護衛の道中2
⋇前半レーン視点、後半バール視点
⋇残酷描写あり
「――総員、防御陣形を取れっ! 我らが王をお護りするのだ!」
「行くぞ、皆っ! 家畜と手を結ぼうなどと考える狂った王の首を取るぞっ!」
兵士たちが馬車を中心に陣形を変化させ、反乱軍が馬車を狙って攻撃を仕掛ける。
ついに開戦した森の中での戦い。同族同士の血で血を洗うその戦いは苛烈極まるものだった。人数自体は兵士たちの方が圧倒的に勝っている。しかしこの戦いに賭ける意志の強さが決定的に異なった。
反乱軍の者たちは種族の誇りを穢さぬため、自身の命を投げ打って戦っているのだ。それは使命感に突き動かされている殉教者とも表現できる。その反面、恐らく兵士たちの中に魔獣族との同盟を心から受け入れている者など存在しない。戦いの士気とその趨勢に差が出るのも当然であり、事実兵士たちは反乱軍のあまりの熱量に腰が引けているまであった。
「醜い争いだね……」
「本当よね。何で同じ種族同士で争ってんの?」
「こんな光景を見ると、やっぱりクルスくんが邪神として頑張らないといけないのも分かる気がするなぁ」
とはいえ私たちにとって、その戦いに抱く感想は醜く見るに堪えないの二言でしかない。
邪神という悍ましく凶悪な脅威が世界の滅亡をこれでもかと宣言しているというのに、よりにもよって同族同士で争う始末。しかもそれが種族の誇りなどという死ぬほどどうでもいい物を守るための戦いだと叫んでいるのだ。
ミニスもセレスも不快感を一切隠さず、地上で繰り広げられる醜い争いを眺めていた。
「――レーンカルナ奥様。ご命令通り開戦のどさくさに紛れ、致命的な罠は全てそれとなく潰してきました」
そんな私たちに近付き、空中で器用に跪き仕事の成果を報告してくれるヴィオ。
仕事も早く態度も丁寧。表面上は比較的まとも。これで私の事を奥様と呼ばなければ完璧なのだが、そこは一向に譲らないのが何とも……。
「ご苦労だったね。あとは気付かれない程度に王の軍勢を手助けしよう――と言いたいところだが、その必要は無さそうだね」
「まあ数も練度も全然違うもんね。片や兵士、片や一般人と少しの冒険者じゃしょうがないよ。幾ら意気の差があってもこれはねぇ……」
罠が全て残っていたらまた違ったかもしれないが、致命的な罠はヴィオが解除してきたので反乱軍に優位は無い。徐々に目に見えて兵士たちに押し込まれて行き、次々と数が減っていた。
「まあ、それでも万が一あるとマズい。私たちも王の馬車を中心として守りを固めよう」
「あの……レーンカルナ、様……」
そう全員に指示を出した時、くいくいと袖を引っ張られる。見れば珍しい事にミラが私の至近におり、びくびくしながらも何か言いた気にしていた。
「うん? 何だい、ミラ?」
「あ、あそこの、兵士……たぶん、反乱軍のスパイです……」
「ほう? そう考えた理由は?」
「えっと、その……戦ってはいますけど、殺気が無いというか……敵と揃って同じタイミングで馬車に視線を向ける事が多いです。それと近くに射手がいるのに、射線を開けています。むしろ他の兵士が射線を塞がないような位置取りをしている、と言いますか……」
自信こそ無さそうだが、論理自体はしっかりした内容の説明をしてくるミラ。
その説明を頭に置いて件の兵士を観察してみると、確かに違和感を覚えた。何故かその兵士だけ微妙に狙われていないというか、妙に馬車を意識している割には遠距離からの攻撃に注意を払っているようには見えない。王を護る兵士の割にはあまりにも杜撰な戦い方と言えるだろう。
「なるほど……確かに、言われてみれば少し動きが妙だね」
「じゃあどうする、レーンさん? 殺してきた方が良いかな? クルスくんのためなら殺れるよ!」
「ふむ。少し試してみようか」
無駄に良い笑顔で物騒な事をのたまうセレスは一旦無視し、その兵士に魔法で茶々を入れてみる事にした。反乱軍と斬り結んでいる一瞬の隙を狙い、魔法でその足元の地面の摩擦力をゼロに近づける。
「――うおっ!?」
するとその兵士は足を滑らせ、面白いくらい派手に転倒し腰を強かに打ち付けた。
平時ならともかく、今は命を賭けた戦いの真っ最中。そこで派手に転倒し致命的な隙を晒した者の行く末など一つしかない。敵はこれを好機と見て容赦なく命を刈り取りに行くはずだった。
「……やはりミラの言う通り、紛れ込んだスパイのようだね」
けれど、今回はそうはならなかった。兵士と斬り結んでいたはずの反乱軍の人間は、突如として別の兵士へと斬りかかって行ったのだ。目の前の簡単に殺せそうな兵士を意図的に無視して。これは確定と言って良いだろう。
「そっか! じゃあ始末しなきゃ!」
「あんたそんなキャラだったっけ? もうちょっとまともじゃなかった?」
クルスのためなのかやたら過激な提案を清々しい笑顔で紡ぐセレスに、ミニスも少々怪訝な表情を浮かべる。
正直私もミニスと同意見だが、まあこれでも他の異常者よりはマシな方か。指示はしっかり聞いてくれるのだから。
「いや、あのスパイは生かしておこう。恐らく通信の魔道具などで反乱軍とやりとりして、次の襲撃の場所やタイミングなどを逐一共有している可能性が高い。それを盗聴すれば私たちの任務は幾分楽になるだろう」
個人の特定が出来た以上、始末する事は何時でも可能。だからこそ出来る限り利用する事にして、私は全員にそう指示を出した。
情報は力。どうやら彼のおかげで、そしてスパイを見抜いたミラのおかげで、この護衛任務の難易度は大幅に下がったようだ。これで読書の時間が増えそうで実に嬉しい。
「さすがはご主人様のご本妻様であらせられるレーン様。素晴らしいお考えです」
「やめてくれ。それは誉め言葉ではない……」
「むむっ。あたしも負けないように頑張らなきゃ……!」
しかし直後にヴィオからの煽てを受け、少々微妙な気持ちになってしまった。何よりその言葉に触発されたように、セレスが敵愾心溢れる睨みをぶつけてくるのが辛い。正妻の座なんていらないんだ……誰かに譲れるのならさっさと譲りたいよ……。
「ウガァ……!?」
「ヒイッ、ギャアアァアァァッ!? 身体がぁあぁぁぁ……!」
「た、助け……おごっ!?」
巻き起こる大爆発が兵士たちを飲み込む。突如生じた落とし穴が兵士たちを落下させ、その中に溜まった毒液で身体を容赦なく蝕み溶かす。上からは巨大な岩塊が降り注ぎ、不幸な兵士の身体を粉々に砕く勢いで叩きつける。
それは正に悪夢の如き光景であり、自分がこれの引き金を引いたと考えると少々夢見が悪くなりそうだった。
「うむ。どうやら残された罠によって無事に危機感を与える事が出来たようだな。全く、ここまでしなければならないとは手のかかる奴らだ。いっそ私が直接危機感を与えてやろうか」
「ハハッ。見ろよアイツら、ビビッて腰引けてやがる」
「鳥の獣人かな~? コケコッコ~!」
「罠だけでこれとは驚きです。本当に襲撃されていたらどうなったんですかね? あんな調子で国の兵士が出来るとは、随分チョロい仕事です」
魔獣族の反乱軍たちが遺したトラップをふんだんに使い、崖下を通る魔王の軍隊に攻撃を仕掛けた結果がこれだ。
間違って魔王を巻き込まないように列の先頭に向けて罠を起動させたものの、どうやら完全に油断していたようで阿鼻叫喚の酷い有様と化している。魔獣族、特に獣人は身体が頑丈なので大丈夫かと思ったが、どうにもそれなりの数が再起不能と化しているようだ。
「民度が……低い……」
そして何より酷いのは、このグループのメンバーの反応。慌てふためき右往左往する魔王の軍勢を崖の上から見下ろしながら、罵声と嘲笑を浴びせて楽しんでいる。いっそ後ろから突き落としてやりたくなる光景だったが、そんな事をすれば我に明日は無いのでもちろん実行には移らない。
代わりに我に出来たのは、こんなグループになってしまった自分のくじ運を呪う事だけだった。
「さて、では次の待ち伏せ地点を暴くとするか。おい、貴様ら。次の襲撃はどこでする予定なのだ?」
しばらく眼下の惨状を眺めていたベルフェゴールだが、唐突にこちらを向いて冷たい口調で問いを投げかけてくる。
しかし詰問の対象は我ではない。気まぐれかはたまた飽きたのか、奇跡的に虐殺を免れ捕虜として捕らえられた反乱軍の魔獣族たちに聞いているのだ。
「フン! お前たちみたいな魔獣族の面汚しに教える事なんて何も無いわよ! さっさと私たちを解放しなさい!」
「………………」
捕虜の一人である悪魔族の少女が、敵愾心も露わに噛みついてくる。
だがベルフェゴールはそれに対して何ら反応を示さなかった。ただ氷点下の瞳を向けたまま彼女に歩み寄り、その首筋に手を伸ばすと――
「――ひいっ!?」
ゴキリ、と音が聞こえるほどの強さで首をへし折り殺した。全く躊躇いも無い処刑に、まだ残っている捕虜たちが悲鳴を上げて震え上がる。
「おいおい、いきなり殺すとか何やってんだよ。もっといたぶってから殺せよ。これじゃあ目の輝きがいまいちじゃねぇか」
「うっ……!?」
そして力を失い崩れ落ちた捕虜の眼窩にスプーンを抉り込み、卑猥で悍ましい音を立てて眼球を抉り出すキラ。流れるように行われた凄惨極まる異常行為に、震え上がっていた残りの捕虜たちは顔を青くして凍り付く。
「見せしめは必要だから仕方ないよ~。それにあと三人も残っているのだから、まだまだ楽しむ余地はあるさ~」
「拷問なら任せてくださいです。ヴィオに愛のある拷問をいっぱいされたので、私は結構詳しいですよ?」
「あ、あぁ……!」
更にはニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべつつ、返り血塗れの猫と兎が近寄ってくる。その笑顔とは裏腹に残虐極まる内容の言葉を口にしながら。
最早捕虜たちは失禁したり失神したりと思い思いの反応をしており、性質の悪い悪夢のような光景から必死に目を逸らそうとしていた。
「さて、もう一度聞く。次の襲撃はどこでする予定なのだ?」
だがそんな彼らを現実に引き戻すように、ベルフェゴールが再度問いを投げかける。死体の腕を軽く千切り、それをパンか何かのように食らいながら。
最早我でさえこの場から走って逃げ出したくなるほどの狂気の場。そんな異常の坩堝に一般人が耐えられるわけも無かった。
「あ、あははは、あははははは……!」
「うん? 何だ、壊れたぞ? 無意識で触手でも出してしまったか?」
「いや、これは周囲の状況があまりにも異常で恐怖のあまり錯乱しているだけだと思うのだが……」
「何だ、随分と軟弱な奴らだな」
焦点の合わない瞳で不気味に笑い出す捕虜たちから、ベルフェゴールは興味を失ったように視線を逸らす。とはいえ目の前でこんな化物たちの異常行動を見せつけられれば、正気を失っても当然という所だろう。彼らを軟弱と誹る事は、少なくとも我には出来ん。
「仕方ない。こうなれば地道に探すとするか。おい、バール。貴様が待ち伏せや襲撃場所を探しに行け。見つけるまで帰って来るなよ」
そしてあろう事か、ベルフェゴールは我に仕事丸投げする。しかもかなり難しい上に成果が上がらなければ帰還も許さないという、闇より深い暗黒な仕事を。
一瞬ジョークかと思ったが、コイツが我に対してそのようなコミュニケーションを取るわけも無い。恐らく本気で言っているのだろう。
「いや、名目上のリーダーとはいえさすがにそれは……」
「あ? 何か文句でもあるのか?」
不愉快極まりないといった感じの睨みをこちらに向け、手にしていた死体の腕をグシャリと握り潰すベルフェゴール。滴る血肉は新鮮な果物の果汁か、はたまた明日の我の姿か。あんなものを見せられては返す答えなど決まっていた。
「……行ってくる」
我は恐怖に震える翼に鞭打ち、天へと舞い上がり指示を全うするために空を駆けた。
冷静に考えればあの異常者集団から離れられるのだから、存外この仕事も悪くないかもしれないな……。