衝撃的な報せ
「――我こそは魔将バール・ツァーカブ。原初の吸血鬼にして闇を統べる者」
「私の名はベルフェゴール・カイツール。この屋敷のメイド長にして、原初の魔将だ」
「えー……」
無駄に大層な自己紹介をする二人の魔将を前に、反応に困ったように小さな声を零すセレス。
まあそれも当然だよね。目の前にいるのはリアの双子の姉か妹にしか見えない2Pキャラの姿のベル、それもメイド服に身を包んだ幼女だし。そんな存在が自分は原初の魔将だとか胸を張って言い張ってるんだもんよ。信じろってのが無理な話。
あとそんなベルを怖がるように、廊下の曲がり角の影から自己紹介するクッソ情けない真祖の吸血鬼の姿も拍車をかけてるね。その癖無駄にキメ顔してるのが笑える。
「クルスくん、バール様って確か邪神の下僕に拉致されたんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。この屋敷で一緒に暮らすために、表舞台からそういう形で退場させたんだ」
「そうなんだ。やっぱりクルスくんこそが邪神なんだなぁ……」
一つ納得したように頷き、セレスは廊下の曲がり角から顔を出してるバールに無味無臭って感じの視線を向ける。ベルと違ってバールは顔も知られてるし、闘技大会でもその姿は見たから知ってるんだろうね。とはいえ今の情けない姿が記憶の中のものといまいち一致しないんだと思う。
「それで、こっちのリアちゃんそっくりの子も魔将って本当? ベルフェゴールなんて名前は聞いた事無いよ?」
「おい。誰が撫でて良いと言った、小娘?」
そして恐ろしい事に、ベルちゃんの頭をナデナデしながら尋ねてくる。飢えた肉食獣の口に頭突っ込むような自殺行為に思えたけど、意外とベルちゃんは満更でも無い様子。にやけそうになる頬を必死に引き締めて、努めて冷たい声を出してたよ。
「そうだよ。ちょっと姿と声があまりにも悍ましすぎるせいで、大昔から魔王城の地下深くに閉じ込められてた感じで皆忘れてるっぽいんだよね。その姿は魔道具で変身してるだけだから、別にリアの親戚ってわけでもないよ」
「そうなの? こんなに可愛い子なのに……」
「えぇい! 撫でるのをやめろ!」
ナデナデが超加速したせいでさすがにちょっと煩わしくなったのか、ぺしっとセレスの手が払われる。それでも『ぺしっ』だった辺り、ベルもだいぶ加減したっぽいね。本当に嫌だったなら音を置き去りにするくらいの速さと強さで払い除けてるだろうし。
しかしこのままではベルが怪物だと信じて貰えそうにないな? ここはしっかりその証明をしてあげるべきか。
「ベル、ちょっと見せてやったら?」
「うむ、そうだな。ご主人様の女だし、二、三本くらい平気だろう?」
「……っ!」
何気なくそう提案するとベルもこくりと頷き、バールは身を翻して完全に曲がり角に身を隠す。魔将がビビりまくる理由が分からず、小首を傾げてるのはセレスただ一人。大丈夫だよ、すぐに理解させられるから。
「二、三本? それって何の話――う、あ、あああぁあぁっ……!?」
ベルがその身に触手を三本ほど生やした瞬間、セレスの表情は恐怖に染まり、ガチめの悲鳴が上がる。
とはいえそこはモンスター染みた恋する乙女。腰を抜かしてへたり込んだりはせず、ガタガタ震えながらも自分の足で立ってたよ。ベルが精神ダメージを小出しにする技を覚えたからこそ、この程度の反応で済んでるんだろうなぁ。真の姿をまともに見たらどうなっていた事か。
ていうかそれをまともに見てもしばらく取り乱すくらいで済んだミニスちゃんのメンタルよ。さてはSANチェックでクリティカルでも出したか?
「ふむ、崩れ落ちるのは耐えたか。さすがはご主人様の見染めた女だな?」
「見染められたのはどっちかっていうとこっちなんだよなぁ。というか膝めっちゃ笑ってる」
まるで蛇でも侍らすように、メイド服の裾から顔を出した触手を弄ぶベル。そしてそんな化物を恐怖の滲む瞳で見つめ、警戒するように視線はそらさないセレス。
まあ僕の仲間としてはギリギリ及第点の反応かな?
「これでセレスも理解できた? ベルの本来の姿は見るだけで精神にダメージが来る感じのやつなんだ。声の方も同じ。だから魔王城の地下で眠りに付かされて、魔力だけ絞られてたってわけ」
「そ、そう、なんだ……」
やっぱ普通に怖いみたいで、答える声も震えてる。
ちなみに以前このダウングレード版の見る恐怖を僕も体感してみたんだよね。どれくらいのもんか気になって、魔法とかの防護無しで。その結果『ただただ気持ち悪くて酷く不快』という感情を抱きました。おかしいよね? 誠実で人間の心を持った良識あるこの僕が、猟奇殺人鬼のキラちゃんと同レベルなんてさ。
「顔を覆っていないでこっちを見ろ、バール。こんな小娘でさえ直視したのだぞ。魔将のお前がしなくてどうする」
「やめろ、頼むからやめてくれ……!」
「はいそこ、苛めちゃ駄目だぞ」
なお、ちょっと目を離した隙にベルはバールの所へ行き、その触手でグルグル巻きにして引きずってこっちに戻ってきたよ。無様に引きずられながらイケメン顔を恐怖に崩し、必死に瞼を閉じて冒涜的なものを見ないようにしてる姿が心底笑える。これが魔将の姿ってマジ?
「そういうわけで、魔将だけどコイツらも仲間なんだ。まあ見ての通りの残念な奴らだし、敬語とか様付けはしなくていいよ。二人もそういうの望んで無いしね」
「そ、そっか……そういう事なら、そうさせて貰おうかな……」
「うむ。よろしくな、小娘」
「た、助けてくれ……何かが、何かが我の顔を這っている……!」
青ざめた顔で頷くセレスと、偉そうな微笑みを浮かべるベル。そして顔を這うベルの触手に泣きそうになってるバール。君、どんどん残念になるね……初登場時のイケメン真祖吸血鬼はどこ……?
「んー、他にも精神崩壊中の大天使とか、消えるメイドとか、執事とメイドのヤベーカップルとかいるけど、次は誰を紹介しようかな……」
「ぐああぁ!? 耳が!? 耳の中に何かが!?」
耳の中に触手を突っ込まれるバールを尻目に、次の人選を考える。
しかし相変わらず碌な奴がいないな? この中で一番マシなのがインビジブル・マジシャンことミラってマジ?
「あ、えっと、クルスくん……その前に、その……お手洗い……行ってきて良い……?」
なんて事を考えてたら、何やらセレスがトイレに行きたがる。妙にもじもじと恥ずかしそうに、内股で太腿を擦り合わせながら。ちょっと涙目な顔してる辺り、これは尿意を感じたって言うより……。
「漏れたの?」
「……ちょっと、だけ」
どうやらベルの与えた恐怖が原因で、ちょっとだけ漏れちゃったらしい。まあ全部漏らさなかっただけマシか。全部漏らしてたらさすがのセレスもガチ泣きしそう。漏らしてる光景に興味は無いけど、ガチ泣きしてるセレスにはちょっと興味があるかな。
「分かった、行ってきなよ」
「う、うん……!」
とはいえセレスも今や真の仲間。クソ犬みたいに何されても喜ぶ性癖があるわけでもないのに、そんな酷い事をするわけにもいかない。だから優しい僕は笑顔で送り出してあげたよ。涙目の恥じらい顔も十分美味しいしね。
という事で、セレスは内股かつ短い歩幅でトイレへと向かいました。よし、トイレが開かないように魔法で鍵をかけてやれ。ここから一番遠いトイレしか開かないぞぉ? ちょっと緩んだ膀胱でその道のりを無事に踏破出来るかな?
「く、クルス……コイツをどうにかしてくれ……!」
「ご主人様に助けを求めるか。情けない奴め。そら、目を開けろ。私の姿を視界に収めろ」
なんて遠隔で嫌がらせをしていたら、バールの情けない声が耳に届く。
見ればバールは……うわぁ、身体を触手でグルグル巻きにされた上、両耳に触手を突っ込まれ、顔中を触手が這い回ってるぅ……これが野郎じゃなければちょっとエッチだったかもしれない。
「はいはい、もう苛めるのはやめてあげな。そいつはわりとメンタルよわよわなんだから」
「チッ。命拾いしたな、バールよ」
「はあっ、はあっ……!」
僕の言葉にようやく触手を引っ込め、バールを解放するベル。捨て台詞はもちろん、心底残念そうにしてるし、もしかして止めなきゃ殺す気だったの? ちょっと仲悪すぎない?
でも殺されそうになってるバール本人が苦情言ってないし別に良いか。床に這い蹲って肩で息してるけど。原初の魔将と、それ以外の魔将との力関係が伺える悲しい光景だなぁ……。
「ああ、そうだ。ご主人様、一つ報告があるぞ。ご主人様が用意した盗聴室の事でな」
「うぐぅ!?」
「報告? ああ、何か面白い話でも聞けたの?」
涼しい顔でバールを蹴っ飛ばしたベルは、何事も無かったように僕にそんな言葉を投げかけてくる。
でもバールの身体が吹っ飛ぶわけでも無ければ、爆散してるわけでも無いからかなり手加減してるね。ベルが本気でやったら今頃バールの身体は真っ二つよ。まあ『ドゴォ!!』っていうかなり鈍い音が聞こえて動かなくなったけど、真祖の吸血鬼の回復能力があるし大丈夫でしょ。
それはともかく、盗聴室の話。これも地下室に作った特別な部屋で、ここでは文字通りリアルタイムの盗聴や録音を行える。盗聴場所は聖人族の王様、そして魔獣族の王様がそれぞれ会議を行う会議室みたいな所。会議だの軍議だの始めた事を知ってから盗聴するんじゃ行動遅すぎるもんね。もう四六時中盗聴して録音する事にしました。もちろん僕の魔法をフルに使った、僕にしかできない方法でね。
そしてここには二十四時間、決して眠らず活動し続けてる奴がいる。というわけでそのメイドことベルの活動時間を有効に使ってもらうため、録音した内容をBGM代わりに聞いて貰ってるんだ。
さすがにただの協力者ポジションに任せるのは躊躇いがあったけど、本人がメイド業を好んでるだけであって一応仲間ポジションになったからね。この機会にと、バグキャラ大天使との戦いの後に盗聴室を設置しました。
「うーむ……面白いというか、意外で驚きが隠せないというか……」
僕の問いに、ベルはいまいちはっきりしない答えを返してくる。表情も何か渋い感じだ。
何だろ、どっちかの種族がそんなとんでもない会議でもしてたんだろうか。あるいは誰か王城の会議室でイケナイプレイでエッチな事でもしてた? やれやれ、お盛んなこって?
「どんな内容だろうと、僕はそこまで驚かないよ。ほらほら、言ってみな?」
野外で馬鹿二人に逆レイプされた経験を持つ僕は、その程度のプレイでは驚かない。だから僕は若干言い淀んでるベルを挑発するように続きを促した。どうせ大したことないんだろ?
「うむ。実はな――昨日の昼頃、聖人族の国でクーデターが発生したようだ。その結果、第三王子が王位を簒奪。魔獣族の国との停戦協定と、同盟を結ぶ方向で動く事を半ば決定しているらしい」
すんません、ちょっと舐めてました。謝るからもう一回言ってくれる? クーデター? 王位簒奪? 停戦と同盟? ちょっと目を離した隙にマジで何があったの?
滅茶苦茶衝撃的な報せが入りちょっと困惑しているクルス。ただし14章はここで終わりです。次話からちょっと多めの閑話が入ってから更新停止期間に入ります。閑話の終わりにも書きますが、次の更新再開はたぶん11月です。