閑話:妹、襲来! 10
⋇お別れの一幕、の巻
⋇性的描写あり
「おねーちゃん……」
今にも泣きだしそうな切ない顔で姉と見つめあうレキ。その背後にあるのは出発時間間近の乗り合い馬車。
そう、楽しかった日々は終わりを告げ、お別れの時間がやってきた。レキはそろそろあの馬車に乗って、故郷のド田舎に帰らないといけない。でも『帰りたくない』っていう気持ちが涙の滲んだ瞳からひしひしと伝わって来るね。
ぶっちゃけ泣きたいのはレキの存在をこれ幸いと利用されて、様々な責め苦を受けたミニスの方だと思うけどね。昨晩も滅茶苦茶楽しませて貰ったし?
「そんな顔しないの。これでもう会えなくなるってわけじゃないんだから。それに電話でおしゃべりする事はいつでも出来るでしょ?」
「そうだけど、やっぱり寂しいよぉ……!」
「もうっ、いつまで経っても子供なんだから……」
しかしミニスはそんな苦しみがあった事など全く伺わせず、慈愛に満ちた笑みで以てレキを優しく抱きしめる。レキが来なければあんなに辛い思いをする事も無かったのに、レキに対する恨みとかは欠片も見えないのはさすがだよね。やっぱり愛ってのは素晴らしいなぁ?
「心配しなくても、今度は私の方からレキに会いに行くわ。だからお別れには泣き顔なんかじゃなくて、笑った顔を見せて?」
「……うん!」
大好きな姉に抱きしめられ、頭を優しく撫でられた事でレキの表情も笑顔になる。まだちょっと瞳の端に涙が残ってたけど、それ以上涙が湧いてくることは無かった。さすがはミニスの妹と言うべきか。メンタルの強さには定評があるね?
「その時は、おにーちゃんも来てくれるんだよね?」
「もちろんだよ。だって僕はレキのお義兄ちゃんなんだからね?」
「えへへ、やったぁ!」
ミニスが抱きしめるのを止めると、レキは今度は僕の所に来た。だからその頭をナデナデしたんだけど……そうするとミニスちゃんがすっげぇ顔で睨んでくるのがまた楽しい。約束通りレキには手を出してないのに、何でそんなに警戒してるんですかねぇ?
「リアちゃんも、おにーちゃんたちと一緒に遊びに来てね! また一緒にいっぱい遊ぼ!」
「うん! その時はいっぱい遊び道具持って行くね!」
そして次にレキが向かったのはリアの所。ほぼ身長が変わらない幼女コンビは仲良く抱き合いながら、楽しそうに遊びの約束をしてる。
この場にはミニスとリアに加えて一応仲良くしてたトゥーラもいるから、最後はそっちに向かうと思ったんだけど……レキは特に走り寄ったりはせず、ただただ哀れみに近い目をトゥーラに向けてた。
「トゥーラさんはあんまり変なことして、おにーちゃんを困らせたら駄目だよ?」
「あれ~? 私にだけ妙に辛辣じゃないかい~……?」
「日頃の行いが悪いよ、お前は」
両腕を広げて待ち構えてたトゥーラはちょっと傷ついたような顔してる。でもレキにすら変態さんって思われてるコイツの場合は残当って感じだよね。そもそもレキと仲良くしてたのだって、僕との間に子供が生まれた時の子育て予行演習みたいな扱いだったもんなぁ? 子供ってわりと鋭い所もあるし、トゥーラが自分自身を見てくれてるわけじゃないってその内気付いたんだろうか?
「――そろそろ発車しますよ! レキさん、早く馬車に乗ってください!」
なんて風に考えてると、いよいよ乗合馬車の発車時間が近付いてきた。レキの護衛諸々のために雇ってあげたBランク冒険者パーティの一人が、馬車の荷台からレキに声をかけてくる。
本当はキラかトゥーラに護衛とかさせようと思ってたんだけど、さすがに二人もこれは受け入れてくれなかったよ。片や面倒くさいから、片や長期間僕と離れるのが耐えられないからって感じだね。役立たず共め。
「そろそろ出発みたいよ。ほら、レキ?」
「うん……でも、最後に一つだけ。ねえねえ、おにーちゃん」
「ん?」
ここで再度、レキが僕の所にトコトコと寄ってきた。そしてしゃがんで欲しいって感じにジェスチャーをしてきたから、素直にその場に膝を付いて視線を合わせてあげる。何だろ、お別れのキスでもしたいのかな? マセガキがぁ……。
「―――――」
なんて思ってたけど、実際にレキがやってきたのはとある質問だった。ただし誰にも聞かれないように、僕の耳元で囁くようにコソコソと。
そしてその内容は――ふむふむ。へぇ? なるほどぉ?
「……もちろん。レキも自分の強みを活かせばきっとなれるよ。まあミニスみたいになれるかどうかは、君の頑張り次第だけどね?」
「そっか! うん、ありがとうおにーちゃん!」
満足行く答えだったみたいで、レキは嬉しそうに笑ってぎゅっと抱き着いてくる。優しいお義兄ちゃんの僕はその小柄で絞め殺したくなる身体を抱き返してあげたよ。あー、このまま渾身の力を込めて全身の骨をバキバキに砕いてやりてー……。
「ちょっ、何? レキ、今そいつに何を聞いたの?」
「おねーちゃんには秘密だよ! それじゃあレキ、もう行くね!」
慌てて詰め寄るミニスだけど、レキはそれだけ言うと素早く身を翻して馬車にぴょんと飛び乗った。すでに出発時間は過ぎてたみたいで、レキが飛び乗るなり馬車は走り出したよ。ぎょっとしてるミニスを置き去りにね?
「レキ!? ちょっと!?」
「みんな、ばいばーい! また会おうねー!」
「さよーならー!」
「レキぃ……何でぇ……?」
馬車の荷台から顔を出し手を振るレキと、それに応えて手を振るリア。あと無視された形になったせいかショックを受けてるミニスちゃん。ガラガラと離れていく馬車を見送りつつ、人目もはばからずその場に崩れ落ちてがっくりと項垂れてるよ。君、そんなにメンタル弱かったっけ?
「……さ、それじゃあ僕らも帰ろうか」
「――待てこら。最後にレキに何を聞かれたわけ?」
踵を返し帰路に付こうと思った瞬間、ミニスちゃんは即座に立ち上がって僕の胸倉掴み上げて恫喝してくる。
その表情はびっくりするくらい険しく、射殺すような鋭い目付き。良かった、いつものミニスちゃんだ。やっぱりこうじゃないと駄目だよね。
「別にー? 何も大した事じゃないよー?」
「だったら教えなさいよ。大したことないなら話せるでしょ?」
「お、それが人にものを頼む態度か?」
「……教えてください。お願いします」
ニヤリと笑って問いを投げ返すと、ミニスは掴み上げていた胸倉を丁寧に整えてから、ぺこりと頭を下げてきた。その変わり身の速さ嫌いじゃないよ。
だが、その程度の誠意で僕が満足すると思ったら大間違いだぜ!
「一発ディープなキスをしてくれたら、教えてあげても良いよ?」
「じゃあ代わりに私が――むぎゅ~っ!?」
「じゃあ代わりにリアが――きゃーっ!」
右からクソ犬が唇を突き出して迫って来たからアイアンクローでがっしりと押さえ付け、左から迫ってきた笑顔のロリサキュバスは軽いデコピンで額を弾く。前者はわりとガチめにじたばたしてるけど、後者に関してはデコピンされて楽しそうな顔してたよ。さてはノリで迫ってきただけだな、リア?
「ほらほら、どうする? じゃなきゃ教えてあげないよ?」
「くっ……!」
アホ二人は置いといて、今はミニスちゃんのお話。最後にレキは一体何を尋ねたのか、それが気になって仕方ないようで唇を噛んで苦悩してる感じだ。そんなに僕とキスするの嫌? もう数えきれないほどしたじゃんよ。それなのにここまで嫌がるとか本当に筋金入りだな。
とはいえミニスも自分の身体が汚されまくってる事は理解してるみたいで、一つデカい舌打ちをかましてからもう一度僕の胸倉を掴んできた。
「んっ――!」
そして、グイっと引き寄せてキス! すっげえ嫌そうに舌を入れ絡ませてのキス!
んー、兎肉の味が口いっぱいに広がって実に美味しいねぇ?
「あ~っ!? 良いなぁ~!?」
「えっ、おにーちゃんとのキスはいつでもできるよね? そんなに羨ましいかなー?」
「いや、主はそんなにキスなんてさせてくれないが~……?」
「それはトゥーちゃんが嫌われてるだけじゃないのー?」
「んな~っ!?」
ガッツリと兎肉を貪る横で、何やらリアとトゥーラがそんな会話をしてる。
まあ確かにリアがキスを求めてきた時は特に拒まないし、トゥーラがキスしようとしてきた時は大抵蹴りとかで迎撃してるね。嫌いじゃないけど少しウザくて……。
「――うえっ、ペッ! こ、これで良いでしょ! さっさと教えなさ――教えてください!」
しばらくしてミニスちゃんはキスを止め、混ざり合った唾液が僕らの舌先から糸を引く――前にそれをお行儀悪くも地面に吐き捨てた。噛んだガム吐き捨てるみたいにね。
そしてばっちぃ物触ったみたいに口元をゴシゴシ擦りながら、口調だけ丁寧に直して尋ねてくる。さすがにそこまで徹底的に嫌悪されるとショックなんですが?
「ふむ、ここまでされちゃあしょうがないねぇ? 良いよ、それじゃあ教えてあげよう。レキはね――『自分も冒険者になれるかな?』って聞いてきたんだよ」
「ぼ、冒険者?」
この答えは予想外だったみたいで、ミニスは目を丸くする。
そう、レキが聞いてきたのは自分が冒険者になれるかどうかという事。それもミニスみたいなカッコよくて優しい、凄い冒険者になれるかって事。
「たぶん冒険者として働くカッコいい姉の姿に感銘を受けたんだろうね。自分もそうなりたいって思ったんじゃない? あとはほら、冒険者になってこっちで活動すればいつでも会いに来れるだろうし」
「なるほど、冒険者ね……レキが冒険者……」
冒険者を目指した理由はさておき、まあ実際なれるだろうね。何と言っても兎獣人の脚力はとんでもない。それ一本を武器にしても下位の冒険者としては普通に通用するだろうし、そこに魔法や武術、体術とかを加えれば上位の冒険者として活躍する事も夢じゃないはずだ。
問題はレキがまだ幼すぎるって事と、所詮はお姫様に憧れるみたいな幼女の夢物語だって事。『大きくなったらパパと結婚するー!』的な、大きくなったら忘れてたり普通にその気が無かったり、むしろ蛇蝎の如く嫌ってたりするアレ的な感じ。
ただ、レキの場合は少々事情が違ってくる。レキはオリハルコンメンタルであるミニスの妹であり、その意志力は正に姉と瓜二つ。何せ護衛の冒険者たちがいたとはいえ、ド田舎から首都まで旅をして僕らを訪ねてきたくらいだからね。
そんなレキが本気で冒険者を目指していたら、所詮は幼女の吹けば飛ぶようなうっすい憧れと断じる事は果たして可能か?
「――レキいいぃぃぃっ! そんな危ない仕事絶対駄目だからねえええぇぇぇぇっ! レキはケーキ屋とか花屋で仕事するのが似合ってるし安全なのよおおぉぉぉぉっ!」
「職業選択が幼すぎる。小学生かな?」
答えは否。ミニスの妹だ、なると決めたら絶対なるに違いない。それは姉であるミニス自身が一番よく分かってるみたいで、幼稚な職業選択を叫びながら爆速で馬車を追いかけて行ったよ。ていうかあのド田舎にはケーキ屋も花屋も無くない?
「……まあ、何だかんだでレキのおかげで色々楽しませて貰ったし、この十日間は悪くなかったかな?」
何にせよ、この十日間はレキのおかげで大いに楽しませて貰った。ミニスをからかったり、ミニスをからかったり、ミニスをからかったりして、実に充実した時間を過ごさせて貰ったよ。最初は『さっさと帰れこの幼女、もう一回蜘蛛の餌にするぞ』って思ったけど、結果としては悪くなかったな。できればこのまま永住してミニスの弱みでいて欲しかったくらいだよ。
「主~っ! 私にも、私にもキスを~! 情けを~っ!!」
「よし。帰ろうか、リア。ケーキ屋に寄って何かおやつでも買って行こう」
「うん! リア、クリームいっぱいのイチゴのケーキが食べたーい!」
まあ実際に永住されたらそれはそれで面倒な事が多そうだし、結局はこれで良かったんだろうね。たまの息抜きだったって事にしておこう。
そんなわけで一種の寂しさ(玩具がなくなった感じの)を感じつつ、足に縋りついてくるクソ犬を引きずりながら、リアの手を引いて帰路に就いた。レキが大きくなって、冒険者になるために再び首都を訪ねてくる時が楽しみだね!
というわけで、クソ長閑話もこれで終了です。なお、レキのスペックは姉とほぼ遜色ないので別に戦闘の適性が無いわけではない。単純に姉の過保護。
書き溜めが無くなったためいつも通りに更新停止期間に入ります。次回の投稿は11月1日からですね。