソッ、せっかく気持ち良く走り回ってたのに! さては他の女の子にエッチなことするなっていう、女神様の悪戯か?
「……ふざけやがって、酔っ払いが。道の真ん中で寝てるとか僕に踏み殺して欲しいの?」
とか思ってたけど、どうも女神様の悪戯じゃなくて酔っぱらいの居眠りが原因だったよ。裏路地とはいえ人が通る道の真ん中で寝るとか、常識と品性を疑うね。
「――って、あ、はい。そういうことね……」
でも僕はその野郎を許してあげた。何故って? だってもう死んでたからだよ。首元かっ捌かれて、両目を抉られて、そして首の骨が折れてる……いや、首の骨はたぶん僕のせいかもしれないな。身体能力向上の魔法をかけた状態で走ってたから、うっかり頭蹴り飛ばして躓いたのかもしれん。まあ元から死んでたし苦情は出ないでしょ。
というか死体の様子から見て、またあのブラインドネスとかいう厨二臭い呼び名の殺人鬼の仕業かな? 昨晩も殺したってのに、随分と精力的に活動してるなぁ。しかし精力的って言葉も下ネタっぽいよなぁ……。
「ふーん。まだ血が固まってないし、時間はそんなに経ってないな。犯人もそう遠くに行ってないだろうし、ここは追いかけてみようかな?」
たぶん頑張ればまだ探せるだろうし、特に理由は無いけど犯人を追いかけてみることにした。
強いて言えばこれがブラインドネスとやらの仕業なのか、それとも模倣犯の仕業なのかが気になってね。別に正義とか悪とか倫理とかはどうだっていいよ。一般聖人族を殺してることに関しては、むしろゴミ掃除ありがとうってお礼言いたいくらいの気持ちだし。
さて、問題はどうやって見つけるかだ。想像力を働かせれば、魔法に不可能なことはあんまりない。でも簡単に見つかりすぎるのもそれはそれでつまんないよなぁ……。
「……よし、これだ。血臭可視化」
ちょっと考えて、僕は血の臭いを可視化する魔法を使ってみた。
途端に僕の目には赤い霧状の空気が映って、それが死体やその周りに漂ってるのが見えるようになる。平和な街中だからこれくらいで済んでるんだろうな、これ。戦場とかで使ったら視界一面真っ赤になりそう。
「……あっちか。どれ、殺して目玉を抉り出す頭のおかしい奴の面を拝んでやろうっと」
死体とその周りに臭いが漂ってるのは当たり前だけど、路地の奥へと伸びてる赤い霧も僕にはしっかり見える。今夜はあんまり風が無いからこれで問題なく追跡できそうだね。さあ、鬼ごっこの始まりだ!
そんなわけで、僕は血の臭いを辿って走り始めた。あ、死体はもちろんその場に放置してきたよ。アレは人様の作品だからね。ちょっと首へし折っちゃったけど、事故だからセーフだ。
血の臭いは路地の奥に続いてると思ったら、いきなり上に行っててちょっとびっくりした。飛び上がって建物の屋根に降り立ってみると、近くの建物の屋根やら屋上やらに途切れ途切れの血の臭いが続いてる。どうも建物の屋根伝いに移動してるみたい。何か建物と建物の間の幅が三メートルくらいは余裕で空いてるんですが、殺人鬼は忍者か何か? それとも幅跳びの選手?
「いたいた、アイツだ」
まあ魔力無限で常時身体強化だってできる僕には関係無い話だった。三メートルくらい苦も無く飛び越えられるからね。勢い余って行き過ぎて一回建物から落ちたのは秘密だよ。どうかあの失敗は女神様も見てませんように。
で、見つけた奴なんだけど、間違いなくアイツが殺人鬼だね。だって建物の屋上で小さな小瓶を月明かりに透かして眺めてるんだもん。眼球入りの小瓶をさ。これで殺人鬼じゃなかったら何だよって話だね。研究室からホルマリン漬けの臓器を持ち出して、月夜に眺めて楽しむ医者か科学者とかかな? うん、どっちにしろまともな人種じゃないな。
肝心の殺人鬼の容姿と性別は、正直良く分からない。夜の暗闇に溶け込めそうな黒いローブを着てるし、目深にフード被ってるんだもん。角度の問題で顔も見えないし。でもかなり身長低い気もするし、小瓶を持ってる指が細くて綺麗だから女の子じゃない?
「さて、見つけたはいいが……どうしようかな?」
異常者の面を拝もうとしてたはずなのに、実際見つけると何か躊躇っちゃう不思議。謎は謎のままがいいというか、醜い真実だったら嫌だというか……あのフードの下が仮に野郎の顔でも、イケメンならまだ許せるよ? でも不細工だったら正直ちょっとがっかりって感じで……。
いや、顔で相手を判断しちゃいけないな。僕だって前の世界でも散々詐欺師だの化けの皮だの言われてきたんだ。外見よりも内面で人を判断してあげないと。
「よし、ここはとりあえず対話してみよう! もしかしたらお友達になれるかもしれないしね!」
方針を決めた僕は、対話のために準備を整える。友達になれずに逃げられたりしたら困るし、いつもの結界を展開。
そして万が一逃げられた場合に備えて、僕自身の服装も魔法で変えておく。素顔を見られたら困るし、イカしたデザインの仮面も作って――あっ、いけね。さっきの死体のイメージが浮かんだせいで、目玉のないゾンビみたいな仮面になった。まあいいや。目玉くりぬくくらいだし向こうも気に入るでしょ。
そんなわけで準備が完璧に整ってから、早速消失を解除した。
しかし相手は死体から目玉を抉り出す狂気の連続殺人鬼で、まともな人間なら忌避して当たり前の存在なのに、個人的にはマジで良いお友達になれそうな気がするんだよね。何でだろ? 僕が寛大で度量の大きい男だからかな?
「やあ、初めまして。君が巷を騒がせているブラインドネスだね?」
「――っ!?」
とりあえず背後から仮面でくぐもった声をかけると、殺人鬼はそれはもう高く飛び上がって驚いた。たぶん二メートルくらい飛んだんじゃない? この身体能力なら建物の屋根伝いにここまで来れたのも納得――って、着地した瞬間今度は自分の意志で飛んで逃げようとしてるぞ。反応が速いな。
「――っ!?」
でも残念、逃げられない。殺人鬼は屋上の手すりを乗り越えようとした瞬間、結界に弾かれる。
結構反応が速いけど、僕もしっかりそれを認識できてる。反応の速さは時間を加速してるこっちが上だね。今回はちゃんと思考速度も加速してるから、向こうの反応を見てからでも十分対応が間に合うよ。屈辱を味わった経験が無駄にならなくて何よりだ。
「あっ、もう結界を張ってあるから逃げられないよ? 逃げるには僕が自分の意思で結界を消すか、君が僕を殺すしか――って判断速いな、オイ!」
まだ言い終わってないのに僕を殺すのが最適解って理解したみたいで、殺人鬼は即座に襲い掛かってきた。獲物はもちろん両手に装着した鋭い鉤爪。
きっとあれで何人も引き裂いて殺してきたんだろうなぁ。ちゃんと綺麗に洗ってる?
「――っと、だんまりは寂しいなぁ。できれば声を聞かせてよ?」
「………………っ!」
機動力を削ぐためか、主に脚を狙ってくる爪の連撃を短剣で捌きながら声をかける。
でも普通の言語よりも肉体言語がお好みみたい。余計に攻撃の激しさが増してきたし、たまに男としての大切な部分を狙う一撃が飛んでくるよ。しかも爪で刺し貫く感じのやつ。当たっても大丈夫とはいえゾワリとするね……。
まあいいや。拳で語り合うって言葉もあるし、きっとこの殺し合いの果てに友情が生まれるんでしょ。じゃあ僕も全力で応えないとね! 誰かさんに見事に負かされた恨みをぶつけてやるぜ!