閑話:妹、襲来!
⋇時が消し飛んだ三ヵ月の間のお話
⋇この閑話、全部で10話あります
「ご主人様よ、少し良いだろうか?」
「おん? どうしたの、ベル?」
今日も今日とて地下の研究室でせっせとエクス・マキナを生産してた朝、ベルが何やら難しい顔をして現れた。今日のベルはキラの姿だから、表情も相まって凄く不機嫌そうに見えるよ。というかそれを差し引いてもベルがこんな表情するなんて珍しいな? どうしたんだろ?
「実はとても可愛らしい来客が見えているのだ。レキと名乗る茶色い髪のウサギ獣人の少女だ。何でも自分はミニスの妹だと言い張っているのだが、その真偽は私には分からなくてな」
「ふぁっ!?」
そしてベルが口にした言葉に、さしもの僕も度肝を抜かれた。
え、待って? レキってアレだよね? あのクソ田舎にいるミニスの妹。それは覚えてるから良いんだけど、そのレキが来客だって? うっそだろ、お前。ここからクソ田舎までどれだけ離れてると思ってるんだよ。まさか一人で来たのか? 本当に本人? 新手の詐欺とかじゃない?
「……マジで来てるの? 今どこに?」
「正門の前だ。屋敷に上げて良いかどうか分からなくてな。その反応からすると、本当にミニスの妹なのか?」
「いや、まあ、うん……確かにアイツの妹だよ? そうなんだけど、レキが住んでる場所ってクッソド田舎でかなり遠い場所なんだよね。具体的には国境の砦から歩いて二日くらいの村」
「それは……遠いという言葉では足らんな? 最低でも街を二つ通らなければここまで来れないだろう。よくもあんな幼い少女が一人で来れたものだ」
「いやいや、しかも一人で来てるんかい!? おつかいとか家出とかいうレベルじゃねぇぞ! 山で蜘蛛に食われて死んだのに懲りてないんか!?」
レキが現れたってだけでも度肝を抜かれたのに、一人で来たとかありえないだろ。あんないたいけな幼女がこの首都まで一人で来れるか? 途中で魔物に襲われたりペド趣味の男に襲われたりするだろ、絶対。僕だったら一人で旅する幼女とか絶対獲物にするもん。
とにもかくにも、まずは確認しないと話にならない。もしかしたらまだ新手の詐欺っていう可能性があるからね。だから僕はエクス・マキナ生産を中断して、ベルと共に屋敷のエントランスへと転移。そうしてベルが開けてくれた玄関を出て、正門の方を確認すると――
「うわー、マジでいるー!?」
正門の前には、可愛らしいウサミミをぴょこぴょこさせたレキがそこにいた。うん、間違いなくアレはレキだ。リアと同等かそれ以下の身長の幼女、茶髪でくりくりお目々の犯罪的な愛らしさは間違いない。身体に対して妙にデカいリュックを背負ってるのも、一人で来たって話に説得力が湧く。嘘だろお前、マジで来たんかよ。この幼女、行動的過ぎる……。
いや、待て。まだ本人とは限らない。世界には自分とそっくりの人間が三人はいるって言われてるし、それかもしれないぞ?
「あっ、おにーちゃんだ! おにーちゃん、ひさしぶりー!」
正門を開けて近くまで歩いてくと、僕に気付いた幼女が青い瞳を輝かせて飛びついてきた。ちくしょう、コイツは間違いなくレキだ! ものの見事に可能性が潰された!
「ああ、うん。久しぶり。元気そうだね、レキ?」
「うん! 毎日元気いっぱいだよ! でも、おにーちゃんは元気無さそう。どうしたの?」
「あー、うん。まあ色々あってね? とりあえず中で話そうか?」
「うん!」
ちょっと頭の中で『?』マークが飛び交ってて忙しいけど、どのみち本人から話を聞けば分かる事。だからとりあえず僕はレキを屋敷に案内してあげたよ。何か凄い面倒な事態の予感がする……。
「……なるほど? つまり僕とミニスに会いたくて、たまたま村に来てた冒険者たちに直で依頼を出して連れてきて貰ったわけだ?」
「うん! レキ、おにーちゃんに会えて嬉しい!」
邪気の一切感じられない笑顔で答えるレキから、眩しさに目を逸らしつつ一人頷く。
リビングでお菓子とジュースでもてなしつつ話を聞いた所、一応は一人でここまで来たわけじゃなかったらしい。村に来てた冒険者たちに護衛の依頼を直に出して、ここまで連れてきてもらったそうだ。
ちなみに依頼料はどこにあったのかというと、今までお小遣いをコツコツと溜めてた事、そしてミニスから定期的に仕送りと言う名のお小遣いを貰ってたから、何とか足りたらしい。まああんなド田舎じゃお金あっても使わないしね。それなりに溜まってたんだろうよ。
でもさ、だからって普通ここまで来る? 確実じゃないけど、あのド田舎から馬車で二週間以上はかかる道のりのはずだよ? よくもまあこんな幼女がそこまでの道のりを耐えたもんだ。
「はっはっは、そうかそうか。僕も嬉しいよ。だからちょっとだけここで待っててね?」
「うん、分かった!」
「何かあったらそこのメイドさんに言えば、大概応えてくれるからね。それじゃあちょっとレキをよろしく」
「は、はいぃ……!」
勧めたお菓子を美味しそうに食べるレキを尻目に、未だにビクつくメイドのミラに少しこの場を任せる。
そんなわけで僕は一旦リビングの外へ出て、エントランスまで移動した。そして空間収納から取り出し、指で弄るのは携帯電話。ちょっととある人物に電話をかけようと思ってね? 三コールほど後、その人物は電話に出た。
『はい、ミリーです。クルスさんからのお電話なんて珍しいですね。どうかいたしましたか?』
電話の向こうの人物はミニスとレキのお母さんであり、ある意味では僕のお義母さんでもあるミリーだ。定期的にミニスと電話で会話してるせいか、受け答えもバッチリって感じだね。こんな小さな箱で遠方の人物と会話できる事を全く不思議がってない、ほんわかのびのびした声が返ってくる。
「オラァ、ババア! どういう教育しとんじゃワレぇ!」
そんな人物に対し、僕は汚い罵声を浴びせた。だってしょうがないじゃん? 護衛がいるとはいえ、何をトチ狂ったら十歳にも満たない幼女を一人で首都まで行かせるんですかね? リビングに案内した時、レキはデカいリュックから高そうなお菓子の入った箱を『つまらないものですが!』とか言いながら渡してきたし、絶対誰か入れ知恵したろ。少なくとも誰にも言わずここに来たわけじゃない。
実際僕の推測は間違ってなかったらしく、電話の向こうからは罵声を全く気にしないどころか、むしろ面白がるような声が返ってきた。
『あらあら。そんな反応をするという事は、レキはクルスさんの所に無事辿り着いたんですね?』
「着いたよ! 無事に! 幾ら冒険者たちに頼んだって言っても、こんな小さな子を一人で送り出すとか正気か!?」
数軒先のコンビニへのおつかいが終わったみたいな危機感ゼロの反応に、思わず僕が真っ当な言葉を口にしちゃう。
だって護衛がいるとはいえ、ロリというよりペドな幼女の一人旅だよ? そんなの獲物としてあまりにも美味しいじゃん。もしそんな光景を見かけたら、僕なら護衛を皆殺しにして幼女を徹底的に辱めて貪るに決まってんじゃん。そして僕みたいな思考回路の奴がいるから、幼女の一人旅はとっても危険だ。
『もちろん、何度も止めました。けれどレキったら本当に頑固で、無理に止めたらそれこそ一人ででも向かいかねないほど本気でしたから。それならば冒険者の方々に頼んだ方が安全だと思ったんですよ』
「えぇい! 姉妹揃って意志が強い!」
あのミニスの妹なんだから、やると決めたら絶対にやるって容易に信じられる意志力がありそうだ。実際一人で行かせるくらいなら、まだ冒険者の護衛と行かせた方が安全だって言うのも正論だし余計に性質悪い。
『本当は先にご報告をしようと思っていたのですが、レキからそれも止められまして。どうやらあなたたちを驚かせたかったようなんですよ。自分一人でもこんなに遠い所までおでかけ出来るんだよ、という感じに』
「最早おでかけじゃなくて旅のレベルなんだよなぁ。よくお義父さんが許可したね?」
『もちろん最初は猛反対していました。長旅になるのは目に見えていますし、幾ら冒険者の方々が守ってくれると言っても危険には変わりありませんからね。ただやっぱり「パパなんか大っ嫌い!」と言われたのが堪えたんでしょうねぇ……』
「お義父さん、娘たちと違ってメンタル弱いっすね。もしかしてあの鋼メンタルはお義母さんの遺伝?」
『ふふっ、どうでしょうか?』
などと意味深な笑いと答えを返してくるミニス母。
何故だろう? 電話越しなのに途方も無い凄みを感じる……これは間違いなく母親の系譜だな……。
『それはさておき、レキの事です。あの子には旅を許可するにあたって、幾つか条件をつけています。その一つが、クルスさんのご迷惑になるのならすぐに帰ってくる事ですね。高ランクの冒険者になられたクルスさんはお忙しいでしょうし、事前の通達も無しに押しかけてきたのですから迷惑になるのも当然です。さすがにミニスには会わせて頂きたいのですが、それさえ済めば即日で追い返して頂いて構いませんよ?』
「何十日もかけて僕たちに会いに来た幼女を即追い返せとか鬼畜が過ぎない? あんたの娘ぞ?」
『娘だからこそ、甘やかしすぎてはいけないのでは? 許可を出した時点でだいぶ甘やかしているので、この辺りは厳しくしないといけませんよね?』
「えぇ……」
挙句にこの人、何十日もかけて僕らに会いに来た頑張り屋の幼女を、追い返したいなら追い返して良いよ、とか血も涙も無い事を抜かしおる。これにはさしもの僕もドン引きだ。
まあ本音を言えば面倒だし邪魔になりそうだから追い返したいところなんだけど、仮にそうして後々ミニスにバレたら更に面倒になりそうな予感がするんだよね。『何で追い返したんだこの屑!』ってぷりぷり怒りそう。ミニスは自分への仕打ちは甘んじて受けるけど、家族への仕打ちには怒り狂いそうだしね。ただでさえ地の底の好感度がこれ以上下がるのはちょっと困るかな。
「……分かった。レキはしばらく預かるよ。さすがに速攻で追い返すのは可哀そうだしね」
だからやむなく、レキは追い返さずしばらく預かる事にした。快く妹を受け入れる事で、僕に対するミニスの好感度も多少は上がるはず。後はレキの純粋さとかで癒しくらいにはなってもらおうかな。ウチは異常者が多くてそういうピュアな子いないし。
『ありがとうございます、クルスさん。やはりあなたはとてもお優しい方ですね?』
「どの口が言うか。僕の罪悪感を煽って追い返す事をできなくしてるだろ? 分かってるぞ?」
『あらあら、バレてしまいましたか。しかしそれが分かっていても追い返しはしないのですね? やっぱりとてもお優しい方ですね。ふふっ』
などと電話の向こうで笑うミニス母。なかなか腹黒いな、コイツ……。
まあ実際は罪悪感なんて煽られず、打算で預かる事を決めたこっちも大概ですがね? とはいえせっかくレキを預かるんだし、どうせなら最高に楽しんでやるよ。ちょっと良い感じのプレイを思いついたんでね。ククク……。
というわけで、姉(母?)譲りの意志力を持つ幼女がやべー所に遊びに来ました。最初は面倒くさがってたクルスもちょっと愉快な事を思いついたのでご機嫌です。グヘヘヘ……。