完全敗北
「やれやれ、口ほどにもないね。少しは奮戦してくれるかと期待したが、完全に予想通りの結末だったよ。君の行動はあまりにも読みやすくて、逆に手玉に取られているのではないかと疑いたくなるほどだったね」
地面にがっくりと両手両膝をついてうなだれる僕の前で、レーンは肩を竦めてため息を零した。
プライドを投げ捨てて、恥も外聞も無く三回勝負とか言い出してもう一度チャンスを得るまでは良かった。でもそこからがてんで駄目。一戦目と同じくものの見事に封殺されて、速攻で負けちゃったよ。
いや、僕だって結構頑張ったんだよ? 一戦目の反省を踏まえて今度は接近戦じゃなくて魔法で仕留めることにして、開始と同時にこっちが魔法の雷で先制してやったんだ。向こうだって雷の速度は捉えられないだろうしね。
でもレーンの奴は僕の行動を見抜いてた上に、予め魔法で対策してたみたいで、僕の放った雷は途中で折れ曲がってあらぬ方向に飛んでったんだ。開始前から魔法使ってるとか反則でしょ。
その後はまたしても正体不明の拘束魔法で身体の自由を奪われたんだけど、さすがに二度目なら驚きも少なくて対処する余裕は十分にあった。身体は動かなくても魔法は使えるから、転移魔法でレーンの背後へ転移して背後から攻撃しようとしたんだ。転移して身体が動くなら両手の短剣で、転移しても身体が動かないなら魔法でね。
それでどうなったかというと、転移は無事成功。身体の自由も戻って万々歳。だからレーンの首を斬り飛ばす勢いで短剣を振るおうとしたんだけど、転移先の地面がいきなり落とし穴になるとか聞いてないよ。しかも落ちろとばかりに上からビュービュー突風が吹くし……ああ、そうだよ。落ちたよ、穴に。
もう二手も三手も先を読まれてて、完全に手玉に取られてたわ。とりあえずコイツとは絶対チェスとか将棋はやらないぞ。
「クッソ……! こちとら大人げない真似までしてチャンスを得たってのに、ボロ負けじゃないか!」
「あっ。大人げないことしてる自覚はあったんだね、ご主人様……」
悔しさに地面を叩きながら叫ぶと、何故かはリアは安心したような声で呟いてた。
というかアレだね。反射神経だけ加速しても、不測の事態が起こると思考速度が反射神経に追い付かないみたい。常にっていうのはちょっと脳みそが疲れそうだし、戦ってる時だけは思考速度も加速しておいた方が良さそうだ。僕は転んでもただじゃ起きないぞ!
「さて、それでは答え合わせといこう。私が一体どのような方法で君の動きを止めていたのか分かるかな?」
「……空間か空気、あるいは漂ってる魔力を固定したとか、そういう感じのやつじゃない?」
落とし穴の中で膝を抱えてしばらく考え込んだ結果、僕はこの結論に達したよ。だってそれ以外に考えられないもん。僕の身体に直接魔法をかけるのは禁止だし、防御魔法があるからそもそもできないし。
じゃあどうやって僕の身体を拘束してるのかって言ったら、そりゃ何か目に見えないものを使ってるんだなって結論に至るわけだよ。できれば穴の底に落ちる前に気づきたかったね……いや、それじゃ結局穴に落ちるじゃん。転移前に気づけ。
「正解だ。君の身体を中心としてやや離れた空間の空気を固定することで、君の身体を拘束させてもらった。君自身に魔法が通じずとも、想像力を働かせればやりようは幾らでもあるのさ。工夫の素晴らしさと有用さ、そして君が無敵ではないという事実が、身に染みて理解できただろう?」
「……けっ! 暴力教師め!」
一見親身なアドバイスだったけど、レーンの表情は涙ぐましい努力を小賢しい工夫と嘲笑った僕への愉悦に歪んでたよ。コイツなかなか性格悪いな。ちょっとした冗談じゃないか、全く……。
でも確かに魔法陣の有用性は身に染みて理解できた。本来ならかなりの魔力を使う魔法でも、予め用意しておけば実質消費はゼロだもんね。そして魔力を込められる時間が長いであろう、寿命の長い種族が最も危険、と。
「思い上がった生徒に愛の鞭を叩き込むのも教師の務めさ。そもそも志半ばで君に死なれると私も困る。さすがに私一人では世界を平和にするなど不可能だからね」
「そこはこう、僕がいなくなると寂しいからとか言う所じゃない? あるいは大好きな僕がいなくなるのは嫌だとか」
「逆に聞くが、何故私が君のような精神異常者に懸想していると思っているんだい……?」
「うわ、ひっど。今の聞いた、リア?」
「うーん……リアもご主人様が恋人とか、そういうのはちょっと……」
「えぇ……」
おかしいな。僕の知ってる物語では、奴隷は優しくしてくれる主人にベタ惚れになるはずなのに。何かできれば関わりたくない人みたいに思われてる気がするぞ?
そんなこんなでものの見事にボロ負けした僕は、意気消沈しながら座学に戻ることになった。
せっかくレーンの処女を奪えるかもしれなかったのに、とっても残念。でもあの調子だと五回勝負でも勝てたか怪しいんだよね。アイツが敵でなくて良かったよ、本当に……。
で、再開した座学なんだけど、これはまさしく地獄だったね。体育の運動の後に小難しい歴史やら数学やらの授業とか、もうどんなに嫌な先生の声でも子守歌に聞こえるでしょ? 僕の場合はかなり好みの相手、しかもいい感じの平坦な声での子守歌なわけ。そりゃもう眠くなってどうしようもないよね。まさか異世界でまでチョークを投げつけられるとは思わなかったよ。
だから眠気に耐えつつ、頑張って授業を受けてたんだけど、これがまたクソ長くて。合間合間にお昼ご飯とか晩ごはんとかトイレ休憩とかあったとはいえ、結局マジで夜までお勉強してたよ。どうして異世界に来てまで、机に噛り付いてお勉強しなきゃならないんです……?
あっ、そうそう。魔石の魔力に関しては、そもそも色を持たない魔力が集まって魔石ができるから誰にでも使えるんだってさ。魔石自体の色は結晶化する時に混ざった周囲の不純物のせい、っていう説が濃厚らしいよ。不純物で色が変わるとか宝石か何か?
「さて、これで大体の事は話し終えたか。では次に――」
「よし、じゃあ休み時間だ! 早速遊びに繰り出そう! 先生、ありがとうございました!」
もう我慢の限界で、僕は椅子から立ち上がる。
健康な青少年が朝から晩まで机に噛り付いてどうする! もっと遊べ! 性に狂え! 夜の街で弾けろ!
「待ちたまえ。まだ話は終わっていない」
「そうだよ、ご主人様。ちゃんと一緒にお勉強しよ?」
だけどここにいるのは、健全な青少年の葛藤が分からない女ども。しかもお勉強好きの良い子ちゃんたちと来た。
確かに魔法についてはしっかり学んでおいた方が良いとは思う。でも限度ってものがあるんだぞ。何が悲しくて朝から晩まで勉強なんかしなくちゃならないんだ。
「いや、だってもう無理だから。外見なよ、外? もう真っ暗だよ? いつまでやる気だよ。明日にはもうこの街出発するんだから、早いとこ休むべきじゃない?」
「む……確かにその通りだね」
論理的な理由を口にすると、レーンは納得してくれた。
こういうところは良いよね、コイツ。ちゃんと理屈が通ってれば納得してくれるっていうのは、感情的な人間が多い中では希少な存在だよ。
「ではクルス、私たち三人を結界で包み込んでくれ。君は内部の時間を加速させる結界を展開できただろう?」
とか思ってた僕が馬鹿だったよ、チクショウ。納得した上で更に勉強続けようとしてるし、勉強時間を確保するために時間を弄るとか発想がもうイカれてる。そんなことしていいのは大学受験を控えた受験生くらいだぞ!
「おい、ふざけんな。勉強のために時間を弄るなんてことしていいと思ってるの? 女神様が怒るよ?」
「その理論なら真っ先に君が怒られるんじゃないかい? 殺人のために使うよりはよほど有意義だろう?」
「やめろ、正論で殴るな! とにかく僕はもう今日はお勉強無理! これ以上は頭に詰め込めない!」
「ご主人様、子供っぽーい……」
理詰めじゃ勝て無さそうだから、こうなったらもう感情的になるしかない。机をひっくり返して駄々をこねながら、鉛筆や消しゴムを投げつけて反逆だ! でも僕がかけた防御魔法のせいで毛ほども効いてない! チクショウ!
「やれやれ、軟弱だね。少しはリアを見習ったらどうだい? この子は真面目で覚えも良くて、実に教え甲斐があるよ。君の奴隷にしておくには勿体ない逸材だね」
「じゃあ今夜はコイツを貸すから、僕のことはもう解放してくれない? これ以上僕に勉強を強制するようなら、そろそろエロい命令を出して大人の女の階段上らせるよ?」
「よほど限界が近いようだね、君は……」
誠実な関係を築くために、僕が触れ合いにある程度の一線を引いてるのは理解してるみたいで、レーンはちょっと引き攣った顔で呆れた感じの呟きを零す。
僕は束縛されるの嫌いだから、束縛してくるならそれ相応の対価を払ってもらわないとね。具体的には処女とか、純潔とか。
「ふむ。確かに私としても学ぶ意欲のある者に教える方が充実した時間になるだろうし、リアを貸してもらえるのなら君はどうでも構わないよ。リア、君はどうだい?」
「うん、リアもいいよ! いっぱい勉強して、その後はカルナちゃんと一緒にお風呂に入りたい! その後、一緒にぎゅってして寝よ!」
なに? リアとレーンが一緒にお風呂? そして抱き合って眠る? そいつは、何というか……いいね。できれば間に入らせてもらいたいな。初めてで3Pっていうのもなかなか乙なものじゃない?
「良い返事だ。では邪魔者は追い出して、早速勉強の続きを始めようか」
「あ、ちょっと待って。勉強は嫌だけど、僕も二人と一緒にお風呂入って一緒に寝たいです」
「学ぶ意欲の無い者はさっさと出て行きたまえ。君がいると授業が捗らない。どうしても複数人での入浴と就寝がしたいなら、君のコレクションしている遺体とでもしていたまえ」
「そうだよ、ご主人様! リアたちの邪魔しないで!」
「ちょっ!? おい、ふざけんな! 僕はお前らのご主人様だぞ! こんな真似していいと思ってるの!?」
夢のような光景に舌なめずりしながら二人に擦り寄ろうとしたら、あろうことかチョークやら黒板消しやら鉛筆やら消しゴムを幾つも投げつけられる。
もちろん防御魔法のおかげで全く効かないけど、だからって普通尖った鉛筆を人に投げる? しかも顔を狙って投げてくるとか頭おかしい……おかしくない?
⋇敗因が分かるのは三章(遅い)