人材フル投入
「はい、皆さん。まずはお手元の資料をご覧ください」
屋敷の地下にある会議室。趣味で若干薄暗くしたその円卓で、僕は席に着いた面子に資料の確認を促した。
「この度めでたく、聖人族と魔獣族の間で停戦と同盟の対談が行われる事になりました。資料に記載されてるのはその日時と場所、そしてそれぞれの種族の出発時間や補足事項です」
資料に記載したのは先日の対談で取り決めされた事と、その後各種族が決定した情報。
魔道具越しじゃない王様同士の顔を突き合わせた対談は、今からおよそ三ヵ月後に行われる事となった。場所は同盟に最も相応しいであろう、聖人族と魔獣族の街が半分ずつ合体したあの街。王様たちはあそこで真の対談を行い、同盟を結ぶらしい。いやぁ、ようやく同盟を結んでくれるのか。苦労が報われて感動の涙が零れそう……。
「さて、これについて何か質問はございますか?」
「喋り方がとても薄気味悪いので、いつも通りに喋ってくれないかい?」
「それは質問じゃなくて要望だぞ。まあいいけど」
レーンに言葉遣いを指摘され、何となく丁寧に喋ってた僕はすぐにいつも通りの口調に戻した。ちょっとは雰囲気出るかなって思ったけど、まさか薄気味悪いとか言われるとは思わなかったよ。酷い。
「はい、それじゃあ他に質問は?」
「んじゃ、あたしからだ」
「おっと、珍しい。どうした?」
ここでキラが手を挙げ――はしなかったけど、質問はあるみたいだ。円卓の中心に立つ僕を、何か胡乱気な目で見てきてる。ただまあ、何となく言いたい事は分かるかな。
「あたしらが呼ばれたのは分かる。けど何で今回はコイツらまでいるんだ?」
そう言ってキラが視線を向けるのは、円卓に付いた面々。そこには僕の仲間たちに加え、協力者ポジションである執事やメイドたちの姿もある。キラが聞きたいのは主にそっちの方だろうね。
ちなみにベルもいるけど、ベルに関しては仲間の方にカウントしておこう。
「それは僕も疑問に思っていました。僕たち執事やメイドまでもお呼びになったのは、一体どのようなお考えなのですか?」
「うん、それね。やっぱ気になるよね」
小首を傾げて尋ねてくるあざといヴィオ君だけど、恐らく口にしなかっただけでみんな気になってるんじゃないかな。レーンとかトゥーラは理由に思い至ってそうな気もするけど。
「僕の目的は皆も知ってるよね? 女神様を手に入れるために、この世界を平和にするっていう崇高な目的をさ」
「どの辺が崇高? 不敬極まってるんだけど?」
「うぐ~っ! 主に求められる女神めぇ~っ!」
その理由を説明するためにまずは前提条件を語って行くんだけど、ここでミニスちゃんの鋭いツッコミが入る。しかし今回ばかりはこれを無視して話を進めます。あとトゥーラが嫉妬丸出しで唇噛んでるのも無視します。
「だから今回の聖人族と魔獣族の同盟は大いに喜ばしい事な訳。でもさ、上が勝手に同盟を決めて下がはいそうですかって納得すると思う? まして今まで散々殺し合い憎み合ってきた相手とだよ? リアで言えばサキュバスと和解しろって言われるようなもんだぞ?」
「無理。出来ない」
「あくまで例えだからそんな怖い目で見るな。まあとにかく、受け入れる事は出来ないよね? でも上は強引に事を推し進めようとする。やんなきゃ国が滅びるから。しかし下の奴らはそこまで思い至らないし、大多数は敵への憎悪と殺意を抑えられない。その悪感情が同盟を結ぼうとする同族たちに向かう可能性があるのは、少し考えれば分かる事だよね?」
「……内乱が起きる、という事です?」
「そうそう、そんな感じ」
猟奇カップルの片割れ、メイドのリリアナが小首とウサミミを傾けながらそう口にする。
僕が危惧してるのは正にそれ。同盟に反対する民衆が暴れる事。吹けば飛ぶような強さしかないゴミクズ共が暴れた所で、本来なら僕には何の痛手も無い。ただし、今回ばかりは事情が違う。
何せ民衆が刃を向けるのは僕でも邪神でも無く、国。つまり仲間割れなんだよ。さっさと同盟結んで欲しい僕としてはそういうのめっちゃ困る。
「ただ内乱なんて大袈裟な所まで行く必要は無いんだよ。要は王様同士の対談をご破算に出来れば良いわけだから。まあそれだって不敬罪で反逆罪なのは変わらんが」
「じゃ、じゃあ、その……対談場所に向かうまでに、襲撃があるという事、ですか……?」
おずおずと手を挙げ質問してきたのは、ビビリメイドことミラ。相変わらずビビリまくってるけど、今回は自分にもかなり関係ある話なのを察してるのか積極的だ。まあ用が無いなら呼んで無いしな。その予測は正確だ。
「可能性はめっちゃ高いだろうねぇ。だから僕らは対談が邪魔されないよう、これまでとは逆に守ってやらないといけないわけだよ。しかし悲しいかな、邪神一派は慢性的な人材不足。そこで今回は協力者にも白羽の矢を立てたってわけ」
「そうでしたか……お任せください。不肖ヴィオ、ご主人様のために身命を賭す所存です」
「私も頑張るです。恩返しと贖罪をいっぺんにやるですよ」
「が、がが、頑張り、ましゅ……ます……」
やる気を見せる猟奇カップルと、ガチビビリしながら青い顔で必死に意気込みを見せるミラ。ちょっと最後の奴はいなくても良いかもしれないな、これ。でも人材不足だししゃあないか。
「話逸れたから簡潔に言うと、今回の聖人族と魔獣族の対談は絶対実現させないといけないから、道中僕らが守ってやるぞ、って事。国が二つだからメンバーを半分に割らないといけないし、付きっ切りになるだろうから人手がね……」
そう、今回の僕らは何と護衛がミッションなのだ。それも聖人族の王様と魔獣族の王様の一団、それぞれを護衛しないといけない。しっかりと対談が行われるまで、反旗を翻した民衆の魔の手から、ね。あー、くっそ面倒!
「という事は例え日中だろうが我も働くのだな……」
「お? ご主人様の命令に何か文句でもあるのか? 偉くなったものだな、バールよ?」
「任せておけ。例え真夏の太陽の下であろうと、我は粉骨砕身して平和のために尽くそうではないか」
「まあグループ分けによってはベルと別々になるかもしれないし、精々頑張れやブラザー」
ちょっと嫌そうな顔を見せたバールだけど、ベルに威圧されたらそれはもう真面目な顔で頷いてくれたよ。ひょっとして君ギャグ要員だった?
あとベルとは別々になるかもしれないって教えてあげたら、目に見えてほっとしてました。
「そのグループ分けはどうするんだい。君が一人一人選ぶのかな?」
「それでも良かったけど、面倒臭いからクジを作ってきたよ。各自これを引いてグループ分けしてね」
レーンに問われ、僕は空間収納からクジを入れた箱を取り出し円卓にドスっと置く。
えっ、戦力とか人間関係を考えて割り振った方が良いんじゃないかって? やだよそんなの、面倒臭い。大体戦力はともかく、人間関係なんて考慮してられるか。うちにいるのは大体イカれた奴ばっかりなんだぞ。そんな奴らが織りなす人間関係なんて碌なもんじゃないでしょ。
「じゃあリアが最初に引くー!」
真っ先にクジを引きに来たのはリア。楽しそうな笑顔を浮かべ、箱に手を突っ込もうとする。まあリアは別に誰とも険悪じゃないしね。数少ない仲間の全員と良好な関係を築けてる子ですよ。
「おっと、リアの分は入ってないよ。お前は僕と一緒にお留守番だから」
「え、そうなのー? どうしてー?」
とはいえリアは人数に含めて無いから、箱に手を突っ込む前にその首根っこを掴んで手元に引き寄せる。本人は理由が全然分かってないみたいで、丸っこい瞳を僕に向けて首を傾げてるよ。
「今回は戦闘があるかもしれないから、サキュバスとしか戦えないお前は戦力外だ。だから全体の監督をする僕と一緒に屋敷に残って、何かメイドみたいな事してくれ」
馬鹿みたいなサキュバス特攻戒律を自分に課してるリアは、サキュバス以外との戦いでは毛ほども役に立たない。だからもう開き直って僕と一緒に残って貰う事にしたんだ。僕は全体の監督役兼サポート役としてずっと屋敷にいるつもりだし、その間身の回りのお世話とかして貰う必要もあるしね。メイドも執事も皆駆り出してるから。
しかしリアはメイドではなく仲間。だからこんなお願いはさすがに聞いてくれないんじゃないかと思ってたけど……。
「んー……分かった!」
少し考える様子を見せた後、意外にも満面の笑みで頷いてくれた。そしてピョンとジャンプして僕に抱き着いてくる。何かめっちゃ物分かり良いなぁ。やっぱサキュバス絡まないと良い子だよね。
「じゃあご主人様は、リアがしばらく独り占めだね?」
「……まあ、そういうことっすね」
とか思ってたら、耳元で色っぽくそんな事を囁いてくる件。見ればこれはサキュバスですわ、って感じの悩ましい微笑みを浮かべてるよ。
アレかな、仲間兼情婦が増えて構ってやる時間が少なくなったから、ちょっと欲求不満だったのかな。にしたって突然こんな色っぽくえちちな囁きを零してくるとは思わんかったわ。やっぱ合法ロリでもサキュバスだな?
「んじゃ、みんなクジ引いてってー。チャンスは一回だから、引く前にとにかく祈れ。女神様に祈れ」
そのままよじよじと背中に回ってしがみついてくるリアは放っておき、クジを皆に引かせる事にする。わらわらと皆が箱の前に列を作り、思い思いの表情を浮かべてクジを引いていく。
「頼む、頼む、頼む……!」
「どうかまともな方な人が多めのグループになりますように……」
「邪魔くせーぞ、テメェら。さっさと引かないなら退けや」
なお、グループ分けに希望があるバールとミニスは、箱を前に何者かに祈りまくってたよ。そしてキラに纏めて尻を蹴られ、順番を強制的に奪われる。まあ箱を前にしてさっさと引かずに祈ってる方が悪いな、これ。せめて並んでる時に済ませろ。
「クルス、少し良いかな? 聞きたい事がある」
尻を蹴られて反撃の蹴りを繰り出し、それを避けられて顔面に拳を貰うミニスちゃんを眺めてると、不意に隣から声をかけられる。
そこにいるのはさっさとクジを引いてたレーン。グループ分けにあんまり希望は無いようで、引いたクジを確かめる事すらせず僕に話しかけてきてる。ていうかやっぱり質問あるじゃんよ。何故さっき聞いてこなかったし。
「おん? 何かな?」
「彼女……セレスはどこだい? 協力者であるメイドや執事まで呼んでいるというのに、仲間である彼女の姿が無いのは少々疑問なんだが」
おっと、その事か。確かに疑問に思うのも当然だ。何せ人手が足りなくてメイドや執事まで駆り出すのに、新参者とはいえ仲間であるセレスだけいないんだもんよ。とはいえそれ相応の理由があるんですけどね。
「セレスはちょっと特訓させてるよ。アイツの本気はチームプレイに向いてないからね。少しでもマシになるように、今の内から」
「ああ、そういえば彼女は自然災害レベルの魔法を扱えるんだったか」
魔法関係の知識に貪欲なレーンには、当然セレスの魔法の事も話してある。トラウマを克服した事によって我が物とした、村を滅ぼした大嵐を用いる魔法をね。あとそれが自分自身以外は全て纏めて葬り去る融通の利かない魔法って事も。
尤もそんなのパーティプレイじゃ使えないから。今でもそれなりに強いとはいえ強すぎて困る事は無いし、今からもっと扱いやすいようにする特訓をさせてるんだ。
「……この後特訓の様子を見に行く予定なんだけど、一緒に見に行く?」
「無論だ。行かないという選択肢があるわけがないだろう」
「でしょうねぇ……」
好奇心にキラリと瞳を輝かせ力強く頷くレーンに対し、僕は呆れを覚える他に無かった。本当に魔法関連の事大好きね、君……。