民衆の暴動
「うーん……」
星々の輝く夜。自室のデカいベッドに腰掛け、目の前に展開したモニターの数々を眺める僕は、思わず苦渋の呻きを零した。
モニターの中では暴動の一歩手前くらいの騒ぎが巻き起こる聖人族の国の様子、首都の光景が広がっていた。愚かな民衆が城門に押しかけ、兵士たちに止められつつも人数と勢いで突破しそうなくらいの熱量を感じる。
『あんな畜生共と手を結ぶだと!? ふざけんなっ!』
『聖人族の誇りは無いの!? 恥を知りなさい!』
『王様なんかやめちまえっ! この恥晒しが!』
押し寄せる民衆は口々に不敬罪待った無しの叫びを上げながら、石だの何だのを城門に向かって投げつける。城に続く道を埋め尽くすほどの民衆を前にしては進行を止めるのが精いっぱいみたいで、兵士たちは犯罪者を捕縛する事も出来ていない。
むしろ民衆に引き倒されて押さえつけられる兵士たちも続出していて、城の方から兵士たちが援軍として続々出てくる有様だ。
そんな愚かな光景に頭が痛くなってきた僕は、聖人族の国をモニターしていた画面を今度は魔獣族の国に変更する。するとそこに映り聞こえてきたのは――
『魔獣族の恥晒しがぁ! テメェなんか魔王の座に相応しくねぇ!』
『娘可愛さに誇りを捨てたか!? それでもお前一国の王かよ!?』
『出て来なさい、この薄汚い売国奴! 私達がお前を魔王の座から引きずり下ろしてやる!』
「ううーん……!」
正しく似たり寄ったりな光景。魔王城の城門に押しかける民衆の姿。お国柄なのかこっちの方はさらに酷く、城門に魔法で攻撃したりする輩もかなり多い。何なら翼のある奴らは直接城に飛んで行って攻撃を仕掛ける有様。攻城戦かな?
予想通りと言えば予想通りなんだけど、どっちの種族もここまで民度が低い上に先を見据える事も出来ない馬鹿ばかりで猛烈に頭が痛くなってくる。
何よりも頭が痛いのは、今のこの状況があまりにも早すぎるって事。実は国境の砦で王様同士が魔道具越しに対談を行い、本格的な対談の場と時間を取り決めしたのがつい一週間前の事なんだよ。さすがにそんなすぐ民衆に報告するなんてありえないだろうし、これ絶対トップに近い所にいる奴らの誰かが漏らしたな。
あー、何かもう嫌になってきた……一生女神様の貧乳吸いながら赤ちゃんして過ごしたい……。
「まあ同盟なんてするとなったらこうなるよね~」
「すっげぇ醜いな。これあたしらイカれた奴らよりもヤバくね?」
そのモニターを僕の両隣から覗きつつ感想を零すのは、段々セット扱いになってきたトゥーラとキラ。
特にキラでさえ呆れるほどの愚か極まる光景に、最早僕はため息しか出なかった。同盟が駄目ならお前ら種族単体で僕に勝てんのかよ、おぉん? こちとらバグキャラだって倒したチートキャラぞ? 殺し切る事は無理だったけど。
「一枚岩でないのは分かっていたが、まさか民衆に全てをバラすとはね~。国の上層部まで世界情勢を読めないのはがっかりだよ~……」
「どうすんだ、これ? まさかここからあたしらの出番ってわけじゃねぇだろうな?」
「まさか。さすがにそこまでは面倒見切れないよ。対談の場に出発するまでは自力で何とかして貰うしかないね。その程度の事も出来ないなら対談が成功しても、民衆に革命起こされて国が滅ぶだけだし」
護衛ミッション自体に変更は無いとはいえ、さすがにこの程度の事態で手を貸してやろうとは思えない。この状況を乗り切れないなら所詮はどっちも王の器じゃなかったって事さ。でもそうなったら同盟実現が滅茶苦茶伸び、せっかく報われた今までの苦労が水の泡に……あー、女神様のちっぱい吸いてぇー!
「ただまあ、これで道中で襲撃とか妨害ありそうなのは確定だよね。だから全員、今のうちに休んで英気を養ってもらうぞ。いやー、本当に護衛ミッションを計画してて良かったー」
「よっ、主の策士~! 大天才~!」
「なかなかやるじゃねぇか。惚れ直したぜ」
「アッハッハッ。もっと褒めろ」
犬猫に褒められて気を良くした僕は、そのままベッドに背中から倒れ両手を投げ出し大きく伸びをする。
しかし護衛ミッションかぁ……考えてみればもう対談の場も民衆にバレてるんだろうし、道中の護衛だけじゃなくて対談場所の安全確保もしないといけないな。爆弾仕掛けて両種族の王様諸共、ってのがシンプルで確実な方法だろうしね。
もちろん自分たちでも安全確認はするだろうけど、その人員の中に同盟を快く思わない奴らがいたら何の意味も無い。やっぱ僕らが何とかしないといけないな……。
「……って、待て。お前ら、何してる?」
そこで不意に部屋の異常に気が付き、僕は上体を起こす。何故なら隣に侍ってたはずの犬猫がいなくなってたから。
「あ? 何の事だ?」
「何にもしていないよ~? 私を信じてくれ~!」
「じゃあ何で窓を土壁で覆ってるんですかね? あと何でドアノブが握り壊されて変な形に歪んでるんですかね?」
目を離してたのはほんの数秒なのに、部屋の窓という窓は魔法で生み出された土壁で覆われ、ドアノブは力の限り握り潰されて機能を失ってた。犬猫は何を考えてんのか、僕の部屋を完全なる密室に仕上げてやがる。
「……フッ」
「クックック~」
「え、何、怖い。まさかここでも謀反とか革命……?」
そんな状況で不気味に笑う犬猫。これには僕もベッドの上で思わず後退る。
何? 革命とかが今の流行りなの? 確かに主従逆転とかはなかなか美味しいプレイかもだけどさぁ……。
「あたしらは付きっ切りであんな奴らを護衛しなきゃなんねぇ。そんでお前は屋敷で指示出しとかだろ? てことは結構長い間、お前とヤれねぇよな?」
「主大好きな私としては、それは正直耐え難くて頭がおかしくなってしまうよ~。だから、今のうちにたっぷりと主を味わって、その温もりや匂い諸々を身体に刻み付けておこうと思ってね~?」
「つーわけで、今日は朝まであたしらと楽しもうぜ? 女二人と楽しめるんだ。お前も嬉しいだろ?」
「主は何もしなくて良いよ~? 全部私がしてあげるからね~? うへへへ~」
「十日は女を抱かなくても良いくらいに搾り取ってやるよ」
「はぁ……はぁ……! 乱れる主を見たいなぁ~!?」
「え、やだ、怖い。革命の方がまだマシじゃね?」
明らかに発情してる様子の犬猫が、獲物に近付くようにジリジリと距離を詰めてくる。キラの目は興奮で瞳孔が開いてるし、トゥーラに至っては血走ってて今にも涎を垂らさんばかりのヤベー顔をしてる。
何かデジャヴを感じる光景だね、これ。ていうかさしもの僕も一晩中そんなに搾り取られたら死ぬよ? まあ魔法があるから何とでもなるけどさ。とはいえこの本能的な恐怖はいかんともしがたい……。
「……フフッ。僕を舐めるなよ、ケダモノ共? 僕は悪の化身たる邪神だぞ? 恥も倫理も知らない恐ろしき存在だぞ? そんな僕が、無抵抗でヤられると思ってるのか?」
しかし僕はすでにチェリーボーイではなく、数々の戦場を潜り抜けてきた歴戦の兵士。故に堂々とベッドから床に降り立ち――
「誰か助けてー! ケダモノ共に再度輪姦逆レイプされるー!」
一瞬の躊躇いもなくそう叫んだ。
恥なんて無いから女に襲われそうになって助けを呼ぶくらい何とも無いんだわ。かといって転移で逃げるのもそれはそれで何か悔しいじゃん? だから間を取っての救援要請です。幸いうちには滅茶苦茶耳が良くてクソ強くて忠誠心も高い神話生物染みた化け物がいるから……。
「――大丈夫、クルスくん!? 何があったの!?」
なんて高らかに助けを呼んだ瞬間、寝室の壁に四筋の切れ目が走り縦長の長方形として斬り飛ばされる。勝手に出入り口を作り血相変えてそこから飛び出してきたのは、あろうことかセレスだった。
これには僕だけでなく、犬猫すらもきょとんとして捕食者としての動きを止めてたよ。
「……何やってんの、セレス?」
「え? だって今、クルスくんの助けを呼ぶ声が聞こえたから……」
「まあ助けを呼んだのはその通りだよ? でもどうしてそれがセレスにまで聞こえてんの? 壁はそこまで薄くないし、そもそもセレスは獣人とかじゃないから聴力は人並みなはずだよね? 部屋が隣とはいえ、どうして僕の声が聞こえたんですかね?」
「え、えーっと……それは、そのぉ……」
当然の疑問をぶつけると、何故かセレスは頬を染めて可愛らしくもじもじとしだす。
でも実情を考えると全然可愛くない。だってコイツあれだよ。絶対盗聴とかしてたよ。じゃなきゃほとんどノータイムで僕の救援要請に応えられるはずないもん。
考えてみればセレスはピグロの街で僕をストーカーしたり、サンドイッチに何かヤバ気な物を混入させた可能性があるっていう、そっち系の素質がありそうな奴だ。盗聴くらいやってもおかしくないぞ。
「良い所に来た、小娘~! さあ、私達三人で主を性的に襲うのだ~! 快楽によがり狂う主の姿を見られるぞ~!」
「えっ!? ほ、本当に!?」
「お前はあんまし気に喰わねぇが、まあ分け前はやるよ。だからあたしたちの側に付きな」
「ちょっと君ら? セレスの事気に喰わないんじゃなかったっけ?」
ここで犬猫がセレスを自分たちの仲間に引き込もうとするっていう、類稀なる賢い判断を見せる。魅力的な獲物を前にして敵とも共闘する事が出来るなんて、実に進歩的な奴らだ。今の暴動を起こしてる愚かな民衆は見習ってほしいね?
「……ごめんね、クルスくん。やっぱりあたし、邪神とは分かり合えないよ」
「この裏切り者めぇ!!」
そしてセレスは僕が快楽によがる情けない表情を見たいらしく、何かそれっぽい事を言いながら向こうに着いた。ノータイムで助けに来ておきながら掌を返すってマジ? しかもどちらかと言えばトゥーラ寄りの、女の子がして良い感じじゃないヤバい笑みを浮かべてるし……。
「さあ、主~。大人しく快楽に身を任せるんだ~♪」
「三人で回してヒィヒィ言わせてやるぜ」
「あたし、弱り切ったクルスくんの姿が見てみたいな……!」
三人に増えた敵がジリジリと距離を詰めてくるので、僕はジュラシック的なポーズを取りながら後ろに下がる。しかしこれ以上は下がれない! 何故なら僕の部屋は大半がデカいベッドで埋め尽くされてるからな! 誰だこんな馬鹿みたいなベッド置いたのは!
「クソがぁ! ベル、早く来てー!?」
今日に限って来るのが遅いメイド長に再び助けを求めた瞬間、三匹のケダモノが飛び掛かってきて僕はベッドに押し倒されるのだった……。




