ぼっちの理由
女神様の苦渋の決断により、聖人族の絶滅の危機や、それを防ごうとしたが故に誕生した獣人族の絶滅の危機も、一応の解決を見せました。
しかし聖人族と魔獣族の戦争は終わりません。もちろん女神様は即座に争いを止めたかったのですが、四つの種族を合わせた人口は未だ膨大でした。ここで止めてしまえばまたしても滅亡の危機に追いやってしまいます。
なので女神様は涙を呑んで争いを止めずに静観します。全ての種族の人口が多すぎず少なすぎずの塩梅になれば、その瞬間争いを止めるように自らの声を聴かせるつもりでした。だからそれまでは何もできませんし、してはいけません。
百人、千人、一万人。それ以上の愛しい人々が傷つき倒れていく様を涙を呑んで眺めながら、女神様はひたすらに待ちます。こんなことになるなら人間以外創らなければよかった、と考えたことは一度や二度ではありませんでした。
やがて四つの種族が二つの勢力として争いを始め、およそ二十年の月日が流れました。頃合いだと判断した女神様は即座にその声をあらゆる生き物に届けます。争いを止めて、みんな仲良くするように、と。
他ならぬ神の言葉です。女神様はきっとみんな争いを止めてくれると思っていました。事実、魔獣族は女神様の言葉により争いを止めます。
ああ、これでやっと平和な世界が訪れる。女神様は心の底から安堵しました。
しかしそう思ったのはほんの一瞬のことでした。何故なら聖人族は争いを止めなかったからです。女神様は慌てて何度も呼びかけますが、一向に止める気配はありません。それもそのはず、聖人族は女神様のことを敵視していたからです。
この世界の黎明から存在する彼らにとっては、自分たちが繁栄を迎えた所で即座にそれを滅ぼそうとする生き物が次々と現れています。魔物しかり、獣人族しかり、魔族しかり。恐らくはそのせいなのでしょう。聖人族は女神様に対して「自分たちを玩具にして遊んでいる度し難い屑」、「生き物の生死を弄ぶ畜生」という罵倒を浴びせかけてきました。
幾ら争いを止めた魔獣族も、相手が変わらず戦いを仕掛けてくるのなら応戦せざるを得ません。女神様の必死の呼びかけも虚しく、再び戦争が始まってしまいました。
そしてまた多くの者が傷つき倒れ、死んでいく日々が始まります。すでに女神様の言葉を聞き入れない聖人族は元より、長い戦いの日々の中で魔獣族も女神様に敵意を抱いて行きました。しかしそれも当然です。自分たちを助けてくれない、争いを止めてくれない女神様を信じ敬えという方が無理な話です。
もちろん女神様はこの状況を何とか打破しようと考えました。しかし、怖くて何も行動に移すことができませんでした。
また今までと同じように新しい生き物を創ったとしても、きっと全ての種族に敵視されるだけです。憎まれるための命を創り出すという残酷なことは、もう女神様にはできませんでした。
何もできない女神様は、最早ただただ嘆くことしかできませんでした。争いあう人々に対してはもちろんのこと、何よりも平和な世界を創ろうとしていたのに、争いの絶えない世界を創り上げてしまった自分に対して。
「――と、いうわけじゃ。聖人族はもちろんのこと、魔獣族も長き戦いの中で救いの手を差し伸べぬわらわを憎むようになり、やがてわらわを信仰する者は一人もいなくなってしまったのじゃ。今やあの世界の者にわらわの声は聞こえんし、女神という概念が存在するかどうかさえ怪しいところなんじゃよ……」
「うーん、思ったよりもヘビーな話だった。ぼっち女神とか言ってごめんなさい」
てっきり神聖さが足りないとかそういう理由で信徒が一人もいないのかと思ってたら、予想外に血生臭くて泥臭い理由だった。
もっといい解決方法があったんじゃないかと考えてしまうけど、やっぱりそういうのは女神内での取り決め的なもので禁止されてるんだろうなぁ。話をしてる時の女神様、凄く悔しそうに俯いてたし……。
「ははっ、怒ってはおらぬよ。どうせわらわは信者ゼロで、世界の平和すら保てぬ駄女神じゃからな。ハハハ……」
何より痛々しい表情で乾いた笑いを上げる姿が凄く気の毒だ。きっと女神様は女神様なりに色々打開策を考えたり、必死に人々の争いを止めるために頑張ってきたんだと思う。
その争いも元をたどれば女神様のせいな気がしないでもないけど、こんないたいけな幼女を責めても何にもならないよね。いやまあ、鞭とか蝋燭とか使って攻めるのは楽しそうだけどさ。
「何か僕にできることってないですか? 頭でも撫でてあげます?」
「聞きながら頭を撫でるでない! 例え度し難い駄女神でも女神に触れるとは不敬であるぞ!」
何となく頭を撫でると、顔を真っ赤にして怒りを露わにする女神様。
ハハハ、かわいいな。食べちゃいたいくらいだ。まずはそのお饅頭みたいなぷっくりと愛らしい頬からね。
「……しかし、もしもわらわの願いを叶えてくれたなら――わらわを好きにする権利をやろう。どこをどれだけ、どのように触ろうとも、何をしようともお主の自由じゃ」
「なん、だと……!?」
今、この女神様は何て言った? 自分を好きにする権利をやる? マジかよ、神様ゲットできるのか。まさか神様が自分の言葉に責任を持たないわけがない。つまり今のはもう撤回しようのない真実だ。よーし、もう取り返しはつかねぇからなぁ?
「お主、目の色が変わって――いや、最初からそんな濁った色じゃったな。うむ」
「何でもいい! さあ、早く願いを言え!」
「……わらわの願いは一つ。この終わりのない争いが続く世界に、真の平和をもたらして欲しいのじゃ!」
そうして背後に集中線が見えそうな感じのただならぬ気迫と、心底真面目な表情で言い放つ女神様。なるほど、それが女神様の願いか……いや、無理じゃね?
「えぇい、先ほどの勢いはどうしたのじゃ! わらわを手に入れるのではなかったのか!?」
「おっと、考えが顔に出ちゃったか。いやー、しかしさすがにそんなの僕には荷が重いんですが。というか世界平和なんて夢物語では?」
「安心せい。しっかりと方法は考えておるし、そのための力もお主に授ける」
「おおっ、さすが女神様。して、その方法と力とは?」
「うむ。その前にお主に一つ問おう。平和をもたらすにもっとも簡単な方法とは何じゃ?」
「もっとも簡単な……ふむ……」
何だろう、思いつかないな。自分以外の生命を全て消し去れば争いは無くなるから実質平和って言えるだろうけど、まさかこの真面目な女神様がそんな暴力的で極まった解決方法を考えるとは思えないし。
「……分かりません。答えをお願いします」
「ほう? お主ならすぐに答えにたどり着くと思ったのじゃがな。正解は武力による支配。あるいは圧倒的強者による統一じゃ」
「えぇ……」
とか思ってたらそこそこ過激な方法を考えてたよ、この人。いや、ていうか本気で言ってる?
「まあその反応も分からないでもない。実際わらわもこれは無しと思っておる。人々が常に恐怖に怯える日々を、真の平和とは言わんからな」
「あー、良かった。僕の女神様がグレたのかと思った……」
「たわけ。まだお主のものではない。しかし、これこそが真の平和への近道なのじゃ。先ほど説明した通り、わらわの創り上げた世界では二つの勢力が争いを続けておる。そこにとんでもない残虐性と異常なまでの強さを持つ化け物を放り込んだら……どうなると思うかの?」
とんでもない残虐性と異常なまでの強さを持つ化け物。分かりやすく考えるとファンタジー世界で言う魔王みたいな存在かな。
そりゃあそんなのが現れたら倒すしかないよね。でも相手は強すぎてこちらの戦力不足。その場合は装備や人員を整えて――あっ、なるほどね。
「――協力して、その化け物を倒すことになる?」
「然り! つまりは共通の敵を用意してやる、ということじゃな! さすれば必ず人々は手を取り合い力を合わせ、やがて平和が訪れるようになるはずじゃ!」
なるほど。さすがに女神様が言うほどトントン拍子には行かないだろうけど、そうなる可能性は高いだろうなぁ。敵の敵は味方って言うし。問題があるとすれば共通の敵の強さと、それを倒した後のことか。
「大体理解しました。ということは、僕にその化け物になってほしいということですね?」
「うむ、そういうことじゃな。理解が早くて助かるぞ。これでもうちょっとまともだったらよかったんじゃがのぅ……」
「じゃあ僕を選んだ理由って何ですか? ぶっちゃけもっと正義感のある常識人とかを選べばよかったのでは?」
自分で言うのもどうかと思うけど、僕は正義感なんて欠片も持ってないからね。だって正義感なんてある人は、罪のないいたいけな少女が痛めつけられる展開に胸を躍らせたりしないでしょ? 僕はするよ? むしろ自分の手で痛めつけたいって思ってるよ?
「わらわもそれを考えたのじゃが、この役目は恐らくそういった者には務まらん。全ての種族に殺意を向けられるほど悪逆非道の限りを尽くし、自身に向けられる世界規模の憎悪に耐えられる精神の持ち主でなければならんからな」
「なるほど。つまり僕がその強靭な精神の持ち主だから選んだ、ということですね」
「うむ。候補の中でとびっきり狂人であったからな。迷わずお主を選んだぞ」
「ハハハ。そんなに褒めないでくださいよ。くすぐったい」
「ハハハ。褒めておらぬぞ。事実を言ったまでじゃ」
そのまま僕らはお互いに笑いあう。何か噛み合ってない気がするし女神様の目がどことなく冷たい気がするけどきっと気のせいだ。僕と女神様は通じ合ってるんだからね!
「そういうことなら了解です。喜んで女神様が創り上げた世界の敵になりましょう。ただし、やるからには例え女子供にも容赦はしませんよ? というか女子供を集中的に狙いますよ?」
「う、うむ……心苦しいが、あの世界を平和にするにはもう荒療治しか存在せん。お主の好きなように、思うがままに振る舞うがいい。ただし、絶滅に追い込むのだけは許さんからな」
よっしゃ許可が出た。よーし、お兄さんケモミミ娘とか天使っ子とか虐めつくしちゃうぞー。男はいらん。消え去れ。
「分かりました。それで僕に授けてくれる力というのは何ですか?」
「うむ。それについては相談して決めた方がよかろう。世界の理を乱す類の力は授けられんが、それ以外の力なら可能な限り授けてやるぞ」
「おおっ、女神様太っ腹。それじゃあですねぇ――」
そうして僕は女神様と色々相談を重ねて、様々な力を授けてもらった。俗にいう転生特典のチートがいっぱいで凄く得した気分だね!
そんなわけで全ての準備を終えた僕は、女神様が創りあげた異世界イデアーレに破滅――じゃない、平和をもたらすために足を踏み入れるのであった。
よーし、異世界で殺人、強姦、悪逆非道何でもござれの俺ツエーしちゃうぞ!
次でようやく異世界