貧乳と巨乳
⋇三人称視点
⋇性的描写あり
聖人族の国に新たな王が君臨してから数日が経過した。大天使ラツィエルがバックにいる事もあり、新たな王の存在は比較的前向きに受け入れられていた。
それが女好きで遊び人気質の第三王子という事で多少の反発はあったものの、民からすれば自分たちの暮らしが脅かされなければ上がどんな人間だろうとあまり関係の無い事。そのため反発が暴動になる事も無く、玉座を奪い取った者が王位に付いている割には平和な日々が続いていた。
「はあっ、厄介な事になったわねぇ……」
そんな中、頭を抱えて大きなため息を零すのは一人の女性。背に二対四枚の純白の翼を生やした、ラツィエルと同じ聖人族の護り手。美しい青い髪と魅惑的なプロポーションを誇る、数多くの聖人族の母。大天使ザドキエルであった。
あまりくよくよしたり悩んだりする事の無い彼女であるが、今回ばかりはそういう訳にも行かなかった。何故なら新たな王から下された命令が、あまりにも頭の痛くなる物だったから。
「でもまあ、確かにそれも仕方ない状況ね。まさかあのミカエルが返り討ちにされるほどだとは夢にも思わなかったもの」
最強。無敵。化物。生ける伝説であった大天使ミカエルが邪神に敗北したという衝撃は、未だ記憶に新しい。ザドキエルですら夢か現かを疑ったほどだ。
しかし時が経つにつれ、それが紛れも無い現実である事は嫌というほど理解できた。同時にあのミカエルですら敵わなかった邪神という恐るべき存在に、このままでは世界が滅ぼされてしまうという事も。
ラツィエルもそれをはっきりと危惧したからこそ、新たな王を立てたのだろう。最早魔獣族と争っている場合ではないという事が、ようやく身に染みて理解できたから。
「事は種族の存亡――いえ、世界の命運がかかった事態。業腹だけど、他に選択肢は無いって事ね」
魔獣族との同盟など吐き気がするのは、ザドキエルもラツィエルと同じ。
しかし大天使とは太古より聖人族を守護してきた存在。その使命は聖人族という種を護る事。魔獣族への憎悪や殺意はもちろん胸の中にあるが、聖人族のためにそれを押し殺す事が出来るのもまた大天使たる所以だった。
「それじゃあ、行ってくるわ。いよいよ危ないって時は合図を出すから、その時はお願いね?」
「……はっ!」
故にザドキエルは腹を決め、部下に警戒を命じると優雅に空へ跳んだ。そしてそのまま国境線を飛び越えると、魔獣族の砦内へふわりと着地した。
突然大天使が散歩のような気安さで侵入してきた事に度肝を抜かれたのか、そこにいた魔獣族たちはザドキエルを見て一様に凍り付いていた。
「ハーイ、魔獣族のみんな? ご機嫌いかがかしら?」
「……敵襲だ!! 大天使が攻めて来たぞ!!」
とりあえず笑って挨拶をしたものの、途端に全力の警戒をされて警鐘を鳴らされる始末。刺激しないよう丸腰で来たというのに、まるで爆発物を身体に巻きつけた犯罪者でも見るような目を向けられていた。
「まあまあ、落ち着いて? 別に今回は戦いに来たわけじゃないのよ。ちょっとお話をしに来たの。だからルキちゃん呼んでくれる?」
「それ以上近付いてみろ、大天使め! その大層な翼を切り落としてやる!」
更には周囲を武装した兵士たちに囲まれ、弓兵や魔術師に遠方から狙いを付けられる有様。
とはいえザドキエルに恐怖は欠片も無かった。魔法無しだと厳しいかもしれないが、使って良いのならこの程度の雑兵素手でもどうにでも出来るからだ。向こうもそれが分かっているせいか、妙に腰が引けている兵士たちが多い。
「そうカッカしないの。カルシウム足りないんじゃない? それとも溜まってるのかしら? まあルキちゃんは滅茶苦茶貧相な身体してるし、あれじゃあ抱いたとしても発散できなさそうよねぇ……」
「き、貴様ぁ! ルキフグス様を愚弄するか!」
「別にそういう訳じゃないけど、ルキちゃんのスタイルがアレなのは事実でしょ? そもそも何か根暗でモテなさそうだわぁ」
「貴様ぁっ!!」
本当の事を言っただけだというのに、何故か兵士たちは恐怖を塗り潰す程の憤怒を見せてくる。ほんの数秒後には攻撃を仕掛けてきそうな有様だ。
話し合いにきておいて何だが、さすがに攻撃されたらザドキエルとしても大人しくしてやる義理は無い。なので魔法のイメージを頭の中で練ろうとすると――
「――さ、下がって。ここから先は、私が……やる」
「ルキフグス様……!」
兵士たちの群れが左右に散開し、その間から力強い竜の翼を持つ魔将ルキフグスが現れた。
相変わらず陰気な顔をしており、黒髪の隙間から覗く瞳の下には隈まで浮かんでいる女だが、その歩き方と立ち姿に隙は無く正しく武人の物。油断ならない存在が現れた事で、ザドキエルは一つ警戒レベルを上げた。尤もそれは悟らせないよう、大人の余裕と笑顔を表に浮かべる。
「ハーイ、ルキちゃん。ごきげんよう?」
「い、淫乱女……とうとう抑えが効かなくなって、こっちにまで男漁りに来たか……!」
フレンドリーな挨拶をすると、ルキフグスは微妙にどもりつつ声を荒げる。それでも腰に下げた刀を抜かない辺り、ザドキエルが丸腰なので抜く気が無いのだろう。とはいえいつ抜刀してもおかしくないくらいの敵意を感じるが。
「別にそういうわけじゃないわよ? そもそも好き好んで家畜に抱かれに行く趣味は無いわぁ? 私、獣姦の趣味は無いわよぉ?」
「か、家畜、だとぉ……!?」
そんな敵意も軽い言葉のやりとりをしただけで、数段膨れ上がった上で殺意へと変貌する。
そしてルキフグスはあっさりと刀を抜き、不気味に笑いながら構えた。
「ふ、ふふふ……そう、そうか……ようやく、白黒つける気になったわけだな……?」
「残念だけど、それも違うわ。今日はちょっとあなたにお願いがあって来たの」
「お願い、だと……?」
「うちの王様がね、そっちの王様と話したいって言ってるの。お互いに魔道具越しで良いから、そっちも準備をしてくれないかしら?」
「……は? 何を、言ってる……?」
さすがにこれは予想外だったようで、一瞬ルキフグスの殺意が消失する。
しかしそれも当然だ。何せ軽く数百年は国境で睨み合ったりやり合ったりした間柄なものの、こんな事を口にしたのは初めてなのだ。ザドキエルとしても仮に向こうがこんな事を口にしたら理解できずに首を傾げるだろう。
「言葉通りの意味よ? 王様同士でちょっとお話したいらしいのよ。停戦協定と、同盟の提案をしたいらしいわ」
「……は?」
「胸に栄養が行っていないだけじゃなくて、脳にも栄養が行ってないのかしら? 可哀そうな子ねぇ……」
「こ、殺す……!」
ザドキエルが自身の豊満な乳房を両手で持ち上げながら哀れみの言葉を投げかけると、途端に殺意が戻ってくる。
しかし斬りかかっては来ない。ちゃんと先ほどまでの言葉を聞いていたのか、それとも未だ混乱しているのか。嫉妬と殺意に表情を歪めながらも、決して一歩踏み出しては来なかった。
「あらあら、あなたの一存でそんな事決めちゃっていいの? 私は言わば平和の使者よ? 幾ら自分のスタイルが貧相で私の身体がダイナマイトだからって、嫉妬のあまり個人の感情で台無しにしてはいけないと思うの」
「ぶ、ぶっ殺す……!」
今度は頭の後ろに両手を回し、ポーズを取ってスタイルを強調しながら挑発する。やはり殺意をこれでもかと放ちつつも、ルキフグスは襲い掛かって来ない。
どうやら彼女も同盟はともかく、停戦については概ね賛成のようだ。普段のルキフグスなら目の前でここまで挑発すれば確実に斬りかかってきている。にも拘らず殺意を噛み殺しているのは、己が守護すべき者たちのため。
畜生ではあるが、目の前にいるのは自身と同じく己が種族を護るという使命を帯びた存在。両種族がいがみ合っていては絶滅が不可避と言う事を、ルキフグスも分かっているのだろう。思ったよりも賢くて、ザドキエルも大助かりであった。
「そうカッカしないの。怒ると胸が更に縮んじゃうわよ?」
「ち、縮むわけがあるか……!」
「ほらほら、早くそっちの王様に事情を伝えてきて? じゃなきゃ私、ここで暴れちゃうわよ?」
「調子に乗るなよ、クソ女めぇ……!」
とはいえ襲われずに好き放題挑発できる機会というのもなかなか無いので、ザドキエルはこれ幸いと挑発しまくりルキフグスを煽りに煽った。
尤もさすがに少々やり過ぎたらしい。その内我慢の限界が来たのか襲い掛かられ、それに応戦した結果話が拗れてしまい、魔道具越しの王同士の対談はまた後日となってしまうのだった。
小さいのが好きか、大きいのが好きか。男にとっては一生の問題。